132話 ひとつの壁
カミラとエリナの戦いは、大きな参考になったと言っていい。剣術の新しい可能性が見えて、今すぐにでも剣を振りたいと思ったくらいだ。
実際、その日は剣技の訓練に力が入った。とても興奮した思いを、剣に叩きつけていたんだ。
まだまだ先は長い。そう思える。俺は道半ばだと、強く実感できた。だからこそ嬉しい。もっと成長できる。もっと進化できる。そんな気持ちで、胸がいっぱいになるからな。
とはいえ、俺の目指すべき道は剣と魔法の融合だ。エリナにもできないし、フィリスにもできない。そんな技にたどり着いてこそ、2人に恩返しができる。
まあ、今日明日にできることではない。一歩一歩、確かに進むのが大事だ。焦りすぎても、つまずくだけだろう。
つまりは、日々の授業や訓練に力を入れるだけ。いつもと変わらない。ただ、心持ちは違うかな。つい、剣を持つ手に力が入りそうになる。
みんなとの連携だって忘れてはいけないし、魔法の訓練だって重要だ。やることが多いからこそ、段階を踏んで成長しないとな。
あれもこれもと手を出して、どれも中途半端になるのが最悪の結果だ。ただ、全てが必要な技術なのも確か。優先順位の付け方が、大きな課題になるだろうな。
まあ、俺ひとりで考える必要はない。尊敬できる師も、頼りになる仲間もいるのだから。相談したり、討論したりしながら身に着ける。それが理想のはずだ。
だから、学園でいつも通りに過ごすのが、最善だろうな。結論は、変わらない。目の前の授業に集中するだけだ。
なにせ、フィリスもエリナも最高の先生なのだから。その授業を無駄にするなんて、あり得ないよな。
「……課題。今回も、戦闘を見てもらう。私と、レックスの戦いを」
フィリスは、熱のこもった瞳でこちらを見ている。これは、気合が入っていそうだ。もしかしたら、本気が見られるのかもしれない。
どれほど強いのだろうか。原作の知識では、万の軍を倒していた。そんな相手に、どこまで抵抗できるだろうか。
今の俺に、万は倒せないと思うんだよな。だから、胸を借りる形になるだろう。それでも、期待には応えたいが。
フィリスに俺の成長を見せる、良い機会だ。そして、俺の進むべき道を知る機会でもある。
「聞いていないんだが。まあいい。俺の力を見せるには、ちょうどいい」
「楽しみね! どっちが強いのかしら! 私はレックス君を応援するわ!」
「とても興味深いですね。この学園最強が決まるんですから」
「レックス様なら、きっと勝てるよね!」
「私も、期待しています。私達の主は、最強なのだと」
「あたしは、結果がどうあれ着いていきますけどね」
「今回は、撫でられるチャンスがない。残念」
「レックスさんならば、最低でも、いい勝負はできますわよね?」
「頑張ってね、レックス君。あなたなら、誰にも負けないよ!」
「あたくしとレックスさんの、本当の意味での距離を知る機会よ。見逃せないわ」
「同感でありますな。近衛騎士として、頂点を知るためにも」
みんなの応援は、とてもありがたい。だが、少しプレッシャーでもある。いくらなんでも、フィリスが相手だからな。
そこらのザコとは格が違う。というか、『デスティニーブラッド』全体でも、圧倒的に上位の存在。そんな相手に、どこまでできるのか。それが問われることになるだろう。
前回と同じ訓練場に向かう。だが、心境はまるで違う。なんというか、緊張する。何か失敗はしないだろうか。恥ずかしい姿を見せないだろうか。そんな不安もある。
拳を握って気合を入れると、少し震えている自分に気づいた。こんな姿、誰にも見せられないな。
だが、悪くない。格上と戦う、めったにない機会なんだ。命の保証がされている状況でなんて、最高だよな。絶対に、良い経験になる。
戦いの場でフィリスと向き合うと、凄絶な笑顔を見せていた。なんというか、獲物を見つけたトラみたいな? あるいは、獰猛なクマとか?
いずれにせよ、普段は無表情なフィリスが見せる顔に、圧倒されかけていた。だが、負けていられない。少なくとも、カッコいい姿を見せないとな。
「……期待。レックス、準備はいい?」
「当然だ。いつでも来い。お前とて、打ち破ってみせる」
「……希望。あなたが私を超えるのならば、とても嬉しい」
「問答はいいだろう。さっさと始めるぞ」
俺の言葉に、フィリスは手を前に出す。そのまま動き始めた。
「……小手調べ。五曜剣」
これまでに見た、どんな魔法よりも強いと確信できる力を感じる。まだ魔法は放たれていないのに、風で吹き飛ばされる気すらする。
おそらくは、まともにぶつかれば、城でも跡形も残らないだろうな。そんな予感がした。下手をしたら、都市くらい吹き飛ばせるかもしれない。
観客席が心配になるが、気にしている余裕はない。抵抗できなければ、俺の命が危なそうなんだからな。
そして、魔法が放たれる。5つの属性を重ね合わせた刃が。目の前に迫ってくるだけのことで、押しつぶされるかのような心地を味わっていた。
「どこが小手調べだ! 思いっきり来やがって! 闇の刃!」
俺も魔力を収束した刃を放つ。ぶつかって、しばらく拮抗する。
「……欺瞞。ウソも戦術のうち。乗り越えてみて」
さらに、フィリスの魔法から感じる圧力が高まった。俺も魔力を注ぎ込んでいくが、徐々に押されていく。
「このっ! 押し切られる! 仕方ない! 闇の衣!」
防御魔法を発動した段階で、お互いの刃が爆発する。完全にこちら側にだけ爆発が飛んできていて、力比べで押し負けた証となっていた。
だが、なんとか防御には成功した。爆発を受けても、俺は無傷。助かったな。
「……関心。今ので決着がついても、おかしくはなかった」
「バカにされたものだな。なんて言っても、情けないだけか」
「……否定。ただ、レックスは本当に全力? そこが疑問」
フィリスは、こちらをじっと見る。俺の心まで、のぞき込みたいかのように。金の瞳に、何もかもを見通されるような感覚があった。
「何を言って……」
「……確信。どう見ても、魔力は尽きていない。それなのに、出力で私に負けた。見せて。レックスの本気を」
魔力は、確かに尽きていない。それどころか、さっきと同じ魔法なら、何度でも放てる気がする。
ああ。俺はそもそも、勝つ気がなかった。負けることを前提に、どれだけいいところを見せられるか考えていた。そんな心持ちで、勝てる訳が無い。
おそらくは、恐怖が抜けきっていなかったのだろう。強くなることで、みんなから恐れられることへの。
情けない限りだ。だが、まだ終わってはいない。みんなの友達にふさわしい俺で居るために。何よりも、フィリスの期待に答えられる俺になるために。
さあ、ここからが本番だ! 誰に失望されたとしても、フィリスを裏切るなんて、あり得ないよな! 全身全霊をかけて、打ち破る。それこそ、恩返しだ。何度も考えていたじゃないか。
そうだ、やるぞ。やってやる。まだ、立ち止まるには早いんだ。全身全霊をかけろ。全てを絞り尽くせ。そこから、すべてが始まるんだからな!
「……そうか。俺は、迷いを捨てきれていなかったんだな。なら、今度こそお前を打ち破ってやるよ!」
「……期待。あなたの全てを、私に見せて。五曜剣」
「望み通りにしてやるよ! 闇の刃!」
もう一度、俺とフィリスの魔法がぶつかりあう。今度は、完全に拮抗している。だが、こんなところで終わりじゃない。俺には、まだ切り札がある。
そうだな。ミュスカとサラが、今どうすべきかを教えてくれる気がする。俺の闇魔法は、ただ威力が強いだけの魔法じゃないんだ。
相手の魔力を侵食して奪い取り、おのれの力として使う。ミュスカの魔法と同じ。だが、まだ先がある。
簡単なことだ。サラの魔力を預かって、その属性の力を使った。同じことを、今やるだけだ!
「……侵食。私の魔力が、奪われている」
「ああ、そうだ。闇魔法の本領を、ここで見せてやるよ! 闇と五属性を、重ね合わせてな!」
どんどん魔力を奪って、そのすべてを収束していく。属性どうしが反発するが、抑え込む。全てを叩きつけるために。
「……感嘆。今まで、見たことない。これが、レックスの本領」
「そうだ! そして、これで終わりだ!」
フィリスに直撃しないようにだけ気をつけて、魔力の反発を解放する。爆発が起ころうとするが、その方向を制御する。
それで完成したのが、光の柱のようなもの。地面にぶつかると、その奥の奥、星の中心に向けて突き進む。しばらく地面が揺れ、やがて収まった。
体感的には、地面を2キロくらいは掘れたと思う。それこそ、落ちてしまえば10分くらいは落下し続けそうだな。
こんな物が当たってしまえば、人間なんて蒸発するだろう。というか、城だって壊せると思う。下手したら、街のひとつやふたつくらい、更地にできそうだ。
とんでもない技を生み出してしまったな。もはや、まともに戦えば、誰にも負けないんじゃなかろうか。
土埃が収まると、フィリスは満面の笑みだった。幸せそうで、楽しそう。思わず見とれてしまって、ちょっと笑われた。
「……歓喜。レックスは、私の人生で、最高の魔法使い」
「お前にもっと先を見せると、約束しただろう? まだまだ、俺は終わりじゃないさ」
「……期待。あなたがどこまで進むのか。楽しみ。ずっと、見守っているから」
穏やかな瞳で見守ってくれるフィリスの期待に応えるためにも、もっともっと先を目指さないとな。その時は、いま以上の笑顔を見せてくれるかもしれない。
とても、楽しみだ。心の底から、そう思えた。




