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40/147

2-20 ひと段落


 ゼクの背中にしがみつきながら僕は揺られていたっす。

 フェンリルが先頭を行きます。

 サイモン山に入りましたね。

 坂を駆け登り、獣道を抜けて、林の木々を縫うように通り抜けたっす。

 山の裏手まで来ました。

 ふと遠くから、ドシンドシンと何かが倒れる音がしましたね。

 戦闘が始まっているみたいっす。

 ガゼルが一頭で戦っているのでしょうか?

 フェンリルとゼクが焦ったようにスピードを上げます。

 僕は振り落とされないように必死でした。

 やがて。

 三つ目の大きなオークに口を掴まれているガゼルの姿が見えました。

 あれが襲撃者の魔族でしょうか?

 オークが黒幕だったんですかね。

 ……違うような気がします。

「ぐるるばあぁぁぁぁあああああ!」

 ガゼルの痛そうな声。

 やばいっす!

 口を引き裂かれています。

 殺されそうっす!

 フェンリルが飛び出しました。

 三つ目のオークに向けてスキルを放ちます。

(ろう)(そう)!」

 オレンジ色の波動をまとう前足を振りました。

 斬撃が飛びます。

 オークの腕を切り裂いたっす。

「ぐっはああぁぁおおおお!」

 悲鳴を上げるオーク。

 しかし浅いです!

 オークの腕を切り落とすまでは行きませんでした。

 ですが。

 オークがガゼルの口を手放したっす。

「きゃわんっ!」

 地面に落ちるガゼル。

 その場でじたばたともがきます。

 フェンリルが守るように立ちました。

 こちらに念を飛ばします。

(ゼク、ガゼルに癒しの風をかけて欲しいのん)

(承知)

 ゼクが僕を乗せたまま歩き、念を発します。

「ぐるるぅ」

(おい、テツト、降りろ)

「あ、ごめん!」

 僕は地面に飛び降りました。

 痛そうに前足で口を押さえているガゼル。

 血がだらだらとこぼれています。

 ゼクが近寄り、唱えましたね。

(癒しの風)

 ガゼルの体が緑色の光に包まれました。

 口は治るんでしょうか?

(ダメだ! 傷が深い!)

 ゼクがおすわりをして困ったように体を揺らしました。

 フェンリルがオークを牽制したまま言います。

(僕が後で治すワン。だからゼクは、あきらめずに癒しの風をかけ続けて欲しい)

(了解です)

 ゼクはそれからも癒しの風をガゼルに唱え続けます。

「ぐっはーう!」

 フェンリルの前に立ちはだかる巨大な剣を持ったオーク。

 左胸には大穴が空いているっす。

 心臓を抜き取られているようですね。

 両手両足が丸太よりも太いです。

 フェンリルが「ぐるるぅっと」吠えました。

(ひれ伏せよ、オークジェネラル)

 底冷えするようなフェンリルの念。

 どうやらこのモンスターはオークジェネラルと言うようです。

 風がふっと吹きました。

 木々の葉がざわざわと音を立てます。

 フェンリルの毛が逆立っています。

 息をするのもためらわれるような圧迫感。

 フェンリルの覇気はもの凄く、僕まで心臓を鷲掴みにされた気分でした。

 空気が氷ついたように、オークジェネラルは動かないっす。

 !

 !!

 やばい。

 やばいです!

 フェンリルが怒っています。

「ぐ、ぐ、ぐはぅ……」

 オークジェネラルの頭から流れる滝のような汗。

 困ったような表情。

 体はぷるぷると震えています。

 やがて、光っていた三つ目が、光を無くしました。

 四肢が収縮して行きます。

 そしてなんと。

 オークジェネラルがひれ伏したように、その場に足を崩しました。

 フェンリルが念を飛ばします。

(そう、バーサクを使っていたワンね)

「ぐはぅ」

 オークジェネラルの弱ったような声。

(お前は心臓を抜き取られているワン。もうすぐ死ぬワン。死ぬ前に、僕が葬ってやるワン)

「ぐははーぅ」

(首を出して)

「ぐはぅ」

 オークジェネラルが剣を捨てて、両手を水平に開きました。

 そしてなんと。

 首をフェンリルに差し出しました。

 なんて異様な光景でしょうか?

 あの少女のようなフェンリルが、今は地獄の閻魔のように映っています。

 フェンリルがスキルを唱えました。

蒼天(そうてん)(きば)

 赤い波動をまとうフェンリルの口。

 フェンリルがオークジェネラルの首の横を、跳んで通り過ぎました。

「ぐっはーぅ」

 天に召されるような解放感に満ちた表情で、オークジェネラルの首が落ちたっす。

 地面に転がる頭。

 首の根本からは血潮が吹いて、一本の木を濡らしました。

 オークジェネラルの体には赤い光が起こり、それは一点に集中して一冊の茶色い本になります。

 スキル書を落としましたね。

 フェンリルがそれを口にくわえて持って来て、僕に渡します。

(これをあげるワン)

「え?」

(テツトにあげるワン)

「わ、分かった。ありがとう」

 スキル書を受け取ります。

 ……。

 僕は。

 僕は何もできなかったっす。

 何のためにここまで着いてきたのでしょうか?

 ふがいないっす。

 フェンリルがガゼルの元に行きましたね。

(ゼク、ガゼルはどうだワンか?)

 ゼクは何度も癒しの風をかけていました。

(ダメです。フェンリル様、お願いします)

(分かったワン)

 フェンリルがガゼルに近寄り、右の前足を上げます。

 スキルを唱えたっす。

(治癒の息吹)

 ガゼルの体が濃い緑色の光に包まれて、見る見るとその口の端が治りました。

 ゆっくりと体を起こして立ち上がるガゼル。

 フェンリルの前におすわりして、頭を下げたっす。

(申し訳ありません、フェンリル様。我は、オークジェネラルに負けてしまいました)

 その顔に顔をこすりつけるフェンリル。

(命あっての物種だワン。だけどガゼル、今度からは一人で行ってはダメなのん)

(承知しました)

(分かれば良いワン)

 フェンリルの優しさを垣間見て、僕は胸がほっとしましたね。

 僕は一歩前に出ます。

 両手を広げたまま死んでいるオークジェネラルをちらりと見たっす。

「フェンリル、こいつは襲撃者の魔族じゃないと思うけど」

(分かっているワン。だけど、大本の敵がどこにいるか分からないワン。魔力の匂いがもう僕にも分からないワン)

 その時っす。

 林の下の方から、がさりがさり、どしんどしんと音を立てて大勢の何かがやってきます。

「何か来る」

 僕はつぶやいたっす。

 今度こそ魔族か?

 身構えました。

(怖がらなくて良いワン)

 フェンリルが僕の隣に来ました。

(仲間たちだワン)

 木々の合間を走り抜けて、スティナウルフが何頭も顔を見せました。

((フェンリル様!))

(フェンリル様! ご無事ですか!)

 フェンリルは念を飛ばします。

(僕はこの通り無事だワン。みんな、せっかく来てくれたのに悪いワンが、これから町に戻るワンよ。自分の持ち場に戻るだワン)

 フェンリルが歩き出します。

 ガゼルが僕の横に来ましたね。

(テツト、運んでやる。背中に乗れ)

 体勢を低くしてくれます。

「あ、悪い、ありがとう」

 僕はその背中に飛び乗りました。

 スキル書を落とさないように、ズボンのベルトに挟みます。

 そして、スティナウルフたちと僕のみんなで山を下り、バルレイツの町へと帰りましたね。

 その途中、東の空には朝日が顔を出してきていて、夜の終わりを告げてくれました。

 僕とガゼルはカローネの畜産農場に戻り、イヨとヒメと合流します。

 二人が心配そうな顔で待っていましたね。

 牛舎の入口の前でガゼルに下ろしてもらい、僕は二人に歩み寄りました。

「「テツト」」

 二人が駆け寄ってきます。

 僕が聞きます。

「ヒメ、イヨ、新手の敵は来なかった?」

 二人が首を振ったっす。

 イヨが両手を胸の前で開きました。

「魔族は倒せたの?」

「それがいなくて、代わりにオークジェネラルがいたんだ。オークジェネラルはフェンリルが倒したよ」

「そっか……」

 少し残念そうなイヨの表情。

 魔族はどこにいるんでしょうかね。

 僕はガゼルの方を向いたっす。

「ガゼル、領主館に行って、状況をミルフィ様に報告してきてくれるか?」

(承知)

 ガゼルは踵を返して、町の中心地へと走って行ったっす。

 ヒメが両手を腰に当てて言いました。

「とりあえず、みんな無事で良かったニャンよー」

 イヨが頬に笑みをたたえて首肯します。

「本当ね」

 僕は頷いたっす。

「そうだね」

 そして。

 カローネの農場で待つこと一時間ほど。

 ガゼルが帰ってきて、説明をくれました。

 何でも、魔族は単身で領主館を襲おうとし、ミルフィに返り討ちにされたのだとか。

 ミルフィたちは魔族を退けることはできたようですが、逃がしてしまったみたいです。

 魔族は逃げる際にオーガを召喚したので、それをサリナが倒したそうですね。

 サリナさんって、強かったんですかね?

 人は見かけによらないっす。

 一応、町の当面の安全は確保されたようで、僕らは歩いて領主館に行きました。

 ヒメがガゼルの背中に乗っていますね。

「ふんふんふんふーん、魔族なんて、ぶっ飛ばせーニャン。スティナウルフは世界一ニャーン。テツトは無敵の最強ロボット、鉄拳パンチをお見舞いニャーン」

 変な歌を歌っていますね。

 ご機嫌なようです。

 隣に並ぶイヨが僕に話しかけたっす。

「テツト、牛舎で倒した男がスキル書を落としたんだけど、これ」

 カバンの中から一冊の茶色い本を取り出すイヨ。

 タイトルには、疾風三連と書かれていますね。

 イヨの頬にえくぼが浮かびます。

「あの男、剣を持っていたから、剣士のスキルみたい。どうしよう? これ」

 僕は思い出したように、ズボンのベルトに挟んだ茶色い本を取ります。

「そう言えば僕も、これ」

 タイトルにはバーサクと書かれているっす。

 それを見て、イヨが顔をしかめました。

「バーサク? それは覚えちゃダメ!」

「そうなの?」

「どこで取ったの?」

「それは、フェンリルが倒したオークジェネラルから」

「なるほど。バーサクは、自分の体力が切れるまで戦闘をし続けることになるノーボイススキルだから。その代わり、力がすごく増大するけど、でも、覚えるのは良くない。バーサクはお店に売ろう」

 なるほど。

 スキル効果が切れて収縮したオークジェネラルの四肢を、僕は思い出しました。

 あの効果でガゼルが負けたのか。

「分かった」

 僕は頷きましたね。

 イヨが嬉しそうな笑顔をくれたっす。

 プリティースマイルです。

 ドキドキ。

「バーサクはCランクスキル。180万ガリュで売れる」

「ほ、本当ですか?」

 僕は両手の拳を掲げて、「やったあ」と言いました。

 続けて言います。

「疾風三連の方は?」

「これもCランクスキル。だけど、適正が剣士スキルだから」

 イヨがちらちらと僕の顔を見ます。

 続けて言います。

「剣士適正のスキルなの」

「あ、はい。売れば180万ガリュですね」

「私、剣士なんだけど」

「あ、はい。2冊を売れば、これで一年は余裕に暮らせますね」

「私、剣士……」

「イヨさん?」

「私剣士、私剣士、私剣士」

 ……どうやらイヨは、覚えたいみたいです。

 ガゼルの背に乗っているヒメがつぶやきました。

「イヨ、疾風三連を覚えれば良いニャンよ~」

「ほんと!?」

 ぱあっと顔を明るくするイヨ。

 僕は苦笑しましたね。

「イヨ、覚えてください」

「分かった! 覚える!」

 イヨが「習得」と言いましたね。

 光に包まれて茶色い本が消えます。

「やった! 強くなった!」

 嬉しそうなイヨの笑顔。

 その可愛い顔を見るとですね。

 ドキドキです。

 何でも許してあげたくなっちゃいます。

 僕はバーサクのスキル書を担いでいるリュックの中に入れました。

 この本は後で売らなくちゃいけないっす。

 そして。

 やがて領主館の前にたどり着きました。

 門の前にはいつも通りドルフがいて、見張りをしていますね。

 僕らが近づくと、

「テツトくんたちか! ミルフィ様がお待ちだ。中に入れ!」

 すぐに金網を開けてくれます。

 玄関をくぐると、サリナが顔を覗かせました。

 お馴染みのメイド服姿。

 この人が、オーガというモンスターを倒したんですよね?

 顔に似合わないとはこの事っす。

「おはようございます。テツト様ご一行。それとスティナウルフさん。さあ、ミルフィ様とフェンリル様がお待ちですよ」

 ガゼルが「ぐるるぅ」と小さく吠えました。

(我の名はガゼルだ)

 サリナは頷きます。

「ガゼル様ですね。お名前を覚えました」

 それから僕らは食堂に案内されたっす。

 サリナは朝食を作ると言って、キッチンの方に歩いて行きました。

 食堂では、上座にミルフィが腰かけており、その隣にフェンリルが座っていて、二人で紅茶を飲んでいましたね。

 フェンリルは人狼の姿に戻っており、事務員用の紺色の服を着ているっす。

「あら、テツトさん、イヨさん、ヒメちゃん、それと、えっと、さっきいらっしゃったガゼルさん、お待ちしていましたわあ」

 いつもの調子で挨拶をするミルフィ。

 ヒメが元気に右手を上げたっす。

「おはようだニャーン」

「「おはようございます」」

 イヨと僕は頭を下げます。

(おはよう)

 ガゼルが念を飛ばしました。

 ミルフィがフェンリルの隣を勧めます。

「どうぞ、腰かけてくださいなあ」

 僕たちは並んで椅子に座りました。

 ガゼルはフェンリルの足元に伏せりましたね。

 ミルフィが呼び鈴を押すと、すぐにサリナが紅茶を運んできてくれました。

 僕たちはそれを飲み、一息ついたっす。

 ミルフィが両手のひらを合わせました。

「みなさん、昨夜はどうもありがとうございました。おかげさまで、魔族を退けることができました。町の牧場や農場も守られて、全てはみなさんの頑張りのおかげです」

 イヨが聞きましたね。

「被害は?」

「被害の方は、襲われた畜産農家がイヨさんたちの守っていた場所も含めて3か所。どれも守っていたスティナウルフやテツトさんたちが撃退してくれました。しかし牛が1頭、豚が2匹、被害に合っています。鶏は0匹です。人間の被害については、魔族に心臓を抜き取られた者が3人。スティナウルフは0頭です。まあ、これぐらいなら、死んで行った者たちには申し訳ないですが、被害は軽微であった、と言えるのではないでしょうかぁ」

「そうですか」

 イヨが安堵の息をついたっす。

 僕も安心しました。

 ヒメが紅茶をがぶがぶと飲んでいますね。

「お腹空いたニャーン。ご飯はまだかニャン?」

 難しい話よりご飯の方が気になるようです。

 イヨがその肩に手を置いたっす。

「いま来るから」

「来るニャンか?」

 ミルフィが右手を口元に当ててクスリと笑います。

「いま用意させていますわ。それよりみなさん、今回は本当にありがとうございました。ご苦労様でした」

 フェンリルが身じろぎしたっす。

「みんな、今回は本当に本当にありがとうだワン。スティナウルフの疑いを晴らしてくれて、とても助かったワン」

 ミルフィが首を振りました。

「いいえ、私たちの方こそ、スティナウルフのみなさんには助けられました。こちらこそ、お礼を言わせてくださいな」

「そうかワン」

「はい」

 紅茶をすするミルフィ。

 イヨが聞いたっす。

「でも、魔族は撃退できなかったと聞きましたが」

 ミルフィが表情を険しくしましたね。

「そうですわね。近いうちに、また襲ってくるでしょう。その時はみなさんで、ボッコボコにしてやりましょうね!」

 両手を掲げて握るミルフィ。

 いたずらっぽい笑顔です。

「ボコボコ?」

 イヨが首をかしげます。

「はい、ボッコボコです」

 ニッコリと微笑むミルフィ。

「ボコボコの、ドスドスの、ズタズタだニャーン」

 ヒメが元気に肩を揺らします。

 みんなが笑いました。

 ミルフィが両手の肘をテーブルにつけて、手のひらを組み合わせます。

「それでなんですが、今回の依頼の報酬の話をさせていただいてもよろしいですかぁ?」

 イヨが頷きましたね。

「はい」

 僕も顎を引きます。

 ミルフィは僕らに試すような視線をくれました。

「前のようにお金で払っても良いのですがー」

「いくらニャンか?」

 ヒメが聞きます。

 ミルフィは苦笑して、

「そうですねー。期間は一日でしたし、みなさまは魔族と接触しなかったようなので、15万ガリュと思っています」

 イヨと僕が小刻みに頷きます。

「もっと奮発して欲しいニャン」

 ヒメがわがままを言いました。

「ですがぁ」

 ミルフィはそこでテーブルから肘を離し、人差し指を立てました。

「私としては、これからもみなさんのお世話になりたいと思っています。しかし、テツトさんはまだランクEの傭兵であり、イヨさんやヒメちゃんに関しては傭兵ですらありません。それを考えると、こちらからお仕事を依頼するにしても、ちょっと戦力不足が否めないと思っています」

「はい……」

 イヨが弱ったような顔で答えました。

「なのでぇ」

 ミルフィが顔に笑みをたたえます。

「報酬はお金の代わりに、領主館に保管されているスキル書でお支払いする、と言うのはどうでしょうか? みなさんの戦力がアップすると思います。あ、もちろんスキル書をお店に売られると困りますので、この場で覚えてもらう、と言う条件付きになりますが、どうですか? みなさん」

 僕たちは顔を見合わせました。

 ヒメがびしっと右手を上げます。

「スキルを覚えておくニャーン」

 ガゼルも立ち上がりました。

「ぐるるぅ」

(スキル書をくれるのか? そうしてもらいたい)

 ガゼルまでもが、もっと強くなりたいようです。

 イヨは真剣な表情で僕に言いました。

「テツト、報酬はスキル書で良い?」

 僕は頷きます。

「そうしよう、イヨ」

 ミルフィが満足そうに頷きます。

「お気持ちは固まったようですねぇ」

 そう言って椅子を引き、立ち上がりました。

「ちょっと待っていてくださいな。今、スキル書を見繕って、持ってきますわぁ」

 ミルフィが食堂を出て行ったっす。

「どんなスキルニャンかなー」

 ヒメが両手をグーにしてワクワクと振っています。

「きっと、強いスキル」

 イヨが頷きました。

 ミルフィが少しして戻ってきたっす。

 四冊のスキル書を両手に持っています。

 あれ。

 その四冊は、僕とイヨとヒメとガゼルの分なのでしょうけれど。

 フェンリルの分は無いですね。

 イヨも気づいたようで聞きました。

「あの、5人いるけど?」

「フェンリルさんの分は、私もどれを選んだら良いのか分かりません。なので、後ほどご自分で選んでもらいますわぁ」

「なるほどワン」

 フェンリルが頷きました。

 ミルフィは僕らの前に一冊ずつスキル書を置いていきます。

 僕は本を手に取りました。

 タイトルに書かれている異国語はやはりどうしてか理解できます。

 へっぽこパンチ。

 そう書かれていますね。

 かなり残念です。

 ……。

 言葉が出ません。

 隣のイヨの本のタイトルを見ると、修行の成果と書かれています。

 ヒメの本も見たっす。

 キュアポイズンと書かれていますね。

 振り向いて、ガゼルのスキル書も見ます。

 デスローリングと書かれています。

 ……。

 イヨとヒメとガゼルは、少し良いスキルをもらったようですね。

 ですがですよ。

 僕だけどうして、へっぽこパンチなんでしょうか?

 へっぽこパンチは、へなちょこパンチよりも強いんでしょうか?

 同じ感じがしますね。

 かなり不満があります。

 ミルフィが自分の席について微笑んで言いました。

「どれもDランクのスキルになります。良かったですねぇ、みなさん。これで魔族も怖くないですね!」

「Dランク!」

 イヨがはっとした表情をしました。

「それって、一冊60万ガリュはする」

「はい。みなさんとのこれからのお仕事に期待して、奮発させていただきましたわぁ。はっきり言って、出血大サービスです」

「ありがとうございます!」

 イヨが深々と頭を垂れます。

 ヒメがさっそく「習得ニャン」と言いました。

 スキル書が光を帯びて消えます。

「よし、キュアポイズンを覚えたニャンよー!」

 ミルフィが満足げに頷き、

「さあ、みなさんも、覚えてくださいな」

 僕は仕方なく「習得」と言います。

 スキル書が光を帯びて消えました。

 どうやら僕は新たに、へっぽこパンチを覚えたようです。

 そして四人がスキルを覚え終える頃、サリナが朝食を運んできました。

 オボンに載っている食事には、大きなショコラケーキまでついています。

ガゼルにもホールケーキがまるまる1個出されました。

 お仕事が終わって、お祝いということですかね?

「ケーキだにゃーん」

 ヒメが喜んでフォークを握りました。

 ざくっとケーキ刺して口元に持って行き、かじります。

 ミルフィが両手のひらを合わせました。

「それではみなさん、お仕事お疲れさまでした。いただいてください」

 イヨが両手を組み合わせていますね。

「神よ、今日の恵みに感謝します」

 いつもの祈りの言葉。

 僕はいただきますと言い、食事に取りかかったのでした。

ガゼルもケーキにかじりつきます。

 こうして、スティナウルフの駆除から続いていた僕らの仕事はひと段落ついたようです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] へなちょこからへっぽこに進化?したのですね。 早く強くなって欲しいです(笑)
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