6-6 ノーラ池
巡行狼車に乗り、アヤギリ山の近くの停留所で降ります。
ジャスティンが案内をしてくれるようで、ルルと一緒に先頭を歩いていますね。
その後ろにはイヨとヒメが会話をしながら、姉妹のように肩を並べているっす。
一番後ろを歩く僕とレドナー。
レドナーが怪訝な顔と声で尋ねました。
「おい、テツト、さっき銀行で預けた多額の金は何だ?」
僕はギクッとします。
やっぱり驚きますよね。
顔をひきつらせて返答しました。
「あ、あれはですね」
「ああ。あれは?」
「……あれはですね」
「早く言え!」
何と説明したら良いんですかねー。
マグマ鉱床のことは絶対の秘密です。
ここは嘘をつくしか無いっす。
「た、宝くじ……」
「た、か、ら、く、じ、ぃ?」
「は、はい。そうなんです。僕たち、宝くじが当たったんです」
「宝くじって、お前ら、あのサマージャイアントスペシャルを買ったのか?」
サマージャイアントスペシャルて何でしょうか?
そういう名前の宝くじがあったんですかね?
話を合わせる僕。
「そ、そそそ、そうなんですよねー。サマージャイアントスペシャルなんです! 試しに買ってみたら、二等が当たって、千万ガリュ近い儲けが出ました!」
「マジかよ! くそぅ! 俺も買えば良かった!」
下を向いて悔しそうに顔を歪めるレドナー。
僕はその肩をポンと叩きました。
「ドンマイです。また次があるっす」
「くそったれ! 強くなるためには、金が要るってのによお!」
レドナーは顔を上げて吠えるように言いました。
僕は苦笑を禁じえないっす。
レドナーがこちらに顔を向けます。
「……おいテツト、俺と店をやらねーか?」
「み、店ですか!?」
「ああ。俺に名案がある。結論からいうと、それは喫茶店なんだ。まず、町にいる可愛い少女たちをウェイトレスとして雇う。その少女たちにはメイド服を着せる。そして客が来たら、お帰りなさいませ旦那たま、あるいは、お嬢たま、と挨拶させる。メイドさんに嗜好を持つ町民に、パンやオムレツやコーヒーを高額な値段で売る。店の名前はメイド喫茶だ! これでぼろ儲けってことよ」
メイド喫茶。
それは日本にもありましたよね。
行ったことがありませんが、テレビで見たことならありました。
僕は腹をひくつかせます。
レドナーはメイド萌えだったんでしょうか。
「メ、メイド喫茶ですか?」
「そうだ! メイド喫茶だ! これぞ神の一手よ。俺たちは儲けに儲け、そして国中のスキル書を買い漁る。もちろん合成スキルの情報も入手する。そして俺は勇者となり、魔王を討伐する。そしてその後はぁ、天使さまと、天使さまとっっ!」
レドナーの鼻息が荒いですね。
ちょっと怖いです。
僕はあいまいに頷きました。
「ま、まあ、おいおい考えていきましょうかね」
「おいおい? 何言ってんだテツト。思い立ったが吉日って言葉を知らねーのか?」
「イヨやヒメにも相談しなきゃいけないっす」
「馬鹿! これは秘密裏に動く必要があるんだ! 言ったら反対されるに決まっているからだ! 俺たちでメイド喫茶を興して、軌道に乗った段階で前の二人には言う。そうしないと上手く行かねーだろ」
「聞こえてるわ」とイヨ。
「メイド喫茶ニャン?」とヒメ。
二人がこちらをちらりと振り返って、また前を向いて歩き出します。
レドナーの額に一筋の汗。
「……テツト、イヨを丸め込んでおいてくれよな」
「それはきついですねー」
僕はゆっくりと首を振りました。
林に囲まれたなだらかな山道でした。
地面には落ち葉がたくさんあって、先ほど降った雨のせいか濡れています。
やがて林が途切れて、大きな池が見えてきました。
看板が立っていますね。
ノーラ池でした。
先頭を歩いていたジャスティンが振り返ります。
「おーい、着いたぞ諸君!」
「手っ取り早く済ませちゃいましょ」
ルルが面倒くさそうに言いました。
「大きい池ね」とイヨ。
「猫は泳げないニャン~」ヒメの表情がビクビクと震えています。
「おいテツト、メイド喫茶の件、考えておけよ!」とレドナー。
「何とも言えないっすよー……」僕は乾いたため息をつきました。
池はガラーンとしていましたね。
晴れていますが、ハイキングに来ているような人はもちろん、釣りをしているような人の姿も無いっす。
山はモンスターが出るので、当然と言えば当然でした。
雨も降りましたし。
池は、青々とした木々に囲まれており、山が反射して映っています。
綺麗な池ですねー。
僕たちは池の岸まで歩きます。
ジャスティンがルルの尻をはたいて言いました。
「よーし、ルル、水の中に行って、結消木の枝を取ってこい!」
「痛い!」
ルルが顔を赤くしてジャスティンを見上げたっす。
右足で地面を強く踏みつけました。
「人前でルルのお尻を叩かないで!」
「あ? 小さいこと気にするなよー。尻の穴の小さい女だなー」
表情をしかめる女性陣。
ルルは右手で鼻をつまみました。
「何の話よ! それにこの池、なんか臭いわ。とてもじゃないけど入れない!」
「池が臭いなんて当たり前だろ? 毎日、魚がうんこしてるんだから。ほら、ルル。出番だぞ」
体がぷるぷると震えているルル。
ちょっと可哀そうですね。
僕が立候補しようと、右手を掲げた時でした。
「くうっ、この、ジャスティンのために、こんな臭い池に飛び込むんじゃないんだからね! ルルはただ、暑くて泳ぎたかっただけなんだから!」
ツンデレサービスをしつつ、ルルが池に飛び込みました。
ドボンという着水音。
ルルは左手で鼻をつまんで潜って行きます。
ヒメが応援をしました。
「ルル、頑張れニャーン!」
「本当、頑張って」
イヨも両手のひら握って見守っています。
水面に映るルルの黒い影が、池の中心の方へと移動していきました。
結消木を探しているようですね。
僕はジャスティンに聞きました。
「結消木って、どんな木なんですか?」
「ん? 白くて肌がツルツルの木だよ。この池にも生えていると良いんだが」
ジャスティンが笑顔でポケットからタバコの箱を取り出していました。
一本くわえてマッチで火をつけます。
レドナーが心配するように言いましたね。
「あんた、タバコは体に良くねーぞ?」
「ん? これかい? これはスキルなんだよ。スモークチャージって言う」
「「スキル?」」イヨと僕とレドナーの声が重なります。
「スキルニャン?」とヒメ。
良く見ると、ジャスティンがくわえているタバコが黄色い波動を帯びています。
黄色はバフの色っす。
レドナーが聞きました。
「スモークチャージって、どんな効果なんだ?」
「レドナー少年、俺様に情報料をいくら払える?」
「くっ、いや、言いたくないのなら良ーけどよー」
ジャスティンが頬に笑い皺を寄せて、タバコの煙をプフーと吐き出しました。
その時でした。
池からザブーンという巨大な音が上がったっす。
びっくりして顔を向けると、巨大な植物のモンスターが池の中心に立ち上がっています。
すごい水しぶきですね。
池が波立っています。
モンスターは赤い肌をしており、その口は大きく、気味の悪い食虫植物のような見た目でした。
モンスターのツルがルルの右足を捕まえています。
彼女の悲鳴が響いていました。
「キャ! キャアアァァアアー!」
ジャスティンがタバコを地面に吐き捨てましたね。
「ちっ、ベラミーがいたか!」
モンスターの名前はベラミーだそうです。
イヨがこちらを向きます。
「テツト、どうしよう!?」
「くそ……」
僕は思わず悪態つきました。
敵は遠く、池の真ん中にいるっす。
遠距離攻撃ができる人間で攻撃するしかないですね。
遠距離攻撃の無いイヨは、見ていることしかできなさそうです。
ヒメが杖を突き出しました。
「猫鳴りスローだニャーン!」
青い波動を帯びる杖。
そうかその手があった!
ナイスだぞ、ヒメ。
僕は心中で感謝しつつ、ベラミーを注視します。
あれ?
……何も起きませんね。
ベラミーが猫に変身すると思ったんですが。
ジャスティンが快活な笑い声を飛ばしました。
「はっはー。ヒメのお嬢さん、相手のスキル防御力は、お嬢さんのスキル攻撃力よりも高いってこった」
「スキル防御力ニャン!?」
ヒメは困ったように眉を八の字にしています。
ジャスティンは軽快に言いました。
「お嬢さんやお嫁さんが来ているその服と同じさ。スキル防御力を上げることで、相手のスキルダメージを軽減できる。デバフスキルなら確率で効果を無効にできる! お嬢さんはちょっと修行が足りなかったみたいだな」
そんな会話をしている間にも、ルルの悲鳴が響き渡ります。
宙づりにされたまま、空中をすごい速さでさまよっていますね。
「ジャスティーン! 早く、早く私を、助けなさああぁぁあああい!」
「分かったよルル!」
ジャスティンが杖を握ります。
その先端には黄緑色の石がついていますね。
黄緑ということは、詠唱魔法のスキル効果を増幅するんでしょうか?
ジャスティンが唱えます。
風が吹いたような気がしました。
「俺様の杖に寄り添え土の精。生ずるはフレアを内包した黒き弾丸。射出し閃光となりて破壊せよ。王族の血に応えいノームの怒り、エクスプローシブバレッツ!」
ジャスティンの目の前に丸くてゴツゴツとした黒い岩が現れました。
と思った瞬間、残像だけを残して消えます。
ベラミーに腹に岩が命中し、爆発しました。
ドゴオンッ!
空気が張り裂けるような振動があり、僕たちは両手で両耳を塞ぎました。
こんな衝撃では、近くに建物があったら窓が割れますね。
木々がざわめいています。
波立った池の水が、岸を乗り越えて押し寄せてきました。
みんなが少し後退します。
「ギイヤアアァァァァアアアア!」
腹の大部分を失ったモンスターが、悲鳴を上げて池に沈んでいきます。
それと同時に、ルルの足がツルから解放されました。
ちゃぽんと池に落ちるルル。
僕はただ眺めていることしかできませんでした。
他の三人も、ぽかーんと口を開けていたり、両目を大きく見開いていたりしています。
ジャスティンは杖を右手でくるくると回して得意げに言いました。
「はっはー。どんなもんよ」
軽快な笑み。
ちょっと、いや、かなり格好良いっす。
男の僕でさえ、そう思ってしまいました。
ヒメがパタパタと歩いてジャスティンに近寄ります。
「ジャスティンは強いニャンねー」
「はっはー。あったり前だろう? 俺様を誰だと思ってやがる?」
ジャスティンがまたポケットからタバコの箱を取り出しました。
一本くわえてマッチで火をつけます。
レドナーが聞きました。
「おいあんた、今の、詠唱スキルってどうやったら覚えられるんだ?」
「レドナー少年、俺様にいくら払える?」
「い、一万ガリュなら払ってやるよ」
「一万ガリュだ~? 足りねえな。おとといきやがれ」
「くっ……」
レドナーが肩を落としたっす。
今度はイヨが聞きます。
「ジャスティンさん、王族ってどう言うこと?」
そう言えば、詠唱にそんな言葉がありましたよね。
「お嫁さん、男の謎には触れない方が良い。火傷するぜ?」
ジャスティンはそう言って、岸のぎりぎりのところに立ちました。
もう波は引いていましたね。
両手のひらを口元に当てます。
「おーいルル、ちゃんと結消木を取って来いよー!」
「わ、分かったわよ!」
ルルは再度、左手で鼻をつまんで池に潜りました。
それから少しして、彼女が岸に上がります。
その左手には白い木の枝が握られていました。
折ってきたようです。
そして右手にはスキル書が握られていました、
ベラミーが落としたようです。
ルルは白い木とスキル書を地面に置いて、ジャスティンを見上げます。
「この白い木で合ってるの!?」
「おう! グッジョブだぜ、ルル」
ジャスティンが親指を立てました。
ルルはしきりに自分の体の匂いを嗅ぎます。
「臭い、ルルの体、臭いわ!」
イヨがカバンの中からタオルを取り出しましたね。
「ルルさん、拭くわ」
「あ、ありがと」
ルルが嬉しそうな笑顔を浮かべます。
ヒメが小走りに近づきました。
「ルル、ありがとうだニャーン!」
「いいのよ」
短く答えるルル。
僕は白い木の枝を拾いました。
「これが結消木の枝ですか?」
「ああ。それで間違いなし。やっぱりノーラ池にあったな」
「良かったです。それにしても、ジャスティンさんは強いすね」
「おーう! はっはー、テツト少年もこのぐらいできるようにならないとダメだぜー?」
ぽんぽんと僕の肩を叩くジャスティン。
はにかんだ笑顔を浮かべて、僕は後ろ頭を右手でかきました。
イヨがルルの身体を拭き終えると、僕たちはスキル書に顔を向けましたね。
ジャスティンが拾い、タイトルを読みます。
「うほ! こりゃあすげえや。スーパーレアスキルの、召喚、スライムだな」
「召喚、スライムニャン?」
ヒメが首を傾けます。
ジャスティンは何度か頷き、
「知らねーのか? お嬢さん。召喚のスライムはEランクだが、貴重だから売れば100万ガリュはするだろうなあ」
「あ、あたし、あたし欲しいニャン! 覚えたいニャン!」
「ふむ」
ジャスティンが右手を顎につけました。
ルルがヒメの背中を軽くはたきます。
「ダメよ、ただじゃあげない。欲しいならお金を出して買いなさい」
「んにゃ~ん、欲しいニャーン」
ヒメがイヨを見ます。
イヨが凛とした声で言いました。
「買うわ」
「本当かニャン?」
ヒメの嬉しそうな瞳がくりくり。
イヨが聞きます。
「あの、ジャスティンさん。召喚っていうスキルの適正クラスは、魔法使いで合ってる?」
「おう、合ってるぜ」
ジャスティンが本をイヨに突き出します。
イヨは受け取り、
「テツト、リュックからお金を出して」
「ほ、本当に買うんですか?」
僕はちょっと驚いていました。
イヨはコクンと頷きます。
「召喚って言えば、とても強いスキルだから、ヒメちゃんに覚えてもらう。だから、買う」
「分かりました」
僕はリュックを下ろしましたね。
先ほど銀行でお金の大部分を預けましたが、まだ五十万ガリュと少々のお金が入っています。
ヒメが興奮したように聞きました。
「イヨ、いいのかニャン?」
「うん。良い」
イヨがリュックのチャックを開けて、中から財布を取り出しましたね。
彼女がみんなを見回します。
「六人いるから、えーっと、スキル書は百二万ガリュってことにして。1人につき十七万ガリュで計算して良いかしら?」
「十六でいいぜ」
ジャスティンが親指を立てます。
ルルがからかうように言いました。
「ジャスティンのカッコつけ!」
「何だとぅ」
ジャスティンの右手のひらがまたルルのお尻を狙います。
お尻を両手で押さえて逃げるルル。
「キャー!」
それを見て、僕たちは苦笑をこぼしたっす。
イヨはレドナーにも聞きました。
「レドナーも十六で良い?」
「おう! かまわんぜ。俺たちは仲間だからな」
「そう、それじゃあ」
レドナーとジャスティンとルルに、イヨがそれぞれ十六万ガリュを支払いました。
イヨがバッグから自分の財布を取り出して、残りのお金をしまいます。
ヒメにスキル書を渡しましたね。
「ヒメちゃん、覚えて」
「んにゃん! 習得だニャーン!」
本が茶色い光に包まれて消えたっす。
これでヒメは、召喚スライムを覚えました。
僕としても良かったっす。
どのようなスライムが召喚されるのでしょうか?
今度ヒメに練習で使ってもらいましょうかね。
そして。
結消木の枝を僕のリュックに入れます。
その後、僕たちは下山し、また巡行狼車で町に戻りました。
ミルフィには昼食を領主館で摂ると約束しています。
時間は少し過ぎていますが、まあ大丈夫でしょう。
領主館前の停留所で降りると、近くにあるお菓子屋さんに寄りました。
ジャスティンはミルフィに手土産なしで会いに行くのは失礼と思ったようですね。
彼が店で一番値段の高いチョコレートホールケーキを注文しようとしています。
ルルがぷんすかと怒りました。
「ジャスティン、そんなデカいケーキ要らないわ!」
「うるせえぞルル。初対面ってのは第一印象が大事なんだ!」
「そんなデカいケーキを持って行ったら、逆にびっくりされるわ!」
「分かってねえなあルルは! はっはー! デカいほど愛は伝わるんだ。愛のデカさとケーキのデカさと尻の穴のデカさは比例するってことだ!」
「比例なんてしないから~、あと、最後の意味わかんない~」
「今日は絶好のチャンスなんだ! ミルフィさんの胃袋を掴まなきゃいけないんだ!」
「掴まなくてもいいから~」
「何だとぅ!」
店員の男性が困った顔で言いましたね。
「買うんですか? 買わないんですか?」
「買いまーす!」
ポケットから財布を取り出すジャスティン。
ちなみにそのケーキは6200ガリュでしたね。
高級品っす。
箱入りのケーキの紙袋をルルが右手に提げて、僕らはお菓子屋を出ました。
今度こそ領主館に行きます。