表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/147

3-15 不器用なラブレター


 翌日。

 食堂での朝食後、ミルフィが僕たちに仕事を依頼しましたね。

 もちろん、傭兵狩りの討伐です。

 ヒメとイヨは眠そうな顔つきでした。

 昨夜、女性陣は何時まで騒いでいたんでしょうか?

 分からないっす。

 だけど、たまには羽目を外すのも良いと思いました。

 ちなみに、ミルフィとフェンリルの顔つきに疲れの色合いはなかったっす。

 達人レベルになると、夜更かしぐらい平気なんでしょうか?

 体力が違うのかもしれません。

 上座に座っているミルフィが両手のひらを合わせます。

 手元には依頼書がありますね。

「それでは、テツトさん、ヒメちゃん、イヨ、レドナーさん。傭兵狩りの討伐を、お願いしますねぇ」

「ミルフィ、報酬はいくら?」

 イヨが聞きます。

 呼び捨てっすね。

 仲良くなったみたいです。

 ミルフィは人差し指を顎に当てて、うーんとうなります。

「仕事の難易度はCぐらいかと思います。なのでぇ、四人にいますので、一人につき10万ガリュでいかがでしょうか?」

「もっと欲しいニャーン」

 ヒメが笑顔で催促をしましたね。

 ミルフィが苦笑を浮かべます。

「今回は修業もしてさしあげましたので、一人につき10万ガリュで勘弁してくださいな」

「んにゃん~」

 ヒメがうなっています。

 イヨがこちらに顔を向けたっす。

 僕は頷きました。

「いいんじゃないかな」

 レドナーが両腕を胸に組みましたね。

「ま、合成スキルの情報ももらってるし、俺は10万ガリュでいいぜ」

 イヨがミルフィに向き直りました。

「じゃあそれで」

「はい。お願いします。イヨ、日数はどれぐらいかかりそう?」

「うーん」

 逡巡しているような表情です。

 必要日数を決めるのは難しいですねー。

 傭兵狩りのアジトがどこにあるか分からないっす。

 情報集めから始めなければいけません。

 ヒメが右手を元気に上げました。

「テツトなら、三日もあれば余裕だニャンよ~」

「ちょっと、ヒメちゃん」

 焦ったようなイヨの声。

 ミルフィがおかしそうに笑ったっす。

「三日ですね! 承知しました! では三日でお願いしますわぁ」

「ちょっ、きついよ」

 僕はそう言うのですが。

 レドナーは畏まったように頷きましたね。

「天使さま、俺にお任せを」

「んにゃん、レドナーよ、頼むニャン」

「ちょっと待って」

 イヨが両手を前に突き出したっす。

 続けて言いました。

「私たち、昨日はみんなで浴びるほどお酒を飲んだ。それに合宿疲れもあるから、せめて一日休ませて欲しい」

 浴びるほど飲んだらしいです。

 僕は筋肉痛が激しくて、一日休みたいという意見には賛成でした。

 ミルフィがコクコクと頷いたっす。

「分かりました。では、一日休んだのち、三日間での解決をお願いしまあす」

「了解ニャーン」

 ヒメが肩を揺らしました。

 ミルフィが手元の依頼書に何か書き込んでいきます。

「はいっと」

 書き終えると、隣にいるフェンリルに紙を渡しましたね。

 フェンリルはヒメに渡し、紙がイヨに回ってきました。

 イヨは依頼書を熟読し、顔を若干落とします。

「やっぱり三日はきつい」

 眉を寄せていますね。

 ミルフィはいたって笑顔です。

「大丈夫ですかぁ?」

「やってみる」

 イヨが言って、僕の前に紙を滑らせました。

 ボールペンも貸してくれたっす。

「テツト、サインして」

「おい、俺にも依頼書を見せてくれ」

 隣にいるレドナーが横から覗き込みましたね。

 依頼書を見て、二度頷きました。

「いいぜ、その内容でサインしても」

「分かりました」

 僕はボールペンを持ったっす。

 自分の名前をサインしました。

 イヨが依頼書を持って立ち上がり、ミルフィの元に歩きます。

 紙を渡しましたね。

「ミルフィ、もし日数が過ぎたらごめん」

「大丈夫でえす。イヨはプロ中のプロなんで、ちょちょいと解決しますよね?」

「ミルフィ!」

「うふふ、お願いするわねー」

 ミルフィはイヨの腰をぽんぽんと叩いたっす。

 イヨは渋い顔をして顎を引きましたね。

 それから。

 僕たちは別れの挨拶をして、領主館の狼車でアパートに帰りました。

 家に戻ってきます。

「久々の家だニャーン!」

 ヒメがごろごろと喉を鳴らしていますね。

 レドナーも自分の家に帰宅したっす。

 いま、アパートのダイニングに三人で座り、イヨが入れてくれた紅茶を飲んでいます。

 ヒメが聞きました。

「今日はあと何するニャン?」

 イヨが痛そうに自分の肩を触って揉んでいますね。

 筋肉痛のようです。

「今日はお休み」

「お休みニャーン」

 ヒメが自分のカバンを開けて、ごそごそと漁りました。

「あたしー、ミルフィから良い物をいっぱいもらったニャンよ~」

 カバンの隙間から、数冊の本が垣間見えましたね。

 例のマニュアル本でしょうか?

「ヒメちゃん、それは部屋に行ってから出して」

「んにゃん? どうしてニャン?」

「いいから」

「んにゃん~、早く読みたいニャン~」

 僕は苦笑して、紅茶を一口すすりました。

 なんだか和やかな空気ですね。

 しかしですよ。

 そこで事件が起こるとは思わなかったっす。

 カバンをがさごそと漁っているヒメ。

「んにゃん! これは何だニャン?」

 折りたたまれた紙を取り出しましたね。

 テーブルに置いて開きます。

「ヒメちゃん、なにそれ?」

 イヨが視線を向けました。

 僕もそっと紙を覗き見ます。

 そこにはこんな文章があったっす。


 崇拝する天使さまへ。

 今すぐその心臓に巨大な矢を放ちたい。奪い去りたくてたまらない。俺の脳みそは、貴方に出会った瞬間に雷に打たれました。燃え盛った俺の体はまさに灼熱です。貴方を抱きしめて一緒に灰になりたい。毎晩のようにウズウズしています。貴方は何を考えているのか。いま何をしているのか。盗賊のように盗みに出かけたい。そして貴方の命を手に入れて、俺専用の秘密の宝箱に鍵をかけてしまっておきたい。ああ、もう、どうにかなってしまいそうだ。苦しい、苦しい、狂おしい。この世で最も巨大な魚をフライにして、貴方の胃が破れるほどに満たしてあげましょう。日向ぼっこをしたいのなら、俺は燃える太陽となり、貴方の肌を焦がしましょう。そして二人で追いかけっこしましょう。俺は鬼となり、地の果てまでも追いかけます。天使さま、どうかお願いです。俺にその命をください。合宿が終わった今日の午後、ギルドの隣の酒場で待っています。良い酒を知っているんです。愛の盃を交わしましょう。貴方を天国へ送ります。

 貴方のレドナーより。


「んにゃーんっ!」

 文章を読んだヒメの顔がみるみる青ざめたっす。

 オデコからは汗がしたたり、顎をつたって落ちました。

 ぷるぷると震えていますね。

 涙目っす。

「レドナーがあたしを殺したがっているニャンよー」

「なにこれ、あっはははは」

 イヨは両手を叩いて笑いましたね。

 腹をひくつかせています。

 僕は開いた口が塞がらなかったっす。

 ラブレターは分かります。

 どうしてこんな文章になったんでしょうか?

 分かりません。

 ヒメは両手で紙を持ち、焦った声で言いましたね。

「やばいニャンやばいニャン~」

「ヒメちゃん、大丈夫」

 イヨは笑い涙が止まらないのか、目じりを一生懸命に手で拭っていました。

 ヒメが顔を上げます。

「大丈夫じゃないニャン! レドナーがあたしの命を欲しがっているニャンよ!」

「違うの。ヒメちゃんこの文章はね」

「脅迫状だニャン」

「違う違う」

「んにゃん、違うニャン?」

「うん、たぶん違う」

「でも、あたしの心臓に巨大な矢を放ちたいって、書いてあるニャンよ?」

「ぷっ」

 イヨが一人で爆笑を始めました。

 おかしくってたまらないようです。

「んにゃん~」

 ヒメが僕の方を向きます。

「テツト、あたしやばいニャン! 殺されるかもしれないニャンよ~」

「ヒメ、違うんだ」

 僕はいたって冷静に答えます。

「何が違うニャン?」

「だから、この手紙は、その、つまり」

「ニャン?」

「ラブレターだと思うよ」

「ラブレターニャン!?」

 ヒメがびっくりして身じろぎしましたね。

 イヨが笑いながらコクコクと頷いたっす。

「そう、そうなのヒメちゃん、それ、ラブレターなの」

「ラブレターニャン!?」

 ヒメがもう一度紙をじっくりと読みました。

 そして首をひねります。

「どう考えてもラブレターじゃないニャン。だって、魚を食べさせてあたしの胃を、破れるまで満たすって書いてあるニャンよ?」

 僕は数日前の、モーリヤへの旅を思い出しましたね。

 野宿中、ヒメの好きなものについて、レドナーに質問されたことがあるっす。

 魚と日向ぼっこと追いかけっこが好きだと、僕は返事をしました。

 レドナーはそれを覚えていて、ラブレターに書いて送ってきたようです。

 イヨはひとしきり笑い終えたのか、僕に顔を向けましたね。

「テツト、これどうしよう」

 僕は額に手を当てて、うーんとうなったっす。

「……とりあえず、行ってあげた方が良いんじゃないですか」

 ヒメが弱ったような声をもらしました。

「そんな、こ、殺されるかもしれないニャン!」

「ヒメちゃん大丈夫だから」

 イヨは両手を腹に組みましたね。

「大丈夫ニャン?」

「うん」

「んにゃーん。でも、じゃあレドナーは、あたしに会って何がしたいニャンか?」

 イヨと僕が顔を見合わせました。

 二人でぷっと噴き出します。

 イヨがまたヒメの顔見ましたね。

「あの人はね、ヒメちゃんのことが、好きってこと」

「にゃん!?」

 ヒメが目を丸くして、それから顔をうつむかせます。

 少しして顔を上げました。

 ヒメは、今度は違う意味で困っていたっす。

「そんな好きだなんて言われても、あたし、どうしたら良いか分からないニャン」

「じゃあ、振ったら良い」

 イヨがにべもなく言い捨てました。

「振るニャン? それはちょっと可哀そうだニャンよ~」

「じゃあヒメちゃんは、あの人の想いに応えるの?」

「んにゃん~、それはちょっと無理だニャン~」

「なら振るしかない」

「うー、それしか無いニャンねー」

「うん。とりあえず午後になったら、ギルドの隣の酒場まで行って、きちんと話をしてあげる」

「あう~、レドナーごめんにゃんよ~」

 どうやらヒメは振ることに決めたようです。

 イヨは椅子を引いて席を立ち、食事の準備を始めましたね。

 ウインナーと野菜を炒めてくれました。

 それらの具をパンに挟んで、ソースをかけます。

 三人で食べましたね。

 ヒメは緊張したような顔をしているっす。

 異性を振る気分は、どんな感じなのでしょうか?

 経験が無いんで、僕には分りません。

 昼食を食べて終えて、出かける支度をしましたね。

 仕事に行くわけでは無いですが、一応装備を持ちます。

 レザーの服までは着なかったっす。

 部屋を出て階段を下り、土の道路を三人で歩きました。

 左に真っすぐ行くとちょっとした坂があり、すぐに下りになりましたね。

 そこを右に折れて進んでいくと、傭兵ギルドの左隣に酒場がありました。

 このお店にはまだ入ったことがありません。

 近づくにつれて、ヒメの表情が硬くなっていきました。

「う~、緊張するニャンよー」

「ヒメちゃん、こういう時は、きっぱり言わなきゃダメなの」

 イヨがヒメの左手を握ったっす。

「きっぱりニャン?」

「うん。あいまいに言うと、相手に伝わらないから」

「んにゃーん、難しいニャン~」

「とにかく、振るって決めたら、きっぱり振るの」

「んにゃん、ここは仕方ないニャンね~」

 酒場の入口の前に来ます。

 僕が先頭でした。

「行くよ?」

「うん」

「んにゃん~」

 押し扉を開けて中に入りました。

 むわっとした匂いがしましたね。

 酒と、香辛料を使った料理の匂いっす。

 並べられているテーブルには何組もの傭兵たちが座っていました。

 豪快な声を上げて談笑をしていますね。

 ギルドの隣だけあって傭兵行きつけの酒場でした。

 辺りを見回すと、壁際のテーブルの席に腰かけてレドナーがいたっす。

 一人で待っていたようですね。

 少し伸びた黒髪。

 レザーの上下に灰色のマフラーの格好。

 仕事着を着て来たようです。

 こちらに気付くと眉をひそめましたね。

 僕は近寄っていきます。

 ヒメはイヨの背中に重なるようにして歩いています。

 レドナーが立ち上がりました。

「どうしてお前らまで来たんだ?」

「ヒメちゃんに一人歩きはさせられない」

 イヨは突き放すような口調ですね。

 レドナーは「あ、そうか」と言って髪を撫で、椅子に腰を下ろしました。

 丸テーブルでした。

 レドナーの左には僕が、右にはイヨが座りましたね。

 対面の椅子につくヒメ。

 レドナーが右手を上げてウェイトレスと目を合わせます。

 注文を取ろうとしていました。

「待って」

 イヨがウェイトレスに顔を向けて、断るように手を振ったっす。

 怪訝なレドナーの表情。

「おい、酒を頼まねーのか?」

「頼まない。それより貴方、ヒメちゃんに何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「え、えっと、そうだけど」

「言って」

「え? えっと」

 レドナーが言いよどんで顔を赤くします。

 しかし心に決めたようで、ヒメの顔を真っすぐに見ましたね。

 チキンの僕とは大違いっす。

「あの、天使さま」

「……んにゃん?」

「お守りします。俺に、命をください」

 レドナーが頭を垂れました。

「ごめんニャンよ、レドナー」

 ヒメは悲しそうな表情です。

「ど、どうしてですか……」

「レドナー、あたしはテツトのペットだニャン。本当に本当に、言葉のままの意味だニャン。だから、他の人間のペットになるわけには、いかないニャンよ」

「そんな……」

 肩を落とすレドナー。

 僕はその肩に触ろうとして、手を引っ込めます。

 切ない雰囲気が漂いました。

 レドナーが一縷の望みを瞳に抱いて、ヒメに質問しました。

「天使さま。例えばテツトが仕事で死んだりしたら、どうするんですか?」

「テツトは強いニャンよ~、死んだりしないニャン」

「たとえ話です」

「ん~、考えたことないニャン」

「……くっ!」

 レドナーが勢いよく立ち上がったっす。

 椅子が転んで、大きな音が響きましたね。

 室内にいる傭兵たちの何人かがこちらに顔を向けます。

 レドナーが僕を睨みつけました。

「テツト」

「あ、はい」

「外に出ろ」

「外ですか?」

「ああ」

「……分かりました」

 椅子を引いて僕も立ちあがります。

 レドナーとは友達になれると思ったんですが……。

 仕方ないっす。

 ここまでのようです。

 ヒメが困惑したように眉を寄せました。

「二人とも、何を始めるニャン?」

 その肩に、イヨが静かに手を置きましたね。

「ヒメちゃん、男の子はね、仕方ないの」

「仕方ないニャン?」

「うん、だから、女の私たちは、見守ろう?」

「にゃん、分かったニャン」

 レドナーが酒場の出口へと歩きます。

 僕はため息をついて、その背中に続きました。

 ただならぬ雰囲気を察したのか、辺りにいた傭兵たちがニヤニヤとした視線くれたっす。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 情熱的なラブレターでした(>_<) ヒメちゃんに通用せず残念です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ