121話 背中を預けられる相手
俺が力を抑えて連携する。全力で敵を排除する。それぞれが別々に動く。色々と試していたが、結果はあまり良くない。
まあ、本来は一朝一夕で身につくのがおかしいものだ。自分と相手が息を合わせるには、お互いがお互いを理解した上で、長い時間をかけるものだろう。
だから、今の状況が停滞しているかと言えば、そうでもない。というか、失敗を積み重ねる中で、これはダメだと分かっただけでも大きいんだ。
実戦でいきなり合わせようとして、当然のように失敗する。その可能性を減らせているだけでも、確かな成果だと言えるだろう。ただ、まだ満足するには早い。最終目標に、一歩でも近づくために努力する。それが、今の俺がやるべきことだ。
確実に必要なのは、訓練の時間だからな。俺にも仲間達にも、合わせるための努力が必要になる。
というか、急ぎすぎても良くない。相手があることなんだから、俺の都合だけで動くのは論外だ。まあ、だから難しいのだろうが。俺ひとりで解決できないから。当たり前のことではあるが、大切なことだ。
さて、気合を入れていこう。空回りしないように、それでも、確かに進めるように。
「今回は、わたくしとですわね、レックスさん? 他の女の子との共同作業は、楽しかったですか?」
フェリシアは、相変わらずだよな。だが、少し警戒してしまう。カミラの時の言葉は、俺を独占したいかのような表情は、本物かもしれないから。
今までだったら、軽く流せたのだがな。今は、怖い。機嫌を損ねてしまわないか。あるいは、他の誰かとフェリシアが敵対してしまわないかが。
俺にとっては、最大の理解者だと言っていい相手だ。何度も何度も、支えてくれた。だからこそ、関係には気を配りたい。その気持ちはあるのだが、正解が浮かんでこない。
「戦闘の訓練に、遊びみたいな感覚を持ち込む訳がないだろう。愚かなことだ」
「それは何よりですわね。では、今回も真剣に戦うと?」
も、と言われているあたり、からかわれていたのだろう。前回も真剣だったと認められているのだから。だが、からかいが判別できなくなってきた。毎回本音かどうかを考えないといけないのは、かなり厳しいな。
まあ、数をこなすうちに、慣れるはずだ。雰囲気の違いとか、声色とか、口調とか。何かで判別できるはずだ。そうじゃないと、とても困ったことになる。
というか、俺を責めれば折れるという前例を作ると、何度でも同じ行動をされかねない。だから、冷静に対応するべきなはずだ。
「当然だろう。良い連携ができるように、しっかりと訓練をしないとな」
「わたくしなら、レックスさんと相性が良いですわよ。試してみます?」
実際のところ、相性は良いのだろうな。俺は何度も助けられているし。フェリシアは俺をよく理解しているというのは、強く感じる。
ただ、俺の方がフェリシアを理解できているかという問題はつきまとうのだが。分かっているのは、俺をからかおうとしていること、本心をある程度知られていること、好意的でいてくれること。それくらいだ。
「兎にも角にも、実験しないことにはな。全ては、それからだ」
「同感ですわね。わたくしの実力、見せて差し上げますわよ」
「なら、さっさと行くぞ。問答している時間がもったいない」
「もう、失礼ですわね。わたくしとの会話が、楽しくないとでも?」
なんて、瞳をうるませながら言うのだから、卑怯だよな。本音であれ何であれ、無視なんてできない。だからこそ、からかわれているのだろうが。
毎回自分の思い通りの反応をする相手は、それはからかい甲斐があるだろう。今みたいな遊びに興味のない俺でも分かる。
「それが本音だというのなら、お前の評価を改める必要があるだろうな」
「ふふっ、素直じゃないこと。やはり、レックスさんは可愛らしいですわね」
俺のひねくれた言葉も、正確に理解してくれる。やはり、得難い理解者だ。それは、きっと変わらないのだろうな。だから、安心して背中を預けられる。
「うるさいやつだ。さっさと行くぞ」
ということで、ダンジョンへと向かう。今度は、砂漠のような場所だった。足を取られそうだと思ったが、足元に魔力を込めれば問題ない。なんというか、楽なものだ。
「さて、行きましょうか。まずは、わたくしが。獄炎!」
「合わせるぞ、無音の闇刃!」
フェリシアが火柱を上げるのと同時に、俺はその範囲外にいる魔物を切り捨てていく。まあ、基礎的な連携だろう。王女姉妹の時は失敗したが、間違いなく一定の有効性はあるんだよな。
「そちらが前に出るのなら、こうですわね。舞炎!」
俺が敵を切り捨てていると、手の届かない範囲の敵を、拡散する炎で焼き尽くしていく。しっかりと、俺は炎に巻き込まれないように。
ただ、全員を討てた訳では無いようで、それなりに遠くにも、魔物が残っていた。近くは燃えているので、やることはひとつだ。
「ちっ、逃れた敵がいるか。闇の刃!」
ということで、魔力の刃を放つ。それで、討ち漏らしは消えていく。近くに敵が近づいているが、俺の防御があれば、大丈夫だ。
「後ろが見えておりませんわよ! 獄炎!」
「俺の防御があれば、問題ないんだがな! だが、よくやった! 無音の闇刃!」
「お好きに動いてくださいな! 舞炎!」
「なら、好きにさせてもらう!」
俺が前線で剣を振り、遠くにいる敵はフェリシアが燃やす。その上で、俺が次の敵を切るために動けば、炎の範囲が調整される。とても動きやすかった。
ボスもあっという間に倒せて、今回はかなり良かったと思う。
「これで、終わりですわね。なかなか、良い連携だったのではありませんか?」
「それなりに、いくつかの案を検討していたからな」
「他の女と磨いた技術を、わたくしと試す気分はいかがでして?」
実際、王女姉妹とか、学校もどきの生徒とか、ここに来て出会った相手とかと試行錯誤していたのは確かだ。そして、その人達は女。だから、あまり否定はできない物言いではある。
とはいえ、付き合っている相手ではないので、本当に困る。というか、俺は自由に恋愛できるのだろうか。色々と、問題だらけだな。
まあ、フェリシアの機嫌を取っておいて、損はない。それに、悲しい顔が見たいかと言われたら、違うからな。ちゃんと、大事な幼馴染だと思っているし、理解者として大切にしたい。
「お前と組んだのが、一番やりやすかったよ。かなり良い気分だったな」
「わたくしが、一番ですのね。ふふっ、なら、許して差し上げますわ」
「お前に許してもらわないといけないことなど、何も無いのだが」
「レックスさんらしいですわね。ですが、忘れてはいけませんわよ。わたくしが、あなたの一番だということは」
そのセリフを聞くと、カミラとフェリシアがバチバチしていたことを思い出してしまうのだが。今のところは、最大の理解者なのは間違いない。恋愛感情は、持っていないはずだが。
「俺の一番は、俺が好きに決める。それだけだ」
「そうですか。まあ、良いですわよ。ですが、覚悟しておいてくださいね?」
「俺は俺のやりたいようにやる。それは、何があったとしても変わらない」
「ええ。あなたが、わたくしを一番と望む。そうなるだけですもの」
「勝手に期待していろ。その結果がどうなるか、楽しみなものだな」
「ええ、そうですわね。わたくしも、楽しみですわよ。本当に、ね」
そう笑うフェリシアの顔は、どことなく妖艶に見えた気がした。




