145話 簡単な答え
ミュスカとの件があって、なんだか気疲れしてしまった。ということで、今日は休もうと思う。
もちろん、昨日の話は、とても大切だったのだが。俺にとって、大きな転機になるものだったはずだ。だが、だからこそ大変だったんだよな。
というか、友達に泣かれるのは、普通につらい。俺が悪いのだから、余計にだ。
どう考えても、原因は俺にある。いま思えば、ひどいことをしていたものだ。反省すべきだし、二度と繰り返してはいけないだろう。
もう、これからは友達を疑ったりしない。どんな未来が待っていても、変わらずに。
当然、ミュスカ以外のみんなもだ。カミラやメアリ、ジャンといった家族。メイド達。学校もどきの生徒達。王女姉妹やフェリシアも。他にも、アストラ学園でできた友達も。
父や母だけは、流石に疑うべきだろうが。いや、母は信じた方が良いのか? そこだけは、悩ましい。
信じるべきは、人格だけではない。能力もだ。みんなは俺を敵だと思ったりしない。そう信じるだけでなく、みんなは強いのだと。優秀なのだと。
もちろん、盲信はダメだろうが。それでも、信じることを基本にする。そうしなければ、相手からだって信じてもらえない。
まずは、目の前のメイド達に信頼を示すところから。といっても、強いと信じることではないが。俺の味方でいてくれて、メイドとしての仕事は間違いないと思うこと。それが信頼だよな。
いくらなんでも、ミルラに戦闘を期待するのは、何もかもが間違っている。敵が襲いかかってきてもミルラなら勝てると思うのは、信じるということではない。ただ愚かなだけだ。
ということで、席について息を吐く。深呼吸をすると、少し落ち着いた。
それと同時に、ウェス達が近寄ってくる。やはり、メイド達といると癒やされるな。穏やかな日常を過ごせていると実感できる。
「ご主人さま、今日はゆっくりされるんですか?」
「ああ、そのつもりだ。たまには、息抜きもしないとな」
「では、私とウェスで食事の用意をしますね」
「私は、お側に控えさせていただきます」
こういうところで、食事について余計な注文をしなくても、みんなが心地よく過ごせる空間を提供してくれる。そう思うことこそ、メイドへの正しい信頼だよな。
もちろん、ウェスやアリアの実力あってのことではあるが。ただの素人に同じことを要求するのは、丸投げでしかない。
「あまり急ぎすぎるなよ。どうせ、今日はずっと暇なんだ」
「ご主人さま、ありがとうございますっ。でも、大丈夫ですよっ」
「メイドとしての仕事は、あまり難しいものではありませんからね」
ということで、2人は去っていく。ぴょこぴょこ揺れるウェスの尻尾を見ていると、落ち着くな。アリアは、体幹がまったくブレていない。長年の経験を感じさせるな。
ミルラとふたりになったので、とりあえず話でもしたいものだが。だが、話題にも困ってしまう。自分から世間話を振るのは、レックスっぽいと言えないし。
「さて、どうしたものか。何もしないというのも、難しいな」
「では、私が話相手を務めさせていただければと」
こうして提案してくれるのは、ありがたい。ミルラは俺のことを、よく理解してくれている。なんだかんだで、対人でも優秀な人なんだよな。
かなり高水準の学校を卒業して、知識も知恵も優れているのは間違いない。それなのに、魔法を使えないだけで、仕事がなかったというのだから。悲しい話というか、情けない話というか。
「そうだな。メイド達が来たら、そのまま話を続ければいいか」
「現状では、ジャン様の学校もどきの運営も、うまく行っているようですね」
俺のもとに届く情報の管理は、ミルラに任せている。俺に伝えるべきかどうか、個人の判断で決めて良いと。
全部自分で見るのが理想ではあるのだろうが、難しい。どうしても、アストラ学園でというか、原作で起きる問題に意識を向けてしまうからな。
中途半端な仕事をするくらいなら、できる人間に任せた方が良い。そう考えて、ミルラに提案した。賛成してもらえたので、極端に間違った判断ではないはずだ。
「なるほど。ありがたいことだ。俺の手を離れただけでつまずくのなら、もろすぎる」
「そうでございますね。レックス様は偉大な方ですが、だからといって、頼り切りになるのは論外でありますれば」
「お前は、どうなんだ? なにか問題があったりするのか?」
「いえ、今のところは。強いて言うならば、暇なくらいですね」
俺ならパンクしてしまいそうな仕事を任せているのだが。こういうところで、頭脳の差を実感するな。
ミルラほど優秀な人間を、俺のところに縛り付けるのは、やりすぎだろうか。ただ、ブラック家に置いておいても、役立ててくれる気がしない。
あるいは、ジャンなら可能性はあるかもしれないが。少なくとも、父や母では有効活用できないと思う。
ただ、ミルラの手が空いているのは、もったいないよな。どうするのが、正解だろうか。
「そうなると、ここにお前を連れてきたのは失敗だったか?」
「いえ。レックス様を支えることこそ、私の役割でありますから」
ミルラの真剣な瞳を見ていると、忠誠心の高さを感じる。今は、恩によって期待してくれているのだろう。だからこそ、信頼に応えないとな。
「そうか。なら、今後も尽くしてもらおうか」
「当然のことでございます。以後も、よろしくお願い申し上げます」
それからも軽く話をしていると、メイド達が皿を持ってやってきた。食事の用意ができたのだろう。
「ご主人さま、おやつを持ってきました」
「お茶はこちらに。楽しんでいただければ幸いです」
「ウェス、アリア。お前達も、話に参加しろ。なにか、変化はあったか?」
「今のところは、特別なことは何も。普段通りですね」
「黒曜の使い方は、うまくなりましたよっ」
あまり、危険なことをしてほしくはないのだが。ウェスに黒曜を贈ったのは、身を守る術を与えたかったからなのだから。
まあ、自分から敵を作るとは思えないし、大丈夫だろう。ウェスは穏やかで優しい子なのだから。
「私も、別の形でレックス様のお望みを叶えるべきでございましょうか」
「いや、必要ない。ミルラ、お前は頭脳と知識が武器のはずだ。それを活かせ」
自分で言っていて、気付いた。そうか。俺が全部をこなす必要はない。戦闘であったとしても。単純な話じゃないか。
「承知いたしました。では、そのように」
「ふふっ、私は、メイドとしてしか役に立てていませんね」
「それで良いんだ。お前の仕事は、メイドなのだから」
「わたしも、普段はメイドの仕事をがんばりますねっ」
「ああ。お前の仕事ぶりは気に入っている。今後も、励めよ」
「もちろんですっ。ご主人さまに、喜んでほしいですからっ」
「ウェスさんは、もう立派なメイドですね。私も、学ぶところがあります」
「私は、秘書としての役割に集中させていただきます。レックス様の頭脳として」
「ああ。力なら、俺の存在があるからな。他の役割こそが、重要なんだ」
俺は俺のできることを。そして、みんなはみんなのできることを。同時に、俺はみんなのできないことをして、みんなは俺のできないことをする。それが、協力するということ。信じるということ。
明確な形が見えた以上、その道のままに、みんなを信じ続けるだけだ。




