1-7 決裂(ギニース視点)
三十人が食事を摂れる広いテーブル。
父さんと俺が並んで座っていた。
対面には、村長のばあさんがいる。
父さんが口を開いた。
「あれから2週間が経ちましたが。村長よ、息子の縁談の件はどうなりましたかのーう?」
まるまると太った腹を揺らす父さん。
村長は言った。
「イヨちゃんは、縁談を断るそうじゃ」
……。
なぜだ。
俺は憤りを隠せない。
顔をしかめた。
俺はこの村の金持ちなのに。
偉いのに。
昔からイヨには目をかけているんだ。
結婚を断るだと?
父さんも表情を歪めていた。
「理由を聞いてもいいですかのーう?」
村長は顔をうつむかせた。
すぐに上げる。
「イヨちゃんは、まだ一人暮らしを続けたいそうじゃ」
「一人暮らしを続けたいですとぅ? イヨの家や畑の土地を貸しているのが、一体誰だと思っていますかのう?」
村長は苦しい顔をする。
「それはもちろん、大地主さまですわい」
「そうであるのう。この俺、セルル・シャーバルこそが、この村の土地を全て所有しており、お前たちが生きていくために、仕方なーく、家や畑の土地を貸しておるのだのう。つまりシャーバル家はこの村の英雄、この村の救世主、この村の支配者であるのーう。村長よ、自分の立場をよく分かっておるかのーう?」
「そんなこと言われましてもな」
村長は額に汗を浮かべた。
首を振っている。
続けて言った。
「縁と言うのは不思議なものでして、ですな。頭の良い大地主さまなら分かってくださると思いますが、相手が嫌がっているのを無理やり結び付けたとしても、その結婚生活はうまく行かんのですわい」
ブチ。
俺は怒りに震えた。
テーブルをグーで叩く。
叫んだ。
「イヨは俺が守るんだ!」
村長がびくっと身じろぎする。
「まあまあ息子よ」
父さんが左手で俺を制する。
正面を向き、見下した。
「村長よ、もしこの縁談が上手く行かなければ、こちらにも考えがあるのーう」
眉間にしわを寄せるばあさん。
「そ、それはどんな考えですかな?」
「イヨに土地を貸すのは、取りやめにしなければいけないのーう。そして、村長、お前の土地も、没収だのーう」
村長がテーブルに両手と額をつけた。
「なにとぞ、なにとぞ、頼みまする。ギニース様には他の女性の選択肢がいっぱいおるはずです。この村にも、この村以外にも、若い女性はいまする。それこそ、喜んで嫁ぎたいという性格が良く綺麗な女性もいまする。どうかどうか、イヨちゃん以外を選んでくださいますよう。なにとぞ、なにとぞ、どうかどうか、お願いしまする」
こちらに顔を向ける父さん。
このババアふざけんじゃねえ。
俺は首を振る。
「息子はイヨが良いと言っておるのーう。村長よ、これは命令だ。イヨが首を縦に振るよう、話をして来るが良いのーう」
村長が顔を上げる。
苦虫を噛み潰したような顔だ。
「……それはできませんわい」
「では村長よ、今日から自分の家や畑に入るのは、禁止だのーう」
「そうですかいそうですかい」
村長は椅子から立ち上がった。
父さんと俺を睨みつける。
「そんな強硬手段を実行して、果たしてこの村の男たちが、黙って見ていると思いますかな?」
父さんの額に一筋の汗。
「何が言いたいのかのーう?」
村長はまくしたてた。
「ワシはこの村の男たち女たちの幼いころから、おしめを変えてやる時からすべーて、面倒を見てきておる! この村の人間は全てワシの味方じゃ! ワシの家と畑を没収だと? やってみるがいい! その時は戦争じゃ! この村の大人たちが、この家を滅ぼすことになるわい!」
しゃがれた大きな声だった。
父さんは黙り込む。
村長のばあさんは扉へと向かう。
一度振り返った。
「よーく考えることじゃの!」
扉を開けて出ていく。
激しい音を立てて閉まった。
重苦しい沈黙が残される。
「父さん?」
俺が見上げる。
父さんは険しい顔つきだ。
ゆっくりと二度頷く。
「任せておくのう。息子よ。イヨは、どんな手を使っても、お前の元に連れてくるのう」