3-15 不器用なラブレター
翌日。
食堂での朝食後、ミルフィが僕たちに仕事を依頼しましたね。
もちろん、傭兵狩りの討伐です。
ヒメとイヨは眠そうな顔つきでした。
昨夜、女性陣は何時まで騒いでいたんでしょうか?
分からないっす。
だけど、たまには羽目を外すのも良いと思いました。
ちなみに、ミルフィとフェンリルの顔つきに疲れの色合いはなかったっす。
達人レベルになると、夜更かしぐらい平気なんでしょうか?
体力が違うのかもしれません。
上座に座っているミルフィが両手のひらを合わせます。
手元には依頼書がありますね。
「それでは、テツトさん、ヒメちゃん、イヨ、レドナーさん。傭兵狩りの討伐を、お願いしますねぇ」
「ミルフィ、報酬はいくら?」
イヨが聞きます。
呼び捨てっすね。
仲良くなったみたいです。
ミルフィは人差し指を顎に当てて、うーんとうなります。
「仕事の難易度はCぐらいかと思います。なのでぇ、四人にいますので、一人につき10万ガリュでいかがでしょうか?」
「もっと欲しいニャーン」
ヒメが笑顔で催促をしましたね。
ミルフィが苦笑を浮かべます。
「今回は修業もしてさしあげましたので、一人につき10万ガリュで勘弁してくださいな」
「んにゃん~」
ヒメがうなっています。
イヨがこちらに顔を向けたっす。
僕は頷きました。
「いいんじゃないかな」
レドナーが両腕を胸に組みましたね。
「ま、合成スキルの情報ももらってるし、俺は10万ガリュでいいぜ」
イヨがミルフィに向き直りました。
「じゃあそれで」
「はい。お願いします。イヨ、日数はどれぐらいかかりそう?」
「うーん」
逡巡しているような表情です。
必要日数を決めるのは難しいですねー。
傭兵狩りのアジトがどこにあるか分からないっす。
情報集めから始めなければいけません。
ヒメが右手を元気に上げました。
「テツトなら、三日もあれば余裕だニャンよ~」
「ちょっと、ヒメちゃん」
焦ったようなイヨの声。
ミルフィがおかしそうに笑ったっす。
「三日ですね! 承知しました! では三日でお願いしますわぁ」
「ちょっ、きついよ」
僕はそう言うのですが。
レドナーは畏まったように頷きましたね。
「天使さま、俺にお任せを」
「んにゃん、レドナーよ、頼むニャン」
「ちょっと待って」
イヨが両手を前に突き出したっす。
続けて言いました。
「私たち、昨日はみんなで浴びるほどお酒を飲んだ。それに合宿疲れもあるから、せめて一日休ませて欲しい」
浴びるほど飲んだらしいです。
僕は筋肉痛が激しくて、一日休みたいという意見には賛成でした。
ミルフィがコクコクと頷いたっす。
「分かりました。では、一日休んだのち、三日間での解決をお願いしまあす」
「了解ニャーン」
ヒメが肩を揺らしました。
ミルフィが手元の依頼書に何か書き込んでいきます。
「はいっと」
書き終えると、隣にいるフェンリルに紙を渡しましたね。
フェンリルはヒメに渡し、紙がイヨに回ってきました。
イヨは依頼書を熟読し、顔を若干落とします。
「やっぱり三日はきつい」
眉を寄せていますね。
ミルフィはいたって笑顔です。
「大丈夫ですかぁ?」
「やってみる」
イヨが言って、僕の前に紙を滑らせました。
ボールペンも貸してくれたっす。
「テツト、サインして」
「おい、俺にも依頼書を見せてくれ」
隣にいるレドナーが横から覗き込みましたね。
依頼書を見て、二度頷きました。
「いいぜ、その内容でサインしても」
「分かりました」
僕はボールペンを持ったっす。
自分の名前をサインしました。
イヨが依頼書を持って立ち上がり、ミルフィの元に歩きます。
紙を渡しましたね。
「ミルフィ、もし日数が過ぎたらごめん」
「大丈夫でえす。イヨはプロ中のプロなんで、ちょちょいと解決しますよね?」
「ミルフィ!」
「うふふ、お願いするわねー」
ミルフィはイヨの腰をぽんぽんと叩いたっす。
イヨは渋い顔をして顎を引きましたね。
それから。
僕たちは別れの挨拶をして、領主館の狼車でアパートに帰りました。
家に戻ってきます。
「久々の家だニャーン!」
ヒメがごろごろと喉を鳴らしていますね。
レドナーも自分の家に帰宅したっす。
いま、アパートのダイニングに三人で座り、イヨが入れてくれた紅茶を飲んでいます。
ヒメが聞きました。
「今日はあと何するニャン?」
イヨが痛そうに自分の肩を触って揉んでいますね。
筋肉痛のようです。
「今日はお休み」
「お休みニャーン」
ヒメが自分のカバンを開けて、ごそごそと漁りました。
「あたしー、ミルフィから良い物をいっぱいもらったニャンよ~」
カバンの隙間から、数冊の本が垣間見えましたね。
例のマニュアル本でしょうか?
「ヒメちゃん、それは部屋に行ってから出して」
「んにゃん? どうしてニャン?」
「いいから」
「んにゃん~、早く読みたいニャン~」
僕は苦笑して、紅茶を一口すすりました。
なんだか和やかな空気ですね。
しかしですよ。
そこで事件が起こるとは思わなかったっす。
カバンをがさごそと漁っているヒメ。
「んにゃん! これは何だニャン?」
折りたたまれた紙を取り出しましたね。
テーブルに置いて開きます。
「ヒメちゃん、なにそれ?」
イヨが視線を向けました。
僕もそっと紙を覗き見ます。
そこにはこんな文章があったっす。
崇拝する天使さまへ。
今すぐその心臓に巨大な矢を放ちたい。奪い去りたくてたまらない。俺の脳みそは、貴方に出会った瞬間に雷に打たれました。燃え盛った俺の体はまさに灼熱です。貴方を抱きしめて一緒に灰になりたい。毎晩のようにウズウズしています。貴方は何を考えているのか。いま何をしているのか。盗賊のように盗みに出かけたい。そして貴方の命を手に入れて、俺専用の秘密の宝箱に鍵をかけてしまっておきたい。ああ、もう、どうにかなってしまいそうだ。苦しい、苦しい、狂おしい。この世で最も巨大な魚をフライにして、貴方の胃が破れるほどに満たしてあげましょう。日向ぼっこをしたいのなら、俺は燃える太陽となり、貴方の肌を焦がしましょう。そして二人で追いかけっこしましょう。俺は鬼となり、地の果てまでも追いかけます。天使さま、どうかお願いです。俺にその命をください。合宿が終わった今日の午後、ギルドの隣の酒場で待っています。良い酒を知っているんです。愛の盃を交わしましょう。貴方を天国へ送ります。
貴方のレドナーより。
「んにゃーんっ!」
文章を読んだヒメの顔がみるみる青ざめたっす。
オデコからは汗がしたたり、顎をつたって落ちました。
ぷるぷると震えていますね。
涙目っす。
「レドナーがあたしを殺したがっているニャンよー」
「なにこれ、あっはははは」
イヨは両手を叩いて笑いましたね。
腹をひくつかせています。
僕は開いた口が塞がらなかったっす。
ラブレターは分かります。
どうしてこんな文章になったんでしょうか?
分かりません。
ヒメは両手で紙を持ち、焦った声で言いましたね。
「やばいニャンやばいニャン~」
「ヒメちゃん、大丈夫」
イヨは笑い涙が止まらないのか、目じりを一生懸命に手で拭っていました。
ヒメが顔を上げます。
「大丈夫じゃないニャン! レドナーがあたしの命を欲しがっているニャンよ!」
「違うの。ヒメちゃんこの文章はね」
「脅迫状だニャン」
「違う違う」
「んにゃん、違うニャン?」
「うん、たぶん違う」
「でも、あたしの心臓に巨大な矢を放ちたいって、書いてあるニャンよ?」
「ぷっ」
イヨが一人で爆笑を始めました。
おかしくってたまらないようです。
「んにゃん~」
ヒメが僕の方を向きます。
「テツト、あたしやばいニャン! 殺されるかもしれないニャンよ~」
「ヒメ、違うんだ」
僕はいたって冷静に答えます。
「何が違うニャン?」
「だから、この手紙は、その、つまり」
「ニャン?」
「ラブレターだと思うよ」
「ラブレターニャン!?」
ヒメがびっくりして身じろぎしましたね。
イヨが笑いながらコクコクと頷いたっす。
「そう、そうなのヒメちゃん、それ、ラブレターなの」
「ラブレターニャン!?」
ヒメがもう一度紙をじっくりと読みました。
そして首をひねります。
「どう考えてもラブレターじゃないニャン。だって、魚を食べさせてあたしの胃を、破れるまで満たすって書いてあるニャンよ?」
僕は数日前の、モーリヤへの旅を思い出しましたね。
野宿中、ヒメの好きなものについて、レドナーに質問されたことがあるっす。
魚と日向ぼっこと追いかけっこが好きだと、僕は返事をしました。
レドナーはそれを覚えていて、ラブレターに書いて送ってきたようです。
イヨはひとしきり笑い終えたのか、僕に顔を向けましたね。
「テツト、これどうしよう」
僕は額に手を当てて、うーんとうなったっす。
「……とりあえず、行ってあげた方が良いんじゃないですか」
ヒメが弱ったような声をもらしました。
「そんな、こ、殺されるかもしれないニャン!」
「ヒメちゃん大丈夫だから」
イヨは両手を腹に組みましたね。
「大丈夫ニャン?」
「うん」
「んにゃーん。でも、じゃあレドナーは、あたしに会って何がしたいニャンか?」
イヨと僕が顔を見合わせました。
二人でぷっと噴き出します。
イヨがまたヒメの顔見ましたね。
「あの人はね、ヒメちゃんのことが、好きってこと」
「にゃん!?」
ヒメが目を丸くして、それから顔をうつむかせます。
少しして顔を上げました。
ヒメは、今度は違う意味で困っていたっす。
「そんな好きだなんて言われても、あたし、どうしたら良いか分からないニャン」
「じゃあ、振ったら良い」
イヨがにべもなく言い捨てました。
「振るニャン? それはちょっと可哀そうだニャンよ~」
「じゃあヒメちゃんは、あの人の想いに応えるの?」
「んにゃん~、それはちょっと無理だニャン~」
「なら振るしかない」
「うー、それしか無いニャンねー」
「うん。とりあえず午後になったら、ギルドの隣の酒場まで行って、きちんと話をしてあげる」
「あう~、レドナーごめんにゃんよ~」
どうやらヒメは振ることに決めたようです。
イヨは椅子を引いて席を立ち、食事の準備を始めましたね。
ウインナーと野菜を炒めてくれました。
それらの具をパンに挟んで、ソースをかけます。
三人で食べましたね。
ヒメは緊張したような顔をしているっす。
異性を振る気分は、どんな感じなのでしょうか?
経験が無いんで、僕には分りません。
昼食を食べて終えて、出かける支度をしましたね。
仕事に行くわけでは無いですが、一応装備を持ちます。
レザーの服までは着なかったっす。
部屋を出て階段を下り、土の道路を三人で歩きました。
左に真っすぐ行くとちょっとした坂があり、すぐに下りになりましたね。
そこを右に折れて進んでいくと、傭兵ギルドの左隣に酒場がありました。
このお店にはまだ入ったことがありません。
近づくにつれて、ヒメの表情が硬くなっていきました。
「う~、緊張するニャンよー」
「ヒメちゃん、こういう時は、きっぱり言わなきゃダメなの」
イヨがヒメの左手を握ったっす。
「きっぱりニャン?」
「うん。あいまいに言うと、相手に伝わらないから」
「んにゃーん、難しいニャン~」
「とにかく、振るって決めたら、きっぱり振るの」
「んにゃん、ここは仕方ないニャンね~」
酒場の入口の前に来ます。
僕が先頭でした。
「行くよ?」
「うん」
「んにゃん~」
押し扉を開けて中に入りました。
むわっとした匂いがしましたね。
酒と、香辛料を使った料理の匂いっす。
並べられているテーブルには何組もの傭兵たちが座っていました。
豪快な声を上げて談笑をしていますね。
ギルドの隣だけあって傭兵行きつけの酒場でした。
辺りを見回すと、壁際のテーブルの席に腰かけてレドナーがいたっす。
一人で待っていたようですね。
少し伸びた黒髪。
レザーの上下に灰色のマフラーの格好。
仕事着を着て来たようです。
こちらに気付くと眉をひそめましたね。
僕は近寄っていきます。
ヒメはイヨの背中に重なるようにして歩いています。
レドナーが立ち上がりました。
「どうしてお前らまで来たんだ?」
「ヒメちゃんに一人歩きはさせられない」
イヨは突き放すような口調ですね。
レドナーは「あ、そうか」と言って髪を撫で、椅子に腰を下ろしました。
丸テーブルでした。
レドナーの左には僕が、右にはイヨが座りましたね。
対面の椅子につくヒメ。
レドナーが右手を上げてウェイトレスと目を合わせます。
注文を取ろうとしていました。
「待って」
イヨがウェイトレスに顔を向けて、断るように手を振ったっす。
怪訝なレドナーの表情。
「おい、酒を頼まねーのか?」
「頼まない。それより貴方、ヒメちゃんに何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「え、えっと、そうだけど」
「言って」
「え? えっと」
レドナーが言いよどんで顔を赤くします。
しかし心に決めたようで、ヒメの顔を真っすぐに見ましたね。
チキンの僕とは大違いっす。
「あの、天使さま」
「……んにゃん?」
「お守りします。俺に、命をください」
レドナーが頭を垂れました。
「ごめんニャンよ、レドナー」
ヒメは悲しそうな表情です。
「ど、どうしてですか……」
「レドナー、あたしはテツトのペットだニャン。本当に本当に、言葉のままの意味だニャン。だから、他の人間のペットになるわけには、いかないニャンよ」
「そんな……」
肩を落とすレドナー。
僕はその肩に触ろうとして、手を引っ込めます。
切ない雰囲気が漂いました。
レドナーが一縷の望みを瞳に抱いて、ヒメに質問しました。
「天使さま。例えばテツトが仕事で死んだりしたら、どうするんですか?」
「テツトは強いニャンよ~、死んだりしないニャン」
「たとえ話です」
「ん~、考えたことないニャン」
「……くっ!」
レドナーが勢いよく立ち上がったっす。
椅子が転んで、大きな音が響きましたね。
室内にいる傭兵たちの何人かがこちらに顔を向けます。
レドナーが僕を睨みつけました。
「テツト」
「あ、はい」
「外に出ろ」
「外ですか?」
「ああ」
「……分かりました」
椅子を引いて僕も立ちあがります。
レドナーとは友達になれると思ったんですが……。
仕方ないっす。
ここまでのようです。
ヒメが困惑したように眉を寄せました。
「二人とも、何を始めるニャン?」
その肩に、イヨが静かに手を置きましたね。
「ヒメちゃん、男の子はね、仕方ないの」
「仕方ないニャン?」
「うん、だから、女の私たちは、見守ろう?」
「にゃん、分かったニャン」
レドナーが酒場の出口へと歩きます。
僕はため息をついて、その背中に続きました。
ただならぬ雰囲気を察したのか、辺りにいた傭兵たちがニヤニヤとした視線くれたっす。