141話 ラナ・ペスカ・インディゴの歪み
あたしは、インディゴ家から人質として、レックス様のところへと送られました。正確には、金のために売られたと言って間違いないでしょう。
ですが、レックス様のおかげで、確かに救われたのです。体をむしばんでいた病気も治してもらいましたし、想像していたほど悪い暮らしではありませんでしたし。
むしろ、レックス様のところにいる方が、以前よりいい暮らしができているくらいです。アストラ学園に通うことなんて、インディゴ家に居たままでは難しかったでしょう。
だから、レックス様は恩人なんです。あたしに、幸せをくれた人。それは間違いのないことなんです。
今となっては、レックス様は両親よりも大切なくらいですね。彼にだけは、認めていてほしい。愛していてほしい。そう思うんです。
ただ、何もしない人間がずっと求められるなんて、ありえないこと。少なくとも、あたしは魅力的でないといけないんです。
実力でも、外見でも、なんでもいい。とにかく、レックス様に大切にしてもらえるだけのなにか。それを求める日々を過ごすことになったんです。
ただ、うまく行っているとは言えない。そんな状況が続くばかりでした。
「あたし以外のみんなが、レックス様のお役に立っています」
ジュリアは無属性という特別な力を持っています。シュテルはレックス様自身の価値を引き上げました。魔法を他者に与える力が生まれたのは、シュテルがきっかけなんですから。
それに、サラ。彼女は、レックス様の闇魔法に、新しい使い道を示しました。
学校もどきの生徒達だけで、とても多い。なのに、他の方達も居るんですから。レックス様の家族も、王女殿下達も、学園でできた新しい友達も。
その中で、あたしだけが平凡なんです。魔法の才能では勝てない。発想力も。権力も金銭も、何も持ち合わせていない、ただの人。それがあたしなんですから。
「このままじゃ、レックス様に見放されるかも……」
そんな不安が、襲いかかってきてしまいます。レックス様のそばだけが、あたしの居場所なのに。見捨てられたら、どこにも行けないのに。
あたしを求めてくれる人なんて、レックス様くらいなんです。両親には売られた。領民には見捨てられた。そんなあたしなんですから。
だから、何をしてでも、そばに居たい。そう思うんです。あたしでは足りないと、理解していても。所詮は、どこにでもいる人でしかないんですから。
「分かっているんです。レックス様はお優しい人だって。でも……」
どう扱ってもいいあたしを、大切にしてくれる人。理解しているつもりなんです。それでも、不安が抑えきれないだけで。
だって、レックス様のそばには、いくらでも素敵な人が居るんですから。あたしの代わりなんて、どれだけでも居るんですから。
「あたしは何も持っていない。家からは売られた。魔法は一属性。他の才能だって……」
レックス様に捧げられるものなんて、何もない。金銭も、人員も、才能も。何も。魔力を奪ってもらうだけで必要とされるのなら、どれほど楽でしょうか。
あたしは、自分自身の生まれを呪いそうになりました。インディゴ家に生まれたから、レックス様と出会えたのだと理解していても。
だって、嫌じゃないですか。あたしを忘れて、他の人と幸せそうにするレックス様を見るなんて。そんな可能性を想像するだけの今なんて。
「レックス様のそばだけが、あたしの居場所なのに……」
あたしを捨てないでいてくれるのは、彼だけなんです。才能も家柄も、何も持っていないあたしでも。そんな相手から遠ざかる未来なんて、許せない。
なんて、あたしはどれだけバカなんでしょうね。レックス様は、きっとあたしを捨てたりしない。そのはずなのに、疑っているんですから。
「でも、諦められないです。せめて、レックス様だけには、必要とされたいんです」
ただの小娘でしかないあたしを、大切にしてくれる人には。平民よりも無様なあたしを、見捨てないでいてくれる人には。
あたしには、ひとりで生きていくだけの力も、意思もありません。レックス様に捨てられたのなら、死ぬしかないんです。
「体を捧げるだけで、レックス様に必要とされるのなら……」
そんなの、とても安いですよね。どうせあたしなんて、抱きたいと思う人はレックス様くらいのものでしょうから。
彼ならきっと、あたしでも求めてくれる。両親に売られるような忌み子のあたしでも。誰だって嫌ですからね。いわくつきの女を抱くだなんて。
だから、妾になるというのも、悪くない選択だとは思うんです。きっと彼は、そっと触れてくれますから。
「でも、彼は優しいですから。嫌々だと思われたら、拒否されちゃいます」
そこが難点ですよね。お優しいばかりに、相手が無理をしていないか、心配してしまう。あたしは、本気で捧げたいんですけど。家から強制されていないか、やけになっていないか、気にしてくれちゃうんです。
「特にあたしは、インディゴ家に捨てられたんですから……」
だから、身を捧げるという道は、難しいかもしれないです。それに、どうせなら同情じゃなくて、愛した上で抱いてほしいですからね。
「それなら、強くなるのが早いですよね。フェリシア様やカミラ様は、一属性でも強いんですから」
だったら、同じくらい、いえ、もっと。とにかく、努力を重ねるだけです。他の道は、きっともっと難しいんですから。
あたしは、少なくとも魔法が使える。その才能を活かさないのは、問題でしょう。それに、同じ道の先を進んだ人が居る。だったら、参考にするだけなんですから。
「他にも、ルースさんは無茶をして、レックス様に癒やしてもらったとか」
彼に心配されるなんて、どれだけ羨ましいことか。あたしなら、もっと幸せだと思うはずなのに。あたしなら、感謝の言葉だって言えるはずなのに。
そうなったら、もっと愛してもらえるはずなんです。あたしを、もっと見てくれるはずなんです。
「……良いですね。あたしも、自分を追い詰めてみましょうか」
その姿をレックス様に見せれば、きっと駆け寄ってくれるでしょう。心配してくれるでしょう。あたしで、心がいっぱいになってくれるでしょう。
「まずは、魔力を限界まで絞り尽くすところから……」
痛みがあると知っていても、止まれませんでした。だって、その先に幸せが待っているんですから。だから、あたしは魔力のすべてを放出していったんです。
想像していた以上に苦しくて、汗が止まりませんでした。体がけいれんするような感覚もありました。
「はぁ、はぁ……。これは、苦しいですね。でも、良いです。この苦しみがあれば……」
レックス様は、あたしが本気で苦しんでいると、理解してくれるはずです。あたしのそばに、居てくれるはずです。
「レックス様は、心配してくれますよね。私を癒やしてくれますよね」
あたしのことを、ちょっとバカにしたことを言いながら。それでも、目からは感情を隠せない。きっと、そうなるはずです。
そして、あたしが無茶をしないか、見ていてくれるようになるでしょう。
「あはは。想像するだけで、頭が変になっちゃいそうです」
何も起きていないのに、視界が点滅するくらいの快感が襲いかかってきました。本当にレックス様に癒やされたら、もっと先がある。
その瞬間を思い描くだけでも、幸福感があふれ出てくるんです。
ねえ、レックス様。あたしから、永遠に目を離さないでいてくださいね?




