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2-16 怪物


 町の北側にあるカローネ家の農場。

 小高い山の近くにあり、林と林の間に位置していましたね。

 牛舎はかなりでかいっす。

 60頭以上もの牛が飼育されています。

 話を聞くと、乳牛が半分、肉牛が半分ということです。

 他にも山羊や羊などもいたりして、合わせて40頭以上。

 つまり、この農場には、動物が100頭以上いることになるっす。

 カローネ家の旦那さんの話だとこの場所は、バルレイツの農場でも一番規模がでかいのだとか。

 建物の中では牛の声が「うもぉぉおお」とそこらかしこから響いてきます。

 見れば可愛い顔をしているのですが、牛糞の臭いがきついっすね。

 正直、こんな場所に一日いたら、鼻が曲がりそうっす。

 ヒメは臭いが気にならないのか、床に膝をついて肉牛の顔をよしよしと撫でています。

「ほらあ、いっぱい食べて大きくなるニャンよ~」

「うもぉぉー」

「そうニャンかー。お前はゾナという名前ニャンね。あたしはヒメだニャン」

「うんもおぉぉぉぉ」

「ふんふん、あたしたちは、今日は、ここに来るかもしれない魔族を退治しに来たニャンよ~」

「うもぉぉ?」

「大丈夫ニャン。あたしたちが来たからには、魔族をやっつけるニャン!」

 新たな発見をしてしまいました。

 ヒメは動物が何を言っているのか分かるようで、会話しています。

「ヒメちゃんすごい」

 隣にいるイヨが感嘆の吐息をもらしましたね。

 僕も驚いています。

 後ろにいるカローネの旦那さんが首を傾げていたっす。

 薄茶色の作業着を着ていますね。

「牛と話したって、仕方ねーだろうにぃ」

 どうやら、ヒメが当てずっぽうで話していると思っているようです。

「気にしないで」

 イヨが旦那さんを振り返って、顔の前で右手を振りました。

 ふと、前方にいたガゼルがこちらに駆けてきます。

 そうなんです。

 僕たちと一緒に牛舎を守ってくれるスティナウルフの一頭には、ガゼルが選ばれていました。

 ガゼルなら僕らと面識があり、任務をやりやすいということで希望を出したっす。

 それが通った形です。

 そして。

 ガゼルが近くに来ただけで、牛たちが慄いて興奮したように足をばたつかせましたね。

(嫌な予感がするな。テツト、もうすぐ敵が来るぞ)

 僕は顔を険しくしたっす。

「本当か?」

(ああ。我らは第六感が鋭いからな。分かる)

「マジか」

 僕はため息をつきましたね。

 スポーツ刈りのカローネの旦那さんが声を張りました。

「敵が来るって? 本当に魔族が襲ってくるのかい?」

(ああ)

 ガゼルの念には緊張がはらんでいますね。

 旦那さんが僕の肩を強めに叩きます。

「あんた! ちゃんと動物を守ってくれるのかいよ!?」

 ここに来るまで、何度も心の中で弱音を吐きました。

 だけど現場に立って、怖気づいた様子は見せられません。

 僕は表情をきりっとさせて言います。

「任せてください。この農場は僕たちが必ず守ります」

 イヨが感心したような笑顔をくれていました。

 プリティースマイルです。

 ドキドキ。

 旦那さんは二度頷いたっす。

「君はAランクの傭兵と聞いている。まさか子供が来るとは思わなかったが、本当に強いのかい?」

 それは嘘です。

 なんて言えないすよね、はあ。

 ヒメが立ち上がって、パタパタと駆けてきましたね。

「テツトは強いニャンよ~」

「そうか。ま、まあ、スティナウルフとやらも一緒にいるみたいだし。何かあったら、本当よろしく頼むからな!」

 カローネの旦那さんは僕の肩を二度叩いて、それから仕事に戻って行きました。

 僕はため息がこぼれそうになるのをぐっとこらえます。

(テツト)

 ガゼルがこちらを見もせずに念を飛ばします。

「どうした?」

(我は外に出ている)

「そうか、どうして?」

(我がここにいると、動物が暴れるからな)

 確かに、牛たちは今にも暴れ出しそうな雰囲気ですね。

(我は近くにいる。何かあったらすぐに呼べ)

 ガゼルはそう言い残して、牛舎から出ていきました。

 イヨが不安げにつぶやきます。

「テツト、農場が広すぎる。建物が5棟もある。どうやって守る?」

 ヒメが両手を腰に当てましたね。

「簡単ニャンよ~」

「え?」

 きょとんとしたイヨの表情。

「建物の屋根に上って、見張りをすれば良いニャン! そうすれば、魔族が来たらすぐに分かるニャン!」

 僕は顎に手を当てて考えたっす。

「確かにね」

 安直なアイディアですが、悪くないと思いました。

 ヒメが右手を上げましたね。

「あたしが屋根に上るニャン!」

 僕は頷きます。

「ヒメ、頼めるか?」

「任せろどっこいだニャンよー!」

 そう言って、ヒメも牛舎の外に出て行きます。

 イヨと僕が着いて行くと、ヒメは軽々とジャンプして、屋根の上にのぼったっす。

「「え!?」」

 イヨと僕が驚きの声を上げましたね。

 いつからヒメはこんなにジャンプ力がついたのでしょうか?

「どうしたニャンか?」

 屋根の上で、ヒメが聞いてきます。

 イヨと僕は顔を見合わせて、首をひねりました。

「ヒメちゃん、足の筋力がついたのかな」

「……それもすごくついてるね」

「まるで猫みたいな跳ね方だわ」

「まあ確かにヒメは、もともと猫だった訳だけど……」

 僕たちは、毎日のように早朝、いつものハードトレーニングをしているっす。

 ヒメは寝起きが悪く、いつも遅れてくるのですが、しっかり毎日こなしていましたね。

 その中で筋力がつき、加えてもともと猫だったことによるポテンシャルが目覚めつつあるのかもしれません。

 そう考えれば納得がいきました。

 僕はヒメを見上げたっす。

「ヒメ、気をつけろよ!」

「ンニャン! 大丈夫ニャンよー!」

 ヒメはひょいひょいと移動して、一番高いところまで行ってしまいました。

 僕とイヨはまた顔を見合わせて苦笑し合います。

 ふと、イヨが人差し指を立てました。

「テツト、これからの戦闘に関して、少し話がある」

「どうしました?」

「今から言う私の話を、良く聞いて」

「あ、はい」

 僕とイヨはそれから少し話し込みました。

 やがて昼食のお弁当を旦那さんが持ってきてくれて、みんなで食べましたね。

 弁当のおかずには焼肉があり、話を聞くと最上級の牛肉だとか!

 肉がとてもジューシーで甘い上に、口の中で溶ろけたっすよ。

 ガゼルも同じ牛肉の塊をうまそうに食っていました。

 スティナウルフでも、旨いものを食べている時は幸せそうな顔なんですよね。

 少しほっこりとしてしまいました。

 やがて、日が暮れて行ったっす。

 僕らは夕食も済ませます。

 昼間と同じように、焼肉弁当が出ました。

 いやー、旨かったっす。

 イヨとヒメも嬉しそうに肉を口に運んでいました。

 ですが、僕らは焼肉をご馳走になりに来た訳ではないっすよね。

 夜。

 天井にランタンが灯る牛舎の中を、さまようようにイヨと歩きます。

 農場の従業員たちは帰宅せず、魔族が襲ってくるかもしれないということで、僕たちと同じように見回りをしてくれていました。

「来ないわね」

 イヨの静かな声。

「そうすね」

 僕は頷いたっす。

 牛たちや山羊たち、羊たちは四本足を崩して、休む体勢に入っていましたね。

 その頃には僕の鼻がおかしくなっていました。

 臭いに慣れたと言えばいいんですかね。

 あまり気にならなくなっていたっす。

 その時っす。

「来たニャアアァァァァアアアアアアアン!」

 建物の上から、ヒメのおたけびが響き渡りました。

 僕とイヨは顔を見合わせて走り出します。

 左の方の棟で、バゴンバゴンと言う物音がしました。

「テツト、あっち!」

 イヨが指さします。

「分かってます!」

 僕たちは音がする方向に走ります。

 イヨが剣と盾を装備していました。

 僕は両手を掲げて、鉄拳を発動させます。

 右から数えて3棟目のその建物の壁が破壊され、肉牛が一匹、悲鳴を上げていました。

 血しぶきが飛んでおり、襲撃者は牛の首にガツガツとかじりついて、食っています。

 もだえる肉牛は、力尽きました

 くそ!

 牛が一匹やられた!

 僕が唱えます。

「炸裂玉!」

 右の手のひらに現れる赤い玉。

 それを標的に投げつけます。

 ズゴンッ!

 竜巻のような突風が起こり、襲撃者は吹き飛ばされました。

 牛舎の柱にもんどりうって、地面に倒れます。

 しかしすぐに立ち上がりましたね。

 イヨが叫ぶように言いました。

「テツト! さっき話し合った通りに!」

「了解す!」

 僕はイヨに先頭をゆずりましたね。

 そうなのです。

 イヨは盾のスキルがあるため前面に立ち、僕が強打のチャンスを狙うという連携でした。

 牛舎の通路で、そいつが嬉しそうに笑いましたね。

 ランタンの灯りの下、顔が映ったっす。

 なんと、人間の男でした。

 まず目についたのが、そのでっぷりとした腹ですね。

 しかし顔つきは鋭く、鷹のような印象がありました。

 太っている体とその顔つきは不釣り合いに映ったっす。

 まるで怪物です。

 右手には剣を持っています。

「心臓を抜き取られているわ」

 イヨが注意を喚起しました。

 注意して見ると、でっぷりとした左胸にはどす黒い穴が空いていますね。

両目が紫色の波動を帯びているっす。

ミルフィから情報は聞いています。

 今回襲ってくるかもしれない魔族は、操心拳と言うスキルを使い、心臓を抜き取って人間や動物を操るのだとか。

 前にスティナウルフの一頭が操られ、人間を襲っていますね。

 怪物のような男が喋りました。

「おめーら、へへ、へへへ、俺は傭兵ランクCのツワモノだぞ? この農場の家畜は、全部俺が食うだぞ?」

 口から太いよだれがぼとぼとと垂れていますね。

 操られて、正気を失っているようです。

 後ろから、ガゼルとヒメが駆けてきました。

 農場の従業員たちも集まって来ましたね。

「どうした!」

「きたか!」

(我を前に行かせろ!)

「いたニャン!」

 後ろがガヤガヤとうるさいです。

「テツト、やるよ!」

 イヨが駆けだしました。

「了解す!」

 僕は強打のチャンスをうかがいます。

 イヨが、右手の剣を怪物のような男に振り下ろします。

「遅ぇなあ!」

 剣ではじき返す男。

 カーンッ!

 火花が散りましたね。

「プチバリア」

 イヨが唱えると、盾に小さなピンク色のバリアが現れます。

「おんなぁから食ってやる!」

 男が両手で剣を縦横無尽にふるいます。

 剣技も何もあったものではありません。

 無茶苦茶に振っています。

 しかし、そのスピードはとても速いっす。

 イヨが剣で弾くのですが……。

 カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!

「くっ!」

 イヨが数歩後退して、たまらず盾を構えました。

「おめえ、可愛いなあ! おらが犯してやりたいど」

 男の大振りの一閃。

 イヨは剣を捨てて、両手で盾を握りました。

 迫りくる剣の一撃に、盾のバリアを押し当てます。

「シールドバッシュ!」

 盾から放たれる紫色の波動。

「ぐがっ!」

 カウンターのタイミングでスキルをくらった男は、ぴよぴよと頭を回しました。

 スタンしているっす。

 イヨは、男の剣の重みに耐えきれず、後ろに倒れました。

 彼女が叫びます。

「テツト!」

「任せて!」

 僕は今か今かとずっと力を溜めていました。

 前に走り出て、右手を思いっきり振りかぶります。

 唱えました。

「へなちょこパンチ!」

 オレンジ色の波動を帯びる右拳。

 男の右目に向けて、ストレートを叩きこみました。

 ドゴンッ!

「ああああぁぁぁぁあああああああ!」

 右目が大きく陥没し、男が剣を捨てて両手で患部を押さえます。

 僕の身体にケモノのような感情が宿りました。

 いま!

 いまだ!

 殺してやる!

「へなちょこパンチ!」

 男の左目を狙う、と見せかけて足首を狙いました。

 ボキッ!

 よっしゃあ!

 折れたっす!

「ぶあああぁぁぁぁあああああああああ!」

 その場に崩れる怪物のような男。

 ふとガゼルが後ろから飛び込んできたっす。

(我が噛みちぎってくれる!)

 男の首に噛みついて、そのまま横に、トルネードのようにローリングをしました。

「ぐがあぁぁぁぁあっ!」

 男の頭と首が離れて、鮮血がぶしゅうっと天井に向けて迸りました。

男の体が赤く光り、それらが一点に集まります。

死んでスキル書を落としたようでした。

 僕は荒い息をついて、その場を眺めています。

 怪物のような男は、完全に死にました。

 ガゼルはまだ攻撃したりないのか、男の頭をかじっていますね。

 死んだことに気付いていないのでしょうか?

「おい、ガゼル」

(違う)

 ガゼルがこちらに顔を向けました。

「違うって?」

(魔力の匂いを嗅いでいる。分かった。魔族がいるのは向こうの方角だ)

 ガゼルが遠くに目を向けました。

「魔力の匂いで、魔族のいる方角が分かるのか?」

(分かる。テツト、良くやってくれた。あとは我に任せろ)

 ガゼルが歩き出しましたね。

 牛舎の壁に空いた穴を通って外にでます。

 農場の従業員たちが、「おおっ」と慄いたような声を上げて、道を開けました。

 僕は追いかけます。

「待て、ガゼル、一人で行っちゃダメだ!」

 ガゼルが「ぐるるぅぅっ」と唸り声を上げます。

(早く行かないと魔族が移動してしまう。テツト、後は我に任せろ。魔族の首を嚙みちぎってくるわ!)

 走り出すガゼル。

 あっという間に闇の中に消えて行きました。

 イヨとヒメが歩み寄ってきます。

「ガゼル、一人で行っちゃったニャン……」

「どうしよう?」

 二人が戸惑っていますね。

 僕は冷静に考えて、そして言いました。

「とりあえず、他の農場にいるスティナウルフたちやフェンリルにも、このことを伝えよう」

 ヒメが眉を寄せます。

「でも、連絡係のガゼルが行っちゃったニャンよ?」

「僕が走って、行ってくる」

 僕は続けて言いました。

「二人はここに残って!」

「大丈夫なの?」

 イヨの心配そうな顔と声。

 僕は頷きました。

「また新手が来るとも限らないから、二人はここに残って備えて欲しい。それじゃあ僕は、フェンリルのところに行くから」

 僕は走り出したっす。

 少し前に、巡行馬車の御者をやった経験から、町の地形は頭に入っていましたね。

 フェンリルのいる養豚場は、町の西部です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ガゼルさん男前っす、カッコいいっす。
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