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5-3 旅の途中



 バルレイツの南門から出て、狼車が行きます。

 地平線まで広がっている平原。

 ヒメから懐中時計を借りて、方位磁石で進行方向を修正しましたね。

 真っすぐ南へと向かいます。

 左隣にいるイヨが言ったっす。

「ねえ、テツト」

「どうしたの?」

 僕は地図と睨めっこしていました。

 僕の左腕に、イヨが両手を絡ませます。

 ドキ。

「い、イヨ?」

「うふ、捕まえた」

 満面の笑顔ですね。

 いたずらっぽい顔っす。

 プリティーでした。

 僕は右手で頬をかきましたね。

「イヨは、可愛いですね」

「私、可愛い?」

 上目遣いをする彼女。

「はい」

「こういうことされると、テツト嬉しい?」

「そ、そりゃあ」

 恋人に腕を取られて嬉しくないはずがありません。

「ねえ、テツト」

「どうしました?」

「私、もっとお化粧した方が良いかな?」

 イヨの顔は美しく整っていますね。

 肌は真っ白で、若干のつり目です。

 化粧なんてしなくても綺麗ですね。

 もちろん化粧をすれば、一段と華やかになるのでしょうけれど。

 イヨの化粧姿は、二度見たことがありますね。

 一度目は確か、マーシャ村でイヨがギニースに結婚されそうになった時っす。

 結婚式の日でした。

 二度目はこの間の夏祭りの日です。

「ううん、いいよ」

 僕は軽く顎を振りましたね。

「どうして?」

 イヨが聞きます。

 僕は顔が紅潮して、ちょっと熱いです。

「イヨは、化粧なんてしなくても綺麗ですから」

 それに、傭兵の仕事中に化粧をしているのは、どこか不謹慎な気もします。

「テツトは、私の顔が好きなんだっけ?」

「う、うん」

「うふふ」

 機嫌良さそうなイヨの笑み。

 僕も嬉しくなっちゃいます。

 それに、少しだけ下半身が熱いです。

 ……発情しちゃいました。

「ねえ、テツト」

「はい」

「長旅になるから、今回はいっぱい話そう」

「話、ですか?」

 僕は口下手ですね。

 でも、イヨと話すのは楽しいっす。

 心がウキウキしちゃいます。

 イヨが頷きます。

「テツトが口下手なのは分かってるから」

「す、すいません」

 頭を垂れる僕。

「いいの。本当にいいの。だから、ゆっくり考えて、ゆっくり喋って」

「あ、ありがとう、イヨ」

「うん」

「ど、どんな話をしますか?」

「私、テツトの元いた世界の話が聞きたい」

 それって。

 日本のことですかね?

 だと思います。

「元いた世界ですか?」

「うん。それでね、テツトの両親がどんな人だったのか。テツトが子供の頃はどんな夢を持っていたのか。聞きたい」

「両親と夢ですか?」

「うん」

「……僕の両親は、不思議な人でした」

 日本での生活を思い出し、郷愁を感じましたね。

 懐かしいっす。

「不思議な人?」

 イヨが聞いたっす。

 僕は頷きましたね。

「うん。僕の父さんは人との距離感の上手い人で、常日頃は優しいんですが、僕が一旦距離を置くと、干渉せずに父さんの方も離れてくれるような、そういう人です」

「ふーん」

 イヨの両目が興味深げに揺れます。

 続けて聞きます。

「お母さんは?」

「母さんは、父さんのことが大好きな人でした。いつもべったりですよ。でも、子供の僕のこともちゃんと考えてくれていて、子育ての本をたくさん読んでいました」

 思い出して、僕は両目にじんわりとしたものを感じたっす。

 父さんと母さんは、今も元気に暮らしているでしょうか?

 だと良いです。

 イヨは感心したように頷きました。

「テツトは、愛されて育ったんだね」

「多分、そうだと思います。おかげで伸び伸びと生活することができました。柔道で全国大会一位になれるほど強くなれたのは、父さんと母さんの支えのおかげだと思っています」

「ふーん」

「夢と言えば、柔道で金メダルを取ることでしたね」

「金メダル?」

「はい。あ、えっと、金メダルっていうのは世界大会で優勝するともらえるんです」

 オリンピックと言っても話が通じないですよね。

「そうなんだ」

 イヨが二度顎を引きます。

 僕は彼女に顔を向けたっす。

「イヨはどんなふうに育ったんですか?」

 今度は僕が尋ねる番でした。

「私?」

「はい」

「私のお父さんはガナッドって言う名前で、お母さんはエリザって言う名前なの」

「なるほど」

 エリザという名前は、昨日のダリルの話にも出てきましたね。

「お父さんは人を笑わせるのが上手な人だった。村の人気者で、それでいて腕っぷしも強くて、頼りがいのある人。五年前に病気で亡くなったけど」

「確か、ダリルさんの相棒だったんだよね?」

「うん。私の幼い頃は、ダリルさんが良く家に来ることがあって、ダリルさんにもいっぱい可愛がってもらった」

「ふーん」

「お母さんはね、向上心の強い人で、お父さんよりも強かった」

「イヨのお母さんも傭兵だったんですか?」

「うん。言ったこと無かった?」

「初耳です」

「そっか。お母さんは魔法使いで、傭兵ランクはAだった」

 イヨが懐かしむように両目を細めます。

 僕は相槌を打ちつつ、じっと耳を傾けたっす。

「二年前までは私、お母さんと二人暮らしだった。それでね、15才の私の誕生日の時、お母さんは言ったの。イヨ、貴方はもう十分大人になった。だからこれからは一人暮らしをしなさい。そして自分の幸せを見つけなさい。私も自分の幸せを探しに行くわ、って」

「ふ、ふーん」

「それでお母さんは家から出て行ったの。今は王宮で働いている。軍人として働いているのか、スキル研究をしているのか、何をしているのかは分からない。でも、きっと活躍しているんだと思う」

「そっか」

「いつかまた会いたい」

「会えると良いね」

「うん。それでね、私の夢は、バルレイツや、ロナード王国を安全な国にすること」

「安全な国?」

「そう……この国は、犯罪が多すぎるから」

「犯罪?」

「うん。バルレイツは比較的安全な町だから、テツトが疑問に思うのも無理はない。だけど、この国はそういう事が多いの。窃盗、殺人、強姦。そういうやってはいけない事に溢れている。私は、それをどうにかしたい。なんて言っても、私一人の力じゃどうにもならないのは分っているけど」

 僕はイヨの手を引き寄せたっす。

「できるよ、イヨなら」

「本当?」

「うん。上手く言えないけど、うん」

「ありがとう、テツト」

 彼女が僕の肩に頭を預けます。

 僕はうっとりとした気分になって、正面に顔を向けたっす。

 イヨは可愛いですねー。

 人生の春です。

 この異世界に来て本当に良かったっす。

 神に感謝です。

 狼車が道を行きます。

 昼になると休憩しましたね。

 馬車の中、みんなでご飯を食べました。

 イヨの作ってきてくれていたサンドイッチを僕は頬張ります。

「んにゃーん」

 ヒメが背伸びをしていますね。

 続けて言ったっす。

「いっぱい日向ぼっこ出来たニャンよー。今日はポカポカだニャーン」

 ずっと寝ていたのでしょうか?

 ご機嫌ですね。

 レドナーは硬いパンをかじっています。

 イヨが、水筒からコップに紅茶を入れて、レドナーに差し出しました。

「はい」

「は?」

 びっくりしたようなレドナーの顔。

「要らないの?」

「くれるのか?」

「要らないんならあげない」

「いや、いる」

 レドナーがコップを受け取ったっす。

 珍しい光景ですね。

 イヨがレドナーに優しくするところを初めて見たっす。

 それだけ彼女の機嫌が良いということなのでしょうか?

 レドナーの頬が紅潮しています。

 僕はちょっと胸がチクりとしました。

「イヨ、あたしサンドイッチおかわりニャーン」

「はいはい」

 イヨがサンドイッチをもう二つ、ヒメに差し出します。

 さながら、みんなのお母さんという感じですね。

 すでに食べ終えていた僕は、地図に顔を落としました。

 道はまだまだ長いです。

 隣にいるレドナーが聞きました。

「おいテツト、いまどの辺なんだ?」

「えっと、明日には途中の町のニッテルに着きますね。そこで食料を補充しなければいけないので」

「明日? 今日は野宿か?」

 僕は地図に赤ペンでつけてある丸印に目を向けました。

 ここで野宿をすることとコメントもついています。

 ダリルが親切に書いてくれたようです。

「そうですね」

 レドナーが小さな舌打ちをしたっす。

「ま、気長に行くしかねーなあ」

「そうすね」

「レドナーよ、ここで、みんなを笑わせるような面白いことを言うニャンよ!」

 いきなりのヒメの無茶ぶりです。

 みんながヒメの顔を見ましたね。

 イヨが苦笑して首を振ります。

「ヒメちゃん、この人には無理」

「む、むむむ、無理じゃねー」

 苦しい顔をして首を振るレドナー。

 イヨが挑戦的に言います。

「へー、じゃあ言って見せて?」

「こ、こここ、コケコッコー!」

 鶏の鳴きまねをするレドナー。

 モノマネでしょうか?

 似ていませんね。

 彼がかなり可哀そうです。

 そして残念です。

 ヒメが悲しそうな顔でレドナーの肩に手を置いたっす。

「レドナーよ、あたしが悪かったニャン」

「ヒメちゃん、この人を信用しちゃダメ」

 イヨが肩を落として首を振りました。

「く、くくく、くそー!」

 顔を真っ赤にして下を向くレドナー。

 何と声をかけたらいいか分からないっす。

 僕は苦笑して紅茶をすすりましたね。

 そして昼休憩が終わり、狼車がまた動き出しました。

 旅はまだまだ続きます。


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