4-11 夏祭りフィナーレ
ベッドに寝かされていたっす。
両手両足首に拘束具をはめられいて、僕は仰向けでした。
「うふふふぅ、テツト。私のテツト! 良いことをしましょうねぇ」
呼び捨てでした。
「あ、あの、や、やめてください!」
僕はジタバタとするんですが。
ミルフィは自分の服や下着をぽんぽんと脱ぎ捨てたっす。
にじり寄るように迫ってきます。
右手には液体の入ったコップを持っていますね。
「さあテツト、飲んでくださいなぁ」
「な、何ですかそれ?」
「とっても気持ち良くなれるジュースですわぁ。さあ、お飲みください」
ミルフィがコップを僕の口につけます。
僕は口を固く閉じて顔を振ったっす。
液体がベッドにこぼれました。
「ちょっと! ちゃんと飲んでくださいましぃ~」
「やめてください!」
「もうっ、それならジュースはいいですぅ。さあ、テツト、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
ミルフィが僕のレザーの上着を脱がしにかかります。
「や、やめろ!」
「やめません。絶対にやめません。うふふふふ」
僕は絶体絶命でした。
これでは子種を取られてしまいます。
子種ってアレですよね。
保健体育の授業に出てくるアレです。
まずいっす。
その時でした。
部屋の扉が、外からガンガンと叩かれましたね。
鍵が壊されて開きました。
「何ですのぉ?」
ミルフィが驚いて振り返ります。
「ミルフィ! やめるワンよ!」
フェンリルでした。
青い髪の少女が入ってきて、ミルフィの体を押しのけたっす。
「フェンリルさん、どうしましたぁ?」
「ミルフィ、テツトにそういう事をしてはダメなのん!」
「それはどうしてですかぁ?」
「イヨとヒメが怒るだワン! とにかくダメなのん!」
フェンリルがスキルを唱えて両手を振りました。
オレンジ色に光る両手。
「狼爪!」
拘束具がスパっと切れて、僕は自由を取り戻します。
ミルフィがメラメラと怒りを燃やしていたっす。
「フェンリルさん、邪魔だてするなら、たとえ貴方だとしても容赦はしないですわぁ」
「テツト! ここは僕に任せて逃げるワンよ!」
「わ、分かりました」
僕はベッドを下りて走り出しました。
「あぁ、テツト!」
ミルフィが右手を伸ばしましたね。
フェンリルがまたスキルを唱えます。
「蒼海深拳!」
青い波動を帯びる右拳。
ミルフィに飛び掛かって行ったっす。
僕は部屋を出て通路を走り、階段を下りました。
玄関から外へ出て、ひた走ります。
ヒメとイヨは、サリナがアパートに連れて帰ると言っていましたよね?
夕暮れ前でした。
金網を内側から開けます。
そこにいたドルフがぎょっとしたように声を上げましたね。
「テツトくんではないか! どうしたのかね!?」
「すいません、帰らせてください!」
「帰らせてくださいだと! ミルフィ様には言ってあるのか?」
「言ってあります!」
僕は嘘をつきました。
金網を出て、自宅のアパートに向かって全力疾走したっす。
小学校のわきを通り抜けて、百貨屋さんに角を右に折れます。
アパートが見えてきました。
ヒメ。
イヨ。
イヨ!
今、行くからね!
階段を上り、アパートの扉を開きます。
鍵はかかっていませんでしたね。
ダイニングから二人の部屋に入ります。
一つのベッドに並んで横になり、小さな寝息を立てている二人。
「ああ、良かった」
僕は安堵の吐息をつきました。
ヒメとイヨは何ごとも無かったようです。
本当に良かった。
どこかでドーンと花火が上がる音がしましたね。
そう言えば、今日は夏祭りの日です。
この世界には花火というスキルがありますね。
辞典で読んだ記憶があります。
夏祭りに打ち上げられることはチラシを見て知っていました。
イヨの両目がびくびくと動いたっす。
上半身を起こしました。
「はれ?」
僕は近づいて、その体を抱きしめたっす。
「イヨ!」
「テツト?」
イヨが僕の背中を撫でてくれました。
「イヨ、僕は大丈夫だからね」
「何泣いてるの? テツト?」
「……ぐす」
「テツト……?」
やがてヒメも起き出しました。
「ふわー、良く寝たニャン。あれ、テツトがいるニャンー。無事だったニャンか?」
寝ぼけ眼をこすっていますね。
それから。
僕たちはダイニングで紅茶を飲んだっす。
フェンリルのおかげで逃げ出せたことを、僕は二人に説明しました。
イヨがぷんぷんと怒っていますね。
「それにしても、ヌムザリ草の副作用はひどすぎる」
「んにゃーん、危うく、テツトの子種を取られるところだったニャンよ~」
ヒメの言い方が面白くて、イヨと僕は顔を見合わせて、ぷっと笑います。
二人はユメヒツジの毛で編まれたワンピースとタイツを着ていました。
イヨが黒のワンピースに白いタイツ。
ヒメはピンクのワンピースに白のタイツ姿です。
オシャレな服装でした。
並んで歩けば姉妹に見えるかもしれません。
外からは、町民の演奏する笛や歌声が響いてきています。
「夏祭りだニャーン!」
ヒメの笑顔が弾けたっす。
イヨはめったにしない薄化粧をしました。
なんか。
なんかすごく綺麗です。
イヨが言いましたね。
「三人で夏祭りに行く」
「行くニャーン!」
「うん」
僕たちは頷きました。
部屋を出て鍵をかけたっす。
外を行くと、道路のところどころに松明が灯っていましたね。
スティナウルフが馬車を引いて歩いています。
馬車からは人々の演奏する笛の音や歌声が響いていました。
僕たちは地面に降りて、町の繁華街へと向けて歩きます。
「ふんふんふーん、三人で手をつないでふんふんふーん」
ヒメが真ん中にいて、僕の右手を、イヨの左手を握っていました。
イヨがぷくっと笑います。
「なんか私たち、家族みたい」
ヒメがつないでいる両手を元気に振りましたね。
「あたしたちは家族だニャンよ~」
「そうね」
イヨが目じりを緩めたっす。
「うん」
僕も頷きました。
町の繁華街には夜店が出ていました。
みんなでポップコーンの列に並びます。
「はいらっしゃいらっしゃい、甘くて粒の大きいポップコーンだよお!」
「はーい、ポップコーンでーす」
ジャスティンとルルが店員でしたね。
ポップコーンを作って売っているようです。
「お、お隣さんじゃねーか」
列の先頭に僕たちが行くとジャスティンが気づいてくれました。
声をかけてくれたっす。
「おつー」
ルルの気の無い声は、いつものことですね。
ヒメが前に出ました。
「ポップコーンを三つくれニャン!」
「はいよ! ちょっと待ってな」
ジャスティンがルルの尻をぴしりとはたきました。
「痛いっ」
「ルル、盛ってやれ」
「分かったけど!」
ルルがカップにポップコーンを盛りつけて、それを三つ僕らに渡します。
「合わせて1200ガリュよ」
「はい」
イヨが支払いを済ませたっす。
「丁度いただいたわ」
ルルが頭も下げずにお金を袋にしまいます。
「テツト少年たち、今日は楽しめよお!」
ジャスティンが軽快な声をくれましたね。
「「はい」」とイヨと僕。
「はいニャーン」とヒメ。
僕たちはポップコーンの夜店を後にしました。
夜店の出ている道を行ったり来たりと歩きます。
時には夜店のゲームをして楽しみました。
人の数が多いですね。
すごく賑やかでした。
そう言えば、日本のお祭りもこのような賑やかなお祭りでしたね。
気づくとイヨと僕は手をつないでいたっす。
ヒメは射的のゲームをしていますね。
イヨがにっこりと微笑みました。
「テツト、楽しいね」
「う、うん」
僕は頬を染めて頷いたっす。
「あー、全然取れないニャンよ~」
ヒメは射的で商品を撃ち落とせなかったようです。
イヨが笑顔で言います。
「ヒメちゃん、次行こう」
「んにゃん!」
僕たちはまた歩き出します。
前方から大きな狼の声がしました。
人ががやがやと騒ぎ立てています。
僕は眉を寄せたっす。
「なんだろう?」
「行ってみましょう」
「あの声はガゼルだニャン!」
僕たちは騒ぎの方へと足を進めました。
巨大なスティナウルフのバロンが開けた地面の上に横たわっています。
人狼化しているガゼルが荒い息をついていますね。
その首には月光石のネックレスがありました。
大勢の人間が囲んでいます。
戦闘はすでに終わったようでした。
ガゼルが宣言したっす。
「バロン、フェンリル様とツガイになるのは我だ」
バロンが姿勢を正し、伏せをしましたね。
「バロロォ」
(仕方ねえ。認めてやるよ、ガゼル。これからはお前がスティナウルフの長だ)
「すまんな」
(謝るんじゃねー! 俺が惨めになるだろうがよ!)
「ありがとう。バロン」
(けっ、仕方ねえってやつだ)
ガゼルはバロンを倒せたようですね。
良かったっす。
少し離れた場所からはフェンリルが歩いてきましたね。
ガゼルの腕に腕を絡み合わせたっす。
「ガゼル、今日のガゼルはすごく格好いいのん」
「フェ、フェンリル様」
「もうフェンリル様なんて呼んだらダメなのん。フェンリル、と呼ぶが良いワン」
「フェンリル!」
二人が抱き合いました。
囲んでいる人々が歓声を上げましたね。
ヒューヒュー。
口笛が響いているっす。
僕たちは顔を見合わせて、にっこりと笑顔を浮かべます。
道を引き返しましたね。
邪魔しちゃ悪いっす。
遠くではまた、打ち上げ花火が上がり始めました。
ヒメが人差し指を向けます。
「花火だニャーン!」
「本当ね!」
イヨが微笑を浮かべます。
「もっと近くで見たいニャンよ~」
「行ってみる?」
「んにゃーん」
歩いて行くと、道の脇に知った顔がありましたね。
僕たちに気付いたのか声をかけてきます。
「よお、お前ら。今日は良い夜だ」
レドナーっす。
続けて言いました。
「良かったら、俺が祭りを一緒に回ってやってもいいんだぜ?」
イヨが顔をしかめましたね。
ヒメはレドナーとイヨの顔を見比べます。
そして何を思ったのか、レドナーに走り寄り手を取りました。
「て、天使さま?」
「レドナーよ、あたしが一緒に祭りを回ってやるニャン!」
「い、いいのですか?」
「んにゃん!」
ヒメが僕らにウインクをくれましたね。
……頑張るニャンよ。
彼女の口がそう動いたように見えました。
ヒメとレドナーが行ってしまいます。
イヨと僕は手をつないでいますね。
なんだかすごく恥ずかしいような気持ちがして、心臓が跳ぶように振動しました。
「い、イヨ?」
「なあに?」
イヨの顔が上気しているっす。
ダメっす。
どうすれば良いのか分かりません。
僕はチキンす。
ネクラの。
コミュ障で。
ダメ男です。
ダサ男なんです。
だけど。
……頑張るニャンよ。
ヒメの最後の口の動きが、僕に勇気をくれました。
僕はイヨの左手を力強く引きます。
「イヨ、行こう!」
「うん!」
二人で歩き出します。
それから色んな夜店を回りましたね。
町の人たちは愉快に歌を歌ったり、踊ったりしています。
僕たちも混ぜてもらっちゃいました。
それからバルレイツ焼きという、たこ焼きのような食べ物を買ったっす。
高台のベンチに行って、二人で腰かけました。
バルレイツ焼きを食べます。
夜空にバンと打ち上がっては咲きほこる花火群。
「ねえ、イヨ」
「どうしたの? テツト」
「綺麗だね」
「うん、すごく綺麗」
バン。
「イ、イヨの、顔の方が綺麗だ」
「……あは、本当?」
「ほ、本当だよ」
「その言葉、いつものテツトじゃないみたい」
バン。
黄色い花火が夜空に咲きます。
僕たちの顔に光が当たりました。
「僕だって、言う時は言うんだ」
「言う時は言うの?」
「そうなんだ」
「ふーん。素敵ね」
バン。
「イ、イヨは、す、好きな人はいるの?」
「いるよ?」
「そうなんですか、だ、誰ですか?」
バン。
赤い花火がバチバチと燃え散ります。
イヨの顔がちらちらと赤く光りました。
「そういう聞き方、卑怯」
「卑怯? そうですか?」
バン。
「うん。テツトこそ、好きな人はいるの?」
「僕ですか? 僕は、僕もいます」
バン。
「誰?」
「それは、えっと」
「ゆっくりでいいから、言ってね」
「あ、はい。でも、ちょっと、緊張しちゃって、い、いつもの事なんですけどねー」
バン。
「じゃあこうしよう」
「あ、手」
「手を握られるとね。人は安心するの」
「あ、はい」
バン。
「イヨ、僕は」
「はい」
「正直に言います」
「うん」
「僕は出会った時から、その顔が好きで」
「うん」
「性格が好きで、喋り方好きで、その真っ白い肌が好きでした」
「そうなんだ」
バン。
「イヨ、僕は」
「はい」
「本当は、抱きたい」
「抱きたい!?」
「あ、はい、そ、そうなんすよ」
「テツトのエッチ」
バン。
「エ、エッチな男は、やっぱり、ダメっすよね~」
「いいよ!」
「い、いいんですか?」
「うん」
バン。
「イヨ、僕は、口が下手で」
「知ってる」
「女の子慣れしていなくて、臆病で、実は泣き虫で」
「そうなんだ」
「そんな僕でも、良いですか?」
「何が?」
イヨがこちらを向きました。
その華奢な肩に、僕は両手を置きます。
「イヨ」
「はい」
「僕は口下手っす」
「うん」
「だから」
「うん」
「つまり」
「うん」
「その」
「うん」
「上手く口では言えなくて」
「うん」
「だから」
「うん」
「その」
「うん」
「こ、こういうことなんです!」
一生分の勇気と運を使い果たした気分でした。
僕の唇が、イヨの唇に重なります。
びっくりしたようなイヨの瞳が、やがて閉じました。
うっとりとした空気が流れていました。
イヨが僕の背中に両手を優しく回したっす。
長い、長いキスでした。
恋人同士になりました。
やっと、やっとなれました。
熱い夜が更けていきます。
また明日からは、いつも通りの仕事が始まりますね。
そして何年もかけて僕たちは強くなっていくのでしょう。
ミルフィやレドナー、ジャスティンたちと共に、復活した魔王を討伐しに向かうのは、まだまだ先のお話です。ですが、僕の語りはこれにて、終了とさせていただきます。一番の目標である、イヨと結ばれるという目標がいま果たせましたので。
みなさま、長い間のお付き合い、本当にありがとうございました。
みなさま、ご読書と、暖かいご応援をいただき、まことにありがとうございました。