6-2 これぞ魔族の生きる道(2)(ルル視点)
ごきげんよう。
ルルはいま、とても困っているの。
魔王様はすでに復活しているという手紙を、伝書カラスが運んできた。
もう復活していたんだわ。
そのことに自然と胸が熱くなる。
魔王様は、またこの国に戦争を起こすと思うのよね。
魔族以外の種族を支配下にする為に。
ルルはどうすれば良いのかしら。
……魔族としてのルルは。
手紙の差出人はフレ姉から。
今すぐ魔族の領地(ログレスの荒野)に帰宅しろ、という内容文面もあったの。
だから、ルルは困っていた。
早朝。
今日も朝早くから、ルルはジャスティンと共に畑仕事に来ていた。
目の前に広がるジャガイモ畑。
植物成長のスキル効果で、季節とは違う野菜を育てることができている。
ちなみに今、ジャガイモの成長を遅らせるように操作している。
もう収穫期なのよね。
ジャスティンは言った。
「はっはー。おいルル。俺様は良いことを思いついた」
「何を思いついたのよ?」
ルルは声のトーンはいつもより少し暗い。
魔王様のことが気にかかって仕方ないのよね。
だけどジャスティンは常日頃と変わらず陽気そのものだ。
彼は言う。
「ルル。今度、このバルレイツでデカい結婚式があるのは知っているだろ?」
「知らないわ」
「何だとう?」
ピシリッ。
ルルのお尻がはたかれる。
「痛いわ!」
ジャスティンはポケットから紙タバコを取り出した。
一本くわえてマッチで火をつける。
この男、こうやって時々タバコを吸うのよね。
ちなみにルルはタバコの煙の匂いが大嫌い。
「お前なあ、朝刊のチラシぐらい見ろー。スティナウルフの前の長、フェンリルが妊娠したって話だ。はっはー、こんなめでたいことは無いぜ。妊娠期間は二か月ほどであり? 子供が生まれるらしいんだが、その前に町の教会で結婚式をやるみたいだ」
「ふーん、それはおめでたいわね」
ルルは無感情を押し隠して、声のトーンを上げた。
ジャスティンはプフーと煙を吐く。
「だろ? はっはー。つまりは、だ。その結婚式には領主であるミルフィも参加するはずだ。なぜなら? この町でスティナウルフの結婚式は初めてだからだ。フェンリルは領主館に勤めてもいるみたいだしな。そこで俺たちは? 結婚式に露店を出す。このジャガイモを全部フライドポテトにして? 無料で配る。つまりボランティア。つまり無償の愛。つまり世界平和だ。ルル、分かったか?」
「分からないわ、ジャスティン」
「なんだとうっ」
ピシリッ。
ルルのお尻がまたはたかれる。
「痛っ!」
ジャスティンは吸い終わったタバコ地面に捨てて、靴で踏み消す。
「ルル、分からねーか? この結婚式はな、領主ミルフィとお近づきになれる大大大チャンスだ。この期を逃すべからず、ってな? ミルフィと仲良くなり? 仲間に入れてもらう。そしていつか? 俺様の父であるところの魔王を討伐する。その宝珠を奪い? 王子である俺様は次期魔王になる。魔王となった俺様は? 魔族を細かく分別する。頭の悪いオークやゴブリン、スライムなんかを、魔族という種族から追放する。知能の高い奴らだけを? 魔族として名乗ることを許可する。そして魔族は? 人間や他の種族たちと和平を結ぶ。はっはー、つまりそういう方程式だ。分かったらキリキリ働け! ジャガイモの成長をもう少しだけ遅らせろ」
「もうー、仕方ないわね」
ルルは口をへの字に曲げた。
目の前の畑に両手をかざす。
そして唱えた。
「植物成長!」
畑全体が緑色の光に包まれる。
これならハチミツみたいに甘いジャガイモが収穫できそうだわ。
ルルはジャガイモの成長をもう少し遅れるように操作した。
あんまりやりすぎると、ジャガイモの成長が完全に止まるから慎重に行う。
ルルは両手を下げた。
「今日はこれぐらいね」
「いいぞルル。よし、朝はこれぐらいで帰るか」
「うん」
分からないって、言ったけどさ。
ルルはジャスティンの考えをもう分かっている。
そして聞かなければいけないことがあった。
魔王様を討伐するっていうことは、ルルたちは魔族の敵となり、戦うっていうことよね?
魔族であるルルが魔族と戦い、殺す。
そんなこと、許されるはずが無かった。
ルルは立ち止まる。
「ねえ、ジャスティン」
「どうした? 俺様の娼婦よ」
その呼ばれ方は嫌い。
だけど今は呼び方ついて何も言わないでおく。
ジャスティンがこちらを振り向く。
ルルは聞いた。
「人間側に立って、上級魔族と戦うことになったら、貴方はどうするの?」
ジャスティンは顔にしわを寄せる。
「もちろん殺すさ。平和のためにな」
「殺せるの? 上級魔族はルルたちと同族なのよ?」
「はっはー」
ジャスティンは少し悲しそうに顔を歪めた。
続けて言う。
その顔と声には、いつも陽気な彼に似合わない影が落ちていた。
「戦争を終わらせるための戦いだ。それを他の誰かにやらせるつもりは無え。血で血を洗う改革は、俺様の手でやる。だからルル」
「何よ」
ルルはちょっと涙が出そう。
ジャスティンは真剣な顔なの。
ドキドキ。
「俺様に命をくれ」
「……」
ルルはすぐに返答ができなかった。
ジャスティンは返事を聞かずに歩き出す。
ルルはその背中を、一定の間隔を空けて追いかけて歩いた。
上級魔族には天全六道っていう六つの大勢力があるの。
その中には、ルルよりも強い上級魔族がたくさんいる。
ジャスティン以外の王子や王女もいるの。
戦えば殺されるわ。
ジャスティンについて行くということはつまり。
ルル自身も命をかける覚悟しなければいけないのよね。
同族と戦うっていう葛藤も乗り越えなければいけない。
どうすれば……。
どうすれば良いのかしら?
帰宅の道を歩いていると、向こうから賑やかな声が聞こえてくる。
見ると、お隣さんのテツトとイヨが何か練習をしていた。
イヨがかけ声を張る。
「テツト、やるよ!」
「分かった」
タイミングを合わせるようにイヨが剣で自分の盾を二回叩く。
二人が同時に唱えた。
「「獅子咆哮!」」
ガウー!
獅子の吠えるような鳴き声がして、大きな獅子をかたどった赤銅色の波動が二人の前面に飛び出す。
マジなの?
連携スキルだわ。
いつ覚えたのかしら。
獅子咆哮って言えば、前方広範囲の敵を一気にスタンさせるスキルよ。
素材スキルは、炸裂玉とシールドバッシュだったかしら?
テツトとイヨの二人は顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
「できた!」とイヨ。
「やったね、イヨ」とテツト。
「すごいニャンすごいニャン、二人とも~」
道路わきで見ていたヒメが二人に近寄って、ぶんぶんと両手を振る。
それを見たジャスティンが笑顔で三人に近づいて行く。
「よー、お隣さん!」
「あ、ジャスティンさん、おはようございます」
イヨの唇に笑み。
テツトも頭を下げた。
「おはようございます」
「おはようだニャーン。ジャスティンとルルも、朝早いニャンね~」
感心したようなヒメの瞳がくりくり。
ジャスティンがテツトの肩に手を乗せた。
「はっはー、今のは連携スキルだな。どうやって覚えたんだ?」
「イフリートさまに教えてもらったんです」
イヨが答えた。
この女、最近黒髪が伸びてきている。
その髪型は似合っているんだけど、この女、化粧はしないのよね。
男と一緒に住んでいるっていうのに、変なの。
ルルは毎朝化粧をしているわ。
ちなみヒメの方はたぶん、化粧のやり方さえ知らないと思うのよね。
ジャスティンが驚いたように瞬きした。
「イフリート? イフリートって、君たちグランシヤランに行ったのかい?」
「はい。夏の闘技祭に出場して来たんです」とイヨ。
「しかも優勝したニャンよ~」とヒメ。
ジャスティンは感慨深げに頷く。
「そうか。ってことは君たち、ずいぶん強いんだなあ」
「少しずつレベルアップしてるんです」
控えめなイヨの返答。
そこでジャスティンは思いついたように聞いた。
「ところでお隣さん、君たちはスティナウルフの結婚式に出るかい?」
「「出ます」」とイヨとテツト。
「あったり前だニャン。出るニャンよ~」とヒメ。
ジャスティンはまた顎を数回引く。
「実はさあ、俺とルルは結婚式に露店を出したいと思っているんだけど、そのスティナウルフたちと面識が無いんだよなあ」
「ふーん」
イヨが鼻を鳴らして右手を顎に当てた。
ヒメが首を傾ける。
「何を売るニャン?」
「フライドポテトよ」
そこでルルが初めて口を開いた。
ジャスティンが振り向いて、ルルの肩に手を置く。
「はっはー。そうなんだ。フライドポテトを作って、お客さんに無料で配ろうと思っているんだ」
「無料ニャン?」
ヒメの驚きの声。
「それなら私、ミルフィに掛け合ってみる」
イヨが声を高くして言った。
領主を呼び捨てにしている。
イヨはあのムカつく丸メガネと仲が良いのかしら?
「そうだね」
テツトも首肯した。
ジャスティンは心のつっかえが取れたように安心した表情をする。
「おー、頼めるかい?」
「任せるニャン! みんなでフェンリルとガゼルをお祝いするニャンよ~」
ヒメが両手をグーにして胸の前に掲げる。
ジャスティンが軽快な声を響かせた。
「よっしゃー頼むぜ! 三人とも。それじゃあ俺様たちは朝飯に行くから。じゃな!」
「分かった」
イヨの頬にえくぼが浮かぶ。
ジャスティンとルルは道路を歩いて、アパートの階段を上った。
通路を歩いて部屋の扉を開ける。
中に入った。
ジャスティンがテーブルの席につく。
両手を上げて伸びをした。
「よっしゃあ、これで結婚式での露店の件は決まったな」
「良かったわね」
ルルはキッチンに向かい、棚から玉ねぎを一個取る。
包丁で玉ねぎの上下を切って皮をむくと、今度は切り始めた。
おかしいわね。
いつもなら発情したジャスティンが後ろから抱きしめてくるんだけど。
今日はしないみたい。
気分じゃないのかしら?
「ルル」
ジャスティンが呼んだ。
ルルは振り向きもせずに答える。
「何よ」
「呼んだだけだ」
……。
なんなのよ。
胸がキュンとしてしまった自分がいて、ちょっと恥ずかしい。
ジャスティンはルルのことを俺様の娼婦と呼ぶけど、女としては好きなのかしら。
どうなんだろ?
魚肉ソーセージとニンジンとピーマンも切った。
フライパンで野菜炒めを作る。
パンとコーヒーと、野菜炒めの皿をテーブルに並べた。
いただきますを言ってフォークを持ち、ジャスティンが食べ始める。
「美味しい?」
ルルが聞いた。
ジャスティンは笑顔で答える。
「ああ、美味いけど?」
「ふーん」
ルルも自分の分を用意して席につく。
食べ始めた。
さっき、命をくれだなんて言われたけどさ。
それならもっと優しくして欲しい。
色々キチンとして欲しい。
そう思ってしまうのは、どうしてなんだろう。
多分ルルは、この男のことを……。