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3-6 ウイルス


 次の日の朝一番。

 僕たちが傭兵ギルドに行くと、その前に大きな荷馬車が止まっていましたね。

 荷馬車を引くのは馬では無くスティナウルフのようで、見知った顔でした。

 荷馬車とウルフは、ギルドが営業所から借りたようです。

「ガゼルニャーン!」

 ヒメがパタパタと駆け寄ったっす

 乳白色の髪がゆらゆらと揺れます。

 ガゼルの青い頭を撫でるヒメ。

「ぐるるぅ」

(おはようヒメ)

「おはようニャン! ガゼルが一緒に行ってくれるニャンか?」

(うむ。我が担当することになった。お前たちとは何かと縁があるな)

 イヨと僕は顔を見合わせて微笑しました。

 一度建物に入り、中にいたダリルを呼んできましたね。

「よしお前ら。準備が良かったら出発してくれ。それとテツト!」

 ダリルが白い紙を僕に渡します。

 見ると、バルレイツからモーリヤまでの地図でした。

「道順はそこに書いてある通りだ! 迷うなよ。それと、夜はきちんと止まって休め。ちなみに、スティナウルフの食料はすでに荷馬車に樽で積んである。お前ら、自分たちの食料は持ってきてあるか?」

「はい、ダリルさん」

 イヨがコクンと頷きましたね。

 僕たちは食料の入ったカバンやリュックを担いでおり、寝袋も持ってきていたっす。

 ちなみに、食糧費は後で依頼人からもらえるようですね。

 ダリルは両手を腰に当てます。

「よし、じゃあ後は心配ないな。テツト、イヨ、ヒメの嬢ちゃん、行ってこい!」

「「はい!」」

「はいニャーン」

 僕は自分の荷物をイヨに渡しました。

 御者台に乗ります。

 ヒメとイヨが荷台に乗りましたね。

 そこでイヨが「げっ」とつぶやいたっす。

 ヒメが元気に挨拶します。

「レドナー、おはようニャーン」

「天使さま、おはようございます」

 低くてしぶい声。

 振り返ると、レドナーがすでに乗っていたっす。

 黒いレザーの上下に、首には灰色のマフラー。

 そうでしたね。

 レドナーも一緒に行くんでした。

 いつの間に乗っていたんですかね?

 僕は声をかけます。

「みんな、出発するよー」

「出発するニャーン!」

 ヒメの元気な声。

「おう」

 レドナーも返事をくれたっす。

「テツト待って」

 イヨ荷台から下りて、御者台に上りました。

 僕の隣に腰を下ろします。

「私もここに座って良い?」

 上目遣いで僕を見ます。

 僕はかなり嬉しいっす。

「い、いいよ」

「うふ、テツトの隣」

 艶っぽい笑顔でした。

 プリティースマイルです。

 僕はたじたじです。

 手綱を引いて、ガゼルに声をかけましたね。

「ガゼル、行ってくれ」

「ぐるるぅ?」

(行くと言っても、どこへ行けばいいんだ?)

「えーっと」

 僕はダリルからもらった地図を見ます。

「町の南門から出てくれ」

(分かった)

 ガゼルが歩き出し、軋むような音を立てて動き出す荷馬車。

 ダリルが見送りをしてくれていますね。

 声を張っています。

「気を付けるんだぞー。四人ともー」

「「はーい」」

「はいニャーン」

「はい」

 僕たちはモーリヤへと向けて出発したのでした。

 バルレイツの南区は、町で一番の繁華街です。

 娼館街などもあるっす。

 ですが、朝の町はひっそりとしていましたね。

 南門から出て、舗装されていない道を行きます。

 ガタゴトと荷台が揺れていました。

 僕はすぐに道が分からなくなりましたね。

 右を向いても左を向いてもだたっぴろい平原が続いており、真っすぐ行っていいものかどうか。

 僕は隣を向いたっす。

「イヨ、モーリヤには行ったことある?」

「ごめん、無い」

「そっか、ちょっとこれじゃあ方角が分からないね」

 イヨが前に声をかけます。

「ガゼル、モーリヤの町を知ってる?」

「ぐるるぅ」

(いや、知らん)

 イヨは少しうつむき加減で、うーんの唸ったっす。

 何か思いついたのか後ろを振り返ります。

「ヒメちゃん!」

「どうしたニャンか?」

 御者台に顔を出すヒメ。

 イヨが右手を突き出します。

「懐中時計を貸して」

「懐中時計ニャン?」

 ヒメの首にぶらさがっているピンク色の懐中時計。

 マジックアイテムと言う話ですが、いまだにどんな効果があるのかは分かりませんね。

 イヨがコクコクと頷いたっす。

「うん、方位磁石がついているから」

「方位磁石ニャン? 分かったニャンよ~」

 首から懐中時計をはずすヒメ。

 イヨに渡しました。

「ありがとう」

「んにゃん!」

 イヨがまた御者台に腰かけました。

 懐中時計を開いて、僕の膝に置いてある地図を取ります。

「バルレイツの町から南南西に向かえば良いみたい」

「そうですね」

「うん、もうちょっと右だわ」

(少し右だな?)

 ガゼルは話を聞いていたようで、右に角度を修正します。

(これぐらいで良いか?)

 イヨが方位磁石を睨みます。

「もうちょっと右」

(これぐらいか?)

「行きすぎ、ちょっと左」

(こうか?)

「うん、それぐらいだわ」

(分かった)

 これで方角は安心ですね。

 僕は青空を眺めて、さわやかな気分になりました。

 どうしてかイヨが僕に体を寄せてきます。

「どうしたのイヨ?」

「こうやって荷馬車に揺られていると、デートしている気分になるね」

 ……!

 そんなこと言われたら、緊張するっす。

 僕はあわあわと口を動かして、何か上手いことを言おうと考えましたね。

 コミュ障な僕。

 何も言葉が出ないっす。

 会話会話会話!

 イヨが僕の様子を見て、何を思ったのか、僕の膝に手を置きます。

「テツト、大丈夫」

「だ、大丈夫って、何がっすか?」

「私、あなたのこと、もう分かってるの」

「わ、分かってるって?」

「会話が下手なのよね?」

 僕はうつむいて、コクコクと小刻みに頷いたっす。

 情けないですねー。

 チキン野郎、ここにありけり。

 イヨが僕の左手を両手で握ります。

「こうしよう」

「こうしようって?」

「いいの」

「いいって?」

「いいのよ、テツト」

「あ、はい。いいんですか?」

「うん」

 イヨに左手を握られてしまったっす。

 緊張するかと思ったんですが。

 どうしてか、すごく落ち着いた気持ちになりましたねー。

 イヨの顔を見ると、頬をほんのりと染めているっす。

 風に肩口までの黒髪がサラサラと揺れていて、真っ白い肌が綺麗でした。

 僕の肩に、頭をもたれかけるイヨ。

 ああ。

 そうなんです。

 僕は、イヨが好きです。

 そのことを再認識したっす。

 彼女も僕のことを好きなんですかね?

 そうだと良いです。

 愛おしい彼女。

 ずっとずっとそばにいたいですね。

 大好きです。

 そして。

 途中、僕らは休憩し、お昼ごはんを食べました。

 サンドイッチを食べましたね。

 ちなみにレドナーは硬いパンを持ってきていました。

 ガゼルも昼食を摂るだろうと思ったのですが、聞くと、

(我は基本、朝晩しか食べない)

 そういうことのようでした。

以前カローネの畜産農場では、昼食に牛肉を美味そうに食べていた気がします。

中々食べれない高級な肉だから食べたということですかね。

ガゼルに聞くと答えてくれたっす。

(うむ。あの牛は美味そうだったのでな)

そういうことみたいです。

 昼食を終えて、また出発です。

 南南西にずっと行くと、左右に小高い山が見えてきました。

 地図の通りに南西に方角を曲げて、また進んでいきます。

 やがて、山から流れる川が見えてきましたね。

 大きな橋がかかっているっす。

 地図には赤ペンで印がついており、ここで野宿することと書いてありました。

 ダリルが書いてくれたみたいです。

 僕たちは荷馬車を止めて、周辺から木の枝と石を集めます。

 焚火を作りましたね。

 いま、パチパチと音を立てて、焚火が燃えていました。

 それを囲むようにして、輪になって休憩する四人と一頭。

 その頃には空も暮れて来ていたっす。

 ヒメが言いましたね。

「ポカポカ陽気で気持ち良かったニャーン。いっぱいゴロゴロ出来たニャンよー」

 道中をずっとゴロゴロしていたみたいですね。

 揺れは気にならなかったんでしょうか?

 ご機嫌なら良かったっす。

 イヨが焚火で料理をしてくれていますね。

 鍋に煮えているドロドロとした赤いスープ。

 ビーフシチューのような、食欲を誘う香りが漂ってきています。

 ヒメが聞きましたね。

「イヨは何を作っているのかニャン?」

「うふふ、キオルよ」

「キオルニャン?」

「うん、マーシャ村の伝統料理。クプスの実を使っているの。それに、牛肉をいっぱい入れたから」

「美味しいニャンか?」

「それは、食べてみてからのお楽しみ」

 彼女が楽しそうに笑いました。

 こんな旅の途中でも手の込んだ料理を作ってくれるなんて。

 いやー、嬉しいっす。

 ふと、隣にいたレドナーが僕に声をかけましたね。

「よおテツト。お前、天使さまとは一緒に住んでるのか?」

 天使さまって言うのは、ヒメのことですよね?

「あ、はい」

 そう答えた途端、レドナーが激しく身じろぎします。

 どうしたんでしょうか?

 何か問題ありますかね。

 彼が続けて聞きます。

「テツト、天使さまの好きなものを教えてくれ」

「好きなものですか?」

「ああ」

「うーん」

 僕は少し考えました。

「魚が好きですね」

「他には?」

「日向ぼっこが好きっす」

「他には?」

「遊んであげると喜びます」

「遊びって、どんなことをしてあげたら良いんだ?」

「んー、追いかけっことか?」

 レドナーはポケットから紙の切れ端とボールペンを取り出しましたね。

 書き込んでいきます。

 ふと、イヨの高い声が響きました。

「出来た!」

 鍋掴みを装着して、焚火から鍋を離し、地面に置きました。

 人数分の器を用意して、スープをオタマでよそってくれます。

 みんながもらいました。

 イヨはパンも配ってくれます。

 ガゼルが立ち上がり、器にもられたスープをぺろぺろと舐めましたね。

 イヨが顔を向けたっす。

「テツト、ガゼルの食料の樽を持ってきて」

「了解っす」

 僕は立ち上がりましたね。

 荷馬車から樽を持ってきたっす。

 鉄拳を発動させれば樽も軽いっすねー。

 大きな木の桶があったので、それも持ってきます。

 樽の中を開くと、香辛料と一緒に燻製の肉の塊がいくつも入っていました。

 大きなソーセージのような塊です。

 イヨがそれを二つ取り出して、木の桶に置き、ガゼルの元に持って行ってあげます。

(このスープは美味だな)

 キオルを食べ終えたガゼルがつぶやきましたね。

 続けて言いました。

(おかわりだ)

「はい」

 イヨがガゼルの器を受け取り、またスープをよそってあげています。

 僕は元の場所に腰かけました。

 レドナーがスプーンでキオルを口に運んでいます。

 パンをスープにつけて、柔らかくして食べていますね。

「おいテツト」

「どうしました?」

「俺のキオルには、肉が入ってねえ」

 ……。

 ぷっ。

 僕はおかしくて、噴き出して笑ってしまったっす。

 イヨはレドナーのスープに肉を入れなかったんですかね?

「溶けたんじゃないっすか?」

 僕は半笑いで言いました。

 ちなみに、僕のスープには牛肉がゴロゴロと入っているっす。

 ためしにスプーンで肉を口に運んでみると、とろけるような味わいがしました。

 キオルは濃厚な味がして、クプスの実の甘味が強く、それぞれの野菜と肉の出汁が効いていました。

 これは美味いっす。

 レドナーが空になった皿を持ち、鍋の近くに寄ります。

 おかわりをするようですね。

 ヒメと一緒に座っているイヨが一瞬彼を睨みました。

 しかし、何も言わなかったです。

「キオルは美味いニャーン」

 ヒメが満足そうに食べていますね。

「うふふ、そうでしょ」

 イヨが目じりを緩ませて答えたっす。

 レドナーがスープをよそって、僕の隣に腰かけます。

 その手に持っているスープには、肉がゴロゴロと入っていますね。

 どうしても肉が食べたかったようです。

 それがおかしくって、僕は腹をひくつかせました。

 レドナーが肉を口に運びつつ言います。

「おいテツト」

「どうしました?」

「旅は順調だな、モンスターが一匹も出ねえ」

「そうですね。いやー、良かったっす」

「おかしいぜ。せっかく気合を入れて来たって言うのに」

「気合? どういうことですか?」

「いや、モンスターが出ねえかなあと思ってさ」

「モンスターに出て欲しいんですか?」

「ああそうだよ」

「僕は出て欲しくないっすけど」

「せっかく天使さまに、俺の強さを見せつけるチャンスだって言うのによお!」

 レドナーが右手で自分の膝を叩いたっす。

 あー。

 そういうことですか。

 レドナーは格好つけたいようです。

 僕は呆れたようにつぶやいちゃいます。

「別に良いんじゃないっすか?」

「良くねえ! モンスターを倒して、天使さまに、俺の株を上げとく必要があるんだ!」

「株ですか?」

 半笑いの僕。

「そうだ、株だ!」

「株なんてどうでも良いじゃないっすか」

「人生株なんだよ!」

「株ですか」

「そう、株だ! テツト、教えておいてやる。この世は株なんだ!」

「よく分からないっすよー」

「分からないだと。自分の命よりも大事なもの、それが株だ!」

「命の方が大事だと思うっすけどねー」

「違う、株だ!」

「株ですか……」

「そうだ株だ!」

「株ですかねえ」

 そんな話をしていた時でしたね、

 遠くから、カロカロカロ、と奇妙な声が聞こえました。

 声が近づいてきます。

「よっしゃあモンスターだあ!」

 レドナーが叫んで立ち上がったっす。

 この変な声は、モンスターが鳴いているということでしょうか?

 腰に差してある剣を彼が抜いて両手に持ちます。

「ぐるるぅ」

 すでに食事を終えて寝そべっていたガゼルが立ちます。

 イヨが小さく舌打ちをしていましたね。

「モンスターが来たニャン?」

 ヒメのおびえたような声。

 僕は食器を置き、残りのパンを頬張るように口に含みました。

 もしゃもしゃと咀嚼しながら立ちます。

 カロカロカロと声のする方に足を進めました。

 みんなが武器を取りましたね。

 僕は鉄拳を発動させます。

 歩いて行くと、地面を這う植物のようなモンスターが一匹いたっす。

 大きさは大人の人間ほど。

 緑色の体に大きな口。

 カロカロカロと鳴いています。

 レドナーがまた叫んだっす。

「ヌアレスだ!」

 モンスターの名前のようです。

 イヨが僕に呼びかけましたね。

「テツト、私が前!」

「了解っす」

 連携を取ります。

 剣と盾を構えて、モンスターに近づいて行くイヨ。

 レドナーが注意を喚起しました。

「馬鹿、不用意に近づくな! こいつはウイルスを吐くぞ!」

「ウイルス?」

 イヨが顔を険しくしたっす。

 僕はヒメに言いました。

「ヒメ!」

「まかせろどっこいニャン!」

 ヒメがモンスターに杖を向けて叫びます。

「スローニャン!」

 紫色の輪っかに包まれるヌアレス。

「カロカロカロ、カロォォ……」

 ちょっと弱ったような声を上げていますね。

 ガゼルが走り出したっす。

「ぐるるぅ」

(我が噛みちぎってやる!)

 ヌアレスに飛び掛かっていきます。

「ちょっと待ってガゼル!」

 イヨが追いかけました。

「カロオォォオオオオ!」

 後ろ倒しにされたヌアレスが、ぶしゅんと紫色の煙を放出したっす。

(なんだ!?)

 ガゼルが驚いて離れました。

 しかしイヨは離れませんでした。

「シールドバッシュ」

 盾から放たれる紫色の波動。

 ヌアレスに命中し、ピヨピヨと頭を回しましたね。

「テツト!」

「分かった!」

 僕は走り出しました。

 その時、レドナーが大声で呼びかけましたね。

「馬鹿! お前ら、モンスターから離れろ! ウイルスをもらうぞ!」

 僕は聞かずに走り寄り、唱えます。

「へっぽこパンチ!」

 オレンジ色の波動に包まれる右拳。

 それをヌアレスの顔面に振り下ろしました。

「カロオォォォォオオオオオオオ!」

 断末魔を上げるモンスター。

 すごく臭い匂いがしますね。

 イヨと僕は手で鼻を押さえて、後退しました。

 ヌアレスはびくびくと痙攣して、動かなくなります。

 どうやら死んだようですね。

 ガゼルがくしゅんとくしゃみをしました。

(何だこの匂いは、臭いな!)

 匂いを嫌がるように焚火の方へと歩いて行きます。

「お前ら、大丈夫か?」

 レドナーが聞きましたね。

 イヨは両手を腰に当てて、平気そうに頷きます。

「余裕です」

 僕は匂いを嗅がないように、左手で鼻をつまみました。

 ヌアレスに近づき、右手でその足を持って川にぶん投げます。

 ボチャンッ。

 川を流れて行きましたね。

 そして、僕たちはまた焚火の周りに集まり腰を下ろしました。

 レドナーが説明をしています。

「さっきのモンスターはウイルスを吐くんだ。あの煙と匂いがウイルスの菌だ。嗅ぎすぎると変な風邪を引く。その風邪はキュアポイズンでも治らない。自分の力で治すしか無いんだ。だから、またヌアレスが襲って来た時は、不用意に近づいたらダメだ」

「風邪を引くニャンか?」

 ヒメは三角座りをしており、両足を手で抱いています。

 隣にいるイヨが寒そうに同じ格好をしていましたね。

 ぷるぷると体が震えています。

 顔が少し青いです。

 まさか?

「なんか寒いわ」

 イヨがつぶやいたっす。

 レドナーが言いましたね。

「イヨ、お前は前に出過ぎていたから、菌を吸い過ぎたかもしれねえ。早く暖かくして寝た方が良い。風邪を引いたら仕事に差し障るぞ」

 ふと。

 イヨの体が揺れたと思ったら、ヒメの方に崩れて行きました。

 両手で自分の体を抱きしめて苦しそうな顔をしています。

「イヨ! どうしたニャンか!?」

「イヨ!」

 焦ったようなヒメと僕の声。

「寒い……」

 イヨがぶるぶると震えていますね。

 やばいっす。

 風邪を引いたんですかね。

 レドナーが「あちゃー」と言って、自分の顔に手を当てました。

 ガゼルが口をわななかせます。

(どうした? イヨ)

 僕は立ち上がったっす。

「いま、寝袋を持ってきます」

「テツト、頼むニャンよ!」

 ヒメがイヨの体を両手で抱きました。

 荷馬車の荷台へ行き、僕は寝袋を一つ持って戻ってきます。

 焚火のわきに敷いたっす

「ヒメ! 二人でイヨを入れるよ!」

「分かったニャン!」

「大丈夫……一人で入れるから……」

 イヨが這うように寝袋まで移動して、中に入りましたね。

 頭まですっぽりと寝袋に入って横になるイヨ。

 僕たちはため息をつきました。

 それから。

 川の浅瀬で僕は鍋やみんなの食器を洗ったっす。

 レドナーは早々と荷馬車の中へ行き、自分の寝袋に入りましたね。

 ガゼルは焚火のそばで伏せり、くうくうと小さなイビキをかいています。

 いまだに焚火を囲んでいて、起きている僕とヒメ。

 ヒメが心配そうにイヨの寝袋に手を伸ばします。

「イヨ、大丈夫かニャンか?」

 触った途端、ヒメの顔が真っ青に染まりました。

 両目が鋭くなりましたね。

 僕に言います。

「テツト! イヨの体が氷みたいに冷たいニャン!」

「マジか!」

 焚火に当たっている僕ら。

 火は強くしてあるっす。

 これでも寒いんですかね?

 僕は寝袋のそばに移動して、イヨの肩を触ります。

 すごく冷たいっす。

 まるで氷です。

 イヨは気を失ったように眠っていますね。

 泣きそうなヒメの声。

「テツト、これじゃあイヨが寒くて死んじゃうニャンよー」

「……本当だね」

 僕は考えました。

 どうやってイヨの体を温めたら良いんでしょうか?

 考えに考えて。

 唇を強く噛みます。

 ぶちっ。

 ちょっと血が出ました。

 僕はその場で服を脱ぎだします。

「ニャン? テツト? どうしたニャンか?」

「ヒメ、イヨの服を脱がせて!」

「何をするニャン? テツト」

「僕が裸で抱いて温めるから、イヨの服を脱がせてあげて!」

「わ、わわわ、分かったニャンよ!」

 寝袋のチャックを開き、ヒメがイヨの服を脱がし始めました。

「寒い……」

 イヨがうわごとのようにつぶやきます。

 ヒメは、下着だけは脱がさないようですね。

 イヨの色っぽい体。

 ちょっと大きめの胸とお尻。

 ……今はそんなこと考えている場合じゃないっす。

 僕は自分のパンツまで脱ぎ去ります。

 寝袋に添い寝して、イヨの背中から腹を両手で抱きしめました。

 冷たっ!

 まるで氷の柱を抱いている気分っす。

 これじゃあイヨが凍ってしまいますね。

「ヒメ! 寝袋のチャックを閉めて!」

「んにゃん!」

 ヒメが寝袋を閉じます。

 僕はイヨの体を抱いたまま、ヒメに指示をします。

「ヒメ、悪いんだけど、朝まで起きていて、焚火のつけたままにしてくれないか?」

「わ、分かったニャンよ!」

「頼むよ」

 僕はそのまま目を閉じます。

 イヨを強く強く抱きしめました。

 自分の体がもっと発熱しますように。

 どうかイヨが死んでしまいませんように。

 くそ。

 どうしてこんなことになったんだ。

 もっと僕が注意していれば!

 可愛いイヨ。

 優しい彼女。

 大好きです。

 絶対、絶対、助けてあげるからね。

 色んな思いが頭の中を巡りに巡り、やがて、夜が更けて行きました。

 気づけば僕も眠りに落ちていたっす。


いいね!と誤字直しをいただきました! ありがとうございます。助かります! 励みになります。これからも頑張ります!


今回の部分は、ちょっと長くなっちゃいました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イヨが体調を崩す中、テツトの真剣さが伝わってきました。 \(^o^)/
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