3-10 任務の完了
バルレイツの町に着いたっす。
ちょうどお昼前でした。
ガゼルがいるおかげで、門を通る時は顔パスで町に入れましたね。
スティナウルフは町と共に生きる存在として、定着してきたみたいです。
ティルルの要望があり、町の南区の不動産屋に寄ります。
これからアパートを探すみたいですね。
不動産屋のおじさんも荷馬車に乗り、三か所のアパートを案内してくれました。
日本とは違い、ほとんどのアパートが保証人を必要としないみたいですね。
三か所回ったうちの一つ、ユリハイムという名前のアパートをティルルが選びました。
2Kアパートであり、一階の部屋っす。
繁華街にほど近く、住宅がずらっと並んだ通りでした。
ティルルが言うには、繁華街にお店を持ちたいようで、交通の便を考えて決めたようです。
アパートが決まると、今度は手続きがあるようで、また不動産屋に戻りました。
そこで不動産屋のおじさんを降ろしたっす。
ティルルはアパートの前金と一か月分の家賃を払ったようですね。
僕たちは再び荷馬車でアパートに行きます。
その際、途中お店に寄り、すぐに食べられるお惣菜やパンを買いましたね。
アパートに到着して、やっと荷物を降ろすことができました。
みんなで協力して、木箱をアパートの部屋に運びこみます。
ティルルは片方の部屋を倉庫のように使うようで、そこに置きました。
ひと段落して、もう片方の部屋で僕たちは床に座り、ティルルが入れてくれた紅茶を飲んだっす。
お惣菜を開き、昼食の時間です。
ちなみに、ガゼルは昼食を食べないですね。
荷馬車のところにいます。
ティルルが頭を下げました。
「みなさん、ありがとう。とても助かったよ。これで何とかこの町で暮らしていけそうだ」
「それは良かったニャーン。ティルル、頑張るニャンよ~」
ヒメが魚のフライを頬張りながら、肩を揺らしましたね。
イヨはメモ帳を開き、何やら計算しています。
すぐに終わったのか、紅茶をすすりました。
「ティルルさん、お店を開くって言ってたけど、お店の建物はどうするの?」
「これから買うことになるね。モーリヤの自宅を売ったお金があるから、まあ、何とかなるかな」
ティルルがサラダの挟まれたパンを口に運びました。
それから「あ、そうだ」と言い、自分のカバンを開きます。
「今回の依頼報酬がまだだったね。本来はギルドを通さなきゃいけないみたいだけど、今、手渡ししてもいいかな?」
「良いニャンよ~」
くつろいでいるようなヒメの声。
イヨの目が計算高く光ります。
「依頼報酬は25万ガリュでしたよね。そこにモーリヤで一泊した代金と諸々の費用を合わせると、全部で27万8千ガリュになります。一泊したと言っても病院ですが」
ティルルが鷹揚に両手を開きました。
「みなさんにはお世話になったから、30万ガリュで良いかな?」
「太っ腹ニャーン」
ヒメが嬉しそうに笑ったっす。
イヨが聞きます。
「いいの?」
「ああ。その代わり、これからはテッセリンマジックアイテム店をご贔屓に!」
彼女がカバンから財布を取り出して、お札を紙袋に入れました。
それをイヨに手渡します。
受け取るイヨ。
お札を計算して頷き、依頼書を出します。
「ティルルさん、ここにサインを」
「分かった」
彼女がサインをしてくれます。
イヨがレドナーをジロリと見ました。
「この人にも報酬を分けなきゃいけないんだけど」
「おう。分けてくれ」
レドナーも財布を取り出していますね。
イヨが人差し指を立てました。
「四人で頑張ったから、30万ガリュを4で割って、7万5千ガリュで良いですか?」
「……ちょっと少ねーな」
「いいえ、多いです。私たちが食料の経費を多く出しているし、モーリヤに入る時の通行税を払ったのも私たちです。本来なら、6万5千ガリュとしたいけど……」
レドナーが弱ったような表情をしましたね。
しかしイヨの言う通りでした。
彼が頷いたっす。
「分かった。7万5千でいーよ」
「はい」
イヨは紙袋から僕たちの取り分を抜きましたね。
自分の財布から5千ガリュ札を取り出し、7万5千ガリュがあるのを確認して包みに戻しました。
レドナーに渡します。
ティルルが明るい表情で立ち上がったっす。
「そうだ、ちょっと待っていてくれ」
歩いて隣の部屋へと行きましたね。
すぐに戻ってきました。
その手には大きな緑色の石のついたネックレスが握られているっす。
また座りました。
ヒメが聞きましたね。
「そのネックレスは何ニャンか?」
「ふふふ、これは私が作ったマジックアイテムでね。理性上昇の効果が込められている。これを装備して生活していれば、戦闘中で焦ることも無くなってくるよ」
そう言って僕の方を向きます。
「テツトさんが代表ということで、君にプレゼントだ」
「い、いいんすか?」
僕はびっくりしたっす。
ティルルがネックレスを差し出します。
受け取りました。
イヨが目を丸くしています。
「そのネックレスは、売ればいくらするんですか?」
「ふふふ、それは聞かない方が良いんじゃないかな? 高いから」
微笑するティルル。
「ティルルは良い奴だニャーン!」
ヒメが嬉しそうに笑ったっす。
レドナーがびくりと身じろぎしましたね。
「お、俺には何かくれねーのか?」
「さすがに二つはちょっと……」
ティルルが弱ったように顔をくもらせます。
レドナーの肩にヒメがポンと手を置いたっす。
「レドナーよ、あきらめるニャン」
「分かりました天使さま」
かしこまったような顔と声ですね。
レドナーは、ヒメが言えばすぐに納得するようです。
ちょっと面白いっすねー。
「あと」
イヨが言って、またカバンを開きます。
5冊のスキル書を取り出しました。
「傭兵狩りが落としたこれらのスキル書なんだけど、5冊あるし、みんなで分けましょう」
彼女が床に本を並べます。
僕は本のタイトルを読んでいきました。
ダッシュ斬り。
一生懸命。
カウンター。
スキル鑑定
プチバリア。
イヨがため息をつきましたね。
「カウンターだけはDランク、他はランクEのスキルなんだけど」
「私は要らないよ。だって戦うことないから。傭兵のみなさんで分けると良いんじゃないかな?」
ティルルが顔の前で手を振ったっす。
「でも、売ればお金になるニャンよ?」
ヒメが顔を傾けます。
「いい、いい。みんなには護衛してもらったんだから、報酬なんてもらえないよ」
ティルルは遠慮するようですね。
僕はちょっと、一生懸命、が気になっていました。
ノーボイススキルでは無く、声に出して使うスキルですね。
辞典で読んだ記憶があるっす。
Eランクのスキルみたいですが、覚えれば強くなれるっす。
レドナーが手を伸ばします。
「俺はこれで良い」
ダッシュ斬りを手にしています。
イヨがプチバリアの本に手を置きました。
「私はこれ」
「んにゃん? イヨはプチバリアを覚えているニャンよ?」
ヒメが聞いたっす。
「うふふ、三冊集めてランクアップさせるの」
「あ! そうニャンか~、頭良いニャン」
僕は手を伸ばします。
「じゃ、じゃあ僕はこれ」
一生懸命に手を置きましたね。
「じゃああたしはこれニャンよ~」
スキル鑑定に手を置くヒメ。
イヨが眉を寄せます。
「ヒメちゃん良いの? それ、覚えても強くならないけど」
「んにゃん! でも、スキル鑑定ができれば、役に立つこともあるニャン!」
「そっか、分かった」
残されるカウンターのスキル書。
イヨが人差し指を立てます。
「カウンターは、どうする?」
「Dランクだし、売って金にして、分配しよーぜ」
レドナーが提案していますね。
ヒメが首を振ったっす。
「んにゃん。これは、ガゼルにあげるニャンよー」
「それが良い」
コクコクと頷くイヨ。
レドナーはぎょっとして顔を強張らせましたね。
「いやいや、俺は実はカウンターが欲しかったんだが、一冊だけDランクだから遠慮したんだけど」
その声を遮ってヒメが言います。
「今回はガゼルが一番の功労者ニャンよ~。ずっと歩いて運んでくれたニャン。だからガゼルにあげるニャン!」
「うんうん」
イヨが首肯したっす。
「天使さまがそう言うのなら」
レドナーは納得したようです。
僕も頷いたっす。
「そうしよう」
ティルルが両手を合わせましたね。
「話し合いは終わったかな?」
「んにゃん!」
ヒメが元気に返事をします。
僕たちはそれぞれ選んだスキル書を取り、習得したっす。
僕は、一生懸命、を覚えました。
イヨはプチバリアを三冊溜めるみたいですね。
それからはみんなで談笑しながら昼食の残りを片付けました。
終えると、僕たちは立ち上がり、ティルルにお別れの挨拶をします。
ティルルは何度も頭を下げて、お礼を言ってくれましたね。
「ありがとう、ありがとうみなさん」
「ティルル、バイバイニャーン」
ヒメが右手をぴょんと上げました。
「また」
イヨも頭を軽く下げたっす。
「みなさん、お元気で」
ティルルが手を振ってくれました。
僕たちはアパートを出て、荷馬車に行きます。
ヒメがカウンターのスキル書を持ち、ガゼルのところに持って行ってあげましたね。
「ガゼルー、ご褒美ニャンよー、スキル書ニャン!」
「ぐるるぅっ」
(ありがたい。習得!)
ガゼルはスキル書を口でくわえて、習得を実行していました。
また荷馬車で道を行きます。
今度は、傭兵ギルドに向かいましたね。
任務完了の報告をしないといけないっす。
一時間も揺られて、建物に到着しました。
剣を空に突き上げている剣士の彫像。
その手前に豪華な作りをした馬車が一つ止まっていますね。
馬車を引いているのはスティナウルフのようです。
……この馬車は確か。
「おう、テツトくんたちじゃないか!」
御者台にいたドルフがしゃがれた声を張ったっす。
「こんにちはーだニャン! ドルフ」
「おう、ヒメちゃんは元気が良いのう」
僕たちも挨拶をしました。
ドルフとその馬車が来ているということは、ですよ?
ミルフィもいるんですかね。
僕らはギルドの中に入って行きます。
カウンターのところにはダリルがいて、緑髪の女性と何やら話をしていますね。
やっぱりミルフィがいたっす。
ダリルは僕たちを見つけると、ニカッと微笑みます。
「お! テツト! それにイヨとヒメの嬢ちゃん、それとレドナー! 仕事は上手く行ったか?」
ミルフィもこちらを振り向きます。
「こんにちはぁ、みなさん。お元気でしたかぁ?」
ヒメがパタパタと近寄ったっす。
「ミルフィニャーン」
その肩に抱き着いて行きましたね。
顔をすりすりと寄せています。
ミルフィはヒメの頭を撫でてくれました。
「ヒメちゃん、この間ぶりですわぁ」
「んにゃーん」
ごろごろと喉を鳴らすヒメ。
僕たちも近寄りました。
「ミルフィ様、どうもこんにちは」
イヨがミルフィに挨拶をして、それからカウンターに依頼書を置きます。
続けて言います。
「ダリルさん、任務は完了です」
「お、良くやったなあお前ら。報酬はどうした?」
「本人からもらいました」
「そうかそうか。よし! それじゃあこの依頼書は預かる」
ダリルが言って木箱を取りだし、依頼書を入れます。
ヒメがミルフィに聞きましたね。
「ミルフィは今日、何しにギルドへ来たニャンか?」
呼び捨てにしていますが、もう定着したみたいなので、注意せずにおきます。
「それがぁ、なんですけどー。私ちょっと困っていましてぇ。傭兵狩りが中々尻尾を出しません。そのことについて、ダリルさんとお話をしに来たのですがー」
ダリルが両手を胸に組みましたね。
「うーん……」
唸っています。
イヨがミルフィを振り向いたっす。
「私たち、昨夜傭兵狩りに会いました。会ったというか、襲われました。任務途中で、野宿をしていた時なんですが」
「本当ですかぁ?」
びっくりしたように両目を見開くミルフィ。
イヨが答えます。
「はい。モーリヤからバルレイツに戻る途中、野宿をしていたところで」
「少し詳しく聞きたいですねぇー、イヨさん、相手の顔を覚えていらっしゃいますか?」
レドナーが身じろぎして言ったっす。
「傭兵狩りは傭兵だったぜ」
それを聞いたダリルとミルフィが顔を険しくします。
「マジか……」
ダリルの暗い声。
ミルフィがメガネの縁を指でつまみました。
イヨが説明をします。
「襲い掛かって来た相手は十人より少し多かったと思います。全て男でした。私たちは五人を撃退したのですが、残りには逃げられました」
「逃げた男たちの顔を覚えっていらっしゃいますかぁ?」
イヨは眉をひそめましたね。
「なんとなくなら。顔を見れば分かります」
「そうですかぁ、ふむふむぅ」
ミルフィは何度か頷き、それから僕たちに言ったっす。
「四人のみなさん、良かったら、私から仕事の依頼をお願いしたいのですがぁ」
「傭兵狩りの退治ニャンか?」
ヒメが聞きます。
「はぁい。その通りです」
ミルフィがニコリと笑い、イヨに向き直りましたね。
「イヨさん、お願いしてもよろしいですか?」
イヨは困ったように僕の方を向いたっす。
「相手のいる場所が分からない。相手の総戦力がどれほどかも……」
ミルフィは両手のひらを合わせます。
「でしたら」
イヨの肩に両手を置いたっす。
「修業しましょう!」
びくりとして顔を向けるイヨ。
「修業、ですか?」
「はい! 私の家で、合宿です!」
「「合宿?」」
「合宿ニャン?」
ミルフィがイヨから両手を離しました。
「はい! みなさんが傭兵狩りに勝てるように、ビシバシ鍛えてさしあげますわぁ!」
イヨが僕の顔を見ましたね。
僕は頷きます。
「いいんじゃないかな」
「分かった」
イヨがミルフィに頭を下げたっす。
「ミルフィ様、お願いしても良いでしょうか」
「お任せです!」
ミルフィが右腕で力こぶを作りましたね。
黙っていたダリルが、嬉しそうに頷きます。
「ミルフィ様が鍛えてくれるのなら、余裕だな、テツト」
「あ、はい」
レドナーが聞いたっす。
「俺も、参加しても良いのか?」
ミルフィは鷹揚に頷きます。
「ぜひぜひ、ご参加ください」
「よ、よし!」
右手の拳を握るレドナー。
「あなたはぁ、お名前は?」
「レドナーです」
「レドナーさんですねぇ、記憶しましたわぁ」
どうやら僕たちはこれから合宿となるようです。
合宿は今日からということで、これから領主館に行くことになりました。
話が終わり、僕たちは建物を出たっす。
ガゼルとその荷馬車は、後はギルドに任せれば良いようでした。
ヒメがガゼルに駆け寄り、頭を撫でて別れの挨拶をしていますね。
「ガゼル、バイバイニャーン!」
「ぐるるぅ」
(ああ。またな)
僕たちもガゼルに一声かけて、別れを惜しんだっす。
そして、ミルフィの馬車に5人で乗り込みます。
その時っす。
――!
なんだ?
視線を感じました。
肌を刺すような気配があり、僕は体に鳥肌が立ちましたね。
「テツト?」
イヨが心配したように僕の顔色をうかがっています。
僕は馬車の窓から身を乗り出して、辺りをうかがいます。
ギルドの建物のそばに、ガキ大将のような面の男がいましたね。
確かあいつは、傭兵団アカツキの新メンバーを募集していた男です。
名前は、バンスと言いましたね。
その隣には痩せた長身の男性もいます。
こちらに舐めるような気持ち悪い視線を送っていますね。
「あいつがどうかしたかニャン?」
ヒメが聞いたっす。
「いや、何でもない」
僕は席に座りました。
ミルフィが眉を寄せています。
「誰か、あの男の名前を知っていますかぁ?」
「確か、バンスって」
イヨが答えました。
「ふーん、バンス、ですかぁ」
ミルフィは二度頷き、御者台に声をかけました。
「ドルフ、レドナーさんと、テツトさんの家に寄って、それから帰りますよ」
「了解ですミルフィ様。ですが、レドナーさんとやらの家までは、その人に案内してもらっても良いですか?」
レドナーが声を張りましたね。
「案内します!」
「分かった」
ドルフが手綱を引きました。
「ハイヤー」
スティナウルフが歩き出し、馬車が動き出します。
ハイヤーと言わずとも、スティナウルフは歩いてくれそうな気がしましたね。
特にツッコまずに置きます。
そしてそれから僕たちはレドナーの家に寄り、次に自分たちのアパートにも戻りました。
服や荷物など、合宿の準備をしましたね。
それからまた馬車に乗り、領主館に向けて出発です。