116話 揺れる心
あまり父とは会いたくない気持ちがあるのだが、他の家族との時間を作ったからな。ひとりだけ会わないとなると、色々と問題だろう。
流石に、露骨に避けていると気づかれるのは、絶対にまずい。自分に好意的ではない人間のことは、普通は嫌うものだからな。
いくら息子だからといって、それで大丈夫だとは思えない。実際、兄は簡単に殺されていたのだし。
それと、俺の演技はどこまで気づかれているのかも気になる。直接的には探れない。ただ、少しでも観察して、情報を手に入れたくはある。
まあ、難しいだろうがな。演技について言葉にするのは論外だし、何か気づいているかと質問するのも、あり得ない。やぶ蛇になりかねないからな。
そうなると、最低限の会話にするのが無難か? どうにも、人間関係は苦手だ。俺のコミュニケーション能力が、そこまで高くないのを実感してしまう。
「父さん、居る? ちょっと、様子を見に来たんだ」
「ああ、レックス。歓迎するぞ。今は、とても気分がいいんだよ」
なぜだろうな。まさか、俺が帰ってきたから、なんて無いだろうし。かつての経験を思えば、敵を排除できたとかか?
敵対していた相手の処刑とか、邪魔な貴族の暗殺とか、嬉々として報告してきたからな。どうしても、警戒してしまう。何か悪巧みをしているのではないかと。
「何かあったの? お金でも手に入った?」
「くくっ、金銭程度で喜ぶ私ではないよ、レックス」
本当に悪そうに笑う人だ。見たこと無い感じだよな。というか、金じゃ喜ばないってあたりが、恐ろしいというか、厄介というか。
単純なもので喜ぶような人なら、もっと分かりやすいし、対策も楽だったのだが。まあ、そんなやつなら、悪事を進めても破滅するだけか。
「なら、もっと良いことがあったってこと?」
「お前もきっと喜んでくれるだろうさ。楽しみにしておくと良い」
内容を知れれば、対応策が思い浮かぶかもしれない。仮に知り合いに被害が及ぶのなら、リークするのも一つの手だ。できれば、口が軽いとありがたいのだが。
実際、知り合いの家とは、敵対していることが多いだろうからな。思い浮かぶのは、公爵令嬢のルースとか。近衛騎士を目指すハンナとか。王女姉妹もあり得る。
それで友達が傷ついてしまえば、後悔では済まないだろうからな。ただ、あまり無理に聞き出そうとしても、疑問に思われるだろう。どう対応するのが正解か、悩ましいな。
「今のところは、秘密ってこと?」
「ああ、そうなるな。だが、期待する価値はあるぞ」
ブラック家が、さらに発展するとかか? 仮にそうだとすると、他の人の領地を奪うとか、想像できるのだが。知り合いには問題が起こらないことを、願うばかりだ。
いや、他人ならどうでもいいってこともないんだが。ただ、優先順位は低くなる。あらゆる悲劇を防ぐのは、俺の力では無理だ。だからこそ、誰のために動くのかは、とても大事なことなんだ。
「なら、期待して待っておくよ。良いことがあると、嬉しいなあ」
「もちろん、素晴らしい未来が待っているはずだ。レックスにとっても、私にとっても」
本当にそうだろうか? 父にとって喜ばしいことが、俺にとって良いものになる。あまり、イメージはできないが。兎にも角にも、価値観が違いすぎる。
俺の望みは、基本的には親しい人と平和な日常を過ごすことだからな。原作への対策も、強くなることも、あくまで手段でしかない。だから、父とは合わない気がするんだよな。
「そう。まあ、今でも十分楽しいとは思っているけどね」
「なら、何よりではあるな。そういえば、アストラ学園はどうだ? 何か、困ったことはないか?」
急に普通の親子みたいな会話をしてくる。やめてほしい。父にも、親としての愛情があるとか、そんな事を考えたくない。
俺を愛してくれている人を、いずれ殺す。あるいは死ぬのを見過ごす。そんなの、嫌だからな。俺のことを道具として見ているくらいなら、何も考えずに敵だと思えるのに。
「今のところは、大きな問題はないかな。モンスターに襲われる事件はあったけど、楽勝だったし」
「流石だな、レックス。ブラック家の希望にふさわしい実力だ」
闇魔法を使えるあたり、相当な上澄みだからな。希望というのも、間違いではないだろう。だからといって、あまり好意的にされると困る。
俺は、もうカミラやメアリ、ジャンを殺すことなんてできない。その程度には、情がある。ただ、3人はきっと、悪には堕ちない。そう信じられるから、平気でいられるんだ。
もし、父に同じような感情を持ってしまえば、俺は終わりだ。だから、父の愛情など、存在しないと思うべきなんだ。そうするのが、正解なんだ。
「一応は、他のどの生徒よりも強いんじゃないかな。フィリスが相手でも、条件次第では勝てると思う」
「まだ、どんな状況でも勝てるとはいかないのだな。だが、素晴らしい」
「フィリスは正真正銘の化け物だよ。だからこそ、良い師匠なんだけどさ」
「確かにな。ただの五属性を遥かに超えた、最高の魔法使いと言って良い。条件次第で勝てるだけで、十分じゃないか」
まあ、実際に試した訳ではないのだが。とはいえ、何をやっても勝てないってことはないだろう。フィリスだって、底を見せていないはず。それでも、俺にも見せていない手札はある。
実際、勝ちたいという意志があるかどうかで言えば、そこまでではない。ただ、フィリスが喜ぶ姿を見られるのなら、それは嬉しいからな。笑顔のためなら、頑張りたい。そのくらいのモチベーションだ。
「俺としては、まだ満足していないけどね。フィリス本人だって、俺の方が強くなることを望んでいるだろうし」
「それほどまでに、期待されているのだな。お前が誇らしいよ。そして、私の計画の確かさを理解できた」
「どんな計画かは、内緒なんだよね。気になるなあ」
というか、俺の才能が関係あるのか? なんだろうか。みんなに迷惑がかからないように。そう願うしかない。アストラ学園に居る以上、大きく父に干渉するのは、土台からして難しいのだから。
「お前をガッカリはさせないさ。それだけは、保証しよう。それで、友達はできたのか?」
子供が心配な父みたいな顔をするのはやめてくれ。ただの悪人で居てくれよ。そうじゃなきゃ、憎み続けられないじゃないか。殺すための決意ができないじゃないか。
俺はいずれ、父を死なせるべきだ。そう理性で理解していても、行動に移せなければ、何の意味もないのだから。邪悪なだけの敵役なら、難しいことを考えなくてもいいのに。
「男友達は、残念なことに、居ないんだよね。女友達なら、それなりに居るんだけど」
「お前が男として魅力的な証だろう。恥じることじゃない」
その考えでいいのか? 同性から好かれない人間って、あまり良い性格とは言えなくないか? まあ、父が周囲に好かれているとは思えないのだが。なにせ、かなりの悪人だし。買っている恨みの方が、多いくらいだろう。
そんな父に情を抱きかけている俺は、どれほど愚かなのかという話だが。本当に、ままならないものだ。
「まあ、悪いことばかりでもないんだけど。強い友達も、名家の友達もいるから」
「素晴らしいことじゃないか。やはり、お前の魅力は、分かる者には分かるのだろうさ」
そういう、利益を見ていそうなセリフを聞いていると、少し安心できる。父は、あくまで悪人なのだと。
「切磋琢磨できる相手も居るし、良い環境だよ」
「お前に匹敵する相手など、居ないだろうに。それで、競い合えるものなのか?」
「全力で挑んでくる相手は居るからね。参考になることも多いよ」
ルースとか、ハンナとか。俺に勝つために、力を尽くしてくれている。とても楽しい時間なのは、間違いない。王女姉妹とも、また戦ってみたい。
戦いは好きじゃないが、それでも、親しい人と遊ぶ感覚なら、とても素晴らしい時間だ。これから先も、大切にしていきたいよな。
「楽しんでいるようで、何よりだ。今後も、良い生活を送ることだ」
安心したような顔を見せる父を見て、目をそらしたくなっている俺が居た。




