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1-6 町に行きたい


 早朝。

 目が覚めると靴を履いて、一階に降りて玄関を出たっす。

 僕は朝に強いです。

 柔道をやっていた時のくせが残っているんですかね。

 朝のトレーニングをしないと体の気持ちが悪いっすよ。

 腕立て伏せ、腹筋背筋スクワットを昨日と同じ数やりました。

 その後、村道をジョギングしました。

 すでに朝仕事を始めている村人がいて。

 好奇な視線を浴びたけど、気にしないことにします。

 1時間も走って帰って来たっす。

 空が明るくなってきています。

 ……ああ、気持ちよかったですね。

 人の気配がして庭に回りました。

 そこでは、イヨが洗濯をしています。

 エプロンをかけており、腕まくりをしていますね。

 エプロン姿もナイスプリティっす。

 水の入ったタライに服があり、洗濯板でこすっています。

 その隣には井戸が。

 イヨがこちらに気付いて顔を上げました。

「おはよう、テツトくん」

「あ、お、おはようございます」

 彼女は僕を見て眉をひそめました。

 立ち上がって手招きします。

 僕は近づいたっす。

 イヨが聞きました。

「汗かいたの?」

 汗だくの僕。

「あ、はい」

「じゃあそれも脱いで、いま洗濯するから」

 イヨはまたしゃがみました。

「あ、ありがとうございます。すいません。着替えは?」

「着替え?」

 彼女が疑問を浮かべます。

 続けて言いました。

「後で用意するから、とりあえず脱いで」

 ……。

 下着姿になれということでしょうか?

 それもイヨの前で!

 恥ずかしいったらありゃしないです。

 イヨは、あまり、気にしないのかも、しれないすね。

「わ、分かりました」

 僕はパジャマの上を脱いで、下も脱ぎます。

 白いシャツと同じ色のパンツの姿になりました。

「ここに入れて」

 タライに入れろということですかね?

 僕は入れました。

 汗を嫌がるそぶりも見せずにパジャマをこするイヨ。

 こすりながら、

「あなた、これからどうする気なの?」

「えっと、仕事を探します」

「この村に仕事は無いわ」

「……どこに行けば、ありますか?」

「町に行くしかない」

「ありがとうございます」

 会話をするのが下手である。

 イヨともっと会話がしたい!

 だけど、彼女に沈黙を浴びせるわけにも行かず。

 僕は振り返り、歩き出します。

「待って」

 呼び止められました。

 僕は振り返ります。

「どうしましたか?」

「会話がまだ終わってない」

「……そ、そうですか」

 僕は顔をうつむかせます。

 会話会話会話!

 何か会話をしなければ!

 彼女は顔を傾けて、「ん?」と言いました。

「あなた、会話下手なの?」

「……あ、はい、僕はコミュ障で」

「コミュ障? その言葉は分からないけど。ふーん。体力はありそうなのに、残念ね」

「あ、はい」

「ヒメちゃんとはよく喋っていた気がするけど?」

「ヒメとは、猫の頃から、よく語りかけていたんで」

「ふーん。不思議ね」

「はい」

「今日は町に行くの?」

「あ、はい」

「もうここには戻って来ないの?」

「仕事の見つかり方に寄ります」

「ふーん、仕事は何をやるの?」

「力仕事があれば、それで」

「ヒメちゃんから聞いたわ」

 彼女は額の汗を腕でぬぐいましたね。

 一瞬僕の顔を見ます。

 続けて言いました。

「格闘技やってたんだって?」

「柔道は格闘技とは違います」

「違うの?」

「ええ、相手を投げるか、一定時間押さえ込むか、そう言う勝負です」

「投げる? 不思議ね、見てみたいわ」

「……今度」

「ええ、今度、投げるところを見せて」

 彼女が落ちてきた腕の袖をまくり直します。

 続けて言いました。

「もしそう言う荒事が得意なら、用心棒って言うか。傭兵の仕事を紹介できなくもない」

「傭兵?」

「うん。私のお父さん、昔傭兵だった。町に友人がいる」

「傭兵って、何をするんですか?」

 イヨはにべもなくあっさりと言います。

「人を殺すの」

「……それは、僕にはできません」

「ふーん、残念ね」

「はい、それじゃ」

「これ終わったらご飯作るから、居間にいて」

「あ、ありがとうございます」

「ええ」

 僕は振り返って歩き出しました。

 やった!

 イヨと結構喋れたぞ!

 玄関から廊下を歩いて居間に入りました。

 椅子に座ります。

 少しすると二階から足音がしました。

 ヒメが降りてきます。

「ふわー、眠いにゃん」

 片目をこすっていますね。

「おはよう、ヒメ」

「テツト! おはようだニャン!」

 彼女は笑顔を見せて、僕の隣に腰かけました。

「テツト、今日はどうするニャン?」

「とりあえず町に行こう。仕事を探さなければいけないんだけど、その前に、どんな町なのか見てみないと」

「あたしは自分のスキルを知りたいニャーン。スキル鑑定士の元に行くニャン!」

「そうだね」

 僕は微笑します。

 そこでふと疑問が浮かんだっす。

 スキルを鑑定してもらうのに、お金はかかりますかね?

 ……かかるんじゃないですかね? 

 僕たちは無一文でした

 少しして、洗濯を終えたイヨがやってきます。

 着替えを持ってきてくれました。

「テツトくん、これを着て」

「あ、ありがとうございます」

 僕は受け取って、その茶色い上下を着たっす。

 多分また、彼女のお父さんの服なんだろうな。

「いま、朝食作る」

「イヨ、あたしお腹ペコペコニャーン」

「待ってね」

 イヨがキッチンに行きます。

 ジュウジュウと音がしました。

 朝食に目玉焼きが出てきたっす。

 昨日の肉と野菜スープの残りと、硬いパンがテーブルに並びました。

「いただきますニャン!」

 ヒメがフォークを持って食べ始めます。

 僕も食べました。

 イヨは両手のひらをくみます。

「神よ、今日の恵みに感謝します」

 祈りを捧げてから、食べ始めましたね。

 僕はヒメに顔を向けました。

「ヒメ、食べ終わったら出発するよ」

「了解ニャン。でもそのまえに、ちょっとゴロゴロしたいニャン」

「……少しだけだよ」

「ありがとうニャーン」

 イヨが不思議そうな顔でこちらを見ました。

「テツトくん、やっぱりヒメちゃんが相手だと、普通に喋るのね」

「あ、はい」

 僕は答えます。

 イヨは納得したように頷いたっす。

「なるほどね」

 目玉焼きをフォークで突き刺しています。

 本当は、イヨとも普通に喋りたいっす。

 だけど、もうすぐお別れですね。

 僕は硬いパンをスープにつけます。

 柔らかくしてからかじりました。

 朝食を終えて、少し休みます。

 ヒメが僕の膝に頭を預けていました。

 ごろごろと喉を鳴らしています。

 イヨが洗い物を終えました。

 紅茶を入れてくれましたね。

 また三人でテーブルを囲み、一息つきました。

「ヒメ、そろそろ行こう」

 僕は言います。

「うー」

 ヒメは僕の膝から上半身を上げます。

 そして面倒くさそうな顔をしたっす。

「テツト、あたし考えたんだけど、町に行かなくともずっとここにいれば良いニャン。この家でゴロゴロするニャン。そうすれば楽だニャン」

「それはできないよ」

 僕はイヨをちらりと見ます。

 本当は僕だって、そうしたいっす。

 だけど……。

 彼女はおそらく自給自足の生活ですね。

 三人ぶんの食事をまかない続けるだけの余裕はないだろうし。

 ……僕が、畑仕事を覚えて働けば良いのかもしれないけど。

 それをするにしても畑を増やすために土地がいるっす。

 何にせよ、これ以上迷惑はかけられないですね。

「行くの?」

 イヨが紅茶をすすってカップを置きました。

 彼女は今日、青いブラウスを着ています。

 プリティーです。

 ヒメは緑色の袖の長いシャツを着ています。

「はい、お世話になりました」

「そう。でも、町へ行っても、一度はここに戻ってきて」

「どうしてですか?」

「あなたたちの服、いま干してるから、取りにきて」

 そうだったっすね。

「はい」

 僕は頭を垂れます。

 すぐに顔を上げて、聞きました。

「いま着ている服と靴は、どうすれば良いですか?」

 イヨが紅茶にまた口をつけます。

「あげる」

「何から何まですいません」

「良い」

 僕は椅子を引いて立ち上がります。

「ヒメ、行くよ」

「うぅー、イヨと別れたくないニャン」

 ヒメの両目がじわり。

「行くよ」

「あうぅー」

 悲しそうな顔つきですね。

 しぶしぶ椅子を引いて立つヒメ。

 僕たちは玄関に向かいました。

 イヨがお見送りをしてくれます。

「山道はモンスターに気を付けて」

「はい」

「イヨ、また来るニャン」

 二人で頭を垂れて、イヨの家を出ました。

 少し歩いて、町の方角が分からないことに気付きました。

 ……。

 イヨは昨日、山を越えた先に町があると言っていましたね。

 人の足で三時間かかるとも。

 山の方角へ道を歩き出しました。

 昨日来た道を引き返すような格好っすね。

 後ろからはヒメがついてきています。

「テツトー、イヨがいないと寂しいニャン」

「そう言うな」

「寂しいニャン寂しいニャン」

「……もう」

 ヒメの愚痴をあしらいながら、歩くこと一時間。

 僕たちはモンスターに囲まれていました。

 山の中。

 遭遇したモンスターはオークが二匹、ゴブリンが二匹います。

「ぐほー!」

 オークの威嚇するような声。

「ぎゃーう! ぎゃーう!」

 ゴブリンが仲間を呼ぶように大声で叫んでいます。

 ……やばい。

 僕はヒメを守るように立っています。

「く、くそっ」

 額からは汗が滝のように流れています。

 こんなに敵が多いと、固め技を決めるわけにもいかないっす。

「テツト! やっぱりイヨの家にいれば良かったニャン!」

 ヒメが責めるように言います。

「そうだね……」

 両手を構えており、手は銀色に染まっていました。

 鉄拳が発動しています。

 ……一匹ずつ、何とか倒そう。

 そう思ったのですが、

「ぐほほ」

「ぐほ!」

 オークが二匹、一度に突っ込んできました。

 やばいっ!

 僕は右からくるオークに殴りかかります。

「ぐあぅ!」

 オークが背中から倒れました。

 しかし左のオークが、木の槍でヒメに襲い掛かかります。

「ぐほー!」

「もうダメニャーン!」

 ヒメが両手で頭を押さえました。

 くそっ! どうすれば!

 その時です。

「こっちを見なさい!」

 女性の声が轟き、その人が走って来ます。

「シールドバッシュ!」

 女性はヒメに襲い掛かろうとしているオークに、盾で突っ込みました。

 盾から放たれる紫色の波動。

「ぐおぅぅ!」

 オークが苦しそうな声を上げました。

 その場で頭をフラフラとさせます。

 女性は剣を持っており、オークの首に斬りかかりました。

 ザシュッ。

 血しぶきが飛びます。

「うおおおおぅ!」

 オークが一匹死にました。

「平気!?」

 女性が僕とヒメの顔を交互に見ます。

 というかイヨです。

「ど、どうしてイヨさんがここに?」

「イヨ! 助けてニャン!」

「ぎゃーう!」

「ぎゃーう!」

 二匹のゴブリンが近づいてきます。

「ぐほぅ」

 僕が殴り飛ばしたオークが立ち上がろうとしていました。

「テツトくんはオークを!」

 イヨが指示します。

「分かりました」

 僕は言って、オークに飛びかかりました。

 昨日と同じように袈裟固めにします。

 そのまま息ができないように首を圧迫します。

「ぐお、ぉぉ、ぉぉ」

 オークの苦しそうな声。

 イヨは剣で薙ぎ払うようにゴブリンを斬ります。

「ぎゃぅぁぁぁぁ!」

 ゴブリンが一匹、腹を斬られて地面に倒れました。

「来い!」

 イヨは気合を込めて言い放ちます。

 もう一匹のゴブリンも斬りました。

「がぁぁああ!」

 ゴブリンが悲鳴を上げて倒れます。

 僕はオークを無事に気絶させて、立ち上がりました。

 イヨが近づいてきます。

 ザクッ。

 オークの首に剣を突き刺しています。

 ……。

 良くできるな。

 僕はおびえるように眉間にしわを寄せました。

 しかし、すごく感心もしました。

 ヒメが立ち上がり、イヨに抱きつきます。

「イヨ、ありがとうニャン! 死ぬとこだったニャーン!」

「ヒメちゃん、いい子」

 イヨが彼女の体を抱きしめます。

 僕は両手を開きました。

「イヨさん、剣を使えたんですか?」

 イヨが顔をこちらに向けます。

「お父さんから習った」

 ……そうなのか。

「どうして追いかけてきてくれたんですか?」

「決めたの」

「……決めた?」

「私、村を出る」

 イヨは盾を持つ手でヒメの背中をさすります。

 笑顔っす。

ドキドキ。

 続けて言いました。

「私も一緒に行くわ」

「い、いいんですか?」

 イヨがヒメの体を離します。

「あなたのその口下手だと、ヒメちゃんが心配だから」

 彼女は人差し指を立てます。

 続けて言いました。

「それにギニースと結婚したくないし」

「そうなんですか」

昨日の夜に村長とイヨがそのような話をしていていましたね。

イヨが僕の顔を見て、表情を硬くしました。

「うん。だけど、今のあなたの戦い方を見ると、少しの間、村にいて修行した方がいい」

 僕は恥ずかしくなって顔を赤くしたっす。

 でも嬉しい。

 お礼を言いました。

「ありがとうございます」

「うん、とりあえず、この辺のモンスターに殺されたりしないぐらい、戦いに慣れて」

「分かりました」

 頷きます。

「イヨがいれば、百人力だニャーン。イヨ、大好きニャーン」

 ヒメがイヨの頬にキスをしちゃっています。

「え?」

 そのままぺろぺろと舐めています。

 猫の時の癖ですね。

 イヨが戸惑ったような顔をして、顔を染めました。

「もう、ヒメちゃんったら」

 ヒメの頭を撫でます。

 結局その日、町には行きませんでした。

 代わりに、モンスターと戦う僕の修行の日々が始まるようです。


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