3-3 傭兵試験(2)
剣を空に突き上げている剣士の彫像。
もう見慣れた光景ですね。
朝を少し過ぎた11時頃。
僕たちは傭兵ギルドに来ていたっす。
ギルドの朝は込んでいるので、その時間帯を避けた形でした。
建物に入って来た僕たちを見つけると、ダリルは快活な挨拶をくれたっす。
「おはよう! テツトにイヨにヒメの嬢ちゃん。今日は遅いんだな。もう仕事のほとんどを他の連中が持ってっちまったよ」
僕たちはカウンターに寄りましたね。
イヨが前に出て頭をペコリと下げます。
「おはようございます、ダリルさん。今日は、私とヒメちゃんが傭兵試験を受けに来ました」
赤髪のダリルが、鼻にしわを寄せましたね。
「お? ついにまた受けるか? はっはっは、あれからそれほど時間は経ってねえが、二人は強くなったのか?」
ヒメが元気に右手を上げたっす。
「強くなったニャーン」
イヨも二度頷きました。
「なった」
ダリルは両腕を組んで頷きましたね。
「分かった。受けさせてやる。三人とも、外へ出ろ」
彼が棚の上の斧を手に取りました。
そして四人で傭兵ギルドを出ます。
建物の前の土の地面。
通りかかったおばあさんがいそいそと端を歩いて行きます。
ダリルとイヨが、武器と盾を構えて向かいあっていますね。
彼が言ったっす。
「ルールは前に言った通りだ。俺を倒せば勝ち。俺から三分逃げ切れば勝ち。死んだら負け。戦闘不能になった場合も負け。降参は認めるが、その場合、二度とここへ来るな。良いか?」
「はい!」
イヨがはきはきと返事をしました。
「それじゃあ、行くぞ!」
ダリルが斧を振りかぶります。
「おらあ」
イヨが盾で防ぎましたね。
「ふっ!」
ガンッ。
押し返しました。
すごいす。
前は吹き飛ばされていたのに。
イヨの力がついてきている証拠でした。
イヨの剣と盾が黄色い波動に包まれています。
それを見て、ダリルが首をかしげていたっす。
「何だあ? そのバフスキルは?」
「修業の成果です」
イヨがニヤリとして答えます。
「修業の成果? そりゃあDランクのスキルだな。どうやって買った?」
「ミルフィ様にもらいました」
「そうかそうか、良かったなあ、イヨ」
ダリルは満足そうに頷いて、眼光を鋭くしましたね。
「じゃあ、本気で行っても良いってことだなあ!」
「来い!」
イヨが武器と盾を構えます。
そして唱えました。
「プチバリア」
イヨの盾にピンク色のバリアが出現しましたね。
ダリルが言ったっす。
「突撃アタック!」
赤い波動を帯びる斧。
イヨが真剣な顔で盾を構えましたね。
分かります。
イヨはカウンターのタイミングでシールドバッシュを当てようとしているっす。
「イヨ! 今だニャン!」
ヒメは応援をしたのでしょうが、同時にイヨが何かすることを暴露しましたね。
ダリルのスキルの一撃。
ガンッ!
斧と盾が交差して、けたたましい音を立てました。
瞬間。
イヨが唱えたっす。
「シールドバッシュ!」
盾から放出される紫色の波動。
「当たるかよお!」
右にジャンプして回避するダリル。
「ちっ」
イヨが舌打ちしましたね。
「んにゃんー、惜しかったニャン」
両手をグーに握って戦いを見つめるヒメ。
僕も冷や冷やとしていました。
ダリルがまた突撃してきて、斧を振りかぶったっす。
「おらおら、どうしたどうした! 傭兵になるんじゃねえのか! イヨ!」
「くううっ」
攻撃を防御しながら、一歩二歩と後退するイヨ。
ガツンガツンと音がして、火花が散っているっす。
「イヨ! 焦ってはダメっす」
僕は注意するように言いました。
「分かってる!」
イヨが大声で答えます。
ダリルは右から左から斧を振りかぶり、まるでムチのような勢いですね。
イヨは盾で防御し、隙あらば剣を振って牽制していました。
それからもダリルとイヨの攻防が続きます。
長い戦いでした。
決定打は双方共に無く、時間だけが過ぎていきます。
懐中時計を開いて握っているヒメが言いましたね。
「もう三分経ったニャン!」
ダリルはヒメをギロリと睨みつけて言ったっす。
「三分経った? いやあ、まだ経ってねえなあ。三十秒しか経ってねえ」
「う、嘘つきだニャン!」
「嘘つき? 嘘つき上等なんだよお!」
ダリルが大きくジャンプしてイヨに迫ります。
「叩き落し!」
赤い波動を帯びる斧。
強烈な一撃がイヨに襲いかかります。
「ふっ!」
イヨは剣を捨てましたね。
両手で盾を握り、ダリルの斧に盾を当てました。
けたたましい音が鳴ります。
ズガンッ!
「シールドバッシュ」
放たれる紫色の波動。
「なに!」
まともにスタンスキルを浴びて、ダリルは頭をピヨピヨとふらつかせます。
よし!
決まった!
今だ!
イヨが剣を拾い、唱えましたね。
「疾風三連!」
オレンジ色の疾風となり、イヨの三連撃がダリルの斧を弾き飛ばします。
そして。
イヨが剣の切っ先をダリルに突き付けていました。
「ダリルさん、私の勝ち」
正気に戻ったダリルが、嬉しそうに笑いましたね。
イヨが剣を引いたっす。
ダリルはイヨに近づき、その頭に右手をポンと置きました。
「強くなったな、イヨ」
「はい!」
「合格だ」
「はい!」
嬉しそうな顔のイヨ。
その笑顔を見るとですね。
僕まで嬉しくなっちゃいます。
ダリルがこちらを見ました。
「よし、交代だ。ヒメの嬢ちゃん、来い」
「行くニャーン!」
入れ替わりに、イヨがこちらに歩いてきます。
ヒメが彼女にチロリンヒールをかけてあげましたね。
チロリン、と音がします。
「ヒメちゃん、ありがとう」
「んにゃん!」
そして。
ダリルの前に、ヒメがロッドを持って構えます。
ダリルが言いました。
「嬢ちゃん、怪我したくなかったら、棄権しても良いんだぞ?」
ヒメがぶんぶんと顔を振りましたね。
「あたしは強くなったニャンよ~。ダリル、お前を倒してやるニャン!」
「そうか。じゃあ来い!」
ヒメがロッドを構えます。
そして、いつものごとく唱えました。
「スローニャン!」
ダリルの体の周りに出現する紫色の輪っか。
「何!? スローだと!?」
「当ったり前だニャン!」
ヒメがダッシュします。
杖を振りかぶり、三連撃を食らわしました。
「どうだニャン! これでもかニャン! まいったかニャン!」
ビシバシビシ!
ダリルは平気そうに顔を振ったっす。
「確かにスローは強力なスキルだが、ロッド一つずつの一撃は軽いな。全く痛くねえ」
「な、なんだとニャン!」
頑丈そうな体躯をほこるダリル。
効いて無いみたいですね。
これはやばいな……。
僕は悲観したっす。
「ヒメちゃん頑張って!」
イヨが固唾を飲んで応援していますね。
「一撃で決めてやる」
ダリルが斧を構えました。
「突撃アタック!」
赤い波動を帯びる斧。
ダリルは走り出すんですが。
スローがかかっているため、その速さは鈍足でした。
ヒメがおかしそうに笑いましたね。
「お前はネズミより遅いニャン。成敗してやるニャンよー」
「何だと?」
焦ったようなダリルの声。
ヒメがロッドを振りかぶります。
「ネズミ狩りアタックだニャーン」
ヒメの体がしなやかに動きます。
おかしいですね。
スキルでは無いはずなのに、スキルのように鋭い動きです。
元は猫だったことのポテンシャルがよみがえろうとしているのかもしれません。
ロッドの突きの一撃がダリルの首に当たりました。
「ぐがっ!」
苦しそうな声を上げるダリル。
急所への攻撃はさすがに痛いようですね。
斧をまとう赤色の波動が消えました。
「ヒメちゃん、行けるよ!」
イヨが両手をグーにして振っていますね。
ヒメが唱えます。
「ネズミ狩りの舞だニャン!」
ヒメがその場で横に一回転し、ロッドの5連撃を瞬時に繰り出しました。
ドスドスドスドスドス!
やはり、スキルのように迅速な動きです。
「ぐああああっ、痛ってええええ!」
ダリルが股間を押さえてその場に倒れ込みます。
五発のうちの一発が、男の大事な場所に決まってしまったようですね。
ヒメが嬉しそうにジャンプしました。
「あたしの勝ちだニャーン」
「ヒメちゃん、よくやった!」
イヨが嬉しそうに言って、ヒメに近づいて行きます。
「ヒメ!」
僕も言って、ヒメに駆け寄ったっす。
ヒメは僕に抱きついて、小刻みにジャンプしましたね。
「テツト、やったニャン。あたし、やったニャンよ~」
「良かったな、ヒメ」
僕はその背中をポンポンと叩きました。
やがて、痛みが引いたのかダリルが立ち上がったっす。
恥ずかしそうにゴホンと咳払いをしましたね。
「イヨとヒメの嬢ちゃん、傭兵試験は合格だ。二人とも、中に来い」
ダリルがギルドの建物の中に入って行きます。
僕たちはその背中に続いたっす。
またカウンターの前で、ダリルが傭兵バッヂを二人に差し出しました。
「ほらよ」
剣の模様の入った茶色いバッヂ。
イヨとヒメが受け取ります。
「ダリルさん、ありがとう」
「ありがとうだニャン~」
嬉しそうな二人。
ダリルが両手を胸に組んで言いましたね。
「イヨとヒメの嬢ちゃん。二人の傭兵ランクはEだ。これからは、Eランクの傭兵三人で仕事をする事になる。それだったら、一つ上のDランクの仕事も受けさせてやる」
「ありがとうございます」
イヨが頭を垂れます。
「しかし、だ」
ダリルは険しい表情をしましたね。
続けて言います。
「いま、この町では傭兵狩りが出ているんだよなー」
「傭兵狩りニャン?」
ヒメが眉をひそめたっす。
ダリルは二度頷きます。
「ああ、傭兵狩りに傭兵が殺された件がいくつも報告されている。お前ら、悪い時に傭兵になっちまったもんだなあ。まあ、十分に気を付けてくれや」
イヨが聞きましたね。
「何の目的で、傭兵狩りは傭兵を殺すの?」
ダリルは体を揺らしましたね。
「決まってるだろう。相手を殺して、スキル書を奪うためだよ。あるいは敵が魔族なら、人間を食べて魔力を増大させようって言うのが狙いなのかもしれんなあ。まあ、傭兵狩りが魔族かどうかは分からんがな。ちなみに、今のところ死者が食われていたという報告は無い。だから多分、傭兵狩りは人間だ」
「ふーん」
「ま、十分に気を付けてくれ。テツトがいりゃあ大丈夫だろ。お前、二人を守れよ?」
ダリルの鋭い視線。
僕はコクンと頷きます。
「は、はい」
「ちなみに、その傭兵狩りは賞金首になっている。見つけて倒して奴には100万ガリュだ」
「100万ガリュをもらえるニャン?」
ヒメがびっくりしたように聞きましたね。
「ああ、もし倒せたらの話だがな。そいつの首を取ったら、ミルフィ様の所へ行け。賞金を懸けているのはミルフィ様だからよ。さてさて」
ダリルが両手を開きました。
「それじゃあ今日はどうする? 早速、依頼を請けていくか? とは言っても、朝来た連中に、ほとんどの依頼を取られちまっているがな」
イヨが首を振りましたね。
「今日は受けません」
「どうしてだ?」
「これから、あたしとイヨのお祝いニャンよ~」
ヒメがその場で軽くジャンプしましたね。
ダリルがニカッと笑顔を浮かべます。
「そうか! 合格祝いか! まあ、たまには酒でも飲んで、ゆっくりしてくれや」
「ありがとうございました」
イヨが頭を下げて、僕たちを振り向きます。
「行こう」
「行くニャーン」
「分かった」
三人で傭兵ギルドの出口へと歩きましたね。
その背中にダリルが声をかけてくれます。
「傭兵狩りに気をつけろよ! 三人とも!」
ヒメが振り返り、右手を元気に上げます。
「分かったニャンよー!」
扉を開けて、外に出ました。
僕が聞いたっす。
「合格のお祝いはどこでする?」
「キテミ亭が良いニャンよー」
ヒメが乳白色の髪を揺らします。
キテミ亭は、僕たちのアパートからほど近い行きつけの大衆食堂でした。
「うん、キテミ亭が良い」
イヨも頷きましたね。
「行くニャーン」
ヒメが先頭を歩き出します。
「今日はちょっと、お酒が飲みたいかも」
イヨが小声で嬉しそうに言いました。
右手で側面の黒髪を撫でています。
イヨはお酒が好きだったんですかね?
知りませんでした。
僕は、クリスマスの席のシャンパンぐらいしか飲んだことが無く、もちろん酔っぱらったことなんてありません。
ヒメが嬉しそうにくるくると回転しているっす。
「あたしもお酒を飲むニャーン」
「ヒメ、ダメだよ」
僕はそう言うのですが。
イヨが僕の肩にポンと手を置きましたね。
「今日ぐらい、良い」
笑顔でした。
プリティースマイルです。
その顔を見るとですね。
何でも許してあげたくなっちゃいます。
「そ、そうかな」
「うん、テツトもお酒を飲んで?」
「わ、分かったよ、イヨ」
「うん」
そして、僕たちはキテミ亭のある場所へと歩いて向かったのでした。