4-7 ヌムザリ草
サイモン山の裏手の森の奥深く。
鬱蒼と木々がしげる崖の下にその洞窟はありました。
ヒメとイヨと僕、それにティルルとガゼルの四人と一頭で来ていたっす。
ガゼルの勤める営業所には、僕たちで話を通しました。
三日間の休暇をもらいましたね。
ティルルも店を休んでいます。
ガゼルはたくさん荷物を運んでいて、腹の左右にカゴを揺らしていました。
カゴの中には調理鍋や食料などが入っているっす。
荷物持ち係ですね。
ティルルはマグマ鉱床からマジックストーンを採掘するために着いきていました。
発掘道具を貸してくれて、ガゼルの背負うカゴの中にあります。
崖の下を指さしてヒメが駆け寄りました。
「洞窟ニャーン!」
「こんなところに洞窟があったのねえ」
イヨは図鑑の地図と洞窟を見比べて、びっくりしたような顔をしています。
ティルルが鼻をひくひくと動かしていました。
「これはすごいな。お宝の匂いがするぞ、みんな」
「ぐるぅ」
ガゼルが口を鳴らします。
(敵が出たら頼むぞテツト!)
荷物を持っていては戦うにも困るのでしょうね。
「とりあえず、気を付けて行きましょう」
僕は注意を呼びかけました。
「分かってるニャンよ~、テツト」
ヒメはウキウキとした様子ですね。
ちなみに今は午後の三時頃です。
「行ってみましょう」
イヨが先頭に立ち、カバンからランタンを取り出しました。
マッチで火を入れます。
その明かりを頼りに、洞窟の中へと足を踏み入れました。
みんながその背中に続きます。
険しい道が待ち受けているのかと思ったのですが、幅は広く綺麗な道でした。
僕たちは真っすぐに歩き、下り坂を歩いて行きます。
ヒメが疑問を口にします。
「んにゃん? 何か、道が綺麗ニャンね~」
「本当、道が整備されてる。この奥に誰か住んでいるの?」
イヨの進む足がゆっくりになりましたね。
進むのが怖いんだと思います。
ティルルが言ったっす。
「これは誰かが住んでいたみたいだね」
「ぐるぅ」
(硫黄の匂いがするな)
ガゼルが鼻っ面をしかめました。
下り道は途中で左に曲がり、円を描くようになりました。
まるで螺旋階段を下りているような感じです。
そして下り坂が終わり、目の前に村のような空間が出現しました。
いくつもの家があるっす。
だけど人気はありません。
家々は古びて朽ちており、どれもボロボロでした。
ヒメがびっくりしたような声を上げましたね。
「村ニャーン!」
「こんなところに、村?」
イヨが険しい顔をしています。
正直気味が悪いですね。
僕は体に鳥肌が立ったっす。
家々はレンガ張りではなく木造りでした。
ティルルが首をかしげています。
「人間の村じゃないねこれは」
(おい、ここは魔族の村だぞ!)
ガゼルの念に、みんなが振り向きました。
「魔族ニャン?」
「嘘!?」
ヒメとイヨがぎょっとした顔をしましたね。
ガゼルが口を「ぐるるぅ」と震わせます。
(魔族は木で家を作るからな。しかし、誰もいないみたいだ)
耳をピンと立てて、ガゼルが顔をさまよわせていますね。
イヨが聞きました。
「住んでいた魔族たちは、どこかに引っ越したってこと?」
(分からん。絶滅したのかもしれん)
ガゼルが鼻をひくひくとさせています。
ヒメも同じように鼻をふんふんと鳴らしていました。
そして向こうを指さします。
「あっちから、水の音がするニャン!」
「行ってみましょうか」
イヨがランタンを高く掲げて歩き出しました。
みんながその背中に続いたっす。
やがて、岩々に囲まれた自然の温泉が見えてきます。
「温泉ニャーン!」
ヒメが嬉々として歩み寄りました。
温泉から溢れるお湯は川を作っており、その先にはこれまた大きな洞窟が見えました。
洞窟の川のわきには人が通れそうな道もあります。
以前住んでいた魔族が整備したってことですかね?
立ち上る湯気は天井を向かっており、どこかに地上への穴が空いているようです。
ティルルが岩に駆け寄ります。
「ヌムザリ草だ!」
岩々の間に草がちょこんと顔を出していました。
「嘘!」
イヨがランタンを地面に置いてティルルに近づきましたね。
草を触ります。
「これ、ヌムザリなの?」
「ん? そうだけど、イヨさんは見たことない? これは確か、腰痛に効くんだったかな?」
ヌムザリ草と言えば、ミルフィに依頼された品物でした。
イヨが一つ摘んで、匂いを嗅ぎます。
そしてティルルにミルフィから依頼された旨を説明しました。
イヨは得意そうに言います。
「一石二鳥ね。ヌムザリ草を取りましょう」
「待ってイヨさん。ヌムザリ草はすぐに枯れるから、持ち運びはできないよ」
ティルルが顎を振ったっす。
イヨが眉を寄せました。
「そうなの?」
「うん。だから、ミルフィ様に持って行くのなら、ここで薬にして持って行くしかない」
「そっか。ティルルさん、薬の作り方を知ってる?」
「任せて。だけどどうする? 今日はここで野宿にするのかな?」
ヒメが二人を向いて、両手を大きく開きましたね。
「温泉、温泉、ふんふんふーん」
イヨはクスリと笑って、両手を腰に当てました。
「そうしよう」
「分かった」
ティルルが頷きました。
みんなで荷物を降ろし、一か所にまとめます。
洞窟なので辺りは寒くなかったのですが、僕たちは焚火を作りましたね。
ヌムザリ草の腰痛薬を作るためでした。
ティルルが温泉から鍋にお湯を汲んできて、焚火の上に置きます。
鍋にヌムザリ草を入れました。
ティルルが手招きします。
「テツトさん、ちょっと来てくれるかな?」
「どうしたんですか?」
僕は近寄りました。
ティルルが言います。
「鍋に魔力を注いで欲しい?」
「ま、魔力?」
……魔力ってどうやって注ぐんでしょうか?
やったことが無いんで分からないっす。
ティルルは困ったような顔をしましたね。
「薬を作るために必要なんだけど、やり方が分からないかな?」
「あ、分からないっす」
「じゃあ血でも良いよ。入れてくれ」
「血ですか?」
「ああ。血には魔力が含まれているからね。そんなに大量じゃなくて良いんだ。私が良いって言うまで、一滴ずつ垂らして欲しい」
ティルルは荷物の場所まで行って、自分のリュックの中からナイフを取り出します。
持ってきて僕に渡しました。
「はいこれ」
「あ、はい」
受け取ります。
ティルルがオタマで鍋をかき回したっす。
「さあ、入れて欲しい」
「あ、それじゃあ」
僕はナイフで指をちょんと切りました。
血のしずくがポトンポトンと鍋に垂れます。
血は数滴しか入れていないのですが、鍋の中の水が紅色に輝きましたね。
「オーケー、テツトさん、いいよ」
「はい」
僕は指を引っ込めます。
どうやら薬が出来上がったようです。
ティルルはそれをいくつかの小瓶に入れて蓋をしましたね。
ガゼルのカゴに数本を入れたっす。
イヨが近づいてきました。
「これで完成?」
「ああ。腰痛に良く効くと思うから、ミルフィ様に持って行ってあげたら良い」
ティルルが小瓶を一つ、蓋を閉めてイヨに渡しました。
「ありがとう、ティルルさん」
「いえいえ、これぐらいしかできないからね。私は」
ティルルの右隣では、ヒメが小瓶に入った液体を眺めています。
「綺麗な紅色だニャーン。あ! あたし一つ、味見してみるニャン!」
ゴクゴクと飲んじゃいましたね。
「ちょっ、ヒメちゃん!」
慌てたようなイヨの声。
ティルルはクスクスと笑っていました。
「飲んでも良いよ、いっぱいあるから。ただ、副作用はあるんだったかなあ」
ふと、薬を飲み終えたヒメの顔が紅色に染まっていました。
比喩ではなく、両目にハートマークが浮かんでいます。
「あー、なんかあたしー、テツトが格好良く見えるニャンよ~」
ヒメが僕のそばに寄ってきて腕を絡み合わせます。
「おい、どうしたヒメ?」
「テツト、今から、あたしと交尾すれば良いニャンよ~」
「……は? 何を言って」
イヨがぎょっとして僕とヒメの腕を離します。
「ヒメちゃん、大丈夫?」
「何するニャン、イヨー。イヨも一緒に交尾するニャンか?」
ヒメは何だか甘ったるい声ですね。
ティルルの口を半開きにしていました。
「まさか、惚れ薬的な副作用があるのかな。ヌムザリ草って……」
ヒメが僕の腕に胸を押し付けます。
「テツトォ、あたしぃ、もう我慢できないニャンよ~」
「ヒメちゃん、めっ」
イヨが右手を掲げて注意します。
ヒメが唇をすぼめて言ったっす。
「どうしたニャン~、イヨ。テツトはそもそもあたしのご主人様だニャーン。何をしても許される仲だニャンよー? 一緒に裸で温泉に入るニャン!」
「ヒメちゃん!」
「あたしぃ、テツトの子供が欲しくなったニャーン。そうだ、今から作れば良いニャンよー。テツトは誰にも渡さないニャンよ~!」
「ちょっとテツト、ヒメちゃんから離れて!」
「あ、はいっ、すいません」
僕は離れようとするのですが、ヒメが手を握って離しません。
「離さないニャンよー!」
「ダメエエエエ!」
イヨが無理やり二人の手を離します。
それを見ていたティルルがクスクスと笑いましたね。
「ど、どうしようこれ」
状況を楽しんでいるような表情っす。
焚火のわきでは、伏せっているガゼルが大あくびをしました。
(お前たち、何をしているんだ?)
イヨがティルルに聞きます。
「ヒメちゃんはどうすれば元に戻るの?」
「それは、時間が経って効果が切れるのを待つしかないかな……」
「そんな!」
イヨが涙目です。
ヒメが僕の腕に顔をすりすりとこすりつけます。
「テツトォ、あたしもう我慢できないニャン。我慢我慢我慢できないニャン!」
僕の頬にじっとりとした汗が垂れました。
「ヒメ、正気に戻れ!」
「あたしは正気ニャンよー、あたしはいつでも、正気ニャン!」
イヨがぎらりと僕を睨みつけます。
「テツト、温泉入って来なさい!」
「お、温泉すか?」
「そう! そしてティルルさん、ヒメちゃんを押えていなさい!」
「あ、はーい」
ティルルが後ろからヒメを羽交い絞めにします。
「何するニャン! ティルル何するニャン!」
イヨが闘牛のようにふうふうと息をします。
「今からご飯を作るから、テツトはなっがーくお風呂に入って来て!」
「わ、わっかりましたー!」
僕は荷物の方に足を進めます。
「テツトォ、あたしを置いて行くなニャーン!」
何か叫んでいますね。
ヒメには悪いですが、イヨを怒らせるのは得策ではないっす。
時間が経つのを待つしかないですね。
僕はリュックから着替えとタオルを持って、岩陰に行きました。
隠れて服を脱ぎ、温泉に入ります。
ちょうど良いぬるま湯ですね。
これなら長く浸かれそうでした。
岩に背を預けて入っていると、ガゼルも来ましたね。
ざぶーんと岩からお湯がこぼれました。
「ガゼル?」
(うむ。良い機会だから我も入らせてもらう)
「ああ、良いお湯だな」
(そうだな。ところでテツト、気になっていたのだが、お前はどっちのメスとツガイなのだ?)
僕はびっくりしたっす。
ガゼルにそんなことを聞かれるとは思いませんでした。
「ど、どっちのって?」
(ん? ヒメとイヨだが)
ガゼルはいたって平静ですね。
僕は頬を赤らめて、下を向きます。
「今のところ、どっちともツガイじゃないけど」
(そうなのか?)
「うん」
(……早くツガイにならないと、誰かに取られてしまうぞ?)
「そ、そんなこと言われたって」
恋人なんて、今まで出来たことが無いっす。
どうすれば良いかまるで分からないですね。
僕はヘタレです。
(イヨで良いじゃないか。あのメスはしっかりしているからな)
「……僕も」
イヨが良いですね。
ヒメはそりゃあ美人ですが、元ペットの猫と恋人になるのはためらわれます。
(この旅は良い機会じゃないか。プロポーズしろ)
「それはできないす」
(どうしてだ?)
「それは、僕がチキンだからです」
(チキン? その言葉はよく分からんな)
「分からなくて良いっすよー」
僕は顎までお湯に浸かりました。
それからも、ガゼルと話をしましたね。
話題は変わり、前に住んでいたセトラ山の話をガゼルがしてくれました。
以前、スティナウルフは二百頭近くいたらしいですね。
魔族の召喚したデーモンに、ほとんどが殺されてしまったようです。
デーモンのせいでセトラ山には住めなくなり、サイモン山に引っ越してきたということでした。
僕も自分の身の上を語りましたね。
ヒメと共に、日本から転移してこの世界に来たこと。
元々ヒメは猫だったこと。
転移してすぐにイヨに会ったこと。
いろんな話をしているうちに、イヨが呼びました。
どうやら夕食が出来上がったようです。
僕たちは温泉から上がりました。
今日の夕食は鶏肉のクリーム煮のようです。
イヨの得意料理ですね。
僕たちはそれを食べて、温まったっす。
ガゼルの食料としては、大きなソーセージを営業所からもらってきていました。
ちなみにヒメの症状は中々おさまらなかったですね。
イヨに命令されて、僕は早々と寝袋に入ったっす。
寝ることにしました。
そして。
朝になると、僕の右隣にはヒメがいましたね。
左隣にはイヨがいました。
三人で同じ寝袋に入っています。
二人とも僕の腕に腕を絡めていますね。
キツキツす。
ヒメは起きると、両目のハートマークが無くなっていました。
「あれぇ、何であたし、テツトと一緒に寝てるニャーン?」
疑問そうにつぶやきやがりましたね。
ブックマークを一ついただきました。ありがとうございます。嬉しいです! 励みになります。これからも頑張ります!
【お知らせ】明日は日曜日なので投稿をお休みします。