135話 リーナ・ノイエ・レプラコーンの覚悟
私は、妹王女として、それなりには味方を手に入れられたと言っていいでしょう。
まあ、基本的には姉さんの友達ではあるのですが。ただ、今までは姉さん経由の味方すら、居ませんでしたからね。大きな進歩と言って良いのではないのでしょうか。
それもこれも、レックスさんがきっかけです。私達姉妹の仲を取り持ってくれたおかげで、様々なことが進み始めました。
姉さんも、私を軽んじる人には、明確に嫌悪感を示すことが増えましたから。私に配慮してくれているのだと思います。
結局のところ、私は姉さんのことも、まっすぐには見られていなかったのでしょう。ただ嫌いだという感情が先走って、盲目になっていました。
それに気づけたのも、レックスさんのおかげです。ですから、私の今の幸福は、彼がくれたものなんです。
というか、私の初めての友達で、いちばん大切な人。それは、今でも変わっていません。だからこそ、心から湧き上がる感情があるんです。
「フィリス・アクエリアス……。レックスさんの師匠。……邪魔だと、思ってしまいますね」
もともと、あまり好きではなかった。フィリスは評価されていて、私は評価されていなかった。それで、心を痛めていましたから。
もちろん、逆恨みであることは、理解できています。だから、殺意まではありませんでした。
ただ、譲れないものも、あるんです。フィリスは、素晴らしい教師で、確かな実力者。それは認めるところではありますが。だからといって、私にとって邪魔であることには変わりない。理由なんて、単純なものです。
「私とフィリスは、同じ五属性。なのに、フィリスだけ頼られて、私は頼られない」
それは、かつての苦しさを思い出させるものなんです。同じ五属性であるはずなのに、私だけが認められなかったことを。
もちろん、レックスさんは私を大切にしてくれています。友達だと思ってくれていますし、私の幸せを喜んでくれます。
だけど、もう物足りないんです。もっともっとと、求めてしまうんです。フィリスが持っている立ち位置だって、ほしいって。
初めての友達に執着するなんて、普通の感情ですよね? だって、初めてなんですよ? そして彼は、私の命を救おうとしてくれた人です。自分の命を顧みずに。
危険を押してまで、私を助けようとしてくれる人なんて、まったく居ない。今でも、他には姉さんくらいだと思います。だったら、レックスさんを求めるのも、当たり前ですよ。
どこまでも、ずっと一緒に居たい。だから、他の人にかっさらわれるなんて、我慢できない。
「分かってはいるんです。私の実力が足りないだけ。だとしても、レックスさんの心を奪われるのは……」
私にとって、ただひとりの親友。ルースさんやハンナさんも、友達とは言っていいかもしれません。ですが、何もかもが違うんです。
レックスさんだけなんです。私のすべてを、受け入れてくれそうなのは。影姫という劣った存在を、抱きしめてくれそうなのは。
だから、少なくとも五属性としては、ただの魔法使いとしては、誰よりも上で居たいんです。最低限、レックスさんにとっては。
「そのためにやるべきこと。簡単です。強くなることだけ」
そして、強くなるためにすべきことは、努力だけ。無論、ただがむしゃらになれば良いと思うほど、ただ時間をかければ良いと思うほど、私は愚かではない。
だとしても、常人を遥かに超えた努力は必要なんです。なにせ、これまで世界最強の魔法使いとされた人間を、超えなければならないのですから。
多くの人間には想像することすらできない苦難が、待ち受けているでしょう。だからといって、立ち止まるわけがない。それでは、欲しいものは手に入らないんですから。
「誰に評価されなくてもいい。レックスさん以外の、他の誰かには」
そう。私は、レックスさんにだけ認めてもらえれば良い。姉さんに褒められるのも、確かに嬉しいですよ。でも、そのためにレックスさんを失うくらいなら、私は姉さんを切り捨てます。
だから、私は認められなくてもいいんです。ただひとりの例外を除いては。
「だけど、レックスさんの隣は、五属性として頼られる存在は、私であるべきなんです」
少なくとも、レックスさんにとって最高の魔法使いは、私でありたい。そうであるならば、他に何もいらないんです。
レックスさんは、私が生きていたら嬉しいと、態度で示してくれた。そんな相手以外の、何が必要だというのでしょうか。
いま私を認めている人にも、かつて私を軽んじていた人は多い。だから私も、多くの人を軽んじるだけ。当然の報いですよね?
「どれほど苦労しようとも、私は強くなります。フィリスなんて、軽く超えるくらいに」
世界最強、いかほどのものですか。そんな壁を、レックスさんは越えようとした。そして超えた。だから、彼の隣に立つ人間は、弱くてはつとまらない。それだけなんですよ。強くなる理由なんて。苦難を乗り越える理由なんて。
だから、どこまでも強くなる。最強だって、ただの踏み台にしてみせる。
「レックスさんに、これまで私を頼らなかったことを、後悔させるくらいには」
そうですよね。レックスさんの相棒は、私であるべきなんです。彼のヒロインは、私であるべきなんです。
私と彼がつながる道だけが、正解。そんな未来が訪れるまで、私は諦めません。
「まずは、魔力全てを、絞り尽くすところからでしょうか……」
魔力を使い切れば、その量が伸びる。誰もが知っていて、やらないこと。なぜなら、苦痛が伴うから。全身の骨を一本一本折るよりも苦しいとされるくらいには。
だけど、そんなことで止まるわけがない。私は、何が何でもレックスさんに頼られたいんですから。
なら、やるべきことはひとつだけ。どれほどの苦痛が待っていようとも、全ての魔力を吐き出すだけ。実行したら、想像していたより遥かに痛かったです。
頭のてっぺんから、つま先まで。皮膚も、筋肉も、内臓も。どこもかしこも痛む。それこそ、引きちぎられているんじゃないかと思うくらいには。
「……くっ、意識が遠のきそうです。でも、止まるわけには……!」
襲いかかる痛みに耐えながら、私は魔力を引き出していく。何時間も経過したような気がしたころ、ようやく、魔力が尽きたと実感できました。
私は地面に倒れ込んで、流れる汗をぬぐうこともできないまま、じっとしていました。
「ふふっ、苦しいですね。でも、これが、私のレックスさんへの想いなんですよ?」
これほどの愛が、あるだろうか。これからずっと、今の苦痛を乗り越えるんですよ。そんな事をできる人間が、どれほど居るでしょうね。
私は、誰よりもレックスさんを想っている。その証拠として、何よりのものでしょう。自分が、誇らしいくらいです。
「レックスさんだって、きっと立ち止まったりしない。だったら、私も。それだけのことです」
きっと、強くなった私を、褒めてくれるでしょう。ひねくれた、トゲのある言葉で。でも、確かに暖かい顔をして。
「ねえ、レックスさん。私に頼ってください。求めてください。必要としてください」
それだけのために、私はどんな努力だってできますから。レックスさんだけが、私の人生なんですよ?
「ああ、楽しみです。レックスさんが、私に背中を預ける瞬間が」
それを想像しただけで、全身に電気が走るような気分がします。ゾクゾクとして、少し心地良いような。
レックスさん。私を捨てないでくださいね。それだけで、何でもしますから。
ねえ、お願いですよ?




