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3-14 三大欲求


 夜になりました。

 立ち稽古が終わったっす。

 僕はへとへとで、道場の床に大の字になっていましたね。

 フェンリルが近づいてきて僕に手を差し出したっす。

「テツト、お前は才能があるワン。だから、もっともっと強くなれるのん」

「そ、そうですかね」

 手を取って立ち上がります。

 結局、炸裂巴が決まった時以外の勝負は、僕の全敗でした。

 戦闘中でもバーサクは発動しませんでしたね。

 辞典には戦闘興奮が高まると発動するとありましたが。

 発動しないっす。

 何か特殊な条件があるんでしょうか。

 分からないですね。

 フェンリルが肉球の手で鼻をこすります。

「ちなみに、僕はまだ本気を出してないワン」

「そうなんですか?」

 ぎょっとする僕。

 フェンリルはぐるるぅと笑いましたね。

「テツト、いつか僕に本気を出させるようになるワンよ?」

 背中をぽんぽんと叩かれましたね。

 強くなるまでには、道が長いっす。

 だけど清々しい気分でした。

 僕はまだまだです。

 ミルフィが手を叩いてみんなを呼び寄せましたね。

「みなさーん、集まってくださいなあー」

 なんだろう。

 僕たちはミルフィの元に集まります。

 壁際にまた一列で正座をしましたね。

 ヒメとイヨと僕の三人っす

 あれ?

 レドナーがいません。

 ヒメが顔を見回してキョロキョロとしています。

「レドナーはどこに行ったニャン?」

「レドナーさんは……こほんっ」

 ミルフィは弱ったような顔をして咳払いをしたっす。

 イヨがニヤリと笑みを浮かべて説明をくれました。

「修業中にね。あの人、ミルフィ様に殺されちゃった」

「殺されたニャン!?」

「マジすか!?」

 ヒメと僕が驚いて両目を丸くします。

 ミルフィがふふふと笑って両手を合わせました。

「ごめんなさい。レドナーさんは、殺しちゃいましたぁ」

「にゃん!?」

「そんな!」

 僕はミルフィの顔をじっと見ます。

 いたずらっぽい笑みを浮かべていますね。

 これは。

 冗談を言っている時の表情です。

「本当に殺しちゃったニャンか?」

 ヒメは真に受けているのか、瞳がゆらゆらと揺れています。

 イヨは腹をひくひくとさせて、ヒメの肩に手を置いたっす。

「ヒメちゃん、冗談なの」

「冗談ニャン?」

「うん」

 ミルフィは両手のひらを握り合わせます。

「まあ、殺したと言うのは言い過ぎなんですがぁ。レドナーさんは強打を当てるセンスがピカ一なんですぅ。それで私、レドナーさんから思いっきり強打を受けてしまいましたので、つい……」

「ついニャン?」

「はい。つい反撃して、気絶させてしまったんです」

「なんだあ、気絶ニャンかぁー」

 ヒメが安堵の吐息をついたっす。

 イヨはうふふと笑いましたね。

「ミルフィ様、あの時、顔が本気だった」

「はい。レドナーさんの顔がいかついゴリラさんに見えましたので、本気の一発を振り下ろしてしまいましたわぁ」

 クスクスと笑う二人。

 ヒメは少し心配そうな顔です。

「んにゃーん、レドナーは大丈夫かニャン?」

 僕もちょっと気がかりでした。

 横に立っているサリナが言いましたね。

「みなさまご心配なく。レドナー様は他のメイドたちが救護室に運びましたので。今はすやすやと眠っているそうです」

 サリナは顔中が痣だらけです。

 彼女はヒメと戦っていましたね。

 たまに猫になっていました。

 猫鳴りスローのデバフ効果だそうです。

 ねこなりだけに、かけた相手は猫になるようでした。

 ヒメが今更のように涙目になりましたね。

「サリナ、いっぱい叩いてごめんニャーン」

「お気遣いなく」

 サリナが目じりを緩ませて顎を引きました。

 ミルフィがまた、コホンと咳払いをして、目をつむったっす。

「えー、みなさん。これから、補足授業を始めますぅ」

「また座学ニャン?」

 ヒメが顔を傾けましたね。

 目を開けるミルフィ。

「はい、座学です。とは言っても簡単な上に短い話なので、楽に聞いていただきたいですわぁ」

「座学は難しいニャーン」

 ヒメが背中を丸めます。

 その背中にイヨが手を置きました。

「ヒメちゃん、もう少しだけ頑張ろう」

「んにゃん~」

 ミルフィが両手を背中に組んだっす。

(そう)回復(かいふく)についてです」

「操回復ニャン?」

「はい。ではテツトさんにお聞きしますぅ。操回復とは何でしたか?」

「えっ?」

 いきなり振られて、僕はちょっとビクッとしたっす。

 操回復とは、何だったでしょうか。

 えっと……。

「上手に生活して、体力を回復させること。でしたか?」

 ミルフィが小さな拍手をくれたっす。

「はい。その通りです。()(そう)して、つまり一日を上手に過ごして、強く体力を回復させることですねー。では次に、イヨさんに聞きますぅ。強く体力を回復させるためには、どうしたら良いでしょうか?」

 イヨがうーんとうなりましたね。

「えっと、食べたり、休んだり、寝たり?」

「その他には?」

「その他にですか? えっと、遊んだり、お酒を飲んだり?」

 ミルフィはふむふむと言って頷きます。

「確かに、遊ぶことやお酒を飲むことも大切ですね。お酒はほどほどに飲むのが良いですけどね! しかし、他にもっと大切なことが一つあります」

 ミルフィはヒメに手のひらを向けます。

「はいヒメちゃん。人間の三大欲求とは何ですかぁ?」

「ええっと、分からないニャーン」

 首を振っていますね。

 ミルフィは僕に顔を向けたっす。

「では代わりにテツトくん」

「あ、はい。確か、食欲と性欲と睡眠欲、ですよね?」

 僕は日本にいた頃の家庭科の授業を思い出しました。

「はい、その通りですぅ」

 ほんのりと頬を染めるミルフィ。

 続けて説明します。

(そう)回復(かいふく)において、三大欲求を上手に味わうことが、体力回復への近道と言えますぅ。食欲とは食べること。睡眠欲とは寝ること。これはみなさんしっかり出来ていると思いますわ。では残りの一つ。今回の授業の焦点はそこになります。性欲とは何でしょうかぁ? はい、イヨさん」

 イヨの顔がひきつりましたね。

 ちょっと赤みが差しています。

「性欲? えっと……」

「はい」

「ええっと……」

「はい、何ですかぁ? 性欲とは」

 イヨが僕の肩をたたきましたね。

「テツト、パス」

「えええ!?」

 びっくりしました。

 ミルフィが手のひらを向けます。

「はい。では、男の子のテツトさん。性欲とはぁ、一体なんですかぁ?」

 性欲とは?

 アレのことですよね。

 つまり、だから。

「え、ええっと、えっと、その、エ、エッチ、とかですか?」

 ミルフィがにんまりと微笑んだっす。

 小さな拍手までくれました。

「はい、その通りですねぇ。性欲にも色々あると思いますが、ここで私の言いたい性欲とはエッチのことですぅ。エッチして、体力を強く回復させることです。(そう)回復(かいふく)ですね!」

 彼女が人差し指を立てます。

 続けて説明しましたね。

「エッチとはぁ、食べることや寝ることと同じぐらい大事ですね! これが上手な人と、上手ではない人とではぁ、(そう)回復(かいふく)に雲泥の差が生まれます。なぜならエッチは三大欲求だからですぅ。人間の体は、三大欲求を刺激することにより、より強く体力を回復させることができるようになっていますねー」

 みんなが頬を赤らめたっす。

 僕の目には、ミルフィが色っぽい美人教師のように映りましたね。

 彼女が続けます。

「みなさんも娼婦ギルドの存在を知っていますよね。傭兵の男性ばかりが利用していると思われがちです。しかし近年では、傭兵の女性も利用する方が増えてきましたわ。なので私は、女性向けのイケメン男娼傭兵も、育成を心がけていますぅ」

 僕たちは黙って聞いていたっす。

 彼女の説明は分かりやすいですね。

 ですが、ですよ?

 デリケートな話題でした。

 ヒメが手を上げたっす。

「エッチはどうすれば良いニャン~?」

 ミルフィは口元に手を当てて笑いました。

「ヒメちゃんには、マニュアル本をお貸ししますわぁ」

「マニュアル本ニャン?」

「はい、マニュアル本です!」

「んにゃん! ミルフィはやっぱり良い奴だニャーン」

「ヒメちゃん。マニュアル本は人に寄って様々な嗜好がありますので、何冊かの種類をお貸ししますわぁ。その中で、自分に合ったものを探してみてくださいねぇ」

「分かったニャンよ~」

「そして読み終わったらぁ、ぜひぜひご感想をお聞かせください!」

「んにゃーん!」

 二人の間に妙な友情が芽生えようとしていました。

 マニュアル本って、アレですよね。

 エロ本だと思うっす。

 いま僕は、初めての気分を味わっていました。

 恥ずかしい話をしているはずなのに。

 どうしてか体はポカポカとしていましたね。

 何か楽しいっす。

 イヨの顔をちらりと覗くと、生き生きとした笑みが映りましたね。

 美味しい食事を摂っている時よりも、(あで)やかな表情でした。

 真っ白な肌が薄ピンク色です。

 ドキ。

 胸がキュンとしたっす。

 ミルフィが背中に両手を組みましたね。

「では、補足授業はこれで終わりになります。簡単でしたね! では、お風呂の時間です! 昨日は女性陣が先に入ったので、今日はテツトさんが先に入ってくださいなぁ」

「あ、はい」

 僕は立ち上がりました。

 ミルフィがヒメとイヨに近づいたっす。

 正座をしましたね。

 横にいるフェンリルを手招きします。

「ミルフィ、どうしたのん?」

 四人で集まり、正座して輪になりましたね。

「今日はこの四人で、一緒の部屋で寝ましょう!」

「一緒に寝るニャン?」

「えっ?」

「ワンっ?」

 イヨとフェンリルがびっくりしていますね。

 ミルフィが両手をグーにします。

「はい! 夜更かしして、朝まで女子トークです!」

「んにゃーん! 女子トークだにゃーん!」

「それは楽しみだワン!」

「わ、私も良いですけど」

 イヨはちょっと緊張気味です。

 その手を、ミルフィが両手で握ったっす。

「イヨさん、私たちはもうお友達ですね!」

「あ、ええと、はい!」

「もしでしたら、今から私のことは呼び捨てでかまいません」

「そ、そんな!」

「私も、イヨと呼ばせてくださいなあ」

「は、はい!」

 何か良い雰囲気ですね。

 邪魔しては悪いです。

 僕はそそくさと歩いて、お風呂へと向かいました。

 ……。

 脱衣所で服を脱ぎ、ネックレスもはずします。

 それらを木のロッカーに入れたっす。

 タオルを一枚持って木製の引き戸を開けました。

 何度見ても、立派な浴場っすねー。

 水瓶を肩に担いでいる女性の像。

 水瓶からはお湯が流れており、湯船から床にお湯があふれています。

 辺りには湯気が漂っていますね。

 僕はシャワーの前の風呂椅子に座ったっす。

 液体のシャンプーやボディソープは無いですね。

 石鹸があり、使います。

 タオルにお湯をつけて石鹸をこすりました。

 頭と体を洗って、シャワーで流したっす。

 湯船に行きます。

 手で温度を確認すると、ちょっとだけ熱いですね。

 僕はゆっくりと足を入れました。

 奥へ移動したっす。

 体を沈めましたね。

 あー。

 気持ち良いすー。

 汗をかいた後の風呂は最高でした。

 すーっと音がして、浴場の引き戸が開きました。

 ん?

 誰ですかね。

 レドナーが目を覚まして、お風呂に来たのでしょうか?

 たぶんそうです。

 あまり良く姿が見えないっすね。

 湯気のせいでした。

 レドナーは風呂椅子に座り、体を洗い始めます。

 僕は、ふんふんと鼻歌を歌いながら、天井を見上げました。

 合宿最終日だからお風呂を満喫しよう。

 そう思ったっす。

 ……。

 やがて体を洗い終えたのか、レドナーが湯船に近づいてきます。

 バスタオルで体を巻いていますね。

 そのまま湯船に足を入れます。

 バスタオルはマナー違反でした。

 だけど注意はしないっす。

 僕、チキンなんで。

 ちょっと我慢すれば済むことですね。

 その通りです。

 レドナーが僕に近づいてきます。

「うふ、テツト?」

 ……。

 え?

「い、イヨ!?」

 僕は驚いて立ち上がりました。

 水しぶきが上がります。

 レドナーでは無かったです。

「ちょっと、テツト」

「な、な、何?」

「テツト、見えてる見えてる」

「えっ!?」

 僕は股間を両手でおさえて、お湯にゆっくりと体を沈めたっす。

 恥ずかしい……。

 見られちゃったっす。

 顎まで湯船につかります。

 たぶん顔は真っ赤です。

 イヨがそばに寄ってきて、隣に身を沈めましたね。

「あ、あの、イヨ?」

「うふ、何?」

「どうして来たの?」

「テツトと一緒に入ろうと思った」

「そ、そうなんだ」

「うん」

 僕はイヨに顔を向けました。

 色っぽい顔ですね。

 髪は濡れていて、肩口は大きく露出しています。

 ドキドキ。

 嬉しいです。

 とても。

 やばいっす。

 興奮でのぼせそうです。

 何か話しかけないと。

 イヨが僕の肩に、こつんと頭を寄せました。

「ねえ、テツト」

「な、何?」

「楽しいね」

「あ、えっと、はい」

「手を貸して」

「はい」

 僕は左手を湯船から出したっす。

 イヨが右手で指を絡ませて握り、お湯に沈めました。

 これって。

 恋人つなぎですね。

 トクントクン。

 緊張するかと思ったんですが。

 心が穏やかに落ち着いていきます。

「これで良し」

 そう言って、イヨが目を閉じたっす。

 可愛いなあ。

 もっと見ていたいです。

 想いが(つの)ります。

「テツト」

「何?」

 イヨが目を開きましたね。

「うふ、呼んだだけ」

「そうなんですか」

「うふふ」

 微笑する彼女。

 水瓶の女性像からは、絶え間なくお湯が注がれています。

 浴槽からあふれるお湯は、僕のイヨへの想いと似ていました。


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