5-11 闘技祭第二回戦
闘技祭は過熱し、ついにベスト4が出そろいましたね。
とは言っても一回勝てばベスト4入りですが。
これまでの試合で、何人もの怪我人や死人が出ていました。
次は準決勝一回戦目。
僕たちの出番っす。
黄土色のローブを着た村長が、祭壇の前で声を張りましたね。
「第五試合目を行う。出場者は祭壇の上へ!」
隣にいるイヨが声をかけました。
「テツト、行こう」
「そうだね」
小声で頷く僕。
後ろにいるヒメが気合十分のかけ声を発しました。
「よーし、次も勝ってやるニャンよ~」
「天使さま、俺にお任せください」
レドナーがきりっとした顔で言いましたね。
両腕を組んでいるガゼルが注意を喚起します。
「お前ら、気をつけろよ」
「分かってるニャンよ~」
ヒメがひょいっと右手を上げました。
僕たちは祭壇への階段を上ります。
祭壇の上で待っていると、黒い外套を頭まですっぽりと覆った四人が上がってきたっす。
……こいつらが相手か。
気味が悪いという点では一番やりたくない相手っす。
僕たちは武器を構えます。
両腕に力込めて無を意識し、体に魔力を漲溢させましたね。
相手チームも武器を掲げました。
見ると、素手の人間が一人、ロッドを持つ魔法使いが三人いるっす。
審判のおじさんが持っている槍を床にトンと打ち鳴らしましたね。
「第五試合目、始め!」
「よっしゃあ、行くぜー!」
レドナーが走り出し、前宙をしながら突っ込んで行こうとします。
相手の魔法使いの一人が唱えました。
「ロックストライク!」
空中に大石が放たれて、レドナーを撃ち落とします。
「ぐあ!」
やばいっす。
作戦が妨害されました。
イヨと僕がすかさずレドナーの前に出て、相手を牽制します。
ヒメが唱えます。
「このおぉ、スローニャン!」
「リフレクトバリア」
左手の方にいる魔法使いが唱えて、彼らの前に青いバリアが出現したっす。
「んにゃん!?」
びっくりしたようなヒメの声。
スローが跳ね返り、ヒメの体に紫色の輪っかが現れます。
イヨが声をかけました。
「ヒメちゃん!」
「にゃぅぅ、体が遅いニャンよ~」
やりにくい相手ですねー。
立ち上がったレドナーが呼びかけます。
「テツト!」
「分かってます!」
どうやらレドナーはそれほどダメージ受けていないようでした。
ここは火力のあるレドナーと僕で何とかするしかないっす。
敵の四人はひし形に展開していますね。
とりあえず一番前の魔法使いを倒したいところでした。
僕は軽くジャンプしながら接近し、コンビネーションを叩きこみます。
ワンツースリー!
カンカンカンッ。
全て杖で防がれました。
レドナーが走って行ききます。
「てめえ! 俺が仕留めてやる!」
大きく振りかぶっている剣。
一番前の魔法使いが唱えます。
「ファイアーストーム」
青い波動を帯びる杖。
魔法使いを中心として炎の竜巻が巻き起こります。
「く、くそっ」
レドナーと僕は後ろに下がるしかありません。
「テツト、レドナー、下がって!」
今度はイヨが前に出ます。
彼女が唱えたっす。
「プチバリア」
盾にバリアが出現し、ディフェンスを担当してくれるようです。
レドナーが近くに来て声をかけます。
「おい、どうするテツト?」
僕は冷静でした。
首に提げてある理性上昇のネックレス。
これのおかげで慌てふためくようなことは無いっす。
しかしですよ。
一番奥の敵の素手の男が、おもむろに黒い外套を脱ぎ去りました。
「ははっ、やっと会えたね。僕のイヨ! こんなところに来ていたのかい?」
さすがに焦ったっす。
流れるような金髪に貴族のような煌びやかな赤い服の男。
イヨが目をむきました。
「あなた、ギニースなの!?」
「そうさあ!」
ギニースと言えば、マーシャ村の元地主の息子です。
イヨが疑問を口にします。
「どうしてここにいるの?」
「俺はねえ、傭兵団ヴァルハラに入ったんだよ! イヨ、君をテツトから取り戻すためにねえ!」
素手かと思ったんですが、右手には笛を持っています。
あれは武器ですかね?
マジックアイテムかもしれません。
イヨが聞きます。
「ヴァルハラ?」
「知らないのかい? このヴェスタニア大陸で一番強い傭兵団さ。さあイヨ、俺と一緒に来るんだ!」
両手を開いて胸を張るギニース。
イヨが顔を歪めて首を振ります。
「貴方なんかと一緒に行かない!」
「ふ、ふーん、それじゃあ、君の仲間を殺すことになるけど、いいのかい?」
ギニースがその手に持っていた笛を口に当てます。
ピヨロローと音色が響きましたね。
地面に影が現れて、腹のでっぷりとした真っ黒い男が立ちあがりました。
あれは!
あれはギニースの父親っす。
セルルでした。
黒い影が喋ります。
「息子をいじめる者は、誰であろうと生かしてはおけないのーう」
セルルがこちらに走って来ました。
その右手には黒い剣。
僕は呼びかけます。
「イヨ!」
「テツト、やるよ!」
いつものイヨの合図でした。
しかしその間にも、魔法使いたちが唱えます。
「ロックストライク」
「ファイアーアロー」
「フリージングカッター」
イヨに襲い掛かる三つの攻撃魔法。
やばいっす!
イヨの額に汗が流れます。
彼女が唱えました。
「見切り三秒!」
それは、ミルフィから教えてもらったところの合成スキルでした。
素材スキルは疾風三連と凝視ですね。
イヨの体が青い波動に包まれて、魔法をすんでのところで全て回避します。
三秒間、全ての攻撃を回避できるスキルでした。
セルルが襲ってきます。
「粉々にしてやるのーう!」
剣を振りかぶっていますね。
その剣に、イヨが盾をあてがいます。
ガンッ。
「シールドバッシュ!」
イヨが唱えました。
盾から放たれる紫色の波動。
「ぐうお!」
セルルがピヨピヨと頭をふらつかせたっす。
僕は右手の拳を振りかぶります。
「ポンコツパンチ!」
セルルの顔をぶん殴りました。
ドゴンッ。
「ぬおー! いだいっ、痛いのーう!」
セルルが地面に倒れました。
両手で顔を押さえて、じたばたともがいています。
やがてセルルの影は四散し、空気に溶けました。
すぐさま、僕はレドナーに言います。
「レドナー、もう一回飛んで」
「あ? やればいいのか?」
「うん!」
僕は敵の四人を睨みつけました。
「幻惑回避!」
僕の目が青い波動に包まれます。
ハラハラ回避と、蛇睨みの合成スキルでした。
このスキルも、今までの間に習得しています。
敵四人が頭をぐらつかせましたね。
本来は回避スキルですが、相手の脳に眩暈を起こさせることもできるっす。
「そう言う事か! 行くぜー!」
レドナーが走り、前宙して飛んでいきました。
「わ、わわわ! 卑怯だよ君たちは!」
ギニースが何か言っていますね。
気にしません。
その頃には相手のリフレクトバリアが切れていました。
ヒメにかかっていたスローの紫色の輪っかも消失しています。
ヒメが声を上げます。
「イヨ、もうアレを使うニャン!」
「いいよヒメちゃん。使って!」
イヨが許可を出します。
ヒメが立て続けに唱えました。
「猫鳴りスローニャン! 猫鳴りスローニャン! 猫鳴りスローニャン! 猫鳴りスローニャン!」
僕たちの秘策として、そのスキルは決勝戦まで取っておく作戦でした。
ですがもう使わずにはいられないっす。
敵の四人がぽんっと白い煙に包まれて、猫に姿を変えます。
「にゃぅ~」
「にゃにゃにゃ!」
「なおーぅ」
「ふにゃぁ」
猫たちが慌てて逃げまどっているっす。
レドナーがその一匹に剣を振り下ろしましたね。
「おらあ!」
一刀両断される猫の胴体。
赤い光に包まれて、スキル書を落としていますね。
ちょっと可哀そうっす。
イヨが叫びます。
「テツト今!」
「分かってます!」
僕も猫に拳を振り下ろしました。
「へっぽこパンチ」
オレンジ色に包まれる右拳。
速さを重視したスキルでした。
それを猫に振り下ろします。
「んにゃぁぁん!」
猫が吹っ飛んで、ごろごろと転がり動かなくなります。
赤い光に包まれました。
もう二匹いますね。
イヨが走りました。
「疾風三連!」
剣、盾、剣の三連撃を受けた猫が、その場に沈みます。
「にゃぅぅぅぅ!」
赤い光に包まれました。
イヨが叫びます。
「ラスト一匹!」
「俺に任せろ!」
レドナーが走って行きます。
最後の一匹はギニースでした。
「にゃう! にゃう!」
祭壇の奥へと逃げて行きます。
そちらにはイフリートがいますね。
「くそ早いな!」
レドナーが毒づいています。
やがて三十秒が経ったのか、ぽんっと白い煙に包まれて、ギニースがその場に立ち上がりました。
「ひ、ひひひ、卑怯者!」
一人きりになった恐怖からか、涙目になっていますね。
見るも無残です。
剣を構えるレドナーがニヤリと笑ったっす。
「お前、降参した方が良いんじゃねえのか?」
「い、いいい、言われなくてもそうさせてもらう。棄権だ!」
ギニースが右手を上げたっす。
審判のおじさんが、槍をドンと床について宣言しましたね。
「勝者、テツト、イヨ、ヒメ、レドナーチーム!」
祭壇の下からわっと歓声が上がりました。
ギニースがそそくさと祭壇を下りて行きます。
人々の失笑が漏れましたね。
「やったニャーン! 勝ったニャンよ~!」
ヒメが万歳をしています。
「おっしゃあ、勝ったぜー!」
レドナーも拳を胸に掲げていますね。
僕はもろ手を振って喜ぶ気にはなれませんでした。
あやうく負けそうだったからです。
味方に死人が出なかったことに、胸を撫でおろしていました。
イヨも同じ気分だったのか、大きな安堵のため息をついていますね。
二人で床に落ちたスキル書を回収します。
そして、僕たちは祭壇の階段を下りたっす。
そこにはヨナがいて、レドナーに抱き着きましたね。
「レドナーさまっ、おめでとうございますです。見てたですよー!」
「おうっ、勝ったぜー!」
レドナーがヨナの頭を撫でました。
ヒメの顔を見ると、不機嫌そうです。
嫉妬だと思います。
これは後々怖いですね。
僕はレドナーの鈍感に同情しつつ、やれやれと首を振ったのでした。
ガゼルが歩いて来て、僕らを出迎えてくれたっす。
「お前ら、今のは危なかったな」
イヨと僕は小刻みに頷きます。
「本当、危なかった」
イヨの表情が険しいっす。
僕は心配そうに言いましたね。
「次は棄権した方が良いんじゃないかな」
「うむ。我もそう思う」
ガゼルが同意したっす。
ヒメは首を振りました。
「何でニャン? 次も戦うニャンよ~」
「相手を見て決めましょう」
慎重そうな瞳を揺らすイヨ。
そこで僕は嫌そうに顔をしかめました。
「それにしても、ギニースがいるとはね」
「本当、びっくりした」
イヨが眉間にしわを寄せたっす。
疑問そうなヒメの顔と声。
「あいつ、またイヨをつけ狙って来たニャンか?」
「ギニースとは誰だ?」
ガゼルが聞きます。
そう言えばガゼルはギニースのことを知りませんね。
イヨが説明をしました。
「ギニースって言うのはマーシャ村の元地主の息子で、私のことを好きで……」
簡単な説明を聞いたガゼルの鼻にしわが寄ります。
「そいつは困ったもんだな」
「うん」
頷く僕。
続けて言います。
「それに、ギニースのあの笛は何だろう?」
「きっとマジックアイテムだと思う」
イヨが人差し指を立てたっす。
その時っす。
「あれはネクロマンサーの笛ですね」
いつの間にかそばに来ていたルピアが説明したっす。
僕たちは振り向きます。
ヒメが聞きました。
「ネクロマンサーの笛ニャン?」
「ええ。死者を操ることのできる、そういう力を持ったマジックアイテムです」
ルピアの言葉に、僕たちは顔色が悪くなったっす。
イヨがつぶやきましたね。
「じゃあ、ギニースのお父さんのセルルさんは、死んだってこと?」
「そう言う事になるよね」
僕はあいまいに頷きました。
ルピアは暗い雰囲気を吹き飛ばすように、笑顔を浮かべて褒めたたえます。
「とりあえず、ヒメちゃんチームの決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとうニャーン」
微笑するヒメ。
ルピアは余裕しゃくしゃくと言った表情を浮かべます。
「わたくしたちも次勝つので、決勝戦ではよろしくお願いしますね」
「随分と余裕ね」
イヨが半笑いで言いました。
ルピアはコクリを頷きます。
「見ていてくださいな」
僕は。
僕はルピアたちが負ければ良いなと思ってしまったっす。
だって決勝戦で当たれば、戦うことになりますよね。
彼女たちに怪我を負わせたり、あまつさえ殺したりするのは、さすがにきついです。
その逆もしかりですね。
できれば、知らない他のチームと当たりたいものです。