4-4 バロン
バルレイツの南区。
巡行狼車を使ってそこに来ていましたね。
いま繁華街の大通りを三人で歩いています。
夜、ガゼルに会うまでには空き時間がありました。
イヨが先頭に立って、セルティナ衣服店やペット美容院のある場所をチェックします。
それからテッセリンマジックアイテム店にも顔を出しましたね。
ティルルの様子を見に来たっす。
大通りの端にある一階建ての建物でした。
僕らが入ると、金髪ロングに白衣の女性が「いらっしゃーい」と声をかけてくれましたね。
ティルルはびっくりしたようで、それから嬉しそうな顔で近づいてきました。
「君たちじゃないか! よく来たね」
「ティルルニャーン!」
ヒメがその肩に抱き着いていきます。
ティルルはよしよしと肩を撫でてくれたっす。
イヨが口角を上げて尋ねました。
「ティルルさん、商売の方は順調?」
「ぼちぼちだねー。まだ店を開いたばっかりだから、それほどお客さんは多くないかな」
ティルルは薄い笑みを浮かべます。
僕は店内の品物を観察していました。
ネックレスや指輪、武器に鎧、農業で使うクワなども置いてあります。
どれも宝石のような石がついており、マジックアイテムなのでしょう。
ヒメがティルルから体を離したっす。
「ティルル、あたしたちが商品を買ってやるニャンよ~」
「ちょっと、ヒメちゃん」
イヨは注意したように言うのですが。
ティルルは真に受けたのか「それなら良いものがあるよ」と言ってカウンターの隣のハンガーラックに近づきました。
ハンガーにはもちろん服がかけてありますね。
ティルルが説明します。
「これらの服はユメヒツジの毛で編んであるから、スキル耐性がすごく高いんだ。風通しが良く、冬は暖かい。それに鉄よりも丈夫さをほこる。おまけに私がアレンジをしてあるから、どうだい、オシャレになっているだろう?」
ハンガーを一枚とって見せてくれました。
薄ピンク色のワンピースに、可愛い柄の入った白いタイツがくっついていますね。
イヨが聞きます。
「タイツと服はくっついているの?」
「いや、別々だ。だけどセットで売っているよ。どうだい、イヨさん。着てみないかな?」
ティルルが商売人のように瞳を光らせているっす。
イヨが顔の前で手を振りました。
「私は、ピンクはちょっと」
「あたしそれ欲しいニャン~」
ヒメが一歩進み出ましたね。
ティルルが更衣室の方へと右手を伸ばします。
「どうぞどうぞ、着てみてください」
「んにゃーん!」
ヒメが服を受け取って、着替えに行ったっす。
イヨがため息をつきましたね。
そして聞きました。
「ティルルさん、あれ、高いんでしょう?」
「まあね。一セット50万ガリュぐらいかな」
「高っ!」
「マジックアイテムはどれもそれぐらいするよ。どうだい、君たちなら信用しているから。分割払いでもいいよ?」
「いえ、結構です」
イヨが首を振りましたね。
やがて着替え終えたのか、更衣室からヒメが出てきます。
「どうだニャーン。似合っているかニャン?」
ティルルはスタンドミラーを用意しました。
ヒメは自分の姿を見て、うっとりとしています。
「可愛いニャン! この服可愛いニャン!」
イヨがその肩に手を置きました。
「ヒメちゃん、今日は買わない」
「んにゃんー、これは絶対に買っておく、だニャン」
ティルルがハンガーラックのもう一つの服を手に取り、
「今なら2セットで、90万ガリュにするよ! 君たちには世話になったから、10万ガリュの値引きだ! 出血大サービスだね! さあ、買った買った!」
二枚目は青のワンピースに同じ柄の黒いタイツでした。
泊りがけの仕事をする時には着替えも必要ですね。
「高いニャン~」
「ヒメちゃん、また今度にする」
「んにゃん~、でもイヨ。あたし、この服気に入ったニャンよ~」
イヨは困った顔になりましたね。
うー、っとうなって頭を悩ませています。
確かに、薄ピンク色のワンピースはヒメによく似合っていました。
ロリータファッションのようにも映ります。
それだけではなく、スキル耐性があり鉄よりも丈夫という話です。
イヨが僕の顔を見ましたね。
「テツト、どうしよう」
「買っても良いと思うよ」
僕は二度頷いたっす。
「でも、90万ガリュもする。今日はスキル書も買いに来たのに」
「分割払いにしたらどう?」
僕が提案をしました。
ティルルがイヨの隣に寄ります。
「分割払いなら、月一回の10回払いまでオーケーにするよ!」
甘い言葉に、イヨが顔をひきつらせます。
スタンドミラーの前では、ヒメが体を裏に向けたりまた前に向けたりして、くるくると回転していましたね。
その素敵な笑顔を見て、イヨは陥落したっす。
ティルルに体を向けました。
「2セットを、10回払いでお願い」
「まいどあり!」
イヨが泣く泣くカバンから財布を取り出して、9万ガリュを支払いました。
領収書を受け取ります。
ヒメはピンク色のワンピースとタイツを早速着るようで、元着ていた服をカバンにしまったっす。
もう一セットは紙袋に入れてもらい、店を出ます。
「これからも、テッセリンマジックアイテム店をご贔屓に!」
ティルルのほくほくとした声が背中にかかりました。
「また来るニャーン」
ヒメが元気に右手を上げましたね。
また大通りを歩きます。
「ふんふんふーん、ふふふんふーん」
ヒメが鼻歌を歌っていますね。
ご機嫌なようです。
イヨは肩を落とし気味に歩いていました。
今度はスキル書屋ですね。
古めかしいレンガ張りの家屋。
玄関をくぐると、茶色いローブを着たおばさん、ラサナが声をかけてくれったっす。
「おや、ガナッドさんの娘さんじゃないかい?」
イヨがカウンターに進みましたね。
「こんにちは、ラサナさん。お久しぶりです」
「こんにちは、イヨちゃん、前来た時に傭兵にはなるって言ってたけど、どうなったんだい?」
「それはですね……」
二人が近況報告を始めます。
やがてラサナは満足そうに頷きましたね。
「そうかいそうかい。三人とも、傭兵おめでとう。これからは強いスキルがうーんと必要だね! 今日は何を買っていくんだい?」
「えっと……」
こちらを振り向くイヨ。
僕は両手を胸の前に掲げました。
「僕はいいよ」
さっき大きな買い物をしてしまった手前、スキル書をねだるわけにもいかないっす。
ヒメはイヨの隣に体を進めましたね。
「あたしはー、ファイアーボールとエアロウインドが欲しいニャン」
「ほお、それは良い組み合わせだね。どちらもEランクのスキルだよ」
イヨが心に決めたように頷き、また正面を向きます。
「ラサナさん、ファイアーボールとエアロウインドと、凝視と、ハラハラ回避と蛇睨みをください」
「ちょっ、イヨ!?」
僕はびっくりして右手を突き出します。
五つも買ったら、いくらになるんでしょうか?
ちなみにそれらのスキルは合成スキルを習得するための素材スキルです。
ミルフィに教えてもらっていますね。
ヒメが楽しそうに体を揺すりました
「今日のイヨは豪快だニャーン!」
ラサナはコクコクと頷いて「分かった」と言ったっす。
続けて言います。
「全部Eランクのスキルだね。五冊で100万ガリュさ。ちょっと待っていておくれ」
カウンターを出て本棚に向かいます。
僕はイヨの背中に声をかけたっす。
「イヨ、大丈夫なの?」
「大丈夫」
コクコクと頷いて紙袋を開き、お金を数えています。
やがてラサナが戻ってきて五冊の本をカウンターに置きましたね。
イヨは数え終えたのか、紙袋をラサナに渡します。
「これ、数えてください」
「はいよ。ちょっと待ってね」
ラサナは眼鏡を取り出してかけました。
指を舐め、お札を数えます。
「確かに100万ガリュあるね。それじゃあイヨちゃんたち、まいどどうも」
「んにゃーん!」
ヒメが本の中からファイアーボールとエアロウインドを取りました。
イヨが残りの三冊を持って振り返り、僕に二冊を渡します。
「テツトも覚えて」
「い、いいの?」
「いい」
「そっか。分かった」
僕たちはそれぞれ習得をしたっす。
ヒメは二つの魔法スキル。
イヨは凝視。
僕はハラハラ回避と蛇睨みを覚えました。
うちの家計は大丈夫なんでしょうか?
心配ですが、イヨに任せておけば何とかなると思いました。
僕たちはスキル書屋を出ます。
「三人とも、仕事には気を付けるんだよ!」
ラサナさんの声が背中にかかりましたね。
ヒメがぴょこんと右手を上げます。
「分かったニャーン」
それから三人でまた歩き、大通りに面したカフェに入りました。
窓際の席でコーヒーを飲み、一息つきます。
イヨがメモ帳を開きましたね。
「ガゼルのプロポーズの言葉を考えなきゃいけない」
「好きだ、で良いんじゃないかニャン?」
ヒメがずずーとストローでコーヒーを吸います。
「うーん」
イヨが小首をかしげました。
ヒメが僕を見たっす。
「テツト、ここはガゼルの気持ちになって、イヨをフェンリルだと思って告白してみるニャン!」
「えええ?」
僕は苦笑してしまいました。
頭をぽりぽりとかきます。
イヨが頷きます。
「うん、やってみて、テツト」
「マジっすか?」
僕は顔をうつむかせたっす。
どんな言葉を言えば良いんでしょうか。
告白なんてしたことないっすよー。
「テツトー、照れてないで、やるニャンよ」
「えっと」
顔を上げて、イヨの顔を見ます。
黒髪がちょっと伸びてきていますね。
真っ白い肌に薄ピンクの唇。
両目は若干のつり目です。
彼女は唇をゆるゆるとさせて、楽しんでいるような表情でした。
僕は言ったっす。
「イヨ、す、好きです」
……。
ヒメがコーヒーを飲み切ります。
そして言いました。
「テツト、それだと迫力が無いニャンよ」
「ええ?」
僕は斜め下を向きました。
おずおずと顔を上げます。
「イヨ、君の顔がタイプです」
ほんのりと頬を染めるイヨ。
「もう一声ニャン」
ヒメが僕のコーヒーカップを手に取り、自分の方に引き寄せます。
ストローで飲み始めました。
僕は言います。
「イヨ、ずっと好きでした。僕と、ツガイになってください」
「なんか足りないニャンねー」
ヒメが首を振ります。
イヨは両手を胸に組みました。
「うーん。フェンリルは強いオスが一番好みって言ってたから、そこを強調する」
「強さですか?」
僕は天井を向いて頭を悩ませたっす。
ヒメが両手をテーブルにつけます。
「テツト、頑張るニャン、男を見せろだニャン!」
「えっと……」
僕は顔から火が出そうでした。
「イヨ、守らせて欲しい」
イヨとヒメが顔を見合わせます。
クスクスと笑い合いましたね。
「やっぱり、好きだ、で良いんじゃないかニャン?」
「うん。シンプルに、好きです、で良いと思う」
僕はがくっと肩を落としましたね。
今までの僕の言葉は何だったのでしょうか?
イヨは納得したようで、メモ帳に書き込みました。
それから一時間も休憩をし、喫茶店を出て繁華街のお店を回りましたね。
ガゼルが宿舎に帰って来るのは夜の八時ということで、時間をつぶさなきゃいけないっす。
イヨとヒメは普通の服を何着か買ったようです。
そして時間前になると、僕らは巡行狼車で町の西区に向かいました。
スティナウルフの宿舎。
巨大ですねー。
屋根が高いっす。
管理人の男性に来た理由を言うと、中を見学させてくれました。
一つ一つの部屋に牧草が敷かれています。
スティナウルフの大きさによって部屋の広さが異なっているようですね。
今いるスティナウルフたちがこれから仕事に出かけるところでした。
そのウルフたちは、夜の町の見回りの仕事している、とのことです。
いつか会ったゼクもいましたね。
僕は久しぶりにゼクと挨拶を交わし、その首を撫でました。
時間になると宿舎の前に行きます。
ちょうど巡行狼車の仕事に出かけていたスティナウルフたちが帰って来たところでした。
みんな巾着袋を口にくわえていますね。
日当をもらったようです。
その中にはガゼルもいて、僕たちに近づいてきます。
「ぐるるー」
「ガゼル、お仕事お疲れ様」
「お疲れ様だニャーン」
イヨとヒメが労いの言葉をかけたっす。
ガゼルが聞きます。
(うむ。お前たち、フェンリル様からは、頼んだことを聞けたか?)
「聞けた」
「バッチリニャンよー」
イヨとヒメが表情をほころばせます。
(ふむ、では教えてくれ)
イヨがメモ帳を取り出して、フェンリルから聞いた内容をガゼルに説明します。
ガゼルは何度か頷きました。
(ふむ、やはり強さが肝心か)
「大丈夫ニャンよ~、ガゼルは強いニャーン」
ヒメが両手をグーにして握ります。
(まあ、我は強いからな。その点は大丈夫だろう。しかし……)
ガゼルの瞳が疑問そうに揺れます。
(プロポーズの言葉はそんなに短くて良いのか?)
不安そうですね。
イヨが人差し指を立てたっす。
「シンプルが一番」
「んにゃーん」
ヒメも笑顔です。
(そうか)
ガゼルは何度か頷きました。
そして体を回転させて、僕の方を向いたっす。
「テツト、良かったら今、手合わせをしてくれないか?」
「手合わせっすか?」
僕はびっくりしました。
(うむ。たまには我にも修行が必要だ。牙が錆び付いてしまうと悪いからな)
なるほどです。
僕は小刻みに頷きました。
続けて言います。
「良いっすよ」
(そうか。では頼む)
ふと。
大きな足音が近づいてきましたね。
顔を向けると、小さな民家ほどの体格のスティナウルフたちが帰宅して来ました。
六頭いるっす。
この六頭は確か、虹の国大サーカスで働いているウルフたちですね。
ガゼルの倍ぐらいの大きさです。
そのうちの一頭がこちらに歩いてきました。
「ガロロォ」
(よお、鉄砲玉ガゼル。ここで何をしているんだー?)
ガゼルが顔を向けます。
(バロンか? 我はいまお前に用事はない、去れ)
この巨大なスティナウルフはバロンという名前のようです。
(鉄砲玉ガゼルよ、一つ良いことを教えてやろう)
(何だ?)
(スティナウルフはいま発情期だ。もうすぐ俺はフェンリルとツガイになり、スティナウルフの長となる。生意気な口を利くのも改めた方が良い)
(フェンリル様とツガイになるだと!? フェンリル様を呼び捨てにするな!)
(ガゼル。フェンリルはな、もう俺のフェンリルなんだよ。俺の女なんだ。あの牙と尻は俺のものだ! 分かったな!)
(……フェンリル様とツガイになるのは我だ!)
バロンが夜空を見上げて、ぐっはっはっはと笑います。
そして鋭い瞳を向けました。
(どうやってお前がツガイになると言うのだ。ガゼル、鉄砲玉ガゼル、体の小さいガゼル、戦って俺に勝てると思うか?)
(……我が牙は全てを切り裂く)
(ガゼル、もしもお前が本気でフェンリルとの交尾をたくらんでいるのなら)
バロンが獰猛に牙をむいたっす。
(その時は殺し合いをすることになる)
(望むところだ!)
ガゼルの口がふるえています。
バロンはぶうと一つオナラをして、宿舎の中へ歩いて行きましたね。
捨て台詞を残します。
(せいぜいその小さな牙を磨いておくことだな、鉄砲玉ガゼルよ)
ガゼルはバロンの背中を睨んでいましたが、姿が見えなくなるとまた僕を見ました。
その眉間をイヨが撫でます。
「ガゼル、大丈夫、私たちがついている」
「んにゃん、バロンなんかにフェンリルは渡さないニャンよ~」
ヒメが両目をぴくぴくとさせていますね。
(ありがとう。それよりテツト、手合わせを頼む)
ガゼルが言ったっす。
「分かった」
僕は歩いて距離を取ります。
鉄拳を発動させて、魔力を漲溢させました。
そしてその夜はガゼルと何度も戦いましたね。
夜空には月が出ています。
月明りが照らす中の真剣勝負でした。
ガゼルの動きは、変化が多彩でなく、レドナーよりもやりやすかったです。
しかしひとたびスキルを使われると、鋭い動きに防御が追いつきません。
相手は狼なので柔道技も使えなかったっす。
途中小さな怪我をすると、ヒメが何度もチロリンヒールをかけてくれましたね。
お互いに決定打はなく、やがて30分ほどが過ぎました。
ガゼルは勝負に納得したようで、家まで送ってくれたっす。
三人がガゼルの背中に乗り、夜の道路を歩きます。
「お月様、お月様、ふんふんふーん!」
ヒメが陽気な歌を歌ってくれていました。
明日はついに、ガゼルがフェンリルへのプロポーズです。