5-15 ギニースの企て(ギニース視点)
山の頂上の丘陵地帯。
俺の目の前には、スキル封じと力封じの鎖で体を縛られたイフリートがいる。
昨日、こいつとスティナウルフが飲んだ酒には強力なウイルスが入れてあった。
そのウイルスを口にすれば火竜も昏睡し、死に至るような風邪を引く。
だというのにイフリートにはまだ意識がある。
さすがは火の大精霊と言ったところか?
他の生物とは体力がけた違いのようだ。
しかし衰弱しており、鎖を巻くのは簡単だった。
スキルを使えない上に体に力も入らなければ、火の大精霊なんてただのデカブツと同じ。
つまりでくのぼう。
見張りの目を盗んで、召喚獣プアレルを利用してここまで引っ張ってきた。
これからイフリートを殺す。
本当はウイルスで死んで欲しかったんだけどね。
その方が楽だった。
ちなみにいま、村にはヴァルハラの先輩たちが黒い外套を着てひそんでいる。
昨日闘技祭で死んだ奴らよりも格段に強い傭兵たちだ。
村を破滅させる。
どうしてそんなことをするかって?
はははっ、それはね、証拠隠滅のためなんだよ。
イフリートを殺してその力を奪い、殺した者が誰なのかを、村の外の連中に分からなくさせるためなんだ。
俺は言った。
「おい、イフリート。記念によーく山の下の景色を眺めて置くことだね。そして、ここがお前の墓場となる」
「俺を殺してどうするつもりだ?」
イフリートの怒りを押し殺したような声。
病気のせいで声がくぐもっている。
俺は腹をひくつかせて笑った。
右手にはネクロマンサーの笛を持っている。
「お前には、俺の死霊傀儡として契約を結び、これから事あるたびに戦ってもらうことにする。分かるか? つまりこれからお前は、俺の奴隷だ」
「俺を殺したら、他の大精霊が黙っていないだろうな」
「平気さあ。君を殺した者が誰なのか、分からないようにするからね。はははっ、まあ俺の先輩たちは強いから、他の大精霊が襲ってきたとしても、殺しちゃうだろうけどね」
「これだから人間は嫌いだ」
イフリートがやれやれと首を振る。
俺は鼻にしわを寄せた。
「なあイフリート。せっかくだからさあ、今すぐ火の力の恩恵をくれよ」
「やらん」
イフリートは口だけを動かした。
舌打ちする俺。
「まあいいさ。どうせ死霊傀儡と化した君に、強制的にもらうことになるからね。俺にも、俺の先輩にもさ」
イフリートは静かに睨みつけてくる。
「力を何に使う?」
「決まっているじゃないか! 人間以外の全ての種族を滅ぼすためさあ」
俺は清々しい気分で息を吐いた。
イフリートは表情を変えずに言う。
「天使族やエルフはしかり、魔族にも話の分かる良い奴がいる。それを滅ぼすのか?」
「いないいない。人間以外に話の分かる奴なんていないさあ。魔族がいたら殺す。天使やエルフがいたら殺す。ちょっと可愛いメスがいたら裸にひんむいて好き放題に遊ぶ。犯して孕ませて捨てる。それが人間の使命。人間の生きざま。人間に下された天命なんだ」
「どうしてそこまで人間以外を憎む」
「どうしてって? 当たり前じゃないか。人間だけが幸せを享受することを許されているんだよ。生きることを神に選ばれた民なんだ。そう、生は人間だけのものなんだ。他の種族は不幸になる運命なんだよ。エッチなことをされて、犯されて、恥ずかしいところを好き放題にされて、好きでもない男の子供を孕んで、死ぬ宿命なんだよ。神がそう決めたんだ。よって天使もエルフも魔族も精霊も亜人その他の種族も、遊んで犯して殺しまくる。それが正義ってやつじゃないかい!? はははっ!」
「……」
「どうしたのかな? 俺の正論に、返す言葉もないのかい?」
「話す価値がない」
イフリートは悲しげに下を向いた。
ふふ、ついにあきらめたようだねえ。
俺はネクロマンサーの笛を口に当てる。
ピヨロローと音色が鳴り、腹のでっぷりとした父さんの死霊がその場に立ち上がった。
「息子をいじめる者は、生かしてはおけないのーう」
マーシャ村を追放されて、路頭に迷っていた俺と父さん。
飢餓に倒れて、父さんは死んだ。
これからどうすれば良いか分からないでいた俺の前に通りかかったのが傭兵団ヴァルハラだった。
ヴァルハラは俺を仲間に迎え入れてくれて、ネクロマンサーの笛を与えてくれた。
Aランクのスキル書までくれた。
俺はネクロマンサーの笛を使い、父さんを自分の死霊傀儡として契約をほどこした。
ヴァルハラにはどれだけ感謝しても感謝が尽きない。
俺はイフリートを見下すように言う。
「おい、イフリート。今からお前を殺す。おとなしくしているんだぞう? うひゃひゃひゃっ」
「……」
イフリートは無言だ。
「父さん。イフリートの首を掻っ切れ!」
「分かったのーう」
父さんが頷いて、イフリートに近づいて行く。
黒い剣でイフリートの首を薙いだ。
カーンッ。
剣が跳ね返った。
「硬いのーう」
俺の眉間にしわが寄る。
「父さん、早く掻っ切れ!」
父さんは何度も何度もイフリートの首を剣で叩く。
カーンッ、カーンッ、カーンッ。
イフリートの肌は硬く、刃が通らないようだ。
イフリートが言う。
「弱き者よ。無駄なことをするな。俺を殺すなど、百年早いわ」
「くそったれ! 父さん、イフリートの目を狙え!」
俺はやけになって吠えるように命令する。
「分かったのーう、息子よ」
父さんがイフリートの目に剣を突き刺そうとした。
その時だ。
「炎風ニャン!」
「ぐわっ! 熱いのーう!」
炎の大風が巻き起こり、父さんの体が吹き飛ばされた。
焦って振り返ると、あの四人がいる。
テツトとイヨ、それにヒメとレドナーだ。
どうやってこの場所が分かったんだ?
俺は焦りを押し隠して、余裕そうな態度で両手を開く。
「どうしたんだい? 俺のイヨとその仲間たち。どうしてこの場所が分かったんだい?」
「貴方、ギニースなの?」
イヨが目を剥いている。
続けて聞いてきた。
「村にいる黒い外套を被った四人は誰?」
俺はニタニタと笑った。
「ヴァルハラの俺の先輩たちさあ。任務のために、潜んでいるんだよ。ちなみに、みんなSランクの傭兵だからねえ!」
「Sランク!」
イヨの顔が険しくなる。
俺は厳しい顔をして再度尋ねた。
「どうしてこの場所が分かったんだい?」
「イフリートの魔力の匂いを追って来たニャンよ!」
ヒメが言って、そしてイフリートを指さした。
続けて言う。
「イフリートが捕まってるニャン! テツト、助けるニャンよー!」
「分かってる!」
テツトが動き出そうとして、
「待ったー!」
俺は左手を掲げた。
「何すか?」
低い声で尋ねるテツト。
俺の頬に汗が流れる。
「四人で俺ひとりにかかろうなんて、卑怯じゃないか。テツト、ここは一騎討ちをしないかい?」
「一騎討ち?」
テツトの怪訝そうな顔と声。
俺は両手を開いた。
「そうさあ。君が勝てば、この村を滅ぼすのをやめにしてやる。その代わり、俺が勝てばイフリートとイヨをもらう。どうだ、悪い提案じゃないだろう?」
もちろん嘘だ。
俺が負けたところで、先輩たちはこの村への襲撃をやめたりはしない。
「滅ぼすってどういうこと?」
イヨが聞いた。
俺はくっくっくと笑って答える。
「今、ヴァルハラがこの村を滅亡させようとしている。イフリートを殺し、そのスキル書を奪い、イフリートの死霊を俺の傀儡として契約する。その後で力の恩恵も頂く。イフリートを殺した犯人が何者かを分からなくするために、今頃先輩たちが村人たちに口封じをしているのさあ! まあ、ちょっと手荒な方法だけどねえ」
「最悪だニャーン!」
ヒメが表情を歪める。
イヨがげんなりとした顔で言った。
「ルピアたちを残してきて良かった」
「ルピアたち? ああ、あの闘技祭で二位になった女子の連中かい? 無理だよ無理無理無理! 俺の先輩たちには勝てっこないさあ。昨日俺と一緒に闘技祭に出場した雑魚の仲間なんかとは違う。なんて言ったって、Sランクの傭兵だからねえ!」
イヨが呼びかける。
「どうする、テツト?」
「一騎討ちを飲もう」
テツトが数歩前に出た。
俺は演技がかったしぐさで両手を広げる。
「そうこなくっちゃあ」
テツトは両手を掲げた。
その拳が銀に染まる。
知っているよお。
それは鉄拳っていうスキル、なんだよね?
俺は父さんに命令する。
「父さん、テツトを殺すんだ!」
「息子をいじめる者は、誰であろうと許さないのーう」
腹のでっぷりとした黒い影が、テツトに向かって走り出す。
テツトは軽くジャンプしながら、父さんに向かってコンビネーションを放った。
ワンツースリー、足払い。
「痛くないのーう!」
父さんは全ての攻撃を受け止めて耐え、めちゃくちゃに剣を振り回す。
その剣さばきは速い。
テツトは剣を弾いては後退する。
弾いて後退。
注意深く父さんの動きを見ている。
隙をうかがっている目だ。
だけど。
ふふふ、俺には秘策があるんだよねえ!
テツトが唱える。
「へっぽこパンチ!」
彼の右拳がオレンジ色の波動をまとう。
それを父さんの顔面に叩きこんだ。
ズドンッ。
「痛いのーう!」
父さんは左手で顔を押さえながら、それでも剣を振り回す。
ヒメが余裕そうに肩を揺らした。
「テツト、相手は弱いニャン! やっつけるニャンよ~」
「テツト、やっちゃって!」
イヨも勝どきムードだ。
もう一人の男の姿は見えない。
ん? どこ行った?
テツトは威勢の良い面をして、もう一度唱える。
「へっぽこパンチ!」
右拳に生まれるオレンジ色の波動。
ふはは!
今だ!
「父さん! スキルスタンスラッシュだ!」
「スキルスタンスラッシュだのーう!」
それは、ヴァルハラからもらったAランクのスキルだった。
父さんに覚えさせた。
父さんの剣から真空波が飛ぶ。
テツトは両手を前に出して防ごうとしているのだが……。
残念だねえ!
テツトの両手の鉄拳が効果を無くし、生身の肌が切り裂かれる。
腕からブシャアッ、と血しぶきが舞った。
指が落ちなかったのは、おそらく魔力を漲溢させているからだろう。
漲溢……それは俺がまだできない技だった。
「ぐっ!」
テツトが悲鳴を上げる。
これがスキルスタンスラッシュの効果だ。
相手のスキル効果を三秒間無効にできる。
俺は言った。
「父さん、テツトを切り刻め!」
「やってやるのーう!」
「やったな!」
テツトの顔が怒りに染まっていた。
父さんの左腕を両手で掴み、体を反転させる。
ぶん投げた。
ドシンッ。
テツトはそのまま父さんの体を地面に押さえ込む。
「う、動けないのーう!」
くそっ!
こうなったら俺がテツトを殺すしかない!
ベルトからナイフを取り出して、俺は走り出そうとした。
「おいおい、どこに行く気だい? くそ野郎」
俺の首筋に剣が突きつけられている。
いつの間に!?
静止する俺。
こいつはレドナーとかいう名前のやつだ!
「おい! 反則じゃないか! これは一騎討ちだぞ?!」
俺は半狂乱になって叫ぶ。
「反則? 知らねーなあ。デブの影を操りやがって。これじゃあ二対一じゃねーか。それに俺たちはな、お前を殺してイフリートさまを助け出せればそれで結果オーライ。万事上手く行くってことさ。お前、俺の株を上げる糧となれ!」
「な、なんだとお!」
向こうではテツトが押さえ込んでいる父さんを、ヒメとイヨがぶっ叩いていた。
もう一騎討ちでも何でもない。
「成敗してやるニャンよー!」
「死になさい!」
「もうダメだのーう!」
頭をざくざくと突かれて、父さんの影は霧散する。
や。
やべえ、やべえ!
逃げるしかない!
俺はスキルを唱えた。
「エスケープ!」
その場に爆発のような煙が巻き起こる。
これは俺が生まれ持って覚えていたスキルだ。
煙の中に俺は姿を消した。
こうなったら、もう逃げるしかない。
後のことは先輩たちに任せよう。
イフリートを殺す任務に失敗したことで、俺は叱責される可能性があった。
だけど仕方ないじゃないか。
だってあの強力なウイルスを飲ませても、イフリートは死なないのだから。
後はヴァルハラの、Sランクの傭兵たちが何とかしてくれるさ。
絶対こいつらを殺してもらう!
イヨだけは俺の女にするけどな。