3-7 もらい風邪
みんなの話し声が聞こえましたね。
そばにある焚火のぬくもりが心地良いです。
僕は目を覚ましたっす。
なんか頭が痛いっすねー。
寝袋から顔を出しました。
「テツト、おはよう!」
明るいイヨの声。
その顔を見ると、つやつやと輝いています。
レザーの上下を着ていますね。
そうか。
イヨの風邪は回復したみたいです。
良かったっす。
他のみんなも挨拶をくれましたね。
「テツト、おはようだニャン!」とヒメ。
「ぐるるぅ」
(おはよう)とガゼル。
「おう、おはよう」とレドナー。
僕は上半身を起こします。
東の空からは朝日がのぼって来ているっす。
今日も良いお天気になりそうでした。
パチパチと音を立てる焚火。
寝袋の隣には服が畳んでありますね。
そう言えば僕は全裸でした。
手を伸ばして服を取り、寝袋の中に入れました。
器用に下着を履き、服も着ちゃいます。
寝袋を出て、靴を履きました。
ふらふらと頭が揺れます。
あれぇ?
世界が揺れていますね。
おかしいっす。
風邪を引いてしまったかもしれません。
イヨがお皿にサンドイッチを持って、僕の隣に腰かけました。
はにかんだ素敵な笑顔っす。
「テツト、夜は、その、ありがとう」
僕は、ぼっ、と顔が赤くなります。
イヨを裸で抱きしめて寝てしまったっす。
……恥ずかしい。
彼女は真剣な顔で言いましたね。
「すごく助かった、私、死ぬところだったかも」
僕は顎をコクコクと振ります。
「イヨが無事で良かったっすよ」
「うん。はいこれ。特製サンドイッチなの。テツトの分」
サンドイッチの載った皿を僕に渡します。
六つもありますね。
普段なら食欲があるんですが。
今はちょっと無いっす。
「テツト食べて。このサンドイッチ、卵をいっぱい入れたの」
「そうですか、それなら」
僕は一つつまみます。
!
変な味がしますね。
苦いっす。
それに、ひどく気持ちが悪い。
「うえぇぇ!」
胃の中のものが逆流し、僕はサンドイッチと共に胃液を吐き出したっす。
「テツト!?」
イヨが僕から皿を奪い、その場に置きました。
「テツト、どうしたニャン!?」
心配そうに近づいてくるヒメ。
「ぐるるぅ?」
(どうしたテツト?)
ガゼルの焦ったような瞳。
「うおい、まさか、もらい風邪か?」
レドナーが眉をひそめていますね。
イヨが僕の肩に両手を置いたっす。
「テツト、具合悪い?」
優しい声ですね。
僕は口元に手を当てて、コクコクと頷きます。
「もう少し寝て」
「うん、そうしたい」
「寝袋に入って」
「うん、ありがとう」
僕は立ち上がり、寝袋に元に行って靴を脱ぎます。
中に入りました。
おかしいっすねー。
頭がぐるぐるします。
みんなが何かささやき合い、話し合っているみたいなんですが。
言葉を理解が出来ないっす。
目を閉じます。
これじゃあ、仕事にならないですね。
ヒメが近くに来て、チロリンヒールとキュアポイズンをかけてくれました。
それでも、体の不具合は治らなかったっす。
そして。
みんなが焚火を片付けてくれたようです。
僕たちは出発することになりました。
御者台にはレドナーが座り、町へ案内してくれるみたいですね。
彼はモーリヤに行ったことがあり、道順を知っているみたいです。
僕とイヨとヒメの三人は荷台で揺られていました。
未だに寝袋に入っている僕。
その顔を、イヨが濡れたタオルで拭いてくれましたね。
膝枕までしてくれています。
嬉しいっす。
だけど、具合が悪くて苦しいっす。
励ますようにイヨが言います。
「テツト、もうすぐ町だからね」
「町に行ったら病院に行くニャンよ~、テツト」
ヒメの声は少しおろおろしていますね。
僕は頷いて、それからごほごほと咳をこぼしました。
イヨは泣き出しそうな表情です。
「ごめんねテツト」
「謝らなくていいすよ」
僕はつぶやくように言いました。
「私のせいで、こんなことに」
「イヨ、大丈夫っす。自分を責めないでください」
「うん、ごめんね」
「大丈夫です」
それから。
途中、また昼休憩を挟み、食事の時間でしたね。
四人が荷台に集まりました。
僕は食欲が無く、何も食べないっす。
イヨがきっぱりと言います。
「私も食べないから、みんなで食べて!」
「イヨ、食べないと力が出ないニャンよー」
心配そうなヒメの声。
レドナーが黙々と硬いパンをかじっています。
「食べた方が良いぜ?」
イヨが首を振りましたね。
「食べない」
「んにゃんー」
ヒメが困ったようにイヨの顔と手元のパンを見比べています。
イヨは優しい声で言ったっす。
「ヒメちゃん、気にせず食べて」
「んにゃん、それじゃあ、お言葉に甘えるニャン」
ヒメがハムと野菜の挟まれたパンを口に運びましたね。
「だからあの戦いの時、俺の言うことを聞けば良かったんだ」
レドナーがこぼすように言います。
イヨは悔しそうに唇をかんで、肩を落としたっす。
昼食が終わると出発です。
レドナーが言うには、モーリヤの町はもうすぐという話でした。
ガタゴトと荷馬車が揺れています。
それから二時間も経ったでしょうか?
「町が見えたぞ!」
御者台にいるレドナーが声を張りました。
ヒメが荷台の隙間から前を覗きます。
「んにゃん! 町だニャーン」
「天使さま、モーリヤの町です」
レドナーはヒメと話す時にはどうしてか畏まったような口調ですね。
僕は薄い笑いをこぼします。
町の門の前で、レドナーが荷馬車を止めたっす。
そこには衛兵が立っており、町に入る理由を聞くのと、通行税を取るみたいでした。
イヨが任務の依頼書を見せ、お金を支払い通過します。
バルレイツにも門衛がいるのですが、通行税は取らないですね。
町によってそれぞれの決まりがあるみたいっす。
モンスターのガゼルの通行許可も降りたみたいですね。
ギルドから事前に連絡が行っていたようです。
イヨが僕の肩に両手を置きました。
「テツト、もうすぐ病院だからね」
「んにゃん、テツト、すぐに助かるニャンからね」
ヒメの目が涙ぐんでいますね。
僕も嬉しくって泣きそうです。
あるところで荷馬車が止まりました。
レドナーが振り向いて、荷台に顔を出します。
「おい、病院に着いたぞ」
「分かった」
イヨが返事をしたっす。
続けて言います。
「テツト、ちょっと待っててね」
病院は、ミルフィの館ぐらい大きくて、赤茶色の建物でした。
イヨが受付をしてくれて、やがて僕は病室に運ばれます。
寝台に横になりましたね。
医師の診察によると、夏風邪ということでした。
何種類かの薬草を擦ったような薬を飲みましたね。
根の深い風邪では無く、薬を飲んで安静にしていれば治るらしいです。
本当、良かったっす。
それから。
レドナーとヒメとガゼルが歩いて、依頼人の家に行きましたね。
僕たちの状況を説明し、バルレイツに出発するのを待ってくれるよう頼むということでした。
イヨは病室に残り、僕の看病をしてくれていますね。
僕の右手を、両手で握ってくれています。
ずっと祈るように、そうしてくれていました。
嬉しいっすねー。
僕はやがて、眠りに落ちたっす。
……。
次に目が覚めたのは、翌日の早朝でしたね。
なんかすっきりしましたね。
薬が効いたんでしょうか?
さわやかな気分でした。
僕の布団の胸に体を預けて、イヨがくーくーと寝ています。
その反対にはヒメがいて、同じように僕の腹に体を預けて寝ています。
二人ともパイプ椅子に腰かけていました。
僕は二人の髪をそっと撫でましたね。
近くにはレドナーがいて、小さな簡易ベッドに横になっていました。
ガゼルは荷馬車のところにいるのでしょうか。
気づいたのか、三人が目を覚まします。
僕が声をかけたっす。
「みんな、おはようっす」
「テツト?」
イヨが上半身を起こして寝ぼけ眼をこすりました。
「テツトー、風邪は治ったかニャン?」
ヒメが僕の顔をしげしげと見つめましたね。
「もう朝か」
レドナーが両手を突き出して伸びをしたっす。
僕は首肯しました。
「平気、すっかり治ったみたいだ」
「テツト、いっぱいいっぱい心配したニャンよー!」
僕の体に抱き着いてくるヒメ。
「ごめん、心配かけたね」
僕は彼女の背中をぽんぽんと叩きました。
イヨが目じりをぬぐっています。
「本当、良かった」
レドナーがぶっきらぼうに言いましたね。
「たかが風邪だろ? みんな大げさすぎるぜ」
イヨが彼の顔をキッと睨みつけます。
僕は苦笑しつつ、答えましたね。
「そうですね。でも、心配かけました」
「おう」
レドナーにはこの町まで案内してもらったっす。
彼がいてくれて助かったすねー。
それから僕たちはこれからのことを話し合いました。
依頼人のティルルは、僕の風邪が治るまで家で待っているみたいです。
早いとこ迎えに行って、みんなでバルレイツに帰りたいっすね。
朝食を終えたらティルルの家に行き、荷物を積むことになりました。
その後、食材屋にも寄るようです。
食料の補給ですね。
そして。
僕は出された病院食を食べたっす。
みんなは荷馬車に戻り、パンを持ってきましたね。
僕と一緒に食べてくれました。
イヨが治療費を払い、病院を出て、荷馬車で出発しました。
治療費は経費で落ちるんですかね?
ティルルとの交渉次第でしょうか?
御者台に座り、僕は空を見上げます。
少し曇ってきていますね。
雨が降らなければ良いのですが。