6-4 プレゼント大作戦
夏の空がどんよりと曇ってきていました。
これは一雨来るかもしれないなと思っていると、やはり降り出しましたね。
バタバタと地面を叩く大粒のしずく。
町の南区で巡行狼車を降りると、その場所からほど近いところにある雑貨屋さんで傘を買ったっす。
ヒメはピンク、イヨは赤、僕は黒の傘であり、折りたたみができるタイプの物でした。
傘を開いて持ち、三人でテッセリンマジックアイテム店を目指して歩きます。
ヒメがご機嫌そうに体を揺らしていますね。
「ふんふんふーん、雨雨降れ降れ母さんがー、ニャン」
「それ、ニホンの歌なの?」
イヨが聞きます。
ヒメは頬を上げて頷いたっす。
「んにゃん、そうだニャンよ~。テレビで流れてたニャン」
「テレビ?」
「イヨは知らないにゃん? テレビって言うのはニャンねー」
ヒメがテレビについて大雑把な説明を始めます。
イヨはふんふんと興味深げに聞いていました。
テレビとか、懐かしいですねー。
僕はお気に入りのバラエティ番組を思い出して、ひそかにほほ笑みました。
少しして、テッセリンマジックアイテム店の看板が見えてきましたね。
玄関にたどり着くと傘をたたんで傘立てに置きます。
中に入りました。
扉を開ける時、カランカラーンとベルの音がしましたね。
舌っ足らずな声のクラが出迎えてくれたっす。
「いらっしゃいまちた、お客しゃま、お店へようこそでち」
店の中でも小さな月に腰かけていますね。
その体が淡く黄色い光を放っています。
そして、浮遊しています。
服装は、人間の着るような白いシャツと同じ色のスカート、それらの服の上に黒いエプロンの格好でした。
その両手には無色透明のジアリウムの石。
クラはジアリウムに自分の光を浴びせて、月光石を育てているようです。
そうしているのが落ち着くんですかね?
ヒメが彼女の名前を呼びます。
「クラニャーン」
「ヒメと、イヨと、テツト、ようこそおいでまちた」
クラはペコリと頭を下げます。
イヨが聞いたっす。
「クラ、ティルルはいないの?」
クラが半身だけ後ろを振り返りましたね。
「ティルルは、いま、工房でマジックアイテムを作っていまち」
「良かったら、呼んで来て欲しいんだけど、大事な用事があるの」
クラは二度頷きます。
「分かりまちた。お待ちくださひ」
そう言って下がって行きます。
月に乗ったまま、ゆらゆらと進んで行きました。
僕たちが待っていると、金髪のロングに白衣姿、黒縁メガネの彼女が顔を見せます。
右手を振って、
「やあやあ君たち、テッセリンマジックアイテム店へようこそ! 何かお買い求めかな?」
ティルルの後ろにはクラも着いてきていました。
イヨが一歩前に出ます。
「こんにちは、ティルルさん。それがなんだけど、今度結婚式を迎える二人に、プレゼントを贈ろうと思っているの。プレゼントにふさわしいマジックアイテムなんて、知らない?」
「ん? 誰か結婚するのかな?」
ティルルの疑問そうな顔と声。
ヒメが嬉しそうに顔をほころばせます。
「スティナウルフのフェンリルとガゼルニャンよー」
ティルルは思い出したように顔を上げました。
「ああ、そう言えば新聞と一緒にチラシが来ていたね。もしかしてその、結婚式をするスティナウルフの新郎って、あのガゼルなのかな?」
「んにゃん!」
頷くヒメ。
ティルルは感慨深そうな顔をしたっす。
「そっか。じゃあ私としてもガゼルは友人だね。二度もお世話になったからね。君たちは、ガゼルとその妻にプレゼントを贈るのかな?」
「そうなの」とイヨ。
「そうだニャンよ~」とヒメ
二人の顔がニコニコです。
ティルルはゆっくりと数回頷いて、それから右手のひらを顎につけたっす。
「そうか。うーん、結婚式をする二人にプレゼントとなると、指輪はダメだし、ネックレスもアウトだね」
「指輪とネックレスはダメニャンか?」
疑問そうなヒメの声。
ティルルは当然と言ったふうに頷きました。
「そりゃあそうだよ。夫が妻に指輪やネックレスを贈るかもしれないだろ? 友人の僕たちが贈る訳にはいかないよ」
「なるほどニャン~」
ヒメは納得顔で頷きます。
ティルルが両腕を胸に組んだっす。
そして聞きました。
「ガゼルとその奥さんは、どんな物をもらったら喜びそうかな?」
「うーん、それが分からなくて」
イヨが困ったような表情をしたっす。
ヒメがぴょんと右手を上げましたね。
「たぶん、強くなるようなマジックアイテムニャン! 前にガゼルは強くなりたいって言ってたし、フェンリルは強いオスが一番点数高いって言ってたニャンよ~」
イヨと僕が顔を見合わせます。
「確かに」とイヨ。
「そうだね」と僕。
またティルルに顔を向けました。
ティルルは悩んでいますね。
「強くなるマジックアイテムならたくさんあるよ。たくさんありすぎてどれを選べば良いか分からないぐらいだ。だけど、結婚式の友人からのプレゼントという兼ね合いを考えると、一つ、心当たりがあるよ」
「何ですか?」
イヨが聞いたっす。
ティルルが人差し指を立てます。
「それは友情のイヤーカフとか呼ばれる物でね。天霊石という石から作ることができるんだ。それを耳にはめた友人たちは、お互いが近くにいることで魔力を高め合うことができるよ」
「イヤーカフニャン?」
ヒメが興味深そうに肩を揺らします。
イヤーカフというのは確か、耳に装着する留め具みたいなアクセサリーですね。
それをティルルが説明してくれます。
イヨがゆっくりと頷きました。
「それが良い。それを作ろう」
「だけど天霊石が無い」
ティルルが苦笑して両手を軽く開きました。
ヒメが両手をグーにして胸元に掲げます。
「遠方から取り寄せるニャーン」
「そうするしかないかな」
ティルルが首肯したところで、イヨが首を振りましたね。
「ティルルさん。今回は取り寄せとかじゃなくて、私たちで素材を取ってきて、その友情のイヤーカフを作りたいの」
イヨの声には少し力が込められていますね。
ティルルは意味ありげに頷いたっす。
「お手製のプレゼントを贈りたい、ということかな?」
「うん」
「そうか。じゃあ、天霊石を取りに行くしか無いね。でも天霊石って確か、天使族の領域にしか無いんじゃなかったかなあ」
「天使族?」とイヨと僕。
「天使族ニャン?」とヒメ。
ティルルが瞬きしましたね。
「知らないのかな? この世界には天使族やエルフ、他にも亜人種、魔族など、たくさんの種族がいるよ」
初耳でした。
僕はまだ、どの種族にも会ったことがないっす。
モンスターやスティナウルフぐらいですかね。
イヨが右手のひらを胸の前に開きます。
「それは知っているけれど、天使族の領地なんて、どこにあるのか……。ティルルさん知ってる?」
「ごめん、知らない」
そう言って苦笑するティルル。
ヒメががっかりとしたような声を上げたっす。
「ダメニャーン」
「あたち、知ってりゅ」
ふと、ティルルの後ろにいるクラが喋りましたね。
ティルルが振り返ります。
「クラ、知ってるのか?」
「うん。天使族はね、地上とはちがうところにいりゅ。天界って言う、ところ」
クラが一生懸命喋ってくれました。
彼女にとって言葉の発音は、僕たちよりも口の力を使うようですね。
ティルルがその肩に手を置きます。
「クラ、天界への行き方を知っているか?」
「うん。あたち、知ってりゅ。大きな山の、霧の結界で守られた場所。そこに、天界への階段がありゅ。そこには必じゅ、番人がいりゅ」
「ふーん」
ティルルは何度か頷いて、そしてまた聞きます。
「この辺の山にもあるのかな? その、霧の結界で守られた場所って言うのは」
「サイモン山に、ありゅと聞いたことがありゅ、だけどお」
クラが顔をしかめましたね。
「場所は分からなひ」
「ふむふむ、なるほどねえ」
ティルルがクラの肩から手を離しました。
こちらを振り返ります。
「イヨさんたち、聞いていた通りだ」
僕たちはなるほどと頷いたっす。
どうやらサイモン山には天界へと続く階段があり、そこは霧の結界で守られているようです。
番人もいるという話でした。
ティルルが人差し指を立てます。
「イヨさん、サイモン山で霧の深い場所なんて知っているかな?」
「ううん、知らない」
首を振るイヨ。
ヒメが両手を万歳して言いました。
「またジャスティンに聞くニャーン」
「ん?……ジャスティンさん?」
ティルルが首をかしげます。
そうでした。
ティルルは僕たちのお隣さんのことを知りませんね。
イヨが笑顔を浮かべます。
「私たちのアパートの隣の部屋の人が、サイモン山について詳しいの。この前のマグマ鉱床へ続く洞窟も、その人に教えてもらった」
「なるほどね! それじゃあ、その人に聞けばいいよ。天界へ上手く行けたら、天霊石をできるだけ多く取ってきて欲しい。そしたら私が、友情のイヤーカフを作ろうじゃないか!」
「あたち、良い子?」
クラが首を傾けます。
ティルルは慣れたような動作でクラの頭をくしゃくしゃと撫でました。
「ありがとうクラ。君の情報のおかげで助かったよ。クラは良い子だね」
「ほよほよ、ほよ~ん」
クラは鳴き声を上げて嬉しそうに両目を細めました。
イヨが聞きます。
「ティルルさん、ちなみに、制作料はかかる?」
「いや。無料でいいよ。私も君たちのプレゼント大作戦に一枚かませて欲しい。だから、天霊石を持ってくるだけでいいよ」
ティルルは人の良い笑みを浮かべます。
「分かった」とイヨ。
「ありがとうニャン、ティルル~」とヒメ。
二人のほっこりとした笑顔。
イヨがまた聞きます。
「ちなみに天霊石って、どんな色と形をしているの?」
「水色だね。形はクリスタルみたいに角張っているはずだよ」
ティルルがポケットに手を入れて説明をします。
イヨが「分かった」と言って頷きました。
そこでティルルがまたポケットから手を出して、両手を胸の前で開きました。
「そうそう、話は変わるけど、君たちと発掘してきた原石で作ったところの、マジックアイテムが結構売れたんだ」
「本当?」とイヨ。
「やったニャーン!」とヒメ。
「うんうん。君たちには5.9割の利益を渡すって契約だったからね。いま、お金を持って来るよ」
そう言って、ティルルがまた工房に下がって行きます。
また戻って来ると、お札がたくさん詰め込まれたような大きな紙袋を持っていましたね。
イヨが受け取りました。
「こんなにいっぱいなの!?」
「うん! 今日のぶんはとりあえず1000万ガリュ。君たちにあげられる利益はもう少し出たんだけど、一度一度に細かく計算するのは大変だろう? だから切りが良い数字が溜まった時に、渡すことにするよ!」
ティルルが人差し指を立てます。
ヒメは感動したのか、瞳をじんわりと潤ませましたね。
「ティルル、本当にありがとうだニャーン!」
「いいっていいって。それよりも、私としてはまたあのマグマ鉱床のある洞窟に連れて行って欲しいかな。今のところ原石のストックはまだあるから、今度は一か月後ぐらいが良いんだけど」
ティルルが照れたように頬をうっすらと染めていました。
イヨが右手を差しだします。
「分かった。ティルルさん、ありがとう!」
「こちらこそだよ!」
握手に応えるティルル。
僕も凄く嬉しい気分でした。
はっきり言って飛び跳ねたい気分です。
一気にお金持ちになりました。
そして、お金の紙袋を僕のリュックに入れて、三人でテッセリンマジックアイテム店を出ました。
イヨはティルルの前でお札を数えたりしなかったですね。
それだけ信用しているということだと思います。
外はまだ雨が降っていますね。
傘を持ち、傘を開いて出発でした。
今度は家に帰らなきゃいけないようです。
ジャスティンと会って、話を聞くためでした。
「あらあら、あの子は、ずぶ濡れだーニャン」
ヒメが歌の続きを歌っています。
珍しいことにイヨまで、ふんふんと鼻歌を歌って、ヒメの歌に合わせていました。
多額のお金を得て、気分が弾んでいるようです。
こうして見ると二人はまるで姉妹です。
髪の色は白と黒で対極的ですが。
ふと僕は気になって、イヨに聞きます。
「ねえイヨ、レドナーはどうしよう」
やはり心配でした。
まだ傭兵ギルドの扉のところで僕たちを待っているかもしれないっす。
ヒメが「あ」と言って、両目を瞬かせました。
イヨの唇がつり上がり、笑みをかたどります。
「あの人は、今日は一人でお仕事」
「迎えに行くニャンよ~。レドナーも、フェンリルとガゼルにプレゼントするニャン!」
ヒメがイヨに顔を向けたっす。
イヨは苦笑して静かに頷きます。
「……仕方ない。行こっか」
「れっつごーニャーン!」とヒメ。
「それが良いね」頷く僕。
三人で巡行狼車の停留所に行きました。
その頃には雨が上がっていましたね。
お日さまが出てきて、遠くの空に虹がかかりました。
とても綺麗っす。