137話 見えないところでも
休日なので、何を目的にするでもなく外出していた。訓練も、たまには休憩しないと効率が悪い。というか、フィリスやエリナに注意されたこともある。
ということで、ウインドウショッピングでもするかと考えていたのだが、あてが外れた。
「まさか、店が閉まっているとはな……うかつだったが、帰るしかないか」
まあ、買い物したい訳ではなかったから、別に良いのだが。予定とは違うが、別に良い。それならそれで、自室でゴロゴロでもしていれば良い。
休むのなら休むで、半端に歩かない分、結果的には好都合なのかもしれないな。最初から自室に居ろという話かもしれないが。
ということで、寮の部屋へと向かう。たまにはひとりも悪くないと思ったが、メイド達と過ごすのも良いだろう。
みんなとなら、何をしていようと楽しいはずだ。仕事の邪魔をしないようには、気をつけないといけないが。
部屋に帰ると、すぐに出迎えてくれた。駆け寄ってきたので、少し申し訳なくなるな。予定なら、もうしばらく空けているはずだったのだが。
メイド達にも、俺が居ない空間で息抜きする時間は必要かもしれない。とはいえ、いまさらだ。ここから出ていっても、不自然なだけだろう。仕方ないな。
「お帰りなさいませ、レックス様。予定より早いお帰りですね」
「何か御用がおありでしたら、いかようにもお申し付けください」
いま気づいたが、2人しか居ない。アリアと、ミルラ。いつもなら、ウェスが真っ先に来るイメージなのだが。
まあ、個人的な用があるのかもしれないし、忙しいのかもしれない。とはいえ、少しは気になる。聞くだけ聞いてみるか。
「うん? ウェスが居ないな。何か、知っているか?」
「そうですね。今は、フィリスさんのもとへ向かっているのかと」
「どうにも、レックス様がお賜りになった、ウェス様の武器を訓練しているのだとか」
黒曜か。あれは反動のない銃みたいなものだし、使いこなせば強いだろうな。少なくとも、魔法使い以外には優位に立てるだろう。
それどころか、並大抵の魔法使いに勝つことも可能かもしれない。闇の魔力の効果があれば、通常の魔法はものともしないからな。
まあ、魔力の差で押し切られたら、どうにもならないだろうが。その辺は、限界がある。無尽蔵に魔力が生み出されはしないのだし。
そして、ウェスに侵食できる魔力の量にも限界がある。まあ、当たり前だ。過剰に投与していい物質など、存在しないのだから。薬ですら、量を間違えれば死ぬのだから。
魔力が物質かという議論は、今はどうでもいい。重要なのは、ウェスを無敵にすることはできないって事実だからな。まあ、当然か。俺ですら、無敵ではないのだから。
「なら、軽く様子を見に行ってみるか。お前達、留守は任せる」
「かしこまりました。ウェスさんも、喜ぶでしょう」
「もちろんでございます。レックス様の秘書として、必ずや」
ということで、ウェスの場所を探す。魔力をたどれば、簡単に場所が分かる。ストーカーみたいではあるが、アリアやミルラに聞いても、答えが返ってきそうだからな。
軽く送り出されたことだし、ウェスが喜ぶとも言われたことだし、隠しては居ないはずだ。まあ、問題ないだろう。
校庭に向かうと、そこでウェスとフィリスが向かい合っていた。まだ戦っていないし、これから始まりそうな感じだな。ちょうど良い。
「……来て。ウェス、あなたの武器は、とても可能性に満ちている。流石はレックス」
「ご主人さまは、とってもすごいんですからっ!」
黒曜を構えるウェスの姿は、かなり様になっている。これまで、練習を重ねてきたのがうかがえるな。
それと同時に、感慨のような、寂しさのような、よく分からない感情が浮かび上がってきた。
俺の知らないところでも、みんなは生きているし、成長も変化もしている。当たり前の事実ではあるのだが。なんか、いま実感できた。
「……当然。私から見ても、最高の魔法使い」
「行きますよっ! 黒曜、わたしに応えてっ!」
ということで、ウェスは銃口をフィリスへと向ける。ここから、訓練が始まるのだろう。
「……課題。私の防御に、どう対応する?」
まずは、フィリスがいくつかの魔力の盾を出現させる。どれも円状で、周囲を囲まれている。隙間はあるが、盾は自動で動いている。
なかなか、対処は難しいだろうな。盾と盾の間隔は、大きくても手のひらサイズあれば良い方で、フィリスとウェスは10メートルほど離れている。そこらの部屋の、端から端より広い。
「隙間があるのなら、そこを狙うだけですっ!」
まずは、本当に隙間に弾を潜り込ませていた。フィリスは見えない防御でもしているのか、無傷ではある。ただ、ウェスの実力は確かだと確認できた。
隙間は動いているし、狙うのも難しいだろう。だが、一発で的確に撃てていた。それだけで、素晴らしいことだ。俺に同じことができるかどうか。
「……次。攻撃が来たら、どうする?」
ウェスの右や左、上など、様々な方向から魔法が飛んでいる。まあ、当たったところで痛いだけに見えるが。魔力の弾ではあるが、ビー玉を投げられたくらいじゃなかろうか。
まあ、いずれは必要だろうが、基礎を学んでいる段階で痛みは邪魔になるだけか。
「避けながら、反撃するだけですよっ!」
ウェスは、フィリスの攻撃に視線を向け、それをステップで避けながら、フィリスの方に銃を向けて、見もせずに撃つ。それが命中する軌道にあるのだから、流石だ。
「……防御。今度は隙間なんてない」
フィリスの周囲は、完全に魔力の膜に包まれている。つまり、火力で押し切るべき状況を作ったということだろう。
これに対策ができないならば、一定以上の魔法使いには、絶対に勝てない。さて、どうするのだろうな。
「だったら、何度でも撃ち抜くまでですっ!」
ウェスの回答は、同じ箇所に何度も弾をぶつけることだったらしい。その結果として、魔力の膜は破れていく。
フィリスは落ち着いた様子で、魔法を解除する。すると、ウェスの構えも解かれていった。
「……終了。今日はここまで。これ以上は、効果が薄い」
「ありがとうございましたっ、フィリスさんっ」
平然としているフィリスに、ウェスはペコリと頭を下げる。うさぎの耳が揺れて、ちょっと可愛い。
「……当然。レックスの従者が強いと、私にとっても都合が良い」
終わった様子なので、声をかけることにする。流石に、訓練の邪魔をするのは嫌だったからな。
「フィリス、ウェス、見ていたぞ。ずいぶん、成長したじゃないか」
「ありがとうございますっ、ご主人さまっ! 褒めてくれて、嬉しいですっ」
「……期待。レックスの作った武器の性能を、確かめたかった」
とりあえず、フィリスも嫌々という訳ではなさそうで、何よりだ。ウェスも喜んでいるし、2人が親しくなったのも、良い感じだ。俺の居ないところでも、悪くない関係ができているようで、ありがたい。
「それにしても、いつから訓練していたんだ?」
「……アイク。それからすぐ、申し出があった」
ああ、事件があったものな。当時は、学園全体が大騒ぎになった。最悪を引いていたら、ウェスやアリア、ミルラが傷ついてもおかしくはなかったんだよな。
「いつまでも、ご主人さまに守られているなんて、ダメですからねっ」
「まあ、お前が強くて困ることはないが。だからといって、仕事に支障をきたすなよ」
というか、無理をされたら困る。自分を守れるのは、良いのだが。過労にでもなられたら、心配では済まないからな。
「もちろんですっ。わたしの仕事は、ご主人さまのメイドなんですからっ」
「そうか。なら、好きにしろ。ただ、付け焼き刃で油断するなよ」
「はいっ。前の時みたいに、ご主人さまに迷惑はかけませんからっ」
「オリバーの時のことか。気にする必要はないんだがな」
「……否定。ウェスにとっては、強い恩がある。それは事実」
「そうですよっ。わたしの右腕を治してくれて、幸せな時間をくれた。その恩に、甘えたくないんですっ」
「分かった。なら、今後も努力を続けると良い。俺も、手伝ってやろう」
「ありがとうございますっ。絶対に、強くなりますからねっ」
そう微笑むウェスの目からは、強い決意を感じた。




