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1-4 掃除


 庭掃除を言い渡されました。

 大きな一本の木の下。

 僕とヒメは竹ぼうきで落ち葉を集めます。

 ……これは何の木ですかね?

 名前は分からないっす。

 花は咲いていません。

 その隣にはレンガ張りの家があり。

 肌の白い女性が立っています。

壁に背中を預けているっす。

 カップを持っており、何か飲んでいますね。

 時折、厳しい視線をくれていました。

 ヒメが疲れたような声で、

「もう落ち葉が無いニャン。掃除はこれで、終わりニャーン」

「そこ」

 女性が地面の一か所を指さします。

 そこには一枚の落ち葉。

 ヒメはぶちぶちと文句を垂れました。

「目ざとい女だニャン」

 落ち葉を掃きに行きます。

「ヒメ、頑張るぞ」

 一声をかけて、僕は落ち葉を探して回ります。

 数分後。

 庭がピカピカになりましたよ。

 僕とヒメは顔を見合わせました。

「もう落ち葉はなさそうだね」

「終わりニャーン!」

 肌の白い女が壁から背中を離して、

「次は玄関」

 ヒメが、げっ、というような顔になりました。

 僕は頷きます。

「分かりました」

 ヒメが箒を上下に振ります。

「もう大根ぶんは働いたニャン」

 女性は首を振ります。

「まだ一本ぶんしか働いてない」

「高い大根だニャン!」

 悲しそうな声です。

 僕たちは玄関に回りました。

 石ころや土汚れを掃きだします。

 女性は一度家に入り、バームクーヘンを持ってきました。

 もぐもぐと食べていますね。

 ヒメが羨ましそうに見つめます。

「そのお菓子、あたしも欲しいニャン」

「あげない」

「甘くて美味しそうだニャン」

「あげない」

「欲しいニャン~」

「いいよ」

「本当かニャン!」

 ヒメが近づきます。

 女性はバームクーヘンを割りました。

欠片をヒメに渡します。

 欠片を頬張るヒメ。

「うまいニャン! ほっぺたが落っこちるニャン~」

 満面の笑顔ですね。

「そう?」

「さてはお前、良い奴だニャン」

「まあ、悪い人ではない」

 女の薄い笑み。

 その顔を見て、僕の胸が高鳴りました。

「名前はなんて言うニャン? ちなみにあたしは、ヒメだニャン」

「ヒメって言うの?」

「そうニャン!」

 ヒメが自慢げに胸を張ります。

「私は、イヨ」

「イヨ? お前はイヨだニャン」

「うん」

「イヨだニャンイヨだニャン!」

 ヒメが二度ジャンプします。

「そうだけど?」

「イヨはバームクーヘンをくれたニャン。イヨは良い奴だニャン。肌が真っ白くて、雪のようだニャン」

 興味津々ですね。

「だから何?」

 イヨがまた笑みを浮かべます。

 やっぱり、可愛いっすね。

「イヨ、今度あたしが、バームクーヘンのお礼に、ネズミ狩りを教えてやるニャン」

「ネズミ狩り?」

「そうニャン、面白いニャンよ~」

「そうなんだ」

「うん! あたしたちはもう友達ニャン! 友達ニャン友達ニャン!」

「いつ友達になった?」

「いまなったニャン~。もう友達ニャンよ~」

 ヒメがイヨの腹に抱きつきます。

 顔をすりすりと寄せました。

 イヨは困ったように頬をかいて、

「なんか、猫みたい」

 ヒメが顔を上げます。

「あたしは猫だったニャン」

「猫だった?」

「そうニャン。テツトのペットニャン」

「……どういうこと?」

 眉を寄せるイヨ。

 その間にも、僕は玄関をピカピカにしました。

「掃除、終わりました」

 二人がこちらを向きます。

「テツト、お疲れさまニャン」

「次はキッチン」

 イヨが家の玄関をくぐります。

 日本とは違い、土足で上がるようです。

 ……まだ掃除があるのか。

 そう思いつつも、イヨの家に上がるのは楽しみでした。

「まだあるニャンか~」

 二人で裸足のまま玄関をくぐります。

 イヨがバケツに雑巾を用意したっす。

 拭き掃除を始める2人。

 それ眺めているイヨが聞きました。

「あなたたちは、どこから来たの?」

 ヒメが振り向きます。

「日本ニャン」

「ニホン? そんな名前の町、私は知らない」

「日本は良いところだニャン! 今度イヨも来るニャン!」

「行かないけど」

「えー、なんでニャン。来るニャン! 二人で家で、日向ぼっこするニャン。気持ち良いニャンよ~」

「ニホンから、歩いてきたの?」

「んーん」

 ヒメが首を振りました。

 続けて言います。

「ワープして来たニャン」

「ワープ!?」

 イヨのびっくりしたような声。

 ヒメは雑巾を投げだしてイヨのそばに寄りました。

「そうニャンよ~。家のベッドで寝ていたら光に包まれて、ワープしたニャン。あたしもびっくりしたニャン!」

「ま、魔法使いにスキルをかけられたのかな……」

 イヨの怪訝な表情。

 僕は小さなキッチンを拭き終えました。

「終わりました」

 イヨが姿勢を正します。

「そう。じゃあ、後は良い」

 僕は頭を垂れます。

「さっきはヒメが、大根を食べてしまって、すいませんでした」

「良い。それよりあなたたち、今日泊まるところは?」

 あ……。

 そうでしたよね。

 泊まる場所がないっす。

 僕は首を振ります。

 ヒメがイヨの腕に抱き着きました。

「イヨ、テツトとあたしは泊まるところが無いニャン~」

「そうなんだ」

 イヨが困ったような顔をしました。

 顔をすりすりと寄せるヒメ。

「イヨ、泊めて欲しいニャン。泊めて欲しいニャーン」

 イヨはふっと息をつきます。

 それからあきらめたように笑いました。

「……分かった」

 ヒメの頭を撫でていますね。

 ごろごろとヒメが喉を鳴らしています。

「イヨは良い奴だニャーン」

「なんか、カワイイ子ね」

 そして。

 リビングで、テーブル前の椅子に座りました。

 イヨが作ってくれた簡単な手料理を食べています。

 硬いパンと、燻製の肉が一切れ、塩がふりかけられたサラダ。

 パンをかじり、僕は何度も咀嚼します。

「とりあえず、あなたたちの事情を、説明して欲しい」

 イヨがパンをちぎって紅茶につけました。

 口に運びます。

 ヒメが野菜をカリカリと食べながら、

「簡単ニャーン」

 説明を始めました。

 僕は口下手っす。

 ヒメの説明に、僕が追加説明を入れての会話になりましたね。

 説明が終わります。

「ふーん、あなたたちは異世界から来て、ヒメちゃんは猫から人間になったのね」

 イヨが感慨深げにつぶやきます。

 続けて、

「道理で畑から大根を盗むわけだわ」

 僕たちは食事を終えていました。

 カップの紅茶をすすります。

 僕は勇気を出して、聞きました。

「あの、この世界のことを、教えてほしいんですが」

「教えるニャーン」

 ヒメの甲高い声。

 イヨが視線を向けます。

「いいよ」

 イヨは「どこから説明しようかな」と言い、語り出します。

「まず、この星の名前はハルバと言う。そして私たちが今いるこの国の名前はロナード王国。そして、この村の名前はマーシャ」

 うんうんと頷く僕たち。

 彼女は続けます。

「この世界の人間は、誰でも必ず一つ、スキルを持っている。テツトさん、あなたも持っている」

「え? 僕も?」

「うん。さっき、両手を構えたら手が鉄のように銀色になった。あれはたぶん、鉄拳という名のスキル」

「……なるほど」 

 両手を胸の前で開いたっす。

 それだけで、手が銀色に染まっていきますね。

 これが鉄拳か。

「あたしは何も無いニャーン」

 ヒメが甲高い声で言います。

 イヨは首を振りましたね。

「ううん、ヒメちゃんもきっと持っている。まだ、自分がどんなスキルを持っているのかを知らないだけ」

「どうすれば分かるニャン?」

「それは、山を越えた先の町にいるスキル鑑定士に調べてもらえば分かるはず」

「なるほどニャン! じゃあ、聞きに行くニャン!」

「うん、後でね。それでなんだけど、スキルには2種類ある。1つは、スキルの名前を唱えることで発動する普通のスキル。もう一つは、テツトさんのように名前を唱えなくとも発動できる、ノーボイススキル」

「ふむふむ」

 相槌を打つヒメ。

「老衰の場合を除くんだけど、人が死ぬと、スキルは結晶化して、一冊の本になる。それはスキル書と呼ばれる。スキル書を手に入れると、人はそのスキルを新たに覚えることができる」

「死ぬと?」

 僕はつぶやくように聞きました。

「うん。この世界の人間は、強いスキル書を手に入れるために、より強い武力を手に入れるために、殺し合い、争っている。相手のスキル書を入手するためにね。だから、この世界の歴史は、戦争ばかり」

「ふーん」

「なるほどニャーン」

 僕たちは頷きました。

 イヨが紅茶をすすります。

「この世界のことを一気に語っても、覚えきれないと思う。今日はここまで」

 両手のひらを合わせるイヨ。

 説明をやめました。

 僕はカップの紅茶をすすります。

 ヒメが僕に顔を向けたっす。

「テツト、町に行くニャン! あたしのスキルを調べてもらうニャン!」

「……そうだね」

 僕はうーんとうなります。

 厳しい視線を向けるイヨ。

「あなたたち、強い?」

 ヒメが振り向きます。

「テツトは強いニャーン、全国大会1位だニャーン」

 柔道の話ですね。

 僕は顔を赤くなりました。

 イヨは顔を傾けて、

「全国大会1位? よく分からないけど、山はモンスターが出るから、気を付けて」

 僕は聞きます。

「あの、ここから、町までは、どれくらい時間がかかりますか?」

 イヨが指を立てます。

「人の足で3時間」

 眉を寄せるヒメ。

「猫の足だと何時間だニャ?」

 イヨは微笑しました。

「それは分からない」

「ダメニャーン」

 今日はもう昼過ぎっす。

 僕はヒメの頭に手を置きます。

「明日にしよう」

「仕方ないニャン」

 イヨが頷きました。

「うん。それが良いと思う」

 そして。

 イヨは食器を流しに運んで洗い物を始めました。

 僕は少しゆっくりすることに。

 ヒメはイスに背中を預けて、ごろごろと喉を鳴らしていますね。

 今日の残りの時間、イヨは畑仕事でした。

 僕とヒメは、やり方を聞きながら手伝ったっす。


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