117話 正解を選ぶには
家での用事は終わったので、アストラ学園に戻ってきた。自室に転移したら、メイド達が居た。まあ、当たり前だ。彼女達も、同じ部屋で過ごしているからな。できれば、別の部屋の方がありがたいのだが。なんか、リビングと寝室と客間がセットになったみたいな部屋になっている。
ある程度の広さはあるから、同じベッドで寝る必要まではないのだが。それでも、女の人と同じ部屋というのは、緊張する部分はあるんだ。
というか、俺が転移してきて驚いているのは、ウェスくらいだ。彼女は目を真ん丸にしているが、他の2人は落ち着いた様子。俺なら、動揺してしまいそうなものだが。
一応、3人とも、俺が転移できるという情報は知っている。だからといって、急に目の前に人が現れて、冷静で居られるか? 優秀なメイドと秘書だことだ。
「帰ってきたぞ、お前達。誰か、訪ねてこなかったか?」
「おかえりなさいっ、ご主人さま。今日は、誰も来ませんでしたよっ」
「ジュリアさん達がやってきても、お相手はできなかったでしょうね」
まあ、他に俺の部屋に来る人なんて、思い浮かばない。王女姉妹は、妙な噂が立ったら困るだろうし。ハンナやルース、ミュスカも同様だろう。フィリスとエリナも、教師という立場があるからな。カミラとフェリシアが、可能性があるくらいか? それでも、あんまり来ない気がするんだよな。
「私の方で、ごまかす手段は考えさせていただきました。今後も、お好きなタイミングで転移していただければと」
「見事だ、ミルラ。やはり、お前は俺の右腕にふさわしいよ」
「感謝いたします。これからも、私の全力を捧げさせていただければと」
ということで、一晩を過ごして、次の日。
俺は、妙にカミラに会いたくなっていた。理由は明らかで、他の家族に会ったばかりだからだろう。単純なことではあるが、大事なことだ。感情を封じ込めるのは、あまり賢い選択とは言えない。どうやって、自分の感情を動かせるか。そっちの方が大事だ。
つまり、父や母を殺すことが怖いのなら、もっと大切なものを作るのが、妥当な手段だろう。絶対に失いたくないもののために、それほどではないものを切り捨てる。そうするのが、正解なはずだ。
父や母を大事に思う感情を捨てようとしても、無理だろう。なら、より大きい喜びを作るのが正攻法だと思う。それは、この学園で作るべきものだ。
カミラが、父や母をどう思っているのかという問題もあるが。だからといって、俺の感情を無視しても、良い結果は生まれないだろう。どう折り合いをつけるかが肝。そのはずだ。
ということで、カミラに会いに行く。それは、きっと間違いじゃない。俺がカミラを大切に思うことも、親しくなっていくことも、いずれ、俺を助けてくれる。そんな気がするんだ。
フェリシアも一緒にいるのか。なら、都合が良いかもな。昔からの知り合いだし、カミラとも仲が良い様子だ。それに、顔を見たい瞬間もあるからな。
「姉さん、ここに居たのか。探したぞ」
「バカ弟、なんの用よ? つまらない要件なら、蹴り飛ばしてやるんだから」
「あら、わたくしは探していませんでしたのね。寂しいですわ」
ああ、失敗した。だが、からかっているだけ。そのはずだ。悲しそうな顔ではあるが、苦しそうではないし。なんというか、迫真ではない。だから、気にしなくても大丈夫だよな。
「強いて言うなら、顔を見たくなってな」
「まったく、本当につまらない要件じゃないの。でも、バカ弟がバカなのは、いつものことか。許してやるわ」
「わたくしの顔は、見たくありませんでしたの? レックスさんは、わたくしには興味ないのですのね……」
ちょっと、目がうるんでいるように見える。これが、怖いんだよな。からかっているだけ。そう思いたいが、本心だったらどうしようという感情もある。フェリシアには、悲しんでほしくない。それは、本心だから。
なんだかんだで、大切な人なんだ。そばに居てほしい相手なんだ。幼馴染として、信頼しているんだ。その感情は、ウソじゃない。
「まったく、言葉にしていないことを読み取るな。仕方のないやつだな、フェリシアは」
「似た者どうしの姉弟ですわね。まったく、妬けてしまいますわ」
ふくれっ面をしていると、お嬢様っぽい見た目と印象が変わる気がするな。こちらをからかってくるにしろ、気品はあるイメージだったのだが。まあ、今がダメというわけじゃないが。
色々な一面を見られることは、素直に嬉しい。願わくば、ずっと続いてほしいものだ。
「誰がこんなバカと……。まあ、家族だものね。仕方ないか」
「姉さんと似ているのは、俺は嬉しいぞ」
「本当に、妬けてしまいそうなことですわね。レックスさんの一番は、わたくしでありたいのに」
なんとなく、すねているような雰囲気を感じる。フェリシアのことは、最大の理解者だと思っているのだが。兄の件の時も、学校もどきの時も、俺を助けてくれた。おそらくは、俺の悪役らしくない本心を察していながら。
「こんなやつに好かれて、嬉しいものかしら? まあ、バカ弟の一番は、あたしだけど」
「……譲りませんわよ。他の何を譲ったとしても、これだけは」
なんか、嫌な予感がする。というか、すでに手遅れかもしれない。フェリシアから、冷え冷えとした空気が漂っている。これは、修羅場ってやつじゃないのか?
じゃれ合いくらいで済むのなら、いくらでもやってくれて良い。だが、これで2人の関係がこじれてしまうと、困るどころではない。
いや、いくらなんでも、うぬぼれすぎか? 俺に好意を抱くには、色々と足りないと思うが。からかっているだけか? いや、だが、冗談だとすると、趣味が悪くないか? フェリシアは、そこまで性格が悪くないはず、だよな?
ただ、そうなると、今の言葉が本心ってことになる。それはそれで大変なことだ。カミラとフェリシアが、かなり本気で俺の取り合いをしているってことなのだから。
「そう。フェリシアが何をしようと、結果は同じだと思うけどね」
「くだらないケンカは、やめることだな。流石に面倒だ」
「では、レックスさん。わたくし達のどちらが一番か、宣言していただきましょうか。そうすれば、収まりますわよ?」
「別に、好きに言えば良いんじゃないの? フェリシアが何を言ったところで、結果は変わらないんだから」
何を言えば正解なんだ? どちらを選べば、今の状況は収まってくれる? このままでは、致命的な決裂に繋がりかねない。なら、俺を悪役にしてでも、2人には仲良くしてもらえれば……。
「そんなこと、考えたことはない。俺がこの世で最も尊いのが、事実なのだから」
「レックスさん、それでごまかされるとでも? わたくしが、一番ですわよね?」
「誰が一番か、ハッキリ言ってやったら良いんじゃない?」
これは、かなりまずいんじゃないか? どちらと答えても、もう片方との関係が壊れかねない。それは、嫌だ。優柔不断と言われるかもしれないが、親しい相手に順位なんてつけたくない。
というか、恋愛の話なのだろうか。そういう意味だとすると、どちらも好きではないが答えになってしまう。まだ幼いふたりを、そんな目で見れない。
「あ、レックス君! フェリシアさんにカミラさんも!」
「姉さん、入っていい空気じゃなさそうですよ……。少しは考えてくださいよ……」
かなり、怖い。王女姉妹が入ってきたことで、どう転ぶのかが。このまま王女姉妹まで巻き込まれてしまえば、終わりだぞ。
「もう、良いところでしたのに。興が削がれましたわ。では、また。レックスさん、ごきげんよう」
「まったく、バカ弟のくだらない話に付き合わされちゃったわね。じゃ、また後でね」
とりあえず、今は助かった。だが、根本的な問題が解決したとは言えない。これから先、どうするべきか。しっかりと考える必要がある。
俺がきっかけで、親しい人どうしの関係が壊れるなんて、悪夢でしかないのだから。そんな未来を避けるためなら、なんだってするさ。
「もしかして、お邪魔だったかしら? 悪い事しちゃったわね」
「いえ、絶好のタイミングだったかもしれません。姉さん、見事ですよ」
「やれやれ、面倒事につきあわされたものだ」
そう言いながら、俺の心のどこかには、ぬぐいきれない不安があった。




