6-8 合宿、チートスキルの感想
昼食が終わると、今夜お泊りをする部屋に荷物を置いたっす。
それから僕たちは道場に行きました。
今、壁際に右からヒメ、イヨ、僕、レドナーの順番で正座しています。
目の前にはメイド服姿のサリナが立っていました。
ミルフィはまだ午後の仕事があるようで、執務室に行っています。
夜には合流するようですね。
サリナが喋り出します。
「それでは皆さま、ミルフィ様が来るまで、私が修行を担当します。よろしくお願いいたします」
「「よろしくお願いします」」とイヨと僕とレドナー。
「よろしくだニャーン」ぴょんと右手を上げるヒメ。
サリナは両手を腰の後ろに組み、静かに聞きました。
「皆さま、この間の合宿でミルフィ様からいくつかのスキルを教えてもらったと思いますが、どうでしたか? 実際に使ってみた感想をお聞かせください。それでは、テツト様から」
僕は今までの戦闘を思い出したっす。
ミルフィから教えてもらったスキルは、蛇睨みとはらはら回避、そして合成スキルのポンコツパンチと幻惑回避ですね。
どれも強いと感じました。
それを言うと、サリナは無表情で頷きます。
次にレドナーにも同じ質問が振られました。
その次にイヨ、ヒメの順番で、スキルの感想を言います。
みんなが教えてもらったスキルに満足していたようです。
サリナはコクコクと頷き、そして姿勢を変えずに言いました。
「前回、ミルフィ様が皆さまに教えたスキルには、チートスキルと呼ばれる強いスキルが一人につき一つずつ含まれています。それがどれなのか、もうお気づきになられましたか?」
「チートスキルって何だニャン?」
ヒメの疑問そうな瞳がくりくり。
サリナがヒメに体を向けます。
「ここで私の言うチートスキルというのは、卑怯なほど強いスキルという言葉と同義と思ってください」
「んにゃん、卑怯なほど強いスキルは、分かんないニャン……」
僕は考えたっす。
自分が教えてもらったスキルの中で、チートスキルはどれでしょうか?
蛇睨みは、睨みつけた相手を一秒間恐怖状態に陥れることができます。ただし、三分間のクールタイムがあるっす。
ハラハラ回避は、これは一秒間攻撃を避けることができます。ただし回避力は百パーセントでは無いように感じました。例えば広範囲攻撃を避けることはできなさそうです。
ポンコツパンチは、相手の防御力を無視したパンチを放つことができます。ただし、パンチの速度が遅いのが欠点でした。
幻惑回避は、視界にいる人間全てに眩暈を起こさせることができます。これも、三分間のクールタイムがありましたね。
サリナが僕に体を向けます。
「はい、テツト様。チートスキルはどれでしたか?」
「え、ええっと……」
「分からないですか?」
僕は後頭部を右手でかきました。
「すいません、分からないっす」
「では質問の向きを変えます」
サリナがふっと息をつきました。
言葉を続けます。
「テツト様が教えてもらったスキルの中には、敵のリフレクトバリアを破るスキルがあります。それはどれでしょうか?」
……え。
マジっすか?
僕は考えました。
どれでしょうか?
たぶん……。
「蛇睨みか、幻惑回避ですか?」
「どちらも正解ですが、実戦的に有効になるのは蛇睨みになります」
サリナが小さな拍手をくれました。
続けて説明をしました。
「蛇睨みが相手にかかった場合、一秒間に確実に恐怖状態に陥れることができます。デバフには二種類あります。一つは必ず成功する確定デバフ、二つ目は確率で成功する確率デバフです。蛇睨みは前者であり、かかった相手は恐怖状態に陥ると、リフレクトバリアは消失します。一方、幻惑回避はデバフでは無く、回避スキル扱いです。確定デバフと同様、必ず成功しますが、使用者のスキル攻撃力と敵のスキル防御力の差によって、眩暈の度合いや、眩暈を起こす時間が変わってきます。なので、リフレクトバリアは消失することもあれば、しないこともあります」
「ぬっふあああー!」
ヒメが大あくびを上げましたね。
座学は早々に飽きてきたようでした。
サリナはクスリと笑い、ヒメに体を向けます。
「では次にヒメ様。教えてもらったスキルの中で、ご自分のチートスキルを当ててみてください」
ヒメがしゃっきりと背筋を伸ばします。
「んにゃん、それは炎風だニャン。あれは強いニャンよ~」
「残念。不正解です」
サリナが首を振りました。
「違うニャンか?」
「はい、違います」
「じゃあ、どれだニャン? あたし、他にはファイアーボールとエアロウインドしか教えてもらってないニャンよ~?」
サリナが頬に笑みをたたえました。
そしてみんなに視線を配ります。
「皆さまも考えてください。ファイアーボールとエアロウインドのどちらかが、チートスキルとなっております。正解はどちらでしょうか?」
「うーん」イヨが唸っています。
「ファイアーボールって、そんなに強いスキルじゃねえよなあ」とレドナーがこぼしました。
「エアロウインドニャン?」ヒメがサリナに聞きましたね。
サリナは小さく顎を動かしました。
「はい。チートスキルはエアロウインドでした。ではエアロウインドのどこがチートなのでしょうか? はい、イヨ様」
エアロウインドは、突風をしかけて敵の体勢を崩すスキルです。
攻撃魔法というよりも補助魔法に近いですね。
イヨはまた「うーん」と言って、首を振りました。
続けて言います。
「すいません、分からないわ」
「では、レドナー様」
サリナが指名します。
「お、俺か?」
レドナーが胸に両腕を組んで下を向き、熟考します。
やがて顔を上げました。
「……分からん」
「ではテツト様」
僕が振られたっす。
エアロウインドは突風を敵に浴びせるスキルです。
……。
……まさか?
閃きました。
「あの、もしかして」
「はい」
「エアロウインドは、確定デバフと同様に、回避ができないんですか?」
サリナが両手を小刻みに叩いてくれました。
「テツト様、大正解です」
続けてサリナが説明します。
「エアロウインドは、風系統の中でも最低ランクスキルですが、戦術効果としては最強に近いスキルとなっております。なぜなら敵は回避ができないからです。確率デバフとは違い、相手のスキル防御力により無効化されることもりません。相手のバランスを確実に崩すことが可能であり、もしも集団戦なら、アタッカーと素晴らしい連携を取ることができるスキルとなっております」
「「ほー」」とイヨと僕とレドナー。
「良く分からないにゃーん」とヒメ。
サリナは右手を口元に当ててクスリと笑い、今度はイヨに体を向けます。
「次に、イヨ様。ご自分のチートスキルを教えてください」
イヨは顎に右手を当てました。
「私は、凝視と合成スキルの見切り三秒しか教えてもらってないけど……もしかして凝視がそうなの?」
サリナはまた両手を腰に組みます。
「正解です。凝視は三十秒間視力を上げるだけでなく、脳の回転を飛躍的にアップさせることができます。打撃を与えるための命中力アップはもちろん、集団戦でどう攻めれば良いか、瞬時に答えを導き出し、仲間に指示することができます。司令塔スキルとも呼ばれています。ただし回避能力は期待できません。緊急回避能力は、はらはら回避や見切り三秒に大きく劣りますのでご注意ください。では最後にレドナー様」
「お、俺か?」
レドナーが身じろぎしました。
サリナが首肯したっす。
「はい。レドナー様も皆さまと同じように、教えてもらったチートスキルを教えてください」
「……ライトニングペイン、って言いたいところだけど。この流れで行くと飛燕斬なのか? 俺はその二つしか教えてもらってねーけど。……ただ、飛燕斬を実戦で使ったことはまだ無いんだよなー」
左肩を右手でぽりぽりとかくレドナー。
サリナは表情を変えずに言います。
「正解です。チートスキルは飛燕斬になります。飛燕斬は下から上に斬り上げるスキルなのですが、ワープアンドヒット、つまり、ワープができるスキルになっております。レドナー様のスキル倍率にもよりますが、最低でも三メートル離れた敵に使って、すぐに敵の足元にワープし、下から斬り上げることができます。相手の遠距離攻撃の際に使用すると、カウンター及び奇襲、そして回避が可能です」
「「へえー」」とイヨと僕とレドナー。
「分からないニャーン!」とヒメ。
ヒメ以外のみんなが感嘆のため息をつきました。
前の合宿の時ミルフィは、実はすごく強いスキルを教えてくれていたようです。
サリナが人差し指を立てました。
「このように、例えEランクスキルであったとしても、その効果は卑怯なほど強いスキルがいくつか隠されています。傭兵の方々はDランクCランクBランクと、高いランクのスキルを覚えさえすれば強くなれると思っておりがちですが、実際は違います。スキル効果を考察し、戦闘にどのように使うか。要は使い方次第なのです」
サリナはそこで笑顔を浮かべました。
続けて言います。
「皆さま、今は色んなスキルが欲しいと思っているかと思います。しかしどのスキルも高額です。はっきり言って、お金がいくらあっても足りないというのが現状だと思います」
「それなんだよなー!」
レドナーが眉をひそめて、右手で膝を叩きました。
サリナが二度を頷いて、また口を開きます。
「皆さまにオススメしたいのは、とりあえず全員が蛇睨みを覚えることです。蛇睨みに適正職業はありません。誰が覚えても同じほどの効果が出ます。全員で適宜に蛇睨みを使い、相手のリフレクトバリアを無効化し、魔法使いであるヒメ様のスキルを有効化するのです。ヒメ様はレアスキルのスローや、猫鳴りスローという、超チートスキルを持っています。これが上手く決まるようになれば、集団戦で苦戦することは少なくなるかと思います」
「なるほど、蛇睨みか……」
レドナーが顎に右手を当てました。
そこでサリナがポケットからボールペンとメモ帳を取り出しましたね。
「それでは次に、皆さまのスキル鑑定をさせていただきます」
彼女はヒメに近づき、正座しました。
右手を伸ばします。
「んにゃん、サリナ。頼むニャンよ~」
ヒメが握手しました。
サリナが唱えます。
「スキル鑑定」
「ううぅ~、熱いニャン~」
ヒメの右手がぷるぷると震えているっす。
サリナはコクコクと頷き、手を離して紙に書き込みました。
ページを破ってヒメに渡します。
次にイヨ、僕、レドナーの順番でスキル鑑定をしてもらいます。
僕は自分のもらった紙を読みました。
鉄拳、へなちょこパンチ、へっぽこパンチ、炸裂玉、一生懸命、バーサク、はらはら回避、蛇睨み、フリージングカッター、炸裂巴、ポンコツパンチ、幻惑回避、凍結背負い、獅子咆哮。
一つ、知らないスキルがありますね。
凍結背負いです。
思わず顔がにやけちゃいました。
背負いという言葉からして、背負い投げか一本背負と何かの合成スキルでしょうか?
凍結なので、フリージングカッターですかね?
僕はグランシヤランから帰宅してからというもの、フリージングカッターの熟練度を上げるために、訓練中にも仕事中にもできるだけ使うようにしていたっす。
もちろん、何かの合成スキルを習得できるかもしれないと期待して、入念に使っていました。
熟練度が溜まったということですね。
凍結背負いはどんな効果なのでしょうか?
使ってみたいっす。
ヒメも喜びの声を上げました
「んにゃーん! あたし、知らないスキルを二つも覚えているニャンよ。それも一つは、詠唱スキルを覚えているニャーン!」
「嘘!」
イヨがびっくりしてヒメの紙を覗き込みましたね。
それを読み、目を丸くします。
「ゴロン猫スリープ? 何これ、詠唱のセリフも書いてあるわ」
「ゴロン猫スリープって、何ニャンか?」
ヒメが聞きます。
イヨは首を振りました。
「それは分からない」
「んにゃん、使ってみるニャンよ~」
ヒメが嬉しそうに肩を揺らします。
僕は質問しました。
「あの、サリナさん、詠唱スキルって言うのは、どうやると覚えられるんですか?」
サリナは人差し指を立てます。
「この世界の人間は、一人につき一つ詠唱スキルを覚えることが可能です。詠唱スキルは、その人の魔力が高まって来ると自然に覚えます。ただし例外はあります。他人が死ぬとスキル書を落としますが、相手が詠唱スキルを覚えている場合だと、緑本というスキル書を落とすことがあります。緑本を習得すると、新たに詠唱スキルを覚えることができます」
「なるほど……」
僕は頷いたっす。
貴重な情報でした。
今度はヒメが聞きます。
「詠唱スキルは、普通のスキルと何が違うニャン?」
「詠唱スキルは、詠唱時間を割かなければいけない分、より強力なスキル効果を与えることが可能となっております」
サリナが説明をくれました。
「んにゃーん! 分かったニャン」ヒメは最後の質問だけ分かったようです。
なるほどっす。
僕もいつか、詠唱スキルを覚える時が来るということですかね。
楽しみです。
レドナーが嬉しそうに言いました。
「俺、いつの間にか真空斬りがランクアップしてるんだが!」
「私は、リフレクトバリアなら覚えてるけど……」
イヨは悲しげな表情です。
サリナはまた四人の前に立ち、両手を腰の後ろに組みました。
「それでは皆さま、ミルフィ様が来るまで、以前と同じ漲溢の修行になります。皆さまの鍛錬の成果を見させていただきます。目を閉じて、魔力を漲溢させてください」
「「分かりました」」とイヨと僕とレドナー。
「分かったニャン!」とヒメ。
僕たちは紙を足元に置いて、目を閉じたのでした。
魔力を漲溢させます。
「今日は少しずつ、殺気を強くさせていただきます」
サリナが静かに言いましたね。