4-9 月光石のマジックネックレス
翌日の昼前。
歩いて歩いて、やっとティルルのお店にたどり着きました。
工房の扉は大きく作られてありガゼルも中に入れましたね。
僕たちは荷物を降ろします。
ガゼルが「ぐるるぅ」と吠えましたね。
(ティルル、月光石のマジックアイテムを作ってくれ)
ガゼルがカゴの中から黄色に輝く石をくわえて、ティルルへと持って行きます。
「いきなりかい」
ティルルが苦笑して石を受け取りました。
ガゼルは舌を出してはっはと息をしています。
(頼む)
「分かったよ。ちょっと待っていてくれるかな」
ティルルは工房の石机の上に月光石を置き、トンカチとノミを持ってきました。
僕たちは石机を取り囲んで、興味深く作業を眺めたっす。
ティルルは月光石を木で出来た固定具で固定し、スキルを唱えます。
「柔化」
石が白い光を帯びました。
白色はどんなスキル効果なんでしょうか?
イヨがそれを尋ねたっす。
「スキルの色の白は、変化を表す色だよ。柔化を使うと石が柔らかくなるんだ」
ティルルが答えました。
石にノミの先を当てて、トンカチで軽く叩きます。
簡単に石が削れました。
ティルルが歌うように言いましたね。
「マジックアイテムって言うのは不思議なものでね。綺麗に出来上がれば、綺麗なほどその力を増すのさ」
トントントン。
石が削れて行きます。
トントントン。
トントントントン、トントントン。
やがて、月光石が満月のような球状になりました。
表面はキラキラとしていて、宝石のような輝きを放っています。
ティルルはまだアレンジをするようで、球状の月光石の端っこを一部分、丸く抜き取りました。
出来上がった形は、まるで大きな三日月のようです。
ふつう三日月は、こんなに大きくなりませんよね。
オシャレな形でした。
ティルルはチェーンを二つ持ってきて、ガゼルに聞きます。
「ガゼル、首にかけるチェーンは、オシャレなチェーンにしようか? それとも丈夫なチェーンにしようか?」
(丈夫な方で頼む)
ガゼルの瞳が期待に揺れています。
「分かった」
ティルルは返事をして、少しごつい形のチェーンを石に取り付けました。
それから石をヤスリで研磨します。
かなりしつこくやっているようで、研磨の作業だけで一時間以上かかりましたね。
それが終わると、専用の細い彫刻刀のようなもので文字を入れました。
ティルルがスキルを唱えます。
「私の彫刻刀においでよ月の精、魔性の力を今ここに刻み込ませたまえ。ごらん、深夜に浮かぶ月の唇。接吻せよ。エングレイブ」
彫刻刀が黄緑色の光を帯びます。
詠唱スキルでしょうか?
石が煙を上げて、文字が刻み込まれて行きます。
異国の文字でした。
読めたっす。
月の雫と書かれていますね。
最後に宝石クリームで磨き上げて完成でした。
「はい、ガゼル出来たよ。名前は、月の雫だ」
ティルルがガゼルの大きな首にチェーンをかけて鍵をはめます。
月の雫がぶらさがりました。
ガゼルが興奮したように言いましたね。
(これで我も、人狼化ができるのか?)
「それは分からないね。私は月の力を増幅するマジックアイテムを作っただけだから」
ティルルが苦笑して首を振ります。
(うむ。なんか暑いな)
ガゼルが暑い暑いとつぶやいて、その場でくるくると回転します。
「大丈夫ニャンか? ガゼル」
「ガゼル?」
ヒメとイヨの心配そうな声がかかりました。
「おい、ガゼル?」
僕も名前を呼んだっす。
(熱い、熱いぞ!)
ガゼルがその場でのたうち回りました。
体が熱いのか、大変そうです。
「ティルルさん!」
イヨが呼びました。
「やばいねこれは……」
ティルルの額に汗が浮かんだっす。
やがてガゼルは我慢しきれなくなったのか天井を向いて「アオーン!」と吠えました。
瞬間。
ガゼルの体が白い光に包まれて、姿を変えていきます。
「ガゼルが変身していくニャン……」
ヒメが感嘆としたようにつぶやきました。
「本当ね」
イヨも驚いたような声です。
やがて立ち上がった巨人は天井に頭をぶつけました。
ゴンッ。
身長や体格が大きいですね。
僕の二倍以上ありそうです。
ガゼルは下半身がうっすらとした青い毛に包まれていました。
両腕も、肘から先がやはり青い毛に包まれています。
両手両足の手首から先は獣そのものでした。
頭には犬耳が生えています。
やけにイケメンでしたね。
首には月の雫のネックレス。
巨大な人狼が、工房に立ち上がりました。
ガゼルが腰をかがめて、顔をキョロキョロとさせます。
念ではなく声でしゃべりましたね。
「我は、人狼になれたのか?」
「ガゼル、格好良いニャンよー! 立派な人狼だニャン!」
ヒメが拍手をしました。
「ガゼル、格好良い!」
「ガゼル、やったね!」
イヨと僕も手を叩きます。
ティルルは安心したようでほっと胸を撫でおろしていました。
「ほよんほよん?」
隅にいたアルテミスのクラは状況がよく分からないようで、首をかしげていますね。
ティルルが工房の一品、これも黄色っぽい色のネックレスを持ってきてクラの首にかけてあげました。
クラが喋りました。
「あたち、言葉喋れる?」
「お、喋れるようになったみたいだね?」
ティルルが微笑して、その頭を撫でたっす。
気持ちよさそうに目を細めるクラ。
彼女は舌ったらずな声ですが、人語を喋れるようになったみたいです。
ガゼルは自分の頭を押さえてゆらゆらと揺れていました。
「うむ。何だかこの姿は慣れんな」
「そのうち慣れる」
イヨが落ち着いた声で言いました。
「頑張れ頑張れガゼルニャンニャン!」
ヒメが変な歌を歌ってくれましたね。
「うむ。しかし何だか力が溢れるな。これなら我も、バロンを倒せそうだ」
「頑張れガゼル!」
僕は両手を握って応援したっす。
ガゼルは立つと天井に頭をぶつけるので、その場にあぐらをかきましたね。
みんなで輪になって報酬を分ける会議をしました。
ティルルが人差し指を立てます。
「金と銀の塊はすぐに換金できるから、合わせて1000万ガリュぐらいになるのかな? みんなで分けよう」
「うん」
「うむ」
イヨとガゼルが頷きます。
ティルルが難しい顔をしたっす。
「さて、全ての報酬の分け方なんだけど。三等分、って言う訳にはいかないよねやっぱり。イヨさんたちは人数が多いからね。その分多くしてあげないと」
「我は少なくいいぞ」
ガゼルが言って、月の雫の石を握ります。
「これをもらったからな」
ふんふんとティルルが頷きます。
また人差し指を立てました。
「それじゃあ、儲けの10割のうち、イヨさんたちが5、私が4、ガゼルが1と言うのはどうだろう?」
イヨの両目が計算高く光ります。
ちょっと不満そうな顔をしていますね。
ティルルが続けて言います。
「私はこれらの鉱石を加工して売る手間もあるから、ちょっとたくさんもらうってことでどうかな?」
「我はそれで良いが」
ガゼルはそう言ったのですが。
イヨは首を振りました。
「私たちが6、ティルルさんが3、ガゼルが1」
ティルルが顔をひきつらせます。
「ええっと、それじゃあ私が3,5、イヨさんたちが5,5、でどうかな?」
「ダメ。私たちは6」
ティルルは食い下がります。
「くぅぅ、それじゃあ、私が3,2。イヨさんたちが5,8でどうかな?」
「ダメ、私たち6」
イヨは譲りません。
ティルルは泣きそうな顔をして粘りました。
「分かった。今ならイヨさんにも、ヒメさんと同じユメヒツジの毛で編んだ服を2セットあげようじゃないか。その代わり、私が3.1。イヨさんたちが5.9だ!」
イヨは唇をゆるゆるとさせて考え込みます。
そして、不承不承頷いたのでした。
「分かった。それで良い」
「今後とも、テッセリンマジックアイテム店をご贔屓に!」
ティルルが両手を揉み合わせます。
その後、みんなでティルルの店の方に行きました。
ガゼルはまた月の雫を握って「アオーン!」と吠えましたね。
元の姿に戻ったっす。
店でイヨがユメヒツジの服を選びました。
黒のワンピースに白のタイツのものを一つ。
赤のワンピースに黒のタイツのものを一つ。
2セットをティルルが紙袋に入れてくれましたね。
この服を装着することにより、ヒメとイヨの防御力は格段に上がるんだと思います。
ちなみに僕のぶんは要らないっす。
あれですよね。
バーサクがまた発動すれば。
服が破れますよねきっと。
なので要らないっす。
そして、みんなで換金屋に行きました。
金と銀を調べてもらい、お金に変えてもらいます。
思ったより値段がついたようで1200万ガリュになりました。
イヨがきっちりと計算して708万ガリュをもらいましたね。
ちなみにガゼルは120万ガリュです。
残りはティルルの分でした。
ガゼルが言ったっす。
巾着袋を口にくわえていますね。
財布です。
(我はそろそろ巡行狼車の営業所に顔を出したい。長く休んでしまったからな。悪いが、この辺で失礼しても良いか?)
「ご飯は良い?」
イヨが聞きます。
ガゼルは首を振ったっす。
(我は、昼は食べん)
「そうだった」
イヨがはにかんで笑います。
「ガゼル、バイバイニャーン!」
ヒメが両手を振りましたね。
ガゼルが歩き出します。
(そうだ、それと。領主館には我が届けて置くからな、心配するな)
そう言って走り出しました。
僕たちは顔を見合わせてキョトンとします。
ティルルが聞きました。
「領主館に届け物って何だっけ?」
「何だっけ?」
イヨも首をかしげていますね。
「何だっけニャン?」
ヒメが人差し指をほっぺにつけました。
僕は顔をひきつらせたっす。
あれですよね。
腰痛薬です。
ヌムザリの薬のことですよね。
ミルフィは今、腰痛でベッドに伏せっているはずです。
薬を飲めば良くなるのかもしれません。
ですが。
確か副作用がありましたよね……。
大丈夫でしょうか?
ヒメがあっけらかんとして言いました。
「まあ、どうでも良いニャンよ~」
「うん。忘れるってことは、きっとどうでも良いこと」
イヨが微笑を浮かべました。
「とりあえず、私たちは食事にしようか。レストランに行こう」
「あたちも食べる?」
ティルルの後ろにいたクラが聞きました。
振り向いて、ティルルが頭を撫でます。
「クラも食べようじゃないかー」とティルル。
「あたち、野菜ならだいしゅき」とクラ。
「レストランに行くニャーン」とヒメ。
「そうね」とイヨ。
僕は食欲がわかなかったっす。
ミルフィの飲む薬のことが気がかりでした。