3-12 食いしん坊
朝が来ました。
僕は起きるとパジャマからTシャツと短パンに着替えましたね。
部屋を出て、ヒメとイヨの部屋の扉をノックしたっす。
「あ、はーい」
返事が聞こえて、扉が開かれます。
イヨが出て来て、青のパジャマ姿ですね。
髪にはちょっと寝ぐせがついているっす。
そんなところもプリティーでした。
可愛いなあ。
「イヨ、いつものトレーニングに行こう」
「ちょっと待っててね」
イヨが扉を閉めたっす。
中から声がします。
「おはようヒメちゃん、起きれる?」
「……イヨ、あたしはー、マグロのたたきが食べたいニャン~」
「ヒメちゃん、起きて起きて」
「んにゃん~、まだ寝るニャン~。イヨも一緒に寝るニャンよ~」
「ヒメちゃん、私、先に行くから。後で来てね」
「んにゃん~、分かったニャーン」
衣擦れの音。
少しして、Tシャツ短パン姿に着替えたイヨが出てきたっす。
「テツト、お待たせ」
「うん、それじゃあ行こう」
「分かった」
僕たちは廊下を歩き、道場に行きましたね。
その場所を借りてトレーニングをするっす。
先客がいましたね。
壁際に正座をして、ミルフィが目をつむっていました。
頭の側面で髪を束ねており、白の道着姿です。
何をしているのでしょうか?
日本で言うところの、座禅ですかね?
僕たちが中に入ると、目を開いてこちらを向いたっす。
微笑をくれましたね。
「あら、テツトさんにイヨさんではないですか! おはようございますぅ」
「おはようございます」
頭を下げる僕。
「お邪魔でしたか?」
イヨが声をひそめて聞きましたね。
ミルフィは首を振ります。
「いえいえ、大丈夫ですよ。お二人も朝の稽古ですかぁ?」
「はい」
イヨが返事をしました。
ミルフィはまた目を閉じます。
「どうぞどうぞ、稽古なさってくださいなあ。私のことはお構いなく」
「それはどうも」
僕たちはストレッチを始めます。
両手を掴み合いながら体を伸ばしましたね。
それから筋力トレーニングを始めたっす。
今の僕は、腕立て伏せを連続で150回できました。
イヨはまだ、60回ぐらいですね。
目をつむったまま、ミルフィが聞きました。
「お二人は、恋人同士なのですかぁ?」
……え!?
顔が紅潮する僕。
イヨが首を振りましたね。
「ち、違います」
はっきり言われると、ですね。
ちょっとがっくりきます。
クスクスと笑うミルフィ。
「でも、一緒に住んでいらっしゃるのでしょう?」
「それは、はい」
「イヨさん、テツトさんにショーツのプレゼントはもうしたのですかぁ?」
イヨの顔が、ぼっ、と赤くなったっす。
全力で首を振っていますね。
「ま、まだです」
どういうことでしょう?
ショーツをプレゼントするという言葉をうまく飲み込めないっす。
ショーツって、下着のことですよね?
僕が聞きます。
「ど、どういう意味ですか?」
「あらぁ、知らないのですかぁ? テツトさん。このロナード王国では、気になる男性に女性が自分のショーツをプレゼントする。それはごく普通のことだと思いますがぁ」
ミルフィはやはり目をつむっていますね。
初めて知りました。
そんな慣習があるんですね。
イヨが顔をひきつらせています。
大変です。
顔が真っ赤です。
そして素っ頓狂な声を上げたっす。
「み、ミルフィ様!」
「どうしましたぁ? イヨさん。そんなふうに心を乱してはいけません。いつでも平静平静、ですよぉ?」
「ミルフィ様、テツトに変なことを教えないでください」
「あらぁ、変なことではありません。全然変なことではありません」
首を振っていますね。
僕はイヨの顔を見たっす。
イヨの顔はたじたじでした。
ミルフィがまた言います。
「ショーツぐらいプレゼントしておかないとぉ、テツトさんを誰かに取られてしまいますよぉ? うふふ」
「だ、誰に取られるんですか?」
「そうですねー。例えば、私とか?」
怪しくほほ笑むミルフィ。
イヨがむっとした顔をしたっす。
「テツトは渡しません!」
「あははっ、大丈夫ですかー? ショーツもプレゼントしていないのにそんなこと言っちゃってぇ。私が先に、プレゼントしちゃいましょうかねー」
背筋をしている僕の手をイヨが取ったっす。
「テツト、ジョギング行こう」
「い、イヨ? まだトレーニングが全部終わってないけど」
「いいから行くよ!」
「あ、はい」
僕は立ち上がります。
イヨに手を引かれて道場を出ました。
「あはははっ」
ミルフィの笑う声が背中にかかりましたね。
イヨの顔がまだ赤いです。
玄関を出て靴を履きました。
金網を内側から開けましたね。
夜の門衛をしていたスティナウルフに二人で挨拶をします。
「「おはよう!」」
「ガウガウ」
このスティナウルフはなんて言う名前なんでしょうか。
後で聞いてみましょうかね。
領主館を出て、二人で走り出します。
いつもはアパートから領主館までを往復するのですが、今日はその逆でした。
イヨはむっすりとしていて、何も喋らないっす。
ちょっと元気がない感じがしますね。
僕は元気づけようと思って言ったっす。
「イヨ、大丈夫だからね」
イヨが速度を落として立ち止まります。
僕も立ち止まりましたね。
うつむき加減のイヨ。
「テツト、欲しい?」
「え?」
欲しいって、何がでしょうか?
何かくれるんですかね。
イヨが顔を上げます。
涙目っす。
頬は薄紅色でした。
「私の、ショーツ!」
「え、え、えええええ!?」
困りました。
なんて返事をすれば良いんでしょうか?
……。
欲しいと言えば欲しいっす。
だって。
僕はイヨのことが好きなんで。
そりゃあ欲しいっす。
顔を赤くして頷きます。
「そ、そりゃあ、もらえるのなら」
「今度あげるから」
「い、いいんですか?」
「あげるから」
「いいの!?」
「あげるから!」
「は、はい!」
「その代わり、ミルフィ様のショーツはもらっちゃダメ!」
「わ、分かりました!」
僕は直立不動になりましたね。
イヨが僕の手を握ったっす。
「走るよ、テツト」
「あ、はい」
またジョギングを再開する僕たち。
イヨの顔に笑顔がありました。
元気が戻ったみたいです。
良かったっす。
遠くの山からは朝日がのぼってきていますね。
……今度僕は、イヨのショーツをもらえるみたいです。
約束しちゃったっす。
……。
やったああああ!
そして、アパートで僕らは走る向きを反転させ、領主館に戻ります。
到着する頃には、ヒメが起き出していました。
門衛のスティナウルフとじゃれ合っていましたね。
首を撫でています。
「お前はラモンって言う名前ニャンかー」
「ガウガウガウ」
「あたしはヒメだニャンよ~。覚えておくニャン」
「がう~ん、ガウガウ」
スティナウルフはラモンという名前のようです。
僕が声をかけます。
「ヒメ、おはよう」
「テツト、おはようだニャーン」
元気に右手を上げるヒメ。
僕たちは朝の立ち稽古を始めます。
イヨは領主館に木刀を持ってきていたようで、部屋に取りに行きました。
ヒメの機嫌は直ったようですね。
いやあ、良かったっす。
稽古の後。
領主館の食堂で朝食でした。
その頃になるとレドナーも起き出していて、目をこすっています。
何だか眠そうですね。
びっくりしたような声をくれました。
「お前ら、朝早えな!」
「いつものことっすよー」
僕はパンをかじりながら答えましたね。
気になることがあったっす。
朝食が美味しかったですね。
パンの味がとても甘いです。
そう感じたのは僕だけではないようでした。
みんながガツガツ食べたっす。
ヒメはパンとスープをおかわりしていましたね。
サリナが頑張って美味しい料理を作ってくれたんでしょうか。
たぶんそうだと思います。
朝食を終えて、少し休憩をしました。
道場に行きます。
壁のそばに一列に正座をしましたね。
右からヒメ、イヨ、僕、レドナーの順番です。
目の前にはサリナが立っています。
ミルフィとフェンリルは、仕事をしているようでした。
メイド服のサリナが言います。
「みなさま、朝食は美味しかったですか?」
「とっても美味かったニャーン!」
ヒメがぴょんと右手を上げました。
他の三人も小刻みに頷きます。
サリナが人差し指を立てましたね。
「だと思いました。昨日のミルフィ様の修行のおかげで、みなさまの体はいつもよりも魔力がみなぎっています。つまり魔力の消耗が激しい状態にあります。味覚の感度を上げて、体が体力を補給しようとしているのです。体力から魔力は作られます。それは昨日、ミルフィ様がおっしゃった通りです」
「んにゃん~、良く分からないニャン~」
「簡単に言うと」
サリナが両手を背中に組んだっす。
「漲溢をマスターすれば、ご飯がとても美味しくなる、ということです」
「んにゃん、分かりやすいニャン~」
「はい。ではみなさま、漲溢の修行を始めます。今日は私が担当させていただきます。少しずつ少しずつ、ゆっくりと殺気を送りますので、みなさまは目を閉じて、無を意識してください」
「目を閉じるニャン?」
「はい。閉じてください」
「分かったニャーン!」
両目を閉じる僕たち。
無を意識するって、どういうことでしょうかね?
僕は無の漢字を頭に思い浮かべました。
「では、行きます」
サリナはそう言ったのですが。
何も感じないですね。
「みなさま、無です」
サリナがささやくように言いました。
僕たちは正座のまま、静かに目を閉じていました。
……。
……。
三十分も経ったでしょうか?
「はい、昼食の時間です」
サリナが言いましたね。
昼食?
どういうことでしょうか。
時間的に、まだ早すぎる気がしました。
僕たちは目を開きます。
気づくと、Tシャツと半ズボンが濡れそぼっていましたね。
いつの間に汗をかいたんでしょうか?
「んにゃん~」
濡れたTシャツの襟をひっぱるヒメ。
「どういうこと?」
イヨも戸惑っています。
「何だこりゃあ?」
レドナーの声が上ずっていますね。
ぐっしょりになった髪を撫でています。
「サリナは教えるのが上手ですねぇ」
ミルフィの声がして、横を向くと満足そうな顔をしていました。
いつの間に来ていたんですかね?
フェンリルもいます。
「みんな、頑張ったワンね!」
嬉しそうな表情っす。
ふと、ぎゅるるるぅと音がしました。
ヒメのお腹が鳴っているっす。
「あたしー、お腹ペコペコニャン」
両手で腹を押さえていますね。
僕のお腹もスカスカでした。
早く何か食べたいっす。
サリナが言います。
「みなさまに送っていた殺気は、昨日のミルフィ様の半分ほどになります。みなさまは無事に集中力を保てたようで何よりです。それでは、昼食に参りましょう」
サリナが歩きだしました。
僕たちは立ち上がります。
立ち上がろうとして、ヒメが転びましたね。
「んにゃんっ!」
「ヒメちゃん、大丈夫?」
イヨが声をかけましたね。
「大丈夫か? ヒメ」
僕は近寄ります。
「んにゃん~、テツト、あたしお腹空いたニャン。それにちょっと眠いニャンよ~」
ヒメが両手を床につけて体を起こします。
ミルフィがくすっと笑いましたね。
「順調順調!」
どうやら、僕たちの修行は上手く行っているようです。
食堂へと移動したっす。
パンと焼き魚、それにレバーの野菜炒めにトマトスープが出ましたね。
魚には高級そうなソースがかかっており、見た目も美しいです。
食べるんですけど。
なんか。
何か美味いっす。
魚の味わいがこんなに濃厚に感じたことは初めてでした。
「美味いニャン~、美味いニャンね~」
ヒメがパクパクと食べているっす。
イヨも静かに食べているのですが、もうパンが三つ目です。
「もういっちょ、野菜炒めおかわりだぜ!」
レドナーはこれで四杯目です。
ミルフィが呼び鈴を鳴らしてサリナを呼びます。
「最初はみなさんが、そうなりますわぁ」
フェンリルが心配したような顔で言いました。
「みんな、もっと良く噛んで、味わって食べるワン。そうすれば、体の負担を減らせるワンよ」
ちなみにフェンリルはガゼルとは違い昼食を食べています。
ミルフィと共に休憩を摂るので、一緒に食べることにしているそうでした。
僕は焼き魚を七匹目です。
「お、おかわりっす」
「はいはい」
目を細めてほほ笑むミルフィ。
サリナがやってきて、レドナーと僕のおかわりを運んでくれました。
何かよく分からないっすけど。
僕たちは食いしん坊になったみたいです。
昼食を終えると休憩しましたね。
三十分休んで、また道場に行きます。
午後もまた漲溢の修行でした。
次の日も。
その次の日も同じ修業です。
そして、僕らの合宿の日々が過ぎていきます。
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