128話 きっと本当の笑顔
とりあえず、前回の事件ではミュスカの命を救えた。それで良いだろう。これからも、もし彼女が危険な目に合うのなら、助ける。それだけだ。
転移の原因は、おそらくは邪神の眷属なんだろうな。だから、倒した今なら、安全だとは思う。ダンジョンでの課題は、念の為にしばらく止まるらしいが。
やはり、ミュスカは大切な友達だ。疑わしい部分はあるにしろ、死んでほしくない相手なんだ。それは間違いない。
どうやって排除するかを考えるよりも、どうやって仲良くするかを考えるべきだろう。心情から見ても、利益を考えても。
ミュスカの闇魔法は、とても強い。演技の才能も、本物だ。そんな人を味方にできるのなら、心強い。
それに、一緒に居て楽しい瞬間は、絶対にある。だから、もう見捨てるとか、敵にするとか、そんな事は考えない。努力の方向性は、仲を良くするためだけでいい。
もう、迷いたくない。ミュスカを切り捨てた道の先に、俺の幸福はないのだろうから。そう分かったのだから、ただ信じるのが理想なはずだ。まあ、一日二日でできることではないだろうが。
「レックス君、今日は一緒に出かけない?」
ミュスカが遊びか何かに誘ってくる。休日ではあるのだが、急だな。まあ、事前に約束も難しいか。昨日の今日だしな。
どう考えても、俺に助けられたことによって、何かしらの心情が変わったとするのが自然だからな。本心であれ、計算であれ。
もう、俺への言動が全て偽りでもいい。そう思いたいものだ。自分を納得させるのには、時間が必要だろうが。
ミュスカが大切な相手なのは、分かり切っている。騙されているだけなのかもしれないが。
というか、ずいぶん楽しそうな顔だ。心躍っているかのようにまで見える。満面の笑みというか。こっちまで嬉しくなりそうなくらいだ。
「何のつもりだ? この前の礼のつもりなら、必要ない」
「そういうのじゃないよ。ただ、あなたと一緒の時間を過ごしたいだけなんだ」
真剣な瞳で、じっと見てくる。よほど、大事な言葉だと認識しているのだろう。かなり好意的なものだから、俺に何かをアピールしたいはずだ。まあ、素直に考えれば、俺が大切だということなのだろうが。
信じるのが正しいと認識していても、どこかで疑ってしまうな。俺の好感度を稼ぐための行動じゃないかと。だからといって、拒否するのはありえない。少なくとも、信じるための努力をするべきなのだから。
「仕方のないやつだ。好きにしろ。たまには、付き合ってやるさ」
「ありがとう。どこへ出かけようか? お店とか、良いかもね」
すぐにほころぶ顔は、見ていて癒やされる。実際のところ、以前よりは好意的にミュスカを見ているのは事実なんだよな。この調子で、もっと好きになっていけばいいだろう。
ミュスカの計画通りという可能性も、思い浮かんではいるのだが。だが、中途半端が一番良くない。信じるなら信じる。疑うなら疑う。はっきりさせた方が良いだろう。まあ、言葉ほど簡単ではないが。
「お前に任せる。都合の良い場所を選べばいいさ」
「もう、ふたりで楽しんでこそ、なんだよ? でも、そうだね。校舎裏に向かおうか」
「分かった。それにしても、陰気なやつだな。もっと、別の場所を選べばいいだろうに」
「違うよ、レックス君。あなたとの時間は、誰にも邪魔されたくないんだ」
「なるほどな。まあ良い。今回は、お前に合わせてやる」
「うん、ありがとう。今日は、とっても楽しい日になりそうだね」
ということで、校舎裏に向かう。そこにあったベンチに、2人で座る。腕を組んでいて、かなり密着している。息すら感じてしまうくらいに。
なんというか、緊張するな。ミュスカは、清楚な美少女と言って良い。そんな相手と2人きりなのは、落ち着かない。
「2人きりだね。すっごく楽しいよ。ねえ、私のドキドキ、伝わっているかな?」
実際、心臓の鼓動が伝わりそうなくらい、ガッツリと腕に絡んできている。声も弾んでいるし、とても楽しそうだ。本当に楽しんでくれているのなら、嬉しい限りではあるが。
「あまりくっつくんじゃない。動きづらいだろうが」
「そう言って、私に歩く速度を合わせてくれるんだもんね。そういうところ、好きだな」
「うるさいやつだ。まあ良い。それで? 何をすれば満足なんだ?」
「2人で一緒なら、それで良いんだよ。私は、レックス君との時間を過ごしたいだけなんだから」
穏やかな顔で微笑んでいる。そんな姿を見ると、もっと見ていたくなるな。なんだかんだで、かなり情がある。大切な友達だとは、思っているんだ。
「それで、こんな場所まで来たと。まあ、合わせると言ったことだ。最後まで、付き合ってやるさ」
「ありがとう。レックス君の手、温かいね。こうして温もりを感じていると、幸せだな」
「そうか。まあ、色々あったからな」
「うん、そうだね。こうしてレックス君と話せなくなるかもしれなかったんだ。それは、嫌だったから」
目を伏せて、とても悲しそうにしている。俺も、ミュスカと二度と話せないのはゴメンだ。怖い部分はあるにしろ、今後も一緒に居たい相手なのだから。
そんな感傷に浸っていると、ミュスカはさらに近づいてくる。それこそ、唇どうしが触れそうなくらいに。頬が染まっていて、瞳がうるんでいて、妙な色気がある。
こちらまでドキドキしてしまいそうだが、頑張って抑える。少なくとも今は、結ばれてもお互い幸福にはなれないのだから。
「まったく、近づきすぎだ」
「嫌かな? レックス君を、もっと感じたいんだ。今、一緒に居られるって幸せを」
「仕方のないやつだ。今日くらいは、受け入れてやる」
「ありがとう。やっぱり、レックス君は優しいね。出会えて良かったよ」
幸福という言葉を形にしたような、明るい笑顔。それを見れただけでも、出会えて良かったと思える。やはり、助けたのは正解だった。今みたいな時間も、失うところだったのだから。
それから、しばらくは穏やかな空間が広がっていた。ミュスカはずっと楽しそうに話していて、こちらも楽しかった。
日も高くなった頃、ミュスカは手元から荷物を取り出す。
「お弁当、作ってきたんだ。どうかな?」
「良いだろう。俺が評価してやろう」
「食べてくれるんだね。ありがとう」
俺が食べていく姿を、ミュスカはずっとニコニコしながら眺めていた。弁当の中身は、冷めても美味しいように作られていて、努力を感じられた。
やはり、頑張り屋なところは、とても好きだ。いつも笑顔で居て、美味しい料理もできて、魔法の実力もある。そんな人になるまで、遊んで過ごしていたはずがないのだから。
「ふむ、よくできているな。俺のために尽くすのは、見事だ」
「美味しかったんだね。良かった。喜んでもらいたくて、頑張ったから」
拳を握って喜ぶ姿は、とても可愛らしいものだ。俺のために弁当まで作ってくれて、美味しいと言うと喜んでくれる。男の理想に近い姿だよな。
ミュスカは、多くの人に慕われているようだ。そこまで優しい姿を見せるのが、並大抵の苦労とは思えない。口にはできないにしろ、俺だけは認めるべきなんだ。
だって、その優しさに救われた人も、絶対に居るのだから。それに、大切な友達なんだから。
「そうか。これなら、また食べてやっても良い」
「なら、また作ってくるね。レックス君が求めてくれるのなら、いくらでも」
「好きにしろ。お前がやりたいようにすればいい」
俺の言葉に、優しい笑顔を見せてくれた。やはり、もっと仲良くしたい相手だ。本性がどうあれ。
それからも、空の色が変わるくらいまで、ずっと話をしていた。最後に、ミュスカはこちらの手を握る。
「今日はありがとう。おかげで、とても楽しかったよ。また、時間を作ってくれるかな……?」
上目使いで俺を見つめるミュスカを見て、今日みたいな時間を、何度でも過ごしたいと感じている俺が居た。




