6-7 王子
午後の一時過ぎでした。
僕らが領主館の玄関に行くと、迎えてくれたサリナが怪訝そうに両目を大きくしたっす。
「お帰りなさいませお三方。いらっしゃいませレドナーさま。それと、後ろのお二方は?」
イヨが説明をしましたね。
「サリナさん。後ろの二人は、私たちのアパートの隣人です。男の方はジャスティン、女の方はルルという名前です。フェンリルとガゼルにプレゼントをするための素材調達を手伝ってくれることになったんです」
ジャスティンが一歩前に出ました。
深くおじぎをして言います。
「俺様はジャスティンって言うもんです。テツト少年たちにはいつもお世話になっています。どうぞ、よろしくしてやってください」
右手を差しだして握手を求めるジャスティン。
サリナは握手に応じず、その眉間には深いしわが寄りましたね。
どうしたんでしょう?
警戒をしているような雰囲気です。
その双眸は特にルルの顔を睨んでいました。
ジャスティンが振り返ります。
「おいルル。手土産だ!」
「あ、えっと、分かったわ」
ルルがジャスティンの横に進み出て、ケーキの箱の入った紙袋をサリナに差し出しました。
サリナが静かに聞きます。
「それはお菓子ですか?」
「そうよ」
ルルが短く答えます。
サリナは不審そうに聞きます。
「毒は入っていますか?」
「「毒!?」」イヨと僕とレドナーびっくりした声。
「毒ニャン?」とヒメ。
「は? 入っているわけありませんが?」とジャスティン。
「い、要れてないわ」とルル。
サリナはゆっくりと二度顎を引きます。
紙袋を受け取りました。
「毒見をさせていただきます。みなさん、お上がりください。どうぞ食堂の方へ」
「毒見なんてする必要あるのかニャン?」
ヒメの疑問は当然でした。
イヨが眉を八の字にして言います。
「サリナさん、このケーキはたったさっき、そこのお菓子屋さんで買ったんです」
「毒見をさせていただきます」
サリナは頑なに首を振りましたね。
何を警戒しているんでしょうか?
見ると、ルルの顎に汗が伝ってしずくが落ちています。
緊張しているようです。
僕は言いました。
「と、とりあえず、上がろう」
「そ、そうね」
頷くイヨ。
僕たちが食堂の方へ歩こうとすると、サリナがルルの肩に手を置きました。
ささやくように言います。
「貴方、分かっていますからね」
ルルがびくりと身じろぎしました。
僕たちは白い顔つきで食堂に入りましたね。
テーブルの上座にはミルフィが座っており、立ち上がります。
フェンリルはいませんでした。
もう食事を済ませたんですかね。
ちなみにスティナウルフたちは昼食を食べません。
しかしフェンリルはミルフィに合わせて昼食を摂るようにしているようです。
イヨが先頭を歩きます。
「ミルフィ、ただいま」
「おかえりイヨ。遅かったですねー」
ミルフィは、僕たちの後ろから続くジャスティンとルルを見て「あら?」と言ったっす。
続けて言葉を紡ぎます。
「イヨ、そちらの方々は?」
「こちらの方々は、私のアパートの隣人で、男の方はジャスティン、女の方はルルっていうの」
イヨがまた紹介をします。
ミルフィは右手で丸メガネのフレームを掴み、ゆっくりと上下に動かしました。
「ふーん。これはこれは、珍しいお客さんですわあ。まあ、一度おかけくださいなあ」
見ると、ジャスティンとルルの顔が強張っていますね。
かなり緊張しているようです。
領主の前だからですかね?
僕たちはイヨから順番に前の方のテーブルの椅子を引いて座りました。
ミルフィは肘をテーブルにつけて、両手のひらを組み合わせます。
「それで? ジャスティンさんとルルさんとおっしゃいましたか? 今日は私に何のご用事でしょうかぁ?」
すぐにイヨが説明をしようとしましたね。
「それなんだけど……」
「待ってイヨ」
ミルフィが左手を上げて制します。
イヨが首を傾げて言葉を止めました。
ミルフィが続けて言ったっす。
「ルルさん、ついに私とお友達になる気になったのですかぁ?」
「……な、なってないけど」
苦しそうに言葉を吐き出すルル。
その肩にジャスティンが手を置きます。
「ミルフィさん。良かったら、俺様たちもお友達にしてやってくださーい!」
陽気な声ですね。
しかしその表情は硬いっす。
ミルフィが丸メガネをくいと上げます。
「なるほど。本当に私とお友達になりたいと」
「そうでーす」
ジャスティンは両手を膝につけて言いました。
ミルフィは「ふむふむ」と言い、また両手のひらを組み合わせたっす。
「ご事情をお聞かせ願えますか?」
ジャスティンが深く息を吸って、それから言いました。
「俺様たちは、バルレイツの北区で農業をやっている者です! この度は領主のミルフィさんに、スティナウルフの結婚式にフライドポテトの露店を出してよいという許可をもらったため、ご挨拶に伺いました!」
「そうそう」
ルルが頷きましたね。
ミルフィは「それで?」と続きを促します。
ジャスティンのこめかみに一筋の汗。
「それで? とは?」
「ジャスティンさん。本当のご事情をお聞かせ願います。大丈夫、取って食べたりはいたしません。ちゃんとこの館から、無事に外に出して差し上げます。なのでぇ、本当の目的をおっしゃってくださいなぁ」
ジャスティンが顔を俯かせましたね。
僕はとても緊張していました。
本当の目的って何でしょうか?
どうしてミルフィは、そんなことを言うんですかね?
ジャスティンはため息をついて、そして唱えました。
「擬態、解除」
「ちょっとジャスティン!」
ルルが咎めるように声を上げましたね。
ジャスティンの体が白い波動に包まれて、肌の色が変わります。
何と、紫色になりました。
僕たちはびっくりしたっす。
「魔族だったの!?」とイヨの大声。
「マジか!」レドナーが焦っています。
「え?」僕はただただ疑問でした。
「んにゃん?」ヒメも僕と同じ気持ちだったようです。
ミルフィの顔が真っすぐにジャスティンを見ています。
ジャスティンがテーブルの上で両手を開きました。
「はっはー。ばれちまったなら仕方ねえ。皆さん、焦らないで聞いてください。俺様の本名はハスティン・ゴルドローグ、魔王の第一王子です。だけど今はジャスティンって名乗っているし、気楽にジャスティンって呼んで欲しい」
その時でした。
食堂のキッチンへの扉が開き、メイドたちが武器を持って入って来たっす。
先頭にはサリナがいて、ダガーを握っていますね。
ジャスティンとルルを警戒するように、テーブルの下座に控えました。
ミルフィが右手を上げて、サリナに静止のサインを送ります。
「サリナ、大丈夫です」
「魔王の第一王子ニャン!?」
ヒメの眉間がビクビク。
僕もびっくりしたっす。
どうして魔王の第一王子がアパートの隣人であり、そして農業を営んでいるのでしょうか?
分からないっす。
ミルフィは両手を太ももに組み合わせます。
「魔王の第一王子のジャスティンさん、今日は私にどんなお話をしに来たのでしょうか?」
「はっはー。ミルフィさん。今から俺様のする話は、嘘みたいな話だと思うかもしれないが、全部本当のことなんで、最後まで聞いて欲しい」
そしてジャスティンは語り出します。
それは本当に嘘みたいな話でした。
魔王がすでに復活していること。
その事実は、伝書カラスが手紙で運んできてくれたこと。
勇者の娘であるミルフィと共に、魔王を討伐しに行きたいという申し出。
魔王を倒し、その宝珠を奪って、ジャスティンが次期魔王になりたいという企み。
ジャスティンが魔王になった暁には、知能の高い魔族と、知能の低い魔族を区別し、後者を魔族という種族から追放するという計画。
そして知能の高い魔族だけを従えて、ロナード王国の王様や他の種族と和平を結びたいという最終目的。
ジャスティンは時間にして五分以上も喋ったでしょうか?
僕は気持ちが高揚していました。
ジャスティンの話は、とても良いもののように聞こえたからです。
ミルフィは静かに何度も頷いて、それから言いました。
「まずジャスティンさんに聞きたいのはー、ご自分が魔王の第一王子であることを証明できるか? ということなのですがぁ」
「できるさ」
そう言って、ジャスティンは首に下げていた紋章のネックレスをはずします。
それを掲げ、続けて言います。
「これは魔の紋章の一つ。紋章は三つに分かれていて、第三王子までが持つことを許されている。持っている三人が揃い、紋章を組み合わせた時、アークメテオという連携スキルを発動させることができる。アークメテオっていうのはつまり、空から隕石を降らすことのできるスキルだ。ランクはUUになる」
「ふむふむぅ」
ミルフィは彼女には似つかわしくない険しい表情です。
そして今度はルルに水を向けました。
「お隣にいるのはルウさんでしたか? 今はルルさんですか? 貴方は以前、夜のこの領主館を訪れて、私を殺そうとしたと思いますがぁ、今はお気持ちが変わったということでしょうか? お話をお聞かせください」
みんなが驚きの顔でルルを見ました。
びっくりしたっす。
そんなことがあったんですね。
もしかして、スティナウルフがこの町に来たばかりのあの夜の事件のことでしょうか?
ルルは首を勢いよく振ります。
「ルルでいいわ。ルルは、この男に着いて行くって決めたの。だから、あの時はごめん」
ミルフィはコクコクと頷きます。
そしてまた尋ねました。
「ルルさん、もう一つお聞かせください。貴方は同族と戦うことができますか? それはつまり、同胞を死なせてしまうこともあるということなのですがぁ」
ルルは答えずに顔を落としましたね。
その様子をジャスティンが厳しい目つきで見つめます。
中々返事がありませんでした。
やがて、
「……できるわ」
小さな声でルルがつぶやきました。
ミルフィは神妙な面持ちで言います。
「分かりましたわ」
そして両手を二回叩き合わせて、サリナに目線で合図したっす。
「サリナ、危険は無いようですので、皆さんにお食事を運んであげてくださいな」
「ミルフィ様、本当に大丈夫なのですか?」
サリナの心配そうな顔と声。
ミルフィはゆっくりと一度首肯しました。
「大丈夫です」
「分かりました」
サリナたちメイドが動き出し、キッチンへの扉をくぐって行きます。
数人のメイドは動かずに残っており、有事の際を警戒しているようです。
やがてメイドたちがオボンに料理を運んできてくれました。
茶色い色のスープが出されましたね。
何と、ジールコットっす。
イフリートのいるグランシヤランへの旅途中、ミリーという女性が作ってくれた料理と同じでした。
カレーと似た味のするスープです。
他にもパンやサラダ、魚の煮つけが皿に載っています。
ミルフィが言いました。
「それではみなさん、いただいちゃってください」
みんながそれぞれ返事をして食べ始めます。
僕はちょっと食欲がわかなかったっす。
緊張しすぎたせいでした。
上級魔族と食事を共にするのはこれが初めてですね。
それも第一王子っす。
「神よ、今日の恵みに感謝します」
イヨはいつもの祈りの言葉でした。
ジャスティンがスプーンを持って、ジールコットを口に運びます。
「こりゃあ美味えやあ!」
清々しくなるほど褒め言葉でした。
しかし誰も笑わなかったですね。
みんな緊張しているみたいです。
そしてヒメとイヨが、ティルルから聞いてきたマジックアイテムの情報をミルフィに話しました。
ミルフィは納得したようで「友情のイヤーカフですか、それは良いですね!」と言い、作成することに賛成してくれます。
今日はこれから合宿です。
昼食が終わるとジャスティンは「今日はいきなり押しかけてすまなかったなあミルフィさん」と言い、アパートに帰って行きましたね。
ルルも一緒に帰宅しました。
二人は明日の朝、また来てくれるようです。
ミルフィもまだ二人に話したいことがあるようでした。
翌日、改めて会話の場を設けるようです。
それにしても、隣人が魔王の第一王子だとは思わなかったっす。
先ほどのノーラ池でのジャスティンの魔法の威力を思い出し、僕は納得しました。
道理で強い訳です。
しかし、ですよ。
どうして二人は農業をやっているんですかね?
その事だけは未だに謎に包まれていました。
今度聞いてみましょうかね。
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