4-6 マグマ鉱床を探せ
テッセリンマジックアイテム店を訪れていました。
体格の大きいガゼルは店内に入れないので、ティルルは外に出て来てくれていましたね。
ガゼルは地面に伏せっています。
イヨが彼女に事情を説明したっす。
ティルルはふんふんと頷き、それから難しい顔をしました。
「月の力を多く含んだストーンは、あるにはあるんだよね」
「あるニャン?」
ヒメが両手をグーにして下に伸ばします。
ティルルが頷きましたね。
人差し指を立てます。
「月光石と言うストーンだ」
ガゼルが「ぐるるぅ」と口を鳴らしました。
(どこにある?)
「うーん、それが分かれば良いんだけどねー。月光石の元になる石は、ジアリウムという価値の無い石だ。ジアリウムに月の光を何年も当て続けると、光を吸収して月光石が出来る。ジアリウムの成分は岩石に含まれている。君たちも、マグマという言葉を聞いたことがあるだろう? マグマとは岩石が溶けて液体状になったもののことだ。それが地下水とぶつかって、冷えて個体になる。マグマ鉱床という。マグマ鉱床には、ジアリウムや他にも様々な価値のある石が沈殿している」
ティルルの説明を聞いて、ヒメが眠たそうな顔をしましたね。
「ふわー、あたし分かんないニャン」
イヨが真剣な顔で聞いていました。
「ティルル、続きを教えて」
「うん」
ティルルが頷きしたね。
「マグマ鉱床は普通、地上には出てこない。火山が噴火でもしない限りね。だから、月の光を浴びて、ジアリウムが月光石になるわけじゃないんだ。ではどうやって月光石が出来るのかと言うとだね。アルテミス、って言うモンスターを知っているかい?」
「聞いたことある」
イヨが二度頷いたっす。
ティルルは続けます。
「アルテミスからは月の光と同じ力を持った光が放たれている。真珠を作る貝と同じでね。アルテミスはマグマ鉱床が近くにあると発掘し、ジアリウムを大事に抱えて育てる性質があるんだ。つまり、月光石がどこにあるのかと言うと、アルテミスが持っているということになるね」
「アルテミスはどこにいる?」
イヨが聞きます。
ティルルは困ったように両手を開いたっす。
「アウラン皇国の山には、たくさんいると聞いたことがあるね」
僕は首をかしげたっす。
ここはロナード王国ですよね。
アウラン皇国がどこかは知りませんが、遠すぎるような気がしました。
イヨも顔を曇らせています。
「ロナードにはいない?」
「この国にもいると思う。だけど場所までは分からないかな。私はマジックアイテムには詳しいが、その他のことについては田舎娘でしかない。あとは山に詳しい人に聞いてみると良いんじゃないかな? どこかにマグマ鉱床がないかどうか。そして、アルテミスを見たという情報があるかないか」
ヒメが「っぬふわああああっ」とあくびをしました。
続けて言います。
「サイモン山にいるんじゃないかニャン?」
「サイモン山にはいない」
イヨが首を振ります。
ティルルが「いや」と言って首を振りました。
「サイモン山には確か、温泉があるよね。噴火はしていないようだけど、地中にはマグマがあると思うよ。だから、サイモン山にも、マグマ鉱床があるかもしれない。マグマ鉱床に引き寄せられて、アルテミスが集まる場所があるかもしれないよ」
「本当?」
イヨが目を丸くしているっす。
「うん、可能性はあるね」
ティルルが白衣のポケットに両手を入れました。
イヨが顎に手をつけて考えます。
「サイモン山に詳しい人か……」
「ダリルに聞けば良いんじゃないかニャン?」
ヒメが提案します。
イヨがコクンと頷きましたね。
「それが良いかも」
イヨがまたティルルを真っすぐに見ました。
「ティルルさん、もし、月光石が取れたらなんだけど」
「いいよ。作ろうじゃないか。月光石の月の力を増幅させたマジックアイテムかな?」
「いくらかかる?」
「うーん」
ティルルが顔を傾けます。
続けて言ったっす。
「代金よりも、マグマ鉱床がどこにあるのかを教えて欲しいかな。そこを発掘すれば、たくさんのマジックストーンが採れそうだから、私としては儲かるよ」
イヨが二度頷きました。
「分かった、見つけたら教える」
「ありがとう。それじゃあ、連絡を待っているよ。ここに来ても良いし、アパートに手紙でもかまわない」
「分かった。それじゃあ私たちは、今から傭兵ギルドに行ってみる」
イヨが伏せっているガゼルに顔を向けます。
ガゼルが顔を上げましたね。
(傭兵ギルドへ行けば良いか?)
「うん」
「行くニャーン!」
そして僕たちはその背中にまたがり、ガゼルが立ち上がります。
また歩き出しましたね。
「吉報を待っているよ!」
ティルルが僕たちの背中に声をかけてくれたっす。
「まかせろだニャン!」
ヒメがぴょっこりと右手を上げました。
ガゼルに乗り、町の西区へと移動します。
空に剣を突き上げている剣士の彫像。
ガゼルは外で待機し、僕たちはギルドの中に入りました。
カウンターの奥にはダリルとうら若い少女がいて何やら話し合っていますね。
イヨが先頭を行きます。
ダリルは気づいたようで、
「おっ、テツトにイヨにヒメの嬢ちゃんじゃねえか。もう今日の仕事はほとんど残って無いぞ? 他の奴らに取られちまったからなあ」
「ダリルさん、ちょっと聞きたいことがある」
イヨがカウンター前に立ちました。
ダリルは眉ひそめましたね。
「うん? お前ら、すでに他の任務中か?」
「そう」
「そうだニャーン!」
ヒメが元気に両手を上げましたね。
イヨとヒメがカウンターに手をつけます。
僕はその後ろに控えました。
ふと、ダリルが隣の女の子に顔を向けます。
ハチミツ色の髪をしており、体の線が細いっす。
事務員のような白い服装をしていました。
傭兵ギルドには似つかわしくない少女ですね。
イヨが聞きます。
「この子は?」
「俺のこれだ」
ダリルが右手の小指を立てましたね。
「いえいえいえ、違います違います違います」
ハチミツ色の髪の少女が全力で首を振ったっす。
ダリルが快活に笑って言いましたね。
「そんなに否定することないだろ……まあ、これからギルドに事務員として勤めることになった、ハニハだ。俺の右腕になるんだと思う。お前たちも、よろしくしてやってくれや」
「ハニハ、よろしくだニャーン」
ヒメが両手を差し出します。
「よ、よろしくどうぞ、お、お願いいたします!」
ハニハが右手を伸ばし、ヒメがその手を握りました。
ちょっと緊張した様子ですね。
イヨが「それでなんですが」と話を元に戻します。
「おう。どうした? イヨ」
「ダリルさん。サイモン山に、アルテミスというモンスターを見かけたことはありますか? あるいは、マグマ鉱床のある場所を知りませんか?」
「アルテミス? マグマ鉱床?」
ダリルが両腕を胸に組みましたね。
うーんとうなって天井を見上げます。
やがて視線をイヨに戻しました。
「俺は知らないなあ。だが、アルテミスを見かけたという噂なら聞いたことがある」
「本当? 場所は分かる?」
イヨが矢継ぎ早に聞きます。
「うーん、場所までは分からんなあ。しかも俺の情報は古いしな、当てにはならん。ナザクとジェスなら、最近の情報を知ってるんじゃねーかなあ。あの二人、この町で傭兵をやりながら滞在して、何年にもなるからな。聞いてみると良いんじゃねーか?」
「そう」
イヨが顔を若干うつむかせました。
ちょっと暗い表情です。
分かります。
ナザクとジェスは僕も苦手っす。
「聞いてみるニャーン」
ヒメが右手を上げましたね。
「おう、ヒメの嬢ちゃんは元気がいいな」
「あたしはそれだけが取り柄だニャンよ~」
「可愛い、ですね」
ハニハがヒメを見て、右手を口元に当てて微笑しました。
「ハニハも可愛いニャンよ?」
「そんなそんなそんなそんな」
ぶんぶんと顔を振るハニハ。
イヨが小声で聞いたっす。
「ナザクとジェスは、今どこ?」
「あいつらはいまモンスター退治に出ているな。ノーラ池だ」
ダリルがクリップボードの依頼書をはぐります。
ノーラ池には僕たちも行ったことがありませんね。
イヨがまた聞きます。
「帰って来るのはいつ?」
「明日か明後日じゃねえかと思う」
「そう。じゃあ、また明日来る」
イヨが後ろを振り向こうとして、その肩にダリルが言ったっす。
「イヨ、ナザクとジェスだって、サイモン山にアルテミスがいるかどうか、知ってるかは分からんぞ。どうしても探しているんなら、図書館に行ってみろ。サイモン山のことを文字で調べることだな」
「図書館?」
「ああ。調べてみる価値はある」
イヨは二度頷きます。
「分かった。ありがとうございます」
イヨがヒメと僕に言ったっす。
「二人とも、行こう」
「分かった」
僕は頷きました。
「ハニハ、バイバイニャーン」
ヒメが元気に手を振ります。
「あ、は、はい! ま、またお会いしましょう!」
ハニハが小さく手を振ってくれました。
僕たちはギルドを出たっす。
剣士の像の下で伏せっていたガゼルにイヨが言います。
「ガゼル、次は図書館」
(ギルドでマグマ鉱床とアルテミスの情報は得られなかったのか?)
イヨは首をすくめました。
「情報の情報を聞いたの」
(そうか、分かった)
僕たちはガゼルに乗り、それからまた町の中心地に行ったっす。
領主館からほど近い薄茶色の建物。
その図書館で調べものをしましたね。
サイモン山のことが記された本が五冊見つかり、分厚い本でした。
さすがに一日じゃ読めないっすね。
「ふんふーん、あたしは文字が苦手だニャン、ふんふーん」
ヒメはソファに座ってくつろいでいます。
「ヒメちゃん、図書館では歌っちゃダメ」
「ふんふーん? イヨー、そんなこと言ったら、あたしやる事がなくなるニャンよー」
「……もう」
仕方ないので、僕たちは五冊の本を借りることにしたっす。
家に帰って読書ですね。
本を借りて、僕のリュックに入れます。
外に出ました。
図書館の前で伏せっていたガゼルに乗り、帰宅したっす。
アパート前で、イヨはガゼルに言いましたね。
「ガゼル、私たちは今から本を読んで調べ物をする。だから今日は帰って良い。だけど、また明日も来れる?」
(我は明日も仕事を休むのか?)
「うん。できる?」
(分からん。だが、今から営業所に行って頼んでみる)
「お願い」
(来れなかった場合はどうすればいい?)
「その時は」
イヨは顎を右手で撫でましたね。
「仕方ない。私たちだけで調査する」
(そうか)
僕たちはガゼルと別れの挨拶を交わしましたね。
(三人とも、悪いな、引き続き任務を頼む)
「任せろどっこいだニャーン」
ヒメが満面の笑顔で返事をしたっす。
(それではな)
ガゼルが道路を駆けていきます。
僕たちはそれを見送り、アパートの階段を上りました。
ふと、そこでジャスティンとルルとすれ違いましたね。
「おー、お隣さんじゃねーかあ、今日もお疲れお疲れい」
良い感じに力の抜けたジャスティンの声です。
その後ろにはルルもいます。
「おつー」
気のない挨拶をくれました。
「お疲れ様です」
「お疲れニャーン」
イヨとヒメが返事をしたっす。
僕はふと思いついて立ち止まり、ジャスティンに声をかけました。
「あの、ジャスティンさん」
「何だい? テツト少年」
「あの、サイモン山について詳しい人を知りませんか?」
「サイモン山? 俺様が詳しいけど?」
イヨの瞳がギラッと光ったっす。
通路を戻って、ジャスティンを向きました。
「ジャスティンさん、サイモン山にアルテミスはいる?」
「いるよ! 洞窟の奥の下の下にいる」
「洞窟の入口はどこ?」
イヨは期待に胸を膨らませて声が高くなりましたね。
「地図はあるかー?」
ぶっきらぼうなジャスティンの言い方です。
イヨが僕の方を向きました。
僕はリュックを開けて、5冊のうちの一冊、サイモン山図鑑を渡します。
イヨはページをめくり、山の地図を出しましたね。
ジャスティンが一点に指を向けます。
「ここ」
イヨはポケットからボールペンを取り出して、そこに丸印をつけたっす。
ジャスティンは身をひるがえし、ズボンのポケットに左手を突っ込んで右手を上げました。
「じゃーなー、お前ら。せいぜい頑張れ諸君! 明日に向かって青春かませ!」
「もう、良いこと教えなくてもいいのに」
ルルがぶーすかと垂れました。
イヨが僕を見て、表情を輝かせます。
「テツト、今から明日の仕事の準備する」
「その前に、昼食はまだかニャーン?」
ヒメがアパートの扉の前にいて、両手でお腹を抱えていましたね。
「そうだった」
イヨが笑って、扉に向かいます。
僕が鍵を開けました。
どうやら、僕たちの調査には光明が差したようです。