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魔族の少年は俺の返事も待たず、誇らしげに頷いた。
「そうだ、そうしよう! ねえ君、なにか捧げ物を持ってない?」
「捧げ物? 何だそりゃ」
「そっか、鬼族だから知らないんだね。天技の儀式では、捧げ物をすることで効果を高めることが出来るんだよ。ちなみにボクの親は、家を売って宝石を買って……そのおかげでボクは御巫になったんだけど、そのせいで……」
魔界に残した家族のことでも思い出したのか、一転して悲しそうな表情をする。
ああもう、面倒くさいなこの生き物は!
「つまり、お宝を捧げれば良いんだな? だったら山ほどあるぞ、ついてこい」
「山ほどだなんて、こんな場所で隠れてる君に、そんな……」
寝室を出て、倉庫へ向かう。金銀財宝の山を見て、魔族の少年は言葉を失った。
「え……これ、どうしたの。意味がわからないよ……」
まあそりゃ、そういう感想になるか。
俺だって意味がわからない。長年こそ泥を続けていたら、勝手にこうなった。
「それで、これで足りるのか? 足りないならまた適当にパクってくるが……」
「パクるって……え、もしかしてこれ、全部盗んだ物なの?」
ああそうか、この子はまだ俺の正体を知らないのか。
人族であれば、誰でも相手の天職を見れるのだが、魔族はそうでもないんだった。
「そうだ、俺は盗人だからな。お前も俺を見下すか?」
「見下すだって⁉︎ そんなまさか、すごいよ! これ全部、捧げ物にしてもいいのかい?」
「……あれ、聞いてたか? 俺は盗人、こそ泥なんだぞ。軽蔑しないのか?」
「軽蔑って、なんでだい? まあそりゃ、ボク達のお宝が盗まれてたのは驚いたけど……でも、人族と鬼族は戦争中だから。君は敵の財宝をこんなにも奪ったんでしょ! 敵ながらあっぱれって、そういう言葉がボク達にはあるんだ。すごいよ……」
相変わらず人と魔族の文化の違いは理解できない。
だけど彼らはもしかしたら、その人の天職で人を判断したりはしないのかもしれない。
口だけで「天職に貴賎はない」と言うだけで実際には明確に差別する社会よりも、むしろ俺みたいな人にとっては魔界の方が生きやすいのかもしれないな……なんて。
「まあ、そのあたりはどうでも良い。それで、足りるのか、足りないのか」
「足りるよ! 足りすぎてるよ! 本当にこれ全部使うのかい? やばいよ! 貴族どころか、王子様でもこんなには積まないよ!」
「そうか。じゃあやってくれ」
「うん、はじめるね!」
魔族の少年は楽しげに頷いて、目を閉じて、開く。
目の色が変わった気がする。天職を捧げる神官のように、厳かな雰囲気が漂う。
「鬼族の少年よ、これより天技を授ける……おお、おお!」
人族の神官が口にするのと同じようなことを口にしながら、金銀財宝、宝の山が、光の粒になって天に溶けていく。
「君に与えられた天技は【強奪】だ。この天技を活かすも殺すも君次第。一層奮励努力せよ」
魔族の少年の目が閉じて、神々しい光が消える。
がらんどうになった広い部屋で少年が再び目を見開いた。
「ねえ、どうだった?」
「どうだったって……覚えてないのか?」
「うん、ボクははじめて体験するけど、みんな、そういうものらしいよ。それより……その姿、上手くいったみたいだね」
「姿……?」
魔族の少年の視線は、俺の背後を見ているような? 一体なにが……
バサッ……
背中に意識を向けると、何かが音を立てて動いた。
風を切る感触が、存在しないはずの感覚として脊髄を通り、脳に届けられる。
「なんだこれ……」
「おめでとう、立派な翼だ。これで君も大人の仲間入りだね、ふふんっ」
首を曲げて後ろを見ると、俺の背中から黒い魔族の翼が生えていた。
おいマジかよ、これじゃまるで魔族になったみたいじゃないか! どうして……
カラカラ……カラカラ……
カラカラ……カラカラ……
カラカラ……カラカラ……
カラッ……カラカラ……カラカラ……
状況を整理する時間も与えられず、侵入者を知らせる罠が連鎖する。
三……いや、四人組か? 今日は来客が多いな、どうなってるんだ。
「この音は、なに?」
「侵入者だ。おそらく四人だな。一直線に、ここへ向かっている」
「もしかして……ボクを殺しに来たのかも」
だとしたら、面倒だな。
最悪こいつを差し出して俺は逃げてもいいが……いや、さすがにそれだと寝覚めが悪そうだ。