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5-14 ガゼルの風邪



 闘技祭の次の日の朝。

 イヨと僕はいつも通り、朝のトレーニングをしてジョギングも済ませたっす。

 朝仕事をしている村人たちは、もう赤い入れ墨をしていなかったですね。

 お祭り期間は終了ということでした。

 それにしても、村人の様子が少し変でしたね。

 どの人を見ても、顔色が悪いような、何か心配事を抱えているような、そわそわとした様子でした。

 村道を行ったり来たりしており、何かを探しているような雰囲気っす。

 イヨと僕は二人で宿屋に戻って来ると、扉の脇でヒメが待っていましたね。

 いつものように少し遅れて起き出してきたようです。

 変ですね。

 ヒメの顔がうっすらと青いです。

「ヒメちゃん、おはよー」

 イヨが挨拶しました。

 ヒメが駆け寄ってきて、

「イヨ、大変ニャン! ガゼルの様子が変だニャンよ」

「え?」

 表情を険しくするイヨ。

 僕が聞きます。

「ガゼルがどうかしたの?」

「とりあえず、二人とも、部屋に来るニャン!」

 ヒメが宿屋に入って行きます。

 イヨと僕は顔を向け合い、それからヒメの背中に続きました。

 階段を上がり、通路を歩いて、僕たちの借りている部屋にたどり着きます。

 そこではガゼルがげっふんげっふんと咳をしていましたね。

 ちなみにレドナーはいびきをかいてぐーすかと寝ています。

 ヒメが心配そうにガゼルのそばに寄ったっす。

「ガゼル~、大丈夫かニャン?」

「う、うむ。げほんげほん! 変な風邪を引いてしまったようだ。げっほん!」

 イヨと僕もガゼルのそばに近づきます。

 イヨはガゼルの額に手を当てて、「熱っ」と言いました。

「村の病院に連れて行かないと!」

「それが良いニャン~」

 ガゼルがごほんと咳をして、上半身を起こしたっす。

「大丈夫だ。このぐらいの風邪。一日寝ていれば治るだろう」

「風邪を甘く見ちゃダメ。とりあえず、村の病院で薬を出してもらう」

 イヨが首を振りましたね。

「それが良いニャンよ~」

 ヒメが強い口調で言ったっす。

 ガゼルはすまなそうな顔をしてイヨを見たっす。

「すまんな。これでは、今日は狼車を引けそうにない」

「ガゼル、今は寝ていて。私、村の病院が何時に開くか、聞いてくるから」

 イヨが優しい声で言いました。

 ガゼルはまたベッドに横になりましたね。

「すまん」

「うん」

「キュアポイズンニャン」

 ヒメが解毒魔法をかけましたね。

 ガゼルの体が緑色に光ります。

 しかし、ガゼルの顔色は良くならないっす。

 イヨがヒメの肩に手を置きました。

「ヒメちゃん、風邪に解毒魔法は効かない」

「んにゃん~、でも、ガゼルが苦しそうだニャンよ~」

「とりあえず、宿屋の女将さんに村の病院の開く時間を聞きましょう」

「んにゃん! そうするニャン~」

 イヨが僕に顔を向けたっす。

「テツト、ガゼルを見ていて欲しいんだけど」

「分かったよ」

「ありがとう」

 イヨはお礼を言って、それから扉をくぐって出て行きましたね。

 その背中にヒメが続きます。

 僕はガゼルのオデコに手を当てたっす。

 すごく熱いですね。

 これは相当、やっかいな風邪にかかったようです。

「テツト」

 ガゼルが呼びかけたっす。

 僕はベッドに顔を寄せました。

「どうしたの?」

「実はな。昨日の夜、我は、イフリートと酒を飲んだのだ」

「イフリートと?」

「ああ、我も火の力の恩恵が欲しくてな。スティナウルフの長として、強くあらねばならんだろう? だから、分けてくれるよう頼みに行ったのだ。そしたら今日は祭りだから盃を交わそうと言う話になって、あれから、話をしながら二人で大分酒を飲んだのだ」

「そうなんだ。力は、分けてもらえたの?」

「ああ。我はお前らと同じチーム扱いにしてくれるようで、力の恩恵をもらえた。だがしかし、少々飲み過ぎたようだ」

 僕は呆れて笑ったっす。

「ガゼル、もしかして二日酔い?」

「かもしれん、ごほんごほん!」

 二日酔いで咳はしないですよね。

 やっぱり風邪だと思うっす。

 その時でした。

 廊下の方から慌ただしい足音が聞こえてきて、イヨとヒメが飛び込むように入って来ます。

「テツト、大変!」

 焦っているイヨの声。

 僕は体を向けます。

「どうしたの?」

「イフリートが、いなくなったニャンよ!」

 ヒメが両手の拳をぶんぶんと振りましたね。

 僕は冷静に聞きました。

「とりあえず、落ち着いて話してよ」

「それがなんだけど」

 イヨが近づいてきます。

 二人の話によると、宿屋の女将さんに病院の開く時間を聞きに行ったら、下は騒動になっていたみたいですね。

 祭壇からイフリートが姿を消したようです。

 いま、村人たちが総出で探し回っているということでした。

 そう言えばジョギング中に、村人たちの様子がおかしかったですね。

 僕は困ったようにつぶやきます。

「それは大変なことになったね」

「うん、どうすれば良いんだろう」

 イヨは眉を八の字にしています。

 ヒメはガゼルの方が心配みたいでしたね。

「とりあえず、病院の開く時間は八時みたいニャンから、ガゼルを連れて行くニャンよ~」

「それはそうだけど」

 イヨが頷きます。

 部屋の掛け時計を見ると、朝の七時過ぎでした。

 僕が言います。

「そろそろ朝食の時間だね」

「うん。ガゼル、私たちは朝食を食べてくるから、もう少しの間、我慢しててね」

 イヨがガゼルのオデコを撫でました。

「う、うむ」

「あー! 良く寝たぜー」

 場違いな明るい声が響き渡りました。

 見ると、レドナーが上半身を起こして伸びをしているっす。

 僕たちはそろってため息をつきましたね。

「ん? どうした? 三人とも」

「何でもないニャンよ、レドナー」

 少し悲しそうなヒメの声です。

 そして僕ら四人は部屋を出て、一階の食堂へと行きました。

 そこでは昨日闘技祭に出場した面々が朝食を摂っていましたね。

 その数は少し減っています。

 死者が出たからです。

 僕たちはまた廊下側の前から二番目の席に腰を下ろしたっす。

 すぐにナザクが来て、僕たちに声をかけました。

「おい、お前ら」

 見ると、顔に傷はありません。

 僕が頬骨を砕いたはずですが。

 どうやら救護班に回復スキルをかけてもらったようです。

 僕が聞きます。

「どうしましたか?」

「どうしたましたか、じゃねえ! ヒーリオを殺したことと、ベンの腕を切ったこと、ただじゃあおかねえからな!」

 ナザクの激怒したような表情。

 僕は早口に言い返したっす。

「だったら闘技祭に出場しなきゃ良かったじゃないですか!」

「うるせえ! これからは背中に気を付けることだな! 覚えとけ!」

 ナザクが肩をいからせて下がって行きます。

 僕たちは顔を向け合って、顔をしかめます。

 それから僕は食堂を見回しました。

 後ろのテーブルには、黒の外套を羽織った連中が四人いますね。

 僕たちが三人倒したはずですが、どうしてまた復活しているんでしょうか?

 そのうちの一人は多分ギニースです。

 僕は緊張感で、腹が痛くなりましたね。

 やがて女将さんが注文を取りにきたので、僕たちは軽食を頼んだっす。

 イヨがつぶやくように言いました。

「なんか、ご飯のまずくなるような雰囲気ね」

「んにゃん~、弱いやつは闘技祭に出場しちゃダメニャンよ~」

 ヒメの言葉に、周りの出場者たちが顔をしかめています。

 僕は黙っていることにしました。

 とりあえずさっさと朝食を食べて、この食堂を出て行きたいものです。

 やがて、野菜付きのベーコンエッグの載ったパンの皿が運ばれてきましたね。

 僕たちは両手で持って食べます。

 ふと。

 前の扉から白いローブの女性が入って来て、大声で僕たちに呼びかけたっす。

「お集まりの皆さん! 昨日は闘技祭に出場し、お疲れ様でした! それでなんですが、もう聞いた人もいるかと思います。現在、村の祭壇からイフリートさまが姿を消しています。これは前代未聞の事態です。皆さんにはイフリートさまの捜索をお願いしたいと思っています。見つけた方には報酬を用意させていただきます。どうかどうか、よろしくお願いいたします!」

「報酬っていくらなのー?」

 後ろのテーブルに座っているジェスが手を上げて聞きましたね。

 白いローブの女性は右手を開いて、

「見つけた方には、五十万ガリュをお支払いいたします」

 今度はルピアが手を上げましたね。

「捜索に参加して、見つけられなかった者には報酬は無しですか?」

「捜索に参加していただいた方には、見つけられなくとも一人一日につき一万ガリュをお支払いします」

 白いローブの女性が目に力を込めて言ったっす。

 僕たちは顔を突き合わせます。

「どうする?」

 僕が聞きました。

 イヨは首を傾けて「うーん」と唸っています。

「イフリートを探すニャンよ~。昨日、力の恩恵をもらったニャン!」

 ヒメが心配そうな顔を向けましたね。

 レドナーが恭しく同意します。

「その通りですね。天使さま」

「レドナーには言ってないニャン」

 ヒメが冷たくあしらいます。

 悲しそうなレドナーの顔と声。

「て、天使さま、あの、俺は何か、いけないことをしたのでしょうか?」

「レドナー、自分の胸に手を当てて考えるニャンよ」

 イヨと僕は苦笑をこぼします。

 イヨが言いました。

「とりあえず、ガゼルを病院に連れて行って、その後でイフリートを探す」

「それが良いかもね」

 頷く僕。

 ヒメが元気いっぱいに両手を胸元に掲げました。

「んにゃーん!」

「……」

 レドナーは下を向いて、悲しそうな顔で何やら考えていますね。

 ちょっと可哀そうです。

 朝食を終えると、イヨが白いローブの女性にイフリート捜索の依頼を請ける旨を伝えたっす。

 ちょうど八時過ぎでした。

 僕らは村の病院にガゼルを連れて行きましたね。

 その建物は広場の中心にほど近い場所にあったっす。

 医者の診察を受けると、(たち)の悪い風邪と胃腸炎が併発しているということでした。

 ガゼルは薬を飲まされて、それから治るまで入院することになりましたね。

 僕たちはガゼルに事情を告げて、イフリートの捜索のために外に出たっす。

 四人で輪になります。

 イヨが口を開きました。

「どうやってイフリートを探そう?」

「簡単ニャンよ~」

 ヒメが空中に鼻をひくつかせています。

 イヨが顔を向けました。

「ヒメちゃん、分かる?」

「んにゃん! 昨日、イフリートに火の力を分けてもらったおかげで、他人の魔力の匂いの違いが分かるようになったニャンよ! イフリートのいる場所は、ん~と、くんくん」

 ヒメが空中に鼻をふんふんと鳴らしながら、その場で回転します。

 さすがは元猫ですね。

 そして断定するように言ったっす。

「山の頂上の方だニャンね!」

「ヒメちゃん、さすが!」とイヨ。

「ナイスだぞ、ヒメ」と僕。

「さすがは天使さまです」とレドナー。

「行くニャーン!」

 ヒメが歩き出そうとします。

 その時です。

 鋭い視線を感じて、僕は振り返りました。

 後方の家の角から、黒い外套を羽織った四人組がこちらを見ています。

 ……。

 何ですかね、この気味の悪い感じは……。

 僕はヒメに呼びかけました。

「ヒメ、待って」

「んにゃん?」

 こちらを振り返るヒメ。

 僕は声をひそめて三人に言います。

「あの黒い奴ら、なんか怪しいよ」

「俺もそう思うぜ。俺たちが倒したはずなのに、何でまた三人が生き返っているんだ?」

 同意するレドナー。

 イヨが黒い外套の四人組を見て、嫌そうに顔を歪めたっす。

「どうしよう」

「見張っておくように、誰かに頼めば良いニャンよ」

 ヒメが提案をしましたね。

 僕は頷きます。

「そうしよう」

「そうね、ルピアたちなら、引き受けてくれるかも」

 イヨが人差し指を立てたっす。

 ヒメが聞きます。

「ルピアたちはどこにいるニャン?」

「まだ、宿屋の食堂にいてくれれば良いんだけど」

「食堂に行くニャーン」

「そうね」

 そして、イヨとヒメを先頭に僕らは宿屋に戻りました。

 食堂の扉を開けると、ルピアたち四人がテーブルにいて、何やら話し合いをしていましたね。

 イヨが先頭に立って近づいていきます。

「ルピアさん」

「イヨさん、どうしました?」

 椅子から立ち上がり、こちらを振り返るルピア。

 イヨはイフリートの居場所に目ぼしを付けたことと、黒い外套の連中が怪しい動きをしないか見張っていて欲しいことを伝えました。

 ルピアの両目が計算高く光ります。

「事情は分かりましたけど、その代わり、報酬は貴方たちと私たちで、半分ずつに分ける、ということでよろしいでしょうか? 確か、イフリートを見つけた者にだけ、50万ガリュが支払われるということなので」

 僕たちは話し合いの末、ルピアたちの要求を飲むことにしたっす。

 報酬は少なくなりますが仕方ありません。

 この時から僕は、気味の悪いあの黒の外套の連中と、イフリートの消失を結び付けて考えていました。

 ……何か嫌な予感がしますね。

 今日これから悪いことが起こるような、そんな予感です。

 宿屋の食堂を出て、僕らは山に向けて出発しました。

 イフリートを見つけて連れてこないといけないっす。

「太陽、太陽、ふんふんふーん」

 ヒメが陽気に歌っていますね。

 イフリートは山の頂上にいるようです。

 とりあえず、行ってみるしかなさそうです。


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[良い点] ガゼルの風邪、治ると良いニャン。 (>_<)
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