3-4 一目惚れ(レドナー視点)
まるで青天の霹靂だ。
俺の頭は、突然の雷に打たれたように何度もフラッシュした。
乳白色の髪の彼女を見た瞬間だった。
これが、一目惚れって奴か?
その人とは、キテミ亭で昼食を摂っていた時に出会った。
俺の隣のテーブルについた三人組の男女。
一人は男、もう二人は女だった。
乳白色の髪の長い天使さまが元気に右手を上げる。
「あたしはー、ショートケーキが食べたいニャン」
エンジェルボイスである。
ぎんぎん来たね。
俺の心臓は地震にあったかのように揺さぶられ、彼女の顔にくぎ付けになった。
顔は真っ赤だったと思う。
黒髪で肌の白い女が人差し指を立てる。
「ケーキを一つずつ頼みましょう。あと、お酒も三つ」
オタクっぽい男が怪訝そうに眉を寄せた。
「イヨ、本当にお酒を飲むんですか?」
「飲む」
「テツトはビビりだニャーン、酒が怖いかニャン?」
「ビビってないよ、ヒメ」
ヒメだと!?
どういう事だ?
この乳白色の髪の天使さまは、どこかのお姫様なのか?
イヨと言う名前らしい女が「すみませーん」と言って店員を呼んだ。
「はいはい、今行きますからねー」
やがてこちらに近づいてくるキテミ亭の女将さん。
イヨが注文をする。
「ショートケーキが一つ、チョコレートケーキを一つ、モンブランケーキを一つ。それと、サファイロッカを三つ」
サファイロッカだと!?
高級な酒だ。
天使さまの家族たちは金持ちなのか?
女将さんはニッコリと目じりに笑みを寄せた。
「いつもごひいきにありがとねー、三人とも。今日は何かのお祝いかい?」
天使さまが両手を頬に当てる。
「うふふー、あたしとイヨが傭兵試験に受かったニャンよー」
「そうなんです」
イヨが嬉しそうに頷いた。
女将さんは両手を腰に当てて、
「本当かい! そりゃあおめでたいね! ケーキの代金はうちが持っておくよ!」
「本当かニャン!」
びっくりしたような天使さまの顔。
「ありがとうございます」
イヨが頭を垂れる。
「いいっていいって。それより、これからお仕事大変だね! 気を付けるんだよ!」
「はいニャン」
「はい」
「それじゃあ待ってておくれ」
店の奥へと下がっていく女将さん。
変だな。
テツトと言う名前らしい野郎はほとんど口を開かない。
こいつ、さては寡黙な男だな!
格好良いぜ。
談笑を始める三人。
この三人は傭兵のようだ。
おそらくヒメと言うのは、あだ名か本名なのだろう。
そして傭兵試験に今日受かったということは、ランクはEのはずだ。
少なくとも天使さまとイヨはEだ。
俺も傭兵をやっている、ランクはDだ。
だけど強さは、Cランクでも十分通用すると自負している。
つまり俺は天使さまの先輩に当たるわけだ。
ここは一つ、お近づきになれないだろうか?
俺は寡黙な男に顔を向けた。
「よ、よおお前!」
驚いたようにこちらを向くテツト。
「な、何ですか?」
天使さまとイヨも顔を向けた。
俺はぎこちない笑みを浮かべる。
「お前、傭兵なのか?」
「はい、そうですが」
テツトは少し緊張したような面だ。
ここはフレンドリーに行くしかない。
天使さまとお近づきになるために、まずは馬を射る必要があった。
「俺も傭兵だ。お前、ランクは?」
「……Eですけど」
よし。
「俺はDだ。お前ら、傭兵試験に受かったんだってな? ここは一つ先輩として、俺がサファイロッカをおごってやる」
「い、いいんですか?」
びっくりしたようなテツトの表情。
「あたぼーよ」
決まったぜ。
怪訝な表情でこちらを見るイヨ。
天使さまは嬉しそうに笑った。
やばいぜ。
エンジェルスマイルだ。
「お前良いやつだニャーン。名前を教えるニャンよ~」
俺は立ち上がった。
無造作に歩き、テツトの隣に腰を下ろす。
「レドナーだ」
よし。
接近任務は完了だ。
イヨが聞いた。
「レドナーさん、あなた、今日お仕事は?」
「今日は休みを取ってあるぜ」
本当は寝坊したなんて言えない。
その時、女将さんがオボンにケーキと酒を三つずつ運んできた。
「はい、ケーキとサファイロッカお待ちどうさま。ってあれ? 一人増えてるね」
俺はすかさず親指を立てた。
「女将さん、今日のサファイロッカは俺が代金を払う。それと、サファイロッカを一つ追加だ」
「お! 気前の良い男だね! 分かったよ」
女将さんがオボンの品をテーブルに並べる。
「サファイロッカもう一つだね。待ってておくれ」
そう言って下がっていく。
「それじゃあ、乾杯しよう」
イヨが樽ジョッキを持った。
おいおい待てよ。
俺のサファイロッカがまだ来てねえ。
「カンパイニャーン!」
嬉しそうな天使さまの笑顔。
「二人とも、おめでとう」
テツトも頬に笑みをたたえている。
三人は樽ジョッキを持って、それらをぶつけ合う。
「神よ、今日の恵みに感謝します」
祈りの言葉を唱えて、イヨがごくごくと酒を飲んだ。
天使さまとテツトはちびりと舐めただけだった。
俺は両腕を組み、低い声で言った。
「おめでとー」
「よし、ケーキを食べてやるニャンよ~」
ショートケーキをフォークでぶすり突き刺す天使さま。
豪快な食い方だぜ。
そんなところもラヴリーだ。
「ヒメちゃん、今日はゆっくり楽しもうね」
「んにゃんっ」
隣の男は黙々とチョコレートケーキを食べている。
俺はその肩を軽く叩いた。
「よお、お前」
「な、なんですか?」
「今日は良い天気だな」
「あ、はい」
「お前らは、一体どういう関係なんだ? 兄弟か? 友達か?」
テツトが顔をくもらせる。
「そ、それは、えっとー」
「あたしはテツトのペットだニャーン」
!
!!
ドゴーン!
それを聞いた瞬間。
俺の脳裏に雷鳴が走ったね。
俺はテツトをギロリと睨みつけた。
「おめー、天使さまをペットにしているって言うのか?」
イヨが疑問そうにつぶやく。
「天使さま?」
テツトがたじろいだように言った。
「おいヒメ、今は人間なんだから。ペットとか言っちゃダメだよ」
「んにゃん? どうしてだニャン?」
イヨが面白がるように言った。
「そうそう、私とヒメちゃんはテツトのペットなの」
!
!!
ズガーン!
俺の頭に雷が轟く。
ふうふう。
危ないぜ。
殺意に目覚めるところだった。
「おいテツト、どういうことだ! 説明しろ!」
テツトは困ったように顔を向ける。
「イヨ、何を言ってるんだ」
「本当のこと、うふふ」
天使さまがゴクゴクと酒を飲む。
「このお酒うまいニャーン。あ、なんかあたしー、良い気分になって来たニャンー」
テツトがこちらに顔を向ける。
「あ、あの、レドナーさん? イヨは僕の友達で、ヒメは、元は猫で、僕のペットだったんです」
!
!!
ドカーン!
巨大な金づちで叩かれたようなショックが俺の頭を襲う。
僕のペットだと?
ふざけるんじゃねえ!
「お前、お前!」
俺の目は血走っていたことだろう。
「ひ、ひい」
おびえたような顔つきのテツト。
「俺と勝負しろおおおおおおおお!」
「ひ、ひいぃぃ」
ドン、とイヨが樽ジョッキをテーブルにつける。
「レドナーさん、もしかして、ヒメちゃんに惚れたの?」
俺は顔が紅潮し、表情をひきつらせる。
顎を勢いよく振った。
「そ、そんなこと、ないないないないない、ないからな」
天使さまが得意そうに頬に笑みをたたえる。
「あたしに惚れたニャン? あたしも罪な女だニャーン」
天使さまは「でも」と悲しそうな顔をする。
続けて言った。
「あたしはテツトのペットだニャーン。悪いけど、他を当たってくれだニャンよ~」
!
!!
ドガグラッシャーン!
俺のガラスのハートが粉々に砕け散った。
痛い。
痛い痛い。
だけどあきらめる訳にはいかない。
「て、天使さま。俺は、俺は……」
「俺は何だニャン?」
「俺は何なの?」
女性二人が上から目線で俺を見る。
俺は言った。
ここはゆっくり行かなければいけない。
まずは、だ。
そう。
「お、おおお、お友達になりたいんです」
天使さまがパッと顔を明るくする。
「お友達になりたいニャンかー」
イヨがクスリと馬鹿にしたように笑う。
「あなたも、テツトのペットになる?」
俺は隣にいる寡黙な男を怒鳴りつけた。
「この野郎! 美人の二人をペットにしやがって!」
「い、イヨはペットじゃないっすからねー」
困ったように首を振るテツト。
俺はまた天使さまの方を向き、頭を下げた。
「天使さま。お守りします。どうか俺を、お友達にしてやってください」
「友達なら良いニャンよ~。大歓迎だニャン!」
「い、良いんですか?」
「んにゃん!」
その時、少し遅れて俺のサファイロッカが運ばれてきた。
「はい、お酒お待ち」
女将さんがテーブルに樽ジョッキを置き、下がっていく。
俺はそれを掴み、一気にあおった。
ゴクゴクと酒を喉に流し込む。
「おー、良い飲みっぷりだニャーン」
天使さまが感心したように笑う。
俺は樽ジョッキをドシンと置いた。
そして絡むようにテツトに言う。
「おいお前、良いことを教えてやる」
テツトの怪訝な瞳。
男のくせに可愛い顔立ちをしてやがる。
だけどその体は筋肉質だ。
「え、なんですか?」
「合成スキルって知ってるか?」
イヨが興味深そうな視線を向けた。
「合成スキル? 知らないわ」
俺は両手を軽く開く。
「教えて欲しいか?」
「レドナーよ、教えるニャーン」
天使さまが右手を元気に上げる。
乳白色の髪がサラサラと揺れた。
俺は叫ぶように言った。
「女将さん、サファイロッカ、おかわりだ!」
「はーい! 少し待ってね!」
奥から声がかかる。
テツトがこちらに顔を向けた。
「合成スキルって何すか?」
「合成スキルって言うのはだなあ」
俺は酔っぱらったようにうんちくを話し始める。
つまり、二つのスキル効果を一つのスキルに合体させることができるんだ。
やり方はと言うと。
まず、合成スキルの名前を知らなければいけない。
例えば俺は剣を使う。
真空斬りというスキルを覚えている。
サンダーショックと言う魔法も覚えている。
この二つの合成スキルの名前を、先輩の傭兵から金で買った。
雷鳴剣と言う。
最初は雷鳴剣と唱えても、何も発動しなかった。
しかし、真空斬りとサンダーショックを何度も使っているうちに、ある時頭の中で声が響いた。
(習得)
その声が何なのか、一瞬分からなかった。
試しに雷鳴剣を使ってみると、発動した。
青い波動に包まれる剣。
どうやら、合成スキルの波動の色は青だったようだ。
俺はどうして発動できるようになったのか、自分なりに考えた。
つまり、真空斬りとサンダーショックの使用回数を一定以上超えると、自分の中で熟練度が溜まり、合成スキルを使えるようになるみたいだ。
「つまりはそう言う訳だぜ」
俺の話を、三人は興味深そうにふんふんと頷きながら聞いた。
運ばれてきていた二杯目の酒をゴクゴクと飲み、俺はぷはあと息をつく。
「どうだ! 天使さま、俺は凄いだろう?」
「んー、合成スキルの話は凄いけど、レドナーが凄いかは分からないニャン」
ガクッと肩を落とす俺。
イヨが聞いた。
「あの、合成スキルの名前って言うのは、どこかで簡単に手に入らないの?」
俺は首を振る。
「合成スキルの名前は、人は簡単に教えてくれねえぞ。金になる情報だからな」
「イヨ、ミルフィに聞けば良いニャンよ~」
「あ、そうか。そうしよう。ミルフィ様なら教えてくれるかも」
領主の名前を軽々と口に出す二人。
この三人は、ミルフィ様とつながりがあるのか?
まあ良い。
俺はポケットから財布を取り出して、中から札五枚を出し、テーブルに置いた。
「今日のところは、これで帰る」
「帰るニャン?」
「五万ガリュも要らないけど」
「いいっていいって」
ここは格好つけなきゃいけないだろう。
俺は立ち上がり、出口へと歩いた。
ちょっと、酔っぱらっちまったみたいだ。
だけど。
神よ、感謝するぜ。
天使さまに出会わせてくれたこと。
まさに、青天の霹靂だ。
いいね!をいただきました。ありがとうございます。励みになります。これからも頑張ります!