2
俺が街を出て、早いことで、そろそろ五年が経つ。
魔族による人間界への侵略は未だに終結の兆しさえ見えないでいる。どころか悪化し続けていた。
最前線で知り合った何人もの友人や恩人が死に、俺だけがしぶとく生き残り続けた。
普通長く生き残った者ほど「英雄」として持ち上げられるのだが、俺は天職が【こそ泥】ということもあり、むしろ蔑まれ続けていた。
生き延びているのも「どうせ卑怯な手を使って」とか言われる始末。
まあ、生きるためなら何でもしているのは事実でもあるのだが。
物見遊山に来た金持ちから一寸だけ拝借したり。
最前線で死んだ兵士から荷物を漁ったり。
何せ俺は、敏捷性と隠匿能力ばかりが高くて、筋力はほとんどない。
荷物運びもできないし、どれだけ鍛えても、未だにまともに剣を振ることさえできない。
荒れ果てた地獄のような場所でさえ、俺の『居場所』は存在しなかった。
今日もまた、一仕事を終えた俺は、独りねぐらへ戻る。
魔族による空爆にも耐えられる地下深く。かつてはとある軍隊の基地だったらしい、今は所有者達が全滅して放棄され忘れ去られたシェルターが、今の俺の住処だった。
かつては人間側の領地だったここは、今は魔族との緩衝地帯になっている。普通の人は近づくことさえできない危険地帯だが、【こそ泥】のおかげで極端に影が薄い俺だけは、普通に出入りすることができる。
魔族側の領地まで潜り込み、魔族の将校から盗んだ悪趣味な金細工の数々を、部屋の中に放り投げる。
数十人は余裕で過ごせるような広い部屋の真ん中には、金銀財宝、宝の山が積み重なっている。
これを売れば大金持ちになれるのかもしれないが、そもそも俺には売るあてがない。
こそ泥である俺から何かを買い取るリスクを、商人達は犯さない。
あるいは足元を見て、クソみたいな安価で買いたたこうとする。
馬鹿らしくなった俺は盗んだ宝を売ることをやめ、全部この部屋に溜め込むことにした。
スライド式の自動扉を手動で動かして閉め、俺のねぐらへ。
毛布と食料以外、なにもない薄暗い部屋。
保冷機能のある魔道具(盗品)からいくつかの高級食材(盗品)をいくつか取り出し、調理が行える魔道具(盗品)で加工する。他にやることもないから、調理のスキルはそこそこ程度には上達した。
それでも【料理人】の天職を持つ人と比べたら足元にも及ばないわけだが。
カラカラ……カラカラ……
魔道具による加工が終わり、良い匂いが部屋に漂いはじめたタイミングで、カラカラという音が地下に反響した。
「侵入者か?」
この音は、この地下シェルターの入り口付近に仕掛けておいた罠で、俺以外の誰かが通過しようとしたら音で知らせるようになっていた。
客人など今まで来たことはなく、自分で設置したはずなのに、一瞬何の音なのかわからなかったのだが。
「見に行ってみるか……」
こそ泥の家に泥棒が入るという状況に少し可笑しさを感じながら、興味本位で見に行くことにした。
空き巣ぐらいならなんとかなるかもしれないが、相手が強盗だとしたら、こそ泥である俺に勝ち目はない。
その時は必要な道具だけ持って、また移動しなくてはならないな……
恐る恐る地下通路を歩くと、通路の真ん中で何かが転がっていた。
常人であれば一寸先も見通せないような暗さだが、盗賊系のスキルである暗視の効果で俺にははっきり見える。
背中に黒い翼が生えているが、それ以外は人の少年となにも変わらない。
魔族の子供が通路の真ん中で倒れ伏していた。
身体は至る所がボロボロで、かなり、衰弱している。
戦場を逃げ惑い、偶然この場所に転がり込んだとか、そんなところだろうか。
これなら別に、放置すれば勝手にくたばるだろう。
「たす……けて……」
この言葉は別に、俺に向けて言われたわけじゃない。
それはわかっているのだが、口から漏れたその言葉がどうしても耳から離れなかった。
「仕方ないな、少しだけだぞ……」
気まぐれで、こいつを助けてみるのも良いかもしれない。
こそ泥みたいな男にだって、善行を積むことぐらいできるんだぞと。
そんな下らないことを証明したかったのかもしれないし、単純に、たまには人と話をしたかっただけなのかもしれない。
まあ、こいつは人ではなく魔族なわけだが。言葉が通じるなら何でもいいや。