126話 決意を固めて
ミュスカが目の前から、急に居なくなった。おそらくは、転移したんだと思う。だから、すぐにでも助けに行きたい。だが、どこに居るのか分からない。
俺は、どうするのが正解だ? 自分でどうにかするべきか? ミュスカがどうにかすることを期待すべきか? あるいは、フィリスか誰かに協力を仰ぐべきか?
「落ち着け。状況を整理しろ。今、ミュスカはどうなっている?」
冷静にならなければ、正しい判断はできない。そもそも、正解があるのかも分からないが。とはいえ、ミュスカが無事かどうか、そして助けられるかどうか。どんな手段を取れるのか、検討しないと。
時間がどれだけあるのかは、分からない。焦りがあるが、だからといって、がむしゃらに動いてどうにかなるとも思えない。
とにかく、何ができて、何ができないのか。それをまとめないと、一歩も進めないだろう。
「転移に近い状況からするに、罠の可能性が高い。つまり、何かしらの危機があるはずだ」
当たり前だよな。歩いていて、突然消えたんだ。普通に考えて、罠だろう。だから、ミュスカに危険が迫っているだろうし、助けに行く俺も危ないかもしれない。
「当然、助けに行くべきだろう。いや、待て。このまま進めば、脅威を排除できるんじゃ……」
そんな誘惑が、ふと浮かんだ。自分の手を汚さずに、危険そうな人を処分できる。これから先、ずっと警戒しなくて済む。原作で起こった事件のひとつを、未然に防ぐことができる。
だが、ミュスカが死ぬことになってしまう。そんなの、良い訳がない。
「バカなことを考えるな、俺! ミュスカは何も悪いことなんてしていないだろう!」
自分の弱さを振り払うように、頭を振る。そうだ。ミュスカを犠牲にして手に入れた未来に、意味なんてない。
そもそも、誰かを見捨てた上で、つかの間の平和を手に入れる。そんな姿勢は、みんなに誇れるものじゃない。俺の友達は、みんな輝ける人なんだ。仲間としてふさわしい自分でなくなるのなら、死んだ方がマシだ。
今の俺が幸せなのは、ミュスカを含めたみんなのおかげなんだ。それを忘れるな。何が、見捨てれば良いだ。そんなの、検討する価値もないだろう。悪を排除するつもりで、自分が悪に堕ちるつもりか。
「命がけになるとしても、助ける! それで良いんだ!」
覚悟を決めろ。ミュスカが疑わしいとしても、そんなの関係ない。全力で助ける。それだけだ。迷うべきじゃない。まっすぐ進め。
「まずは、どうやって助けるかだ。ミュスカの位置は、単純には探れない。何も贈っていないからな」
アクセサリーでも贈っていれば、話は早かったのだが。ミュスカのもとに転移して終わりだった。だが、今は難しい。そうなると、まずやるべきことは、居場所を探すことだ。
「なら、このダンジョンに魔力を侵食させて、状況を探る。そこからだ」
ということで、ダンジョンに魔力を送り込み、怪しい場所を探す。すると、妙な反応があった。そこに向かう。
「見つけた、転移の魔法陣。この先が、ミュスカのところに繋がっている保証は無いが……」
選択を間違えていれば、ただ俺が危険になるだけだ。そして、ミュスカの安全は遠ざかる。だが、ダンジョンに魔力を侵食させても、ミュスカらしい反応はない。
「覚悟を決めろ。どの道、他の選択肢はない。罠だとしても、食い破るだけだ」
ということで、罠だと理解していながら、転移の魔法陣に入っていく。すると、目の前で、禍々しい叫び声が聞こえた。そちらを向くと、ミュスカが魔物に襲われている。
鹿のような姿をした、ヘドロのようなものをまとった魔物。おそらくは、邪神の眷属。ミュスカは傷だらけで、急がなければ危なそうだ。
「ミュスカ! 受け取れ! 闇の衣!」
とりあえず、防御魔法をかけて、ついでに、最低限の傷を癒やしていく。これで、すぐにミュスカがやられることはないはずだ。
「気を付けて! この敵、魔力を吸収してくるよ!」
ということなら、魔法を撃っても効果が弱いだろう。それなら、選択肢は限られる。とりあえずは、剣技だな。
「なら、やることはひとつだ! 音無し!」
「だめ、レックス君! 剣なんて、通じないよ!」
その言葉通り、敵の肌は剣を通さない。角を振り回して反撃してくるが、それは避ける。魔力を吸収する敵なら、防御を貫かれる可能性があるからな。
ただ、剣が通じないのなら、魔法で攻撃するしかない。敵は魔力を吸収するそうだが。
「それなら、我慢比べといこうじゃないか。お前は、どれだけの魔力を吸収できる? 闇の刃!」
まずは一発。当然、吸収される。同時に突進してくるので、避ける。そのまま、もう一度魔法を放つ。また吸収される。
同じような流れを数十回ほど繰り返すと、敵に攻撃が当たり始める。おそらく、吸収の限界が来たのだろう。そこからは、簡単だった。もう一度魔法を放つと、そのまま敵は真っ二つになった。そして、煙となって消えていく。
「うそ、勝っちゃった……。もう終わったと思ったのに……」
ミュスカは、目を真ん丸にして見開いている。よほど、追い詰められていたのだろう。つまり、助けるかどうかで迷っていたら、間に合わなかった。
こうして助けられて、安心している俺を自覚できた。つまらない誘惑に引き込まれなくて、良かった。そう言うしかない。
「俺にとっては、たやすいことだ。まったく、油断するからだぞ、ミュスカ」
「ごめんね。そして、ありがとう、レックス君。救ってくれて」
瞳をうるませながら微笑むミュスカは、とても魅力的に見えた。この笑顔を見れただけでも、対価としては十分だよな。
というか、彼女が死んでいたら、同じ時間を過ごすことはできなくなっていたんだ。それを防げた。より多くのものは、求めるべきではないよな。
利益のために誰かを助けることもあるだろう。だが、そんな関係は友達じゃないんだから。ただ生きているだけで満足。それで良いんだ。
「面倒をかけさせやがって。ひとつ、貸しだからな」
「ねえ、どうしてレックス君は、私を助けてくれたの? ずっと、私を疑っていたのに……」
やはり、気づかれていたのだな。とはいえ、助ける理由なんて簡単だ。ミュスカに生きてほしかったから。それだけなんだよな。流石に、言葉にはできないが。
「なんのことだ? というか、一緒に授業を受けていたのに、俺だけが無事なら、疑われるだろう」
「そっか。そんな理由にするんだね。レックス君の優しさ、最高だよ」
「まったく、妙な趣味なことだ」
「そんな事ないよ。レックス君は、とっても素敵な人。今回の件で、確信できたかな」
「なら、今までは違うと思っていたのか? 言葉の軽いやつだな」
「もう、違うって分かってて言うのはひどいよ。レックス君は、すっごく魅力的なんだよ」
頬を膨らませて言うミュスカ自身も、魅力的だな。まあ、そこはどうでもいい。これから先、ちゃんと信じていく。彼女が危険に陥るのなら、助ける。それだけでいい。
「そうか。まあ、好きに考えていればいいさ」
「もちろんだよ。これからもずっと、レックス君を大好きで居るからね」
「お前の物好きも、大概だな。好きにしろと言ったことだから、構わないが」
「そういうところ、好きだよ。これからもずっと、よろしくね?」
……? なにか、声に違和感があったような。ただ、嬉しそうに笑うミュスカの顔を見ていると、どうでもいいと思える。彼女と、これからも仲良くできる。それは、とても幸せなことのように思えた。




