129話 最高峰の戦い
ミュスカに対して、どう接するか。とても大事な問題だ。とはいえ、学生としてやるべきことは、ものすごくたくさんある。つまり、1人のことだけを考えてはいられない。
もちろん、友達としてミュスカのことを大事に思っている。それを伝えるつもりだ。直接言葉にできずとも、態度で。
まあ、言わなきゃ伝わらないという意見も分かる。だが、現実的には難しい。本音を話せる状況からは、遠いからな。
俺の本心が話せる状況とは、つまりブラック家とその周囲のしがらみから逃れられた時。おそらくは、父も母も死んだ時。
……これ以上は、考えたくないな。その思考こそが、俺の現状を示しているのだとしても。もはや、手遅れなのかもしれない。
だからといって、平和な未来を諦めることなんてできない。俺の望みは、親しい人と楽しい時間を過ごすこと。それだけなのにな。この世界には、障害が多すぎる。
まあ、いま考えても仕方のないことだ。目の前の授業に、集中しよう。強くならないことには、何もつかめないのだから。この世界は、弱いだけで何もかもを失う世界なのだから。
「……課題。ダンジョンは、しばらく使えない。だから、別の授業」
「今回は、お前達に戦いを見てもらう予定だ。私と、カミラのものだな」
エリナとカミラの戦いなら、この世界の剣技としての最高峰が見られるだろう。個人的には、とても気になる。実際のところ、どちらが強いのだろうか。
カミラの圧倒的な速さは、俺でもついていけないレベルだ。少なくとも、闇魔法抜きでは勝てない。そんな相手に、エリナはどう立ち向かうのだろうな。
結果がどうあれ、とても参考になるだろう。俺の今後を考えても、大きな影響のある授業だろうな。
「……重要。魔法以外の技術の価値を、知るべき」
「まずは、訓練場に移動してもらおうか。話は、それからだ」
ということで、訓練場に向かう。といっても、コロッセオみたいな感じだが。観客席があって、その中央で2人が向かい合っている。フィリスも居て、おそらくは審判としての仕事をするのだろう。
見ているだけでも、強い殺気が伝わってくる。本気で殺す気じゃないかと思えそうなくらいだ。流石に、ありえないだろうが。今の状況で、相手を殺す意味なんて、どこにもない。損しかないだろう。
というか、カミラもエリナも、無意味に人を殺して喜ぶ人間ではないだろう。そこは信じている。戦場になれば、いくらでも殺す人でもあるのだろうが。
まあ、フィリスが居るし、俺も居る。最悪の事態には、ならないだろう。仮に殺すことを目的にしている人が居ても。
「楽しみね! カミラさんの戦い、実はちゃんと見たことがないのよね」
「フィリス先生が、魔法以外の技術の価値と言うと、重いですよね。最高の魔法使いだって言われているのに」
確かにな。フィリスほど魔法に詳しい人間、というかエルフだが。そんな相手は知らない。なのに、剣技の重要性を理解しているのだ。余計に恐ろしいよな。
最強の魔法使いという事実に、慢心していない。魔法が全てだとも思っていない。魔法使い以外が軽んじられる、このレプラコーン王国に住んでいるのに。とんでもない事実だ。
「レックス様とフィリス先生、どっちの方が強いんだろう?」
「ジュリア。今は余計なことを気にしないの。目の前の光景に集中しなさい」
「今回は、撫でてもらうチャンスがない。厳しい」
「あたしにとっては、参考にすべき戦いですよね。カミラさんは、あたしと同じ一属性なんですから」
「その意味では、わたくしも見た方が良いのでしょうね。まあ、初めてではありませんが」
ラナもフェリシアも、熱心だよな。そのくらいの方が、頼りにはなるが。それに、努力できる人は好きだ。俺も頑張ろうと思えるし。
「カミラさんが勝つでしょうね。あたくしでも、一目置く方ですもの」
「近衛騎士を目指すのならば、剣技のような、狭い空間で戦える手段も必要でしょうね」
「レックス君は、どっちが勝つと思う?」
「さてな。どちらも、俺よりは弱いだろうが」
というか、分からない。少なくとも、エリナの全力は知らない。原作では、四属性以上の魔法使いには、勝てている描写はなかったが。
ただ、カミラだって、勝った描写があるのは三属性の相手までだ。とはいえ、原作よりは明らかに強い。
本当に、気になる勝負だ。目が離せないな。気を抜いたら、目で追えないだろうが。とりあえず、目を魔力で強化してみるか。
「……準備。もう、良い?」
「あたしは、いつでも構わないわよ」
「私も、問題ない。久しぶりに、血がたぎっているよ」
「……開始。もう、始めて良い」
ということで、戦いが始まる。まずは、カミラが動き出した。
「行くわよ! 迅雷剣!」
「甘い! 動きが見え見えだぞ!」
一瞬で距離を詰めるカミラ。その剣を弾くエリナ。やはり、2人とも強いな。まともに目で追うのも難しいだろうカミラと、それに対応できているエリナだからな。
「……まさか、初手で決まらないなんて。あたくしの目も、曇ったものね」
ルースはため息をつく。だが、そんな事をしていては、試合の流れを見過ごしかねない。俺は、さらに2人の動きに集中していく。
「バカにしてくれたものね! さっさと終わらせてやるわ!」
カミラはバチバチと剣と全身を光らせながら、フィールドの全体を使って駆け回る。そして、エリナに斬りかかっていく。
だが、エリナの側は冷静だ。あらゆる攻撃を受け流し、まともにダメージを受けていない。俺なら対応できないだろう連撃に、どうやって対処しているのだろうな。結果を見ても、納得ができない。
なにせ、エリナの速度は、カミラより遅いのだから。その状況で、どうやってカミラの剣技をさばいているというのか。恐ろしい話だ。
「なるほど、大した電力だ。ただの剣ならば、負けていたかもな」
「……その剣、やっぱりそうなのね。……バカ弟の前で、負けてられないのよ!」
それからも、カミラは圧倒的な速度で切りかかっていく。だが、有効打は一度もない。観察していて気付いたが、カミラは自由に剣を振れていないのか? そんな気がした。まだ、理由は分からないが。
「やはり、速い。だが、それだけだ。対処できないほどじゃないな」
「このっ! いい加減、当たりなさいよ! あたしの方が速いのに!」
どこかでも聞いたようなセリフな気がする。まあ、俺と戦っていたときだろうが。実際、魔法抜きの剣士としてなら、エリナの方が数段上なのは明らかだ。戦いを見なくても、分かっていたくらいには。
そこが、分かれ目なのだろうな。ああ、ようやく理解できた。カミラの剣の起こりを、エリナが止めている。振り上げて、振り下ろす。その一連の流れの途中で、剣が加速する前に止めているんだ。
なるほどな。剣技の腕前で、身体能力の差を埋めるみたいなものか。今回の戦いを見た価値は、今の気付きだけでも十分だな。
「その速さに、おぼれているだけ。そろそろ、十分だな。決めさせてもらおう」
「舐めるんじゃないわよ! 迅雷剣!」
カミラは剣に電気をまとわせ、剣ごとエリナに叩きつけようとする。
「流石に、電気の直撃を受けたら、まずいな。だが、当たらないよ」
エリナはステップを踏んで、カミラから遠ざかる。その瞬間、カミラが笑った気がした。
「距離を取ったなら、あたしの勝ちなのよ! 紫電撃!」
一条の雷が、エリナに向かう。それを避けながら、エリナはカミラの方へと駆け抜けていった。
「剣から集中を切ったな? 終わりだよ。音無し!」
剣自体の最高速では、カミラすら上回るのではないか。それこそ、音を置き去りにするくらいに。なんて感じる剣の動きで、エリナはカミラの首筋に剣を突きつける。
「……決着。エリナの勝ち。今日の授業は、これでおしまい」
「レックス様、すごかったね! まさか、エリナ先生が勝つなんて!」
「……これが、魔法以外の技術の価値。魔法もなく、カミラさんが敗れるとは。私も、甘く見ていたようですね。反省すべきです」
素晴らしい戦いを見た。その興奮は、抑えきれない。今すぐにでも剣を振りたい。その思いで、いっぱいになっていた。




