2-15 段取り
クレメンツ夫妻が帰宅した後、僕たちは話し合っていたっす。
僕とヒメとイヨが向かいのソファに移動して、ミルフィとフェンリルと顔を突き合わせていますね。
ミルフィが言いました。
「改めましてテツトくんたち、今回の件、私から解決の依頼をお願いしてもよろしいですかぁ?」
僕は顔をひきつらせたっす。
依頼の難易度が高い気がしますね。
正直言って、もっとランクの高い傭兵を雇った方が良い気がします。
そう思い、首を振るのですが……。
「分かったニャン! あたしたちに任せておけ、だニャーン」
ヒメが元気いっぱいに頷いたっす。
イヨの顔を覗き見ると、難しそうな顔をしていますね。
イヨが言いました。
「スティナウルフをこの町に引き入れたのは私たち。だから私たちが、スティナウルフが疑われている今回の件の解決に当たるというのは筋が通っている。だけど、テツトはまだランクEの傭兵。私とヒメちゃんは傭兵ですら無い。そんな私たちに解決できるかどうか……」
僕は激しく同意見であり、コクコクと頷きます。
ミルフィが小さくため息をついて、聞いたっす。
「イヨさん、依頼を遂行するに当たって、何が不安ですか?」
イヨはミルフィの目を真っすぐに見たっす。
「まず、クレメンツさんの養鶏場を襲った何者かを捜索すると言うことですが、手がかりがありません」
ふむと言って、とミルフィが両手のひらを組み合わせました。続けて、
「相手はおそらく、このノーティアス家に恨みのある魔族ですねぇ」
「どうしてそう思うんですか?」
「勘ですわぁ」
ミルフィがにっこりと微笑みます。
イヨが聞き返します。
「勘?」
「はい、女の勘」
「ノーティアス家は、魔族に恨まれているの?」
「それは、はい。私の父や祖父、もっともっと上の代の方たちはみんな勇者であり、魔王が復活するたびに討伐して、封印してきました。魔族にとってノーティアス家は、滅ぼしたくて滅ぼしたくて仕方のない家系、ということになりますわぁ」
「勇者って、どういう意味ニャンか?」
ヒメが口を挟みます。
ミルフィが説明をくれました。
「勇者と言うのは、このロナード王国でその強さを認められ、王様から伝説の宝具を授かり、魔王を討伐するよう命じられた者のことを指しますね」
「じゃ、じゃあ」
僕が口を開きます。
「ミルフィ様の、お父さんやおじいさんに頼んで、今回の件を解決してもらうと言うのはどうですか?」
「あいにく~」
ミルフィが眉を寄せたっす。
「おじい様はすでに亡くなっています。私の両親は、隣国の魔王討伐に赴いている最中です。なので、いまこの国にはいないのですわぁ」
「そうですか」
僕はがっかりと肩を落としましたね。
どうやら魔王は、世界にいくつも存在しているようです。
イヨが黒髪を揺らして尋ねます。
「ミルフィ様自身は、勇者では無いのですか?」
ミルフィが顎を小刻みに横に振ります。
「私は十代です。子供のくせにこの町の領主に任命されていますが、武芸の方については、まだ修行の身ですわぁ」
「それでも、私たちより強いのでは?」
イヨの眉にしわが寄ります。
ミルフィがクスッと笑いましたね。
「そうですわね。少なくとも、ランクAの傭兵ぐらいには強いと自負しています」
僕が声を大きくしたっす。
「じゃあミルフィ様が!」
「ですが!」
ミルフィは僕の言葉を遮って言います。
「私には領主としての仕事があります。外に出て、犯人を捜索しているような暇は無いのです」
押し黙る僕たち。
それまで沈黙していたフェンリルが口を開いたっす。
八重歯がちらりと覗きます。
「それならば、だワン。魔族が出たら、僕が戦うワン。戦って倒すワン。それならば、問題無いワンね」
神だ!
僕の目には、フェンリルの肩に後光がさしているように映ったっす。
スティナウルフの長であるフェンリルは、強いように思えました。
ミルフィは緑色の髪を揺らしましたね。
「フェンリルさん、ありがとうございますわぁ。そうですね、戦力不足は否めませんし、今回はフェンリルさんもテツトくんたちと共に、犯人の捜索をお願いします。魔族が出たら、討伐をお願いいたしますわぁ。他のスティナウルフの貸し出しも許可します。もし魔族が現れるようなことがあれば、フェンリルさんが当たってください」
フェンリルが大きく頷きました。
「了解だワン」
ミルフィがまたイヨに顔を向けたっす。
「イヨさん、他に不安要素はありますか?」
イヨが顎に手を当てましたね。
「犯人をどうやって探せば良いか……」
そこで、ヒメがイヨの顔を見ます。
「鶏が襲われたのなら、今度は牛とか豚が襲われるかもしれないニャン。だから、その場所で待ち伏せればいいニャンよ~」
イヨが薄く頷いたっす。
「それしか無いか」
そしてミルフィに顔を向けましたね。
「この町の酪農の建物は、どれぐらいある?」
ミルフィが丸メガネに縁に手を当てます。
「小さくやっている家まで数えればきりがありませんが、そうですねぇ、大きな養鶏場はあと二つ。大きな牛舎が三か所、養豚場が三か所ありますわぁ」
イヨが顔をうつむかせます。
「多いわね……」
そしてゆっくりと顔を上げたっす。続けて、
「犯人が襲ってくる場所に待ち伏せているにしても、どこを当たれば良いか、分からない」
「うーん」
ミルフィが両目をつむって何か考えていますね。
フェンリルが顔を明るくしました。
「場所は全部八か所あるワン?」
イヨが頷きます。
「うん」
「スティナウルフは僕も含めて34頭いるワン。四頭ずつ配置すれば、足りるワンね」
ミルフィが両目を開きました。
「それで行きましょうか」
「分かった」
イヨも頷いたっす。
僕は緊張して首肯します。
「分かりました」
ヒメが両手を振ります。
「頑張れ頑張れニャンニャニャン!」
変な歌を歌ってくれましたね。
長い乳白色の髪が元気に揺れたっす。
そして、それからの話し合いは、具体的な配置の段取りに入りました。
僕たち三人とスティナウルフ一頭で一か所を担当することになります。残りの七か所は、スティナウルフを四頭ずつを配置させることになりました。余ったスティナウルフは町の見回りをすることになりましたね。
他にも随時連絡方法として、スティナウルフが町を走ってくれるようです。
これで、やることが決まりました。
後は実際に配置について、敵を待ち伏せるだけっす。
ミルフィが両手のひらをポンと合わせました。
「みな様、必ず敵を倒してください。そして、生きて戻ってくださいねぇ」
僕らは苦笑をもらします。
自分の右手を見ると、ぷるぷると震えていました。
武者震いというより、怖くて震えているんでしょうか。
僕は不安を隠すように、左手で右手を押さえました。