2-19 ルウvsミルフィ(ルウ視点)
全く、あきれたもんだわ。
どうして下級魔族のスティナウルフが人間の味方をしているのよ。
裏切り者ね。
魔王様が復活したら、一番に報告しなくちゃいけないわ。
ルウは夜空の月を見上げて嘆息した。
スティナウルフと人間が共存を始めたのは、一週間ぐらい前のこと。
狼は馬車を引かされたり、珍妙な芸を覚えさせられたり、果ては夜の町の見回りまでさせられて。
バッカじゃないの!
ルウたちは魔族なのよ?
スティナウルフも下級魔族なのよ?
どうして人間の配下にならなきゃいけないのよ。
さすがに脳みそプッツンだわ。
だから。
だからね。
みんな殺すことにしたの。
スティナウルフも殺すことにしたの。
サイモン山にさ。
強そうなオークジェネラルがいたから。
ルウの血をいっぱい分けて、吸わせてあげたの。
そしたらオークジェネラルの力がどんどん増大しちゃって。
むふふふふ。
それでね。
それでね。
今日は作戦決行の日だから。
お昼に操心拳を使って心臓をえぐり抜いたの。
馬鹿なオークジェネラルに言うことを聞かせるためにね。
スティナウルフが来たら、殺すように命じておいたわ。
他にも、この町の大きな畜産農家を襲うために、操った三人の人間の男を向かわせている。
でもきっと男たちはやられちゃうじゃん?
元々があんまり強くないから。
スティナウルフたちに殺されちゃうでしょうね。
でも。
でもさ。
あいつら、スティナウルフは鼻が良いから。
人間から香るあたしの魔力の匂いにきっと気づく。
魔力の匂いを辿って追いかけられるのよね。
そしてさっき、あたしの魔力の匂いがプンプンとするオークジェネラルのところに向かって行ったみたい。
ルウは耳が良いの。
とても良いの。
この町から、スティナウルフたちの息遣いが遠のいて行く。
隠れていたルウは、ついに動きだしだ。
今、バルレイツの領主館の前に来ているの。
何をしにって?
決まってるじゃん。
領主のミルフィを殺すためよ。
畜産農家の滅亡なんかに興味なんてあまり無いのよ?
スティナウルフを町から離れさせるためにやっただけのこと。
邪魔者はいない方がいいのよ。
目の前には、背の高い灰色の外壁で囲まれた、レンガ張りの白い建物がある。
門の入口は金網になっていて、その前に一人の丸メガネをかけた緑髪の少女が剣を持って立っていた。
夜空を見上げている。
門衛かしら?
「今日は月が綺麗ですわねわねぇ」
は?
少女がルウに話しかけて来たんですけど。
ルウは立ち止まり、警戒するように顔を険しくする。
もしかして?
まさか?
こいつがミルフィなの?
ルウは聞いた。
「あなたがミルフィ?」
緑髪の少女は頷く。
「はい、私はミルフィ・ノーティアス、この町で領主をしている者ですわぁ」
余裕そうな態度。
私の肌は紫色だから、魔族だって分かるはずなのに。
おびえるそぶりも無い。
それどころか。
ルウがここに来ると分かっていたような様子。
待ち伏せしていたみたい。
超ムカつくんですけど。
「ルウは、ルウ・ベステリア、上級魔族よ」
上級ってところを強調して言ってやったわ。
ミルフィは丸メガネの縁を掴んで、コクコクと頷く。
「それはそれは、珍しいお客さんですわぁ。ルウさん、私とお友達になりましょうか?」
人懐っこい笑み。
なんなの?
ふざけてる。
私の存在が怖くないの?
……これが勇者の家系の人間ってこと?
「嫌よ。ルウはあなたを殺しにきたの」
「それはまた、物騒なお話ですねぇ。どうしてか、理由をお聞きしてもよろしいですかぁ?」
間延びした口調。
超超ムカつく。
「あなた、勇者なの?」
ミルフィは首を振る。
「いえいえ、私はまだまだ未熟者です。でも、そうですねぇ、私の父は勇者と呼ばれていましたわ」
こいつの父親が、魔王様を殺して封印したのね。
ルウは両手を構える。
ミルフィが両手で剣を構えた。
「あなた、兄弟いる?」
「いえ、私は一人っ子です。どうしてそんなことを聞くんですかぁ?」
「ふーん、じゃあ、あなたを殺せば勇者の血筋は絶えるのね」
ミルフィは首をかしげる。
「私を殺す? できますかぁ? あなたに」
「できるわ」
「じゃあ、お友達にはなれないってことで、間違いありませんでしょうかぁ?」
くっ。
馬鹿にしてえ!
「なれないわ」
「そうですかぁ。残念ですぅ」
心底残念そうに顔を落とすミルフィ。
私の眉間に筋が、ピシリ。
もう我慢できない。
ルウは走り出した。
「いま! 殺してあげるからね!」
右手でミルフィの顔面を狙う。
「そうですかぁ」
剣で防御するミルフィ。
ガンッ!
ルウは両手を使って何度もパンチを叩きこむ。
剣で防御された。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
拳を交わしてみて、すぐに分かる。
一歩も動かないミルフィ。
この女、強いわ。
「エリアロマンス」
ミルフィがスキルを唱えた。
彼女の足元に黄色く光る魔法陣が現れる。
ちっ。
黄色のスキルは、バフの色だわ。
ミルフィがにっこりと微笑む。
エリアロマンスがどんなスキルか知らないけど。
ルウだって、強いスキルをいっぱい持っているんだから!
ミルフィが言った。
「このスキルは、ノーティアス家に伝わる伝統のスキルですの」
「へぇ、どんな効果?」
「教えません」
「へぇ」
「あ、でもでも、私とお友達になってくれるって言うのなら、教えてさしあげても、良いですわぁ」
「ムッカつくんだよその言葉! さっきから!」
もう我慢の限界。
ルウはスキルを使う。
「金剛崩拳!」
右手に帯びるオレンジ色の波動。
オレンジ色は、スピード重視の色。
へなちょこパンチの四段階上のスキル。
ランクはAなの。
その剣、砕いてやるわ!
ルウは一筋の閃光になり、一直線にミルフィ向かってパンチを放った。
ミルフィが唱える。
「テラーバリア」
ミルフィの体が薄いピンク色の球状のバリアに包まれる。
嘘!
Sランクスキルだわ!
ルウの右腕がバリアと衝突し、ガツンと大きな音を立てた。
火花が散り、辺りが一瞬照らされる。
ルウは下がって距離を取った。
バリアの効果は一分なの。
Aランクのフォーディレクションズバリアを持っているから知っている。
ミルフィは両手の剣を真っすぐにこちらに突き出す。
「雷帝!」
ミルフィの剣が赤い波動を帯びる。
赤は火力重視の色。
暴風のような稲妻がルウを襲った。
「うっぎゃぁぁあああああああ!」
電流に焼かれるルウの体。
着物が焼けこげてズタズタになる。
ルウはその場に尻もちついて、体がぶすぶすと煙を上げた。
ミルフィは立て続けにスキルを唱える。
「炎獄!」
ルウの体が、今度は炎に包まれる。
「ふぉ、フォーディレクションズバリア!」
ルウはたまらず唱えた。
ピンク色のバリアに四方に出現するんだけど。
頭上と足元から炎が入ってきて、ルウの体が燃え盛る。
「ぐぎゃああぁぁぁぁああああああああ!」
一瞬パニックになったせいで、四方のバリアが消失した。
「うふふふふ!」
楽しそうに笑うミルフィ。
「熱い! 熱いって!」
服が完全に焼けて、ルウは裸んぼうになった。
ミルフィは立て続けにスキルを使う。
「氷花」
足元からルウの体が氷漬けになっていく。
もうダメだわっ!
こいつ強すぎる!
撤退なの!
ルウは思いきりジャンプした。
スキルの蹴空を使い、オレンジ色の三角形を蹴って、跳ぶように逃げる。
ミルフィの隣に出現する白い影。
「ミルフィ様、あとは私が」
「ええ、サリナ、お願いできますかぁ?」
サリナと言う名前らしい女が追いかけてくる。
もの凄いスピードだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
こんなことになるんなら、オークジェネラルなんて操るんじゃなかった。
操るために魔力を使っているせいで、ルウは本気を出せないの。
本気だったなら、ミルフィなんかに負けなかったんだから!
空中を移動し、民家の家々を飛んで逃走する。
それにしても。
あはははは!
あれが勇者の一族の力なのね!
初めて見た。
強いわ!
うふふふふ!
近いうちに。
近いうちに絶対に殺してやるんだから。
そのためには、もっともっと力をつけたい。
ふと。
「斬走」
背後から斬撃のスキルが飛んできて、ルウは背中から血を噴いた。
「うぎゃあっ!」
ちらりと振り返ると、民家の屋根をジャンプしてつたって、サリナが追いかけてきている。
ルウを殺そうって言うの?
そんなの、絶対に絶対に許さないんだから!
「斬走」
「うぎゃあっ」
「斬走」
「あぎゃあっ」
ルウの体が切り刻まれる。
それでも立ち止まるわけにはいかない。
空中を跳んで、逃げる逃げる。
「斬走」
「んぎゃあっ!」
「斬走」
「ぎゃあっ!」
「斬走」
「いぎゃあっ!」
ついにルウは体に力が入らなくなり、地面に落っこちた。
ドシンッ。
その場でのたうち回る。
足音がした。
サリナだろうか?
こ、殺されちゃう……。
両手で自分の体を抱いて、顔を見上げる。
「ようお前、俺様のお抱えの娼婦にならねーか?」
ふと見ると、魔族のキザな顔の男が、ルウを見下ろしていた。
誰!?
今は疑問なんてどうでもいい。
「な、なります。助けてください!」
「任せろ」
魔族の男は持っていたロッドを掲げる。
「召喚! オーガ!」
黒い魔法陣が現れて、緑色の体躯をした鬼がその場に立ち上がる。
「斬走」
追いかけてきたサリナがオーガにスキルを放った。
「ごおう!」
怒ったオーガがサリナに向かって行く。
「くっ」
困ったような彼女の声。
魔族の男が、あたしの両脇を持ち上げた。
この男、結構、背が高いのね。
「おい、女ぁ、俺様にキスしろ」
「は?」
ルウの頭に浮かぶ疑問符。
「早くしろ、助かりたきゃあな。俺様の娼婦になるんだろ? お前は」
助かるんなら何だっていい!
「わ、分かったわ」
ルウは男の唇にキスをした。
唇と唇がチュッと触れ合う。
「もっとだ、もっと舌を出して、娼婦みたいに下品なキスをしろ」
「こ、これでいいの!?」
ルウは男の首を両手で抱きしめて、口内にぬちゅぬちゅと舌を這わせる。
男は満足したのか、高々と笑った。
「あああ、いい気分だ。今日は良い夜だ。よし、逃げるぞお前」
あたしのお腹を右手に抱えて走り出す男。
「お、お名前は?」
ルウが聞いた。
「ハスティンだ」
「ル、ルウは、ルウって言うの」
「そうか。じゃあルウ、俺様の家に帰ったら、好き放題セックスするぞ!」
「せ、セックス!?」
「あったりめーだろ。お前は俺様の娼婦なんだからよ!」
ハスティンが楽しそうに笑い、夜道を疾走する。
ルウは頬を染めて、しぶしぶ納得した。
この男になら抱かれても良い。
そう思った。
いいねをいただきました! ありがとうございます。励みになります。これからも頑張ります!