1-8 ヒール
目の前には1匹のオーク。
「ぐほほう!」
木の棒を大振りしていますね。
僕は両手で弾きます。
力を受け流しました。
「ぐほ?」
眉間にしわを寄せるオーク。
相手の力は強いですが。
脳みそはつるつるでっす。
僕は右手の拳でパンチします。
次に左手。
ワンツー!
「ぐおっ、ぐおぅっ!」
オークの苦しい声。
怒ったように叫びました。
「ぐおおおお!」
こちらにタックルをかます気です。
「阿呆か」
吐き捨てちゃう僕。
足払いをかけました。
ズテンッ。
「ぐおおぅっ!」
正面から倒れるオーク。
「トドメだ!」
両手のひらを僕は握り合わせる。
オークの頭に振り下ろします。
バキッ!
嫌な音がしましたねー。
「ぐぅぅ!」
オークは痙攣して、死んじゃいました。
雑魚です。
マジ雑魚す。
後ろで拍手が鳴ります。
「テツトー、強いニャン。やるニャン!」
「上出来」
ヒメとイヨが褒めました。
ヒメの乳白色の髪が飛び跳ねています。
黒髪のイヨは満足そうな微笑。
嬉しそうな二人。
僕は照れちゃって。
手で頬をかきます。
「あ、ありがとうございます」
イヨに褒められると、ですよ?
心に花が咲いた気分になります。
マジ天使っす。
二人のそばに歩きました。
「まだ登りますか?」
ここは山ですね。
3人で狩りをしていました。
とは言ってもヒメは見てるだけっす。
僕の修行のためでした。
ヒメが嬉々として言います。
「あたしはー、今日はぼたん鍋が食べたいニャン! テツト、イノシシを狩るニャン!」
山にはイノシシも出ますね。
3人では一匹を食べきれません。
なので、肉の半分以上を人に売りますね。
野菜やパンと交換してくれる人もいて。
生活が助かるっす。
つまり。
イノシシが出たら激アツです。
イヨが剣を揺らします。
「もう少し、登ってみる」
「分かりました」
頷く僕。
「行くニャーン!」
山道を上へと進む僕たち。
いやー、楽しいっす。
何が楽しいかって。
美女が二人。
両手に花ですね。
人生の春っす。
あの日から経つこと2週間。
筋力を取り戻したっす。
戦いにも慣れてきました。
柔道やってたのがデカいすね。
苦労した事はと言うと。
やっぱりアレですよ。
モンスターとは言えです。
殺すのは勇気がいりました。
でも。
慣れってのは怖いもんで。
もう気にしなくなっちゃいました。
ふと。
目の前を横切る茶色い影。
左から右に素通りしました。
「イノシシだニャン!」
「テツトくん! イノシシ!」
二人が指さします
「分っかりましたー!」
地面の石を拾います。
走り出しました。
立ち止まっているイノシシ。
警戒の視線を向けています。
両手を構える僕。
拳が銀色に染まります。
「せりゃっ!」
石を投げつけました。
剛速球。
石がイノシシの後ろ足に命中して。
「ぐひっ!」
悲鳴を上げつつ走り出します。
足が痛いようですね。
よたよたと走るイノシシ。
僕は追いつき、腹を殴りつけます。
「ぐひぃぃ!」
イノシシが倒れました。
ビクビクと痙攣しています。
鉄拳強いです。
いやー。
今日もぼたん鍋っす。
ヒメもイヨも喜ぶっすよ。
イノシシ最高ですね。
マジ神っす。
ふと。
「ヒール」
前方から気味の悪い声がしましたね。
イノシシが緑色の光りに包まれて、ですよ?
むくっと起き上がります。
さすがに慌てました。
イノシシをもう一回殴りつけます。
「ぐひぃぃ!」
また倒れて気を失うイノシシ。
僕は睨みつけるように前を見ます。
ボロキレのようなローブを着たオークがいて。
木の杖を持っていまっす。
キモいですねー。
というかヒールってスキルですか?
スキルを使うオークでしょうか?
「テツト!」
「テツトくん!」
二人が追いかけてきました。
僕は両手を広げます。
「危ないから下がっていてください!」
イヨの険しい声が響きます。
「オークメイジがいる!」
僕は眉をひそめます。
オークメイジと言うのか……。
出会うのは初です。
興奮したように言うイヨ。
「絶対に逃がさないで。スキル書を落とすから」
「え、あ、はい!」
スキル書を落とすらしいです。
イヨが逃がすなと言うなら逃がさないっす。
僕は走り出します。
オークメイジの厳しい表情。
木の杖を両手で振りかぶっています。
僕は右手で殴りました。
「ぐほぅ!」
苦しそうに唾を吐くメイジ。
僕は一定の距離を取り。
ジャンプしながらステップを踏みます。
ワンツー!
「ぐほっ、ぐほぅっ!」
オークメイジの顔がぶんぶんと揺れます。
顔には大きな三つのアザ。
鉄拳の破壊力っす。
「ヒール」
しゃがれた声で唱えやがりました。
オークメイジが回復します。
「くそっ」
僕の額に汗が浮かびました。
「テツトくん! 挟み撃ちにする!」
後ろからイヨが歩いてきました。
「了解です」
僕は軽くジャンプしながら移動して。
オークメイジの背後に回ります。
「ぐ、ぐぅぅ」
困ったような声を上げるモンスター。
「シールドバッシュ!」
イヨが盾を突き出しました。
盾から放たれる紫色の波動。
イヨのスキルです。
モンスターに命中します。
「ぐおぅぅ!」
メイジが頭をピヨらせました。
スタン効果ですね。
僕は足払いをかけます。
「ぐわおっ」
すっ転ぶモンスター。
僕は声をかけました。
「イヨさん!」
「任せて!」
イヨがオークメイジの首に剣を突き刺します。
「ぐおぉぉぅぅぅぅ!」
オークメイジが死にました。
その体が赤く光ります。
「え?」
僕の疑問の声。
やがて光は一点に集まります。
本が現れました。
イヨが拾います。
「やった。ヒールのスキル書」
後ろから駆けてくるヒメ。
「何があったニャン?」
イヨが振り返って。
その表情は。
満面の笑顔でした。
ドキドキ。
「スキル書を取った」
「スキル書って、人間だけが落とすわけじゃないニャンか?」
「スキルを使えるモンスターもいるの」
「なるほどニャン!」
ヒメが両手のひらを合わせました。
続けて聞きます。
「あたしがそのスキルを覚えても良いニャンか?」
イヨがヒメの頭を撫でます。
「ダメ」
「覚えたいニャン! 覚えたいニャン!」
「ダメ。ヒールは高く売れるから、町で売って、もっと安いスキル書を、多く買った方が良い」
「んにゃーん、覚えたいニャーン」
「私だって覚えたいけど、ここは我慢」
「仕方ないニャーン」
残念そうなヒメの声。
僕が聞きます。
「いくらぐらいで売れそうですか?」
「60万ガリュはすると思う」
ガリュと言うのはこの国の通貨単位です。
「60万円ニャン?」
ヒメの瞳が輝いていますね。
「エン? 違う、ガリュ」
イヨが剣を地面に置きました。
カバンにスキル書を入れます。
そして笑顔で言いました。
「今日はそろそろ帰ろう」
「了解ニャーン!」
「分かりました」
僕はイノシシのそばに寄ります。
肩に担ぎあげました。
鉄拳が発動していて軽いのですが。
そもそもスキルを使うと、ですね。
それだけで体力を消費します。
家に着く頃にはへとへとですね。
「行くニャーン!」
ヒメの楽しそうな声。
くるくると回転しながら歩いています。
イヨと僕はクスっと笑いました。
二人でヒメを追いかけます。