101話 まっすぐな気持ち
とりあえず、俺の不安は他の人には見えているらしい。正確な内心にまではたどり着かれていないにしろ。
だから、どうするべきか。とても悩ましい問題だ。隠し切るというのは、すでに不可能だ。黙ったままというのは、楽ではある。本音を話すのは、演技が崩れる。
心配を裏切らないようにするには、話すのが一番なのだろう。だが、俺の本音が知られてしまえば、とても困る。特に、父に情報が流れた場合が恐ろしい。結局のところ、どの選択肢もデメリットがある。
その上で、どれを優先すれば良いのか。当たり前だが、みんなの安全だ。レックス・ダリア・ブラックは敵が多い。ブラック家としても、おそらくはアストラ学園の生徒としても。
だから、俺が本音を語れるような相手だと、他の誰かに知られるという事実は危険なはずだ。そう考えると、実質的には一択のはずだ。それで、良いんだよな。
「レックス様、困ったことがあったら、僕に言ってね。レックス様を傷つける人は、僕がどうにかするから」
ジュリア達、学校もどきの関係者は、みんな心配そうだ。やはり、表に出ている。まずいな。どうにかして、取り繕うべきなのだが。ただ、俺自身は意識できているつもりなんだ。どこに問題があるのか知るためには、本心を語る必要がある。
結局、どの道を進んでも難しいことばかりだな。仕方のないことではあるのだが。戦闘もあるゲームの世界で、ただ平和なんてありえない。どこかに世界の危機がある。そうでなくても、身近に危険がある。それが当たり前なんだ。
「私も、同じ気持ちです。大恩あるレックス様の邪魔になるものは、許しません」
「命令してくれれば、なんでもする。レックス様には、その権利がある」
「あたし達なら、好きに使ってくれて良いんですよ。みんな、レックス様がいたから、ここに居るんですから」
「お前達をわざわざ使うほどのことじゃない。もっと重要な内容でなら、命令することもあるだろうさ」
こう言って、ごまかせているだろうか。傷つけていないだろうか。余計な不安が襲いかかってくる。俺は、真っ直ぐ進むべきなのに。迷ってばかりだな。格好悪いことだ。
「別に、食べ物を買ってこいでも良いんだよ。そんなの、聞いて当たり前なんだから」
「そうですよ。あたし達は、レックス様が好きに使える存在なんですから」
「はい。死ねと言われれば、死にます」
「私は、流石に死にたくない。けど、レックス様の気が晴れるのなら、殴っても良い」
「俺を何だと思っているんだ? せっかく育てた人間を、無駄に死なせる愚か者みたいに考えていないだろうな。人を育てるのは、タダじゃないんだぞ」
俺がジュリア達に死んでほしくないと考えていることは、伝わってほしい。恩があるからと、俺のために死なれる。それ以上に苦しいことなど、そうあるはずがない。
みんな、俺にとっては大切な人なんだ。ハッキリとは言えないだけで。だから、無理だけはやめてほしい。そう願うばかりだ。
「わざわざ、お金をかけてくれたんだよね。ずっと、感謝しないとね」
「感謝だけじゃダメよ。そのお金の分くらいは、役に立たないと」
「とはいえ、無理は禁物ですよ。死んでしまえば、その先は役に立てないんですから」
「そう。ずっと生きて、レックス様の役に立つ」
「お前達には、それなりに期待しているつもりだ。ちゃんと、役に立ってもらうからな」
だから、ずっと生きていてくれ。それだけで、俺は報われるんだから。手間と努力に見合うだけのものが帰ってきたと思えるんだから。
ジュリア達は、納得した様子で去っていく。とりあえずは、ごまかせたみたいだ。正直、罪悪感もある。心配してくれているのに、何も言えないのだから。
ただ、危険な目に合わせたくないんだ。学校もどきを作った時は、巻き込むつもりだったのにな。本当に、俺は間違えてばかりだ。
やはり、考えることが多い。ジュリア達に安全な場所に居てもらうためにできること。何があるだろうか。どうもこうも、俺が問題を解決するしかない。知り合いですらない誰かに期待なんて、ありえないのだから。
「レックス君、ちょっと元気がないわね。こんな時は、リーナちゃん! 少し抱きついちゃいましょうよ!」
話しかけてきたミーアは、いつも通り元気いっぱいだ。こういう部分は、ある程度は見習いたいな。俺は、どうも不安が顔に出るらしいからな。ミーアだって、悩みがないはずがない。それでも、いつでも太陽のように輝いているのだから。
というか、抱きつくってどういうことだよ。いや、全く嬉しくないと言えば、嘘になるだろうが。
ああ、そういうことか。悩みを話させようとするのではなく、俺を元気づけようと。やはり、優しい人だ。というか、俺の周囲には善人が多い。間違いなく、恵まれているんだ。
「別に良いですけど、本当にレックスさんは喜ぶんですか?」
「こんな美少女2人に抱きつかれるのよ! 嬉しいに決まっているじゃない!」
ということで、ミーアは左側に飛びついてきて、リーナは右側をゆっくりと抱え込んできた。柔らかさと温かさが伝わって、少しは緊張してしまう。
とはいえ、可愛らしいものだ。前世のある身としては、興奮なんてしない。穏やかな気持ちには、なれるにしろ。
「全く、騒がしい奴らだ」
「そんなこと言って、照れちゃってるんじゃないの?」
「本当に無反応ですね……。ここまでだと、女として悔しさを覚えますよ……」
リーナの美貌は、自信を持っていいレベルだと思うが。というか、ミーアも。笑顔で手を振っただけでも喜び勇む男は、相当多いはずだ。
「お前達なら、いくらでも喜ぶ男がいるだろうに」
「それじゃダメなのよ! 私達の友達だから、やる意味があるんだもの!」
「同感ですね。他の人なら、仮にその人の死に際でも嫌ですよ」
まあ、親しくもない人に抱きつくなんて、俺も嫌だ。2人が女の子だと考えると、俺よりよほど、嫌な気分になるだろうな。ということは、俺は心を許されている。嬉しい事実だ。王女姉妹は、大切な友達なのだから。
「まあ、お前達なら、いくらでも選べるだろうからな」
「そうですね。レックスさん、誇ってくれて良いんですよ?」
「王女で美少女で天才魔道士だもの! これ以上の女なんて、居ないわよね!」
ミーアの言っていることは、全て事実なんだよな。現実に居たら、どこの漫画だと考えそうなくらいだ。才色兼備な上、優れた血まで持っている。男なら、誰でも憧れるんじゃないだろうか。
「ずいぶんと自信満々なことだ。まあ、客観的には、正しいだろうな」
「レックスさんの印象の方が、よほど大事ですけどね。有象無象は、知ったことじゃないんですよ」
「だめよ、リーナちゃん。捨てていい人なんて、居ないんだから。王は、みんなを使いこなしてこそなのよ」
「でも、レックスさんを使う気はない。そうですよね? 姉さんも、甘いことです」
やはり、俺の友達は最高な人達ばかりだ。つまらないことで悩んでいないで、すぐに解決したいものだ。少しは、前向きになれただろうか。
俺の感情がどうであれ、立ち止まるのは論外なのだから。せめて少しでも、良い方向に進んだと信じたい。
これから先に待ち受ける困難は、きっとひとつやふたつではないのだから。




