5-10 闘技祭第一回戦
午前九時。
闘技祭に出場する者たちの全員が祭壇の周りに集まっていました。
「それでは、これより闘技祭を始める! 第一試合に出場の者。祭壇の上へ!」
グランシヤランの村長が宣言をしたっす。
村長は黄土色のローブを着ており、魔法使いのような先っぽが渦を巻いた木の杖を持っています。
一試合目出場の八人が祭壇への階段を上りましたね。
やがて試合が始まったっす。
僕たちは緊張しながら、その戦いを見守りました。
隣にはヒメがいて、
「この串焼き美味いニャン~。ほっぺたが落っこちるニャンよ~」
大きな焼き鳥を食べていますね。
緊張感ゼロっす。
「ヒメちゃん、もう」
イヨは半笑いですね。
「天使さま、このスープも美味しいんで、どうぞ」
レドナーが深皿を持っていて、ヒメに勧めているっす。
あの赤いスープですね。
焼き鳥を食べ終えたヒメがにっこりと微笑みます。
「レドナーよ、気が利くニャンね~」
深皿を受け取り、スープをごくごくと飲むヒメ。
顔を上げて、ちょっと顔をしかめます。
「辛いニャン~」
僕はさすがにたしなめました。
「ヒメ。戦いの前にお腹をいっぱいにしちゃダメだよ」
「ん? 何でニャン? こんな美味しいものがいっぱいあるのに、食べなきゃ損だニャンよー」
ヒメは首をかしげていますね。
僕は苦笑してため息をつきました。
やがて一回戦目が終わったっす。
出場者の何人かが負傷したようですね。
担架が運ばれて行きました。
死人も出たんでしょうか?
やがて血だらけになった男が担架で運ばれて、祭壇の階段を下ります。
それを見て、祭壇の周りにいる全員の顔が険しくなったっす。
僕は身震いしましたね。
白いテントの方で、救護班の村人が怪我人に回復スキルを唱えているっす。
無事であれば良いのですが……。
やがて村長がまた前に出て来て声を張ります。
「第二試合目出場の者たちは、祭壇の上へ!」
「私たちの番」
イヨが言って、僕の腕を触りました。
僕は頷いたっす。
「そうだね」
僕らより先に、ナザクたち四人が階段を上っていきました。
ゲラゲラと笑っています。
「一回戦目は余裕だなあ」とナザク。
「とりあえず、誰から殺しちゃうー?」とジェス。
「子供相手に本気になる必要はない」と名前の知らない男。
「殺す殺す殺す! 俺が殺す」と、こちらも名前の知らない男。
僕は苦虫を噛み潰した気分でした。
それはレドナーも同じだったようで、舌打ちをしていますね。
意気込んで彼が言いました。
「ぜってー、勝つ」
「負けないニャンよ~」
ヒメもロッドを強く握りしめています。
イヨが冷静に言ったっす。
「とりあえず、油断しないように」
「そうだね、みんな、行こう」
そう言って僕は歩き出し、階段を上りました。
後ろから三人が着いてきます。
祭壇の上には槍を持つおじさんがいて、審判を務めているようでしたね。
その人は、昨日僕らをイフリートの元へ案内してくれた人っす。
ナザクたちは左側、僕たちは右側に立ちました。
「双方! 準備は良いか!」
槍のおじさんが声を張ったっす。
僕たちは返事をせずに頷きます。
ナザクたちはやはりへらへらと笑っていますね。
祭壇の奥にはイフリートがいて、肘を膝に置いて、右手のひらに顎をのせています。
見物しているようですね。
「それでは、第二試合、始め!」
「行くぜえ!」
レドナーが叫んで、ナザクに向けて突っ込んで行きました。
ジャンプして、体を前宙させるように回転させ、足から突撃します。
「なんだこいつ!」
ナザクが言って、横に跳んで回避しました。
レドナーが足を擦らせて奥の床に着地し、振り返って叫びます。
「テツト! イヨ!」
「分かってる!」
「うん!」
僕とイヨは返事をしたっす。
僕は無を意識して両手に力を込め、魔力を漲溢させます。
それから軽くジャンプをして、一番前にいるジェスに近づきました。
イヨも剣と盾を構えて、ジェスに近寄ります。
彼女の剣と盾は黄色い波動を帯びていました。
スキル、修行の成果が発動していますね。
そして、これが僕たちの作戦でした。
出だしでレドナーを敵の後方に移動させて、敵を挟み撃ちにするという方法です。
敵は焦っていますね。
後ろを警戒しながら、前にいる僕たちにも警戒を払わなければいけないっす。
ナザクがこちらの作戦に気付いたのか声を張ります。
「ヒーリオ、ベン! お前たちは後ろをやれ!」
「分かった」と二刀流の男。
「任せろ」とスキンヘッドの男。
二人とも剣を使うようですね。
「やっちゃうよー!」
ジェスが両手の鉄拳を発動させて、こちらに迫ってきます。
僕と同じモンクですね。
ヒメが叫んだっす。
「スローニャン、スローニャン、スローニャン、スローニャン!」
「「な!」」
ナザクたちがびっくりしたような声を上げましたね。
相手チーム全員の体に紫色の輪っかが出現しました。
スローにかかった合図っす。
動く速度が半減していますね。
イヨが前に出ます。
「シールドバッシュ」
「えええ!?」
紫色の波動を浴びたジェスが頭をピヨらせました。
僕は接近し、唱えます。
「ポンコツパンチ」
青い波動に包まれる右拳。
スキル一生懸命とへっぽこパンチの合成スキルでした。
そうなんです。
これまでの修行中に、ミルフィから教えてもらったところポンコツパンチを、僕は習得していました。
効果は、相手の防御力を貫通できるというものです。
つまり、どんな硬いものでも砕くことができるっす。
パンチの速度が遅いのが難点ですが。
青い波動をまとった右拳がジェスの顎に命中し、その顎を砕きます。
ボキリ。
嫌な音がしましたねー。
「があぁぁああ!」
両手で顔を押さえてその場に倒れるジェス。
奥ではレドナーがスキンヘッドの男の腕をぶった切っていました。
「ぐおぉぉおおおお!」
「雑魚雑魚雑魚! 雑魚なんだよ! お前ら、俺の株を上げる糧となれ!」
レドナーが悠々とした声を轟かせていますね。
やっぱりレドナーは強いです。
そしてスロー効果のおかげで、すごくやりやすいっす。
スロー神っすねー。
腕を切られた男はその場に膝をついて血を流していました。
目の前を見ると、ナザクが顔中に滝のような汗を流しているっす。
「く、くそ、そう言えば、レアスキルのスローを持っているんだったなお前らは!」
「テツト、イヨ、ナザクをやっつけるニャーン!」
ヒメのかけ声。
イヨが前に出て、唱えたっす。
「疾風三連!」
剣、盾、剣のコンビネーションが繰り出されます。
ナザクは大きく後ろに跳んで回避しましたね。
レドナーの剣をさばきながら二刀流の男が叫びます。
「おいナザク! どうすれば良い!?」
「ヒーリオ! お前は後ろの小僧をやれ! 俺が前の三人を倒す!」
立っている二刀流の男はヒーリオという名前のようです。
ということは、腕を切られたスキンヘッドの男の名前はベンですね。
劣勢だというのに、ナザクはあくまで戦う気です。
イヨがまたナザクに攻撃を仕掛けようとしていました。
ナザクはその場でジャンプして、スキルを唱えます。
「ジャンピングトルネード」
両手を伸ばしたまま体を横回転させる竜巻のような攻撃っす。
イヨも唱えました。
「プチバリア!」
盾に生まれたピンク色のバリアとナザクの攻撃が衝突し、火花が散ります。
ガガガガガガガガッ。
「馬鹿ね、隙だらけよ。シールドバッシュ!」
イヨの盾から放たれる紫色の波動。
「ううお!」
まともにくらったナザクは上手く着地できずに、その場に尻もちついたっす。
ピヨピヨと頭を回しています。。
イヨが呼びましたね。
「テツト!」
「任せて!」
僕は接近し、また唱えます。
「ポンコツパンチ」
青い波動に包まれた右拳を、ナザクの顔面に振り下ろしました。
ドゴンッ!
「ぐがあぁぁあああ!」
バキョッ、と頬骨の折れる音。
嫌な音ですねー。
ナザクは白目を向き、その場に倒れました。
イヨと僕はすぐに移動して、残りのヒーリオを取り囲みます。
すぐそばでは、
「血が、血が止まらねー!」
片腕を失ったベンが悲惨な声を上げていますね。
出血がおびただしいです。
レドナーが勝どきの笑みを浮かべていました。
ヒーリオに言ったっす。
「おいお前、棄権した方が良いんじゃねーのか?」
「こ、こここ、こんな強い奴らだったなんて、聞いてない!」
ふと、三十秒経ったのか彼の体からスローの輪っかが消えましたね。
ヒーリオが毅然として言います。
「くそったれ! 俺も剣士だ! どうせなら、戦って散ってやる!」
レドナーに向かって走り出すヒーリオ。
嫌そうにレドナーが吐き捨てます。
「馬鹿が!」
剣と剣が交わり、レドナーは前に出た勢いのままタックルをかましました。
「ぐおあ!?」
腹を圧迫されたヒーリオが悲鳴が上げたっす。
「だらああぁぁあああああああ!」
レドナーはかけ声と共に体を回転させて、その勢いのまま相手の首を飛ばしました。
ザシュツ。
床に落ちる生首。
噴き出る鮮血。
ヒーリオの胴体はふらふらと揺れて、床に崩れ落ちました。
赤い光に包まれて、スキル書を落とします。
レドナーがそれを拾ったっす。
「棄権すれば、死なずに済んだのによう」
苦々しくつぶやいていますね。
「勝ったニャン?」
ヒメが駆け寄ってきました。
審判がやりをトンと床につけて、宣言をします。
「勝者! テツト、イヨ、ヒメ、レドナーチーム!」
わーっと祭壇の下から声が上がります。
拍手もありましたね。
僕たちは祭壇の階段を下ります。
担架を運び入れる村人とすれ違いましたね。
下で待っていたガゼルが僕らに言います。
「お前ら、見ていたぞ。おめでとう」
「ありがとう、ガゼル」
イヨがあいまいな笑顔を浮かべましたね。
ヒメが笑顔で言ったっす。
「これであたしたちは、傭兵ランクが一つ上がったニャンよ~」
「そうですね! 天使さま」
レドナーが恭しく言って笑みを浮かべました。
僕は素直に喜ぶ気分になれませんでした。
「何か後味悪いね」
「うん……」
イヨも同じ思いだったようです。
人殺しをして、清々しい気分とはいきません。
レドナーが顔を傾けて言いましたね。
「なんでだ? お前ら。俺たちは勝ったんだぜ?」
「そうニャンよ~。あたしたちは最強だニャン!」
ヒメは興奮したように嬉々としています。
イヨが顔を上げました。
「とりあえず、私たちの目的の一つは達成できたから、次からの試合は無理しないで。やばいと思ったらすぐに棄権する」
「それが良いね」
頷く僕。
レドナーは朗らかに言います。
「余裕だろ? この調子なら」
「うむ。今の様子なら、優勝も狙えるんじゃないか?」
ガゼルも同意していますね。
僕は考え込んでしまいました。
闘技祭とはいっても、人を殺すのは良いことなのでしょうか?
分からないっす。
ちなみに、今回死んだのは、レドナーが最後に斬ったヒーリオという男だけでした。
他の三人はスキル書を落としませんでしたね。
ヒメが明るい声で言いました。
「とりあえず、あたしはもう一つ串焼きが食べたいニャン!」
「もう~、ヒメちゃんったら」
イヨがやれやれと苦笑します。
そんな僕たちの元へ、四人組の女性たちが近づいてきたっす。
見ると、ルピアたちですね。
「イヨさん、おめでとうございます。見ていました」
右手を差しだすルピア。
イヨは握手に応じます。
「ありがとう。でも、ちょっと血なまぐさい勝負になっちゃった」
「それは当然です。これは闘技祭なのですから、気にする必要はないのでは?」
ルピアは当然といったふうに頷いていますね。
その横からヨナが顔を見せたっす。
「レドナーさま! 見ていました! 強かったです! 最強です! 無敵です! 私、尊敬しちゃいましたです!」
「そ、そうか?」
頭をポリポリとかくレドナー。
ヒメは不機嫌そうに鼻にしわを寄せましたね。
ヨナのことが嫌いみたいっす。
これはレドナーに対する焼きもちなんですかね。
……たぶんそうです。
以前、ヒメはレドナーを一度振っています。
しかし気になるようですね。
茶髪にボーイッシュなミリーが言いました。
「おめーら、あんなに強かったんだなー」
「人は見かけによらない」
杖を持つネモも賞賛のような言葉をくれます。
ルピアがイヨから手を離して、
「できれば、わたくしたちとは途中で当たらないで欲しいですね」
「貴方たちとは、当たるとしても、決勝戦」
イヨはトーナメント表を暗記しているようです。
ルピアが言いました。
「では、一緒に決勝戦でお会いしましょう」
「行けると良いけど」
イヨは社交辞令のように微笑します。
「レドナーさま! 美味しいスープがあるですよ! 水分補給するです!」
ヨナが赤いスープの入った深皿を持ってきましたね。
僕は横からひょいと深皿を奪ったっす。
「ありがとう」
「あー! あなたのために持ってきたのではないです!」
ごくごくと飲む僕。
ヨナとレドナーを近づけて、ヒメを不機嫌にするのは得策ではありません。
いやー、辛いけど美味いっすね。
そして。
祭壇の上を見ると、第三試合が始まっているようでした。
僕たちの次の試合まではまだ時間があるっす。
観戦して、時間をつぶすことになりました。
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