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2-14 町の被害


 朝、まだ誰も起きていない時間にアパートの扉が激しくノックされました。

「テツトくん、テツトくんはおるか!?」

 ドルフの声でした。

 昨日、住所の書いた紙をイヨがミルフィに渡していましたね。

 ドルフはミルフィの指示で来たのでしょう。

 僕は布団から跳び起きたっす。

 ――何があったんだ?

 パジャマのまま部屋を出ると、イヨも起き出してきたようで、鉢合わせました。

 僕が聞きます。

「どうしたんだろう、一体?」

 イヨが眉をひそめて言いました。

「多分、スティナウルフの件」

 僕が前に出て、アパートの扉の鍵を回したっす。

 扉を開けました。

 暗がりの中、ドルフが困惑と怒りの入り混じったような表情を浮かべていましたね。

 僕は裸足のまま一歩外に出ます。

「おはようございます。どうしましたか?」

 ドルフは両手を腰に当てたっす。

「どうしたもこうしたも無い! スティナウルフがやってくれたわい! クレメンツ養鶏場の鶏たちが全滅だ!」

「鶏が全滅?」

 イヨと僕が顔を見合わせて眉を寄せます。

 またドルフに顔を向けたっす。

「スティナウルフたちが、襲って食ったと言う話だ! やれやれ、とんだ野獣を町に引き入れたもんだわい。テツトくん、とにかく今から領主館に来い。ミルフィ様とクレメンツ夫妻がお待ちだ」

「あ、はい、分かりました」

 そこで僕はパジャマ姿であることに気づきましたね。

「ちょっと待っていてください」

「早くしろ」

 ドルフが睨みつけます。

 一旦扉を閉めたっす。

「イヨ、ヒメも起こして」

 彼女が頷きます。

「分かった」

 僕たちはそれぞれの部屋に戻り、仕事着のレザーの上下に着替えました。

靴も履きます。

 先に部屋を出ると、隣の部屋からはイヨとヒメの話声が聞こえてきましたね。

「ヒメちゃん、起きて起きて」

「まだ眠いニャンよ~」

「ヒメちゃん、一大事だから」

「一大事ニャン?」

「うん、だからヒメちゃんも起きて」

「んん~、何とか起きるニャン」

 僕は鍵を持って外に出たっす。

 ドルフは落胆しているような青い表情です。

「来たか」

「あの、本当にスティナウルフが、鶏を襲ったんですか?」

「他に考えられまい。今の今までこんな事件は無かった。しかし、スティナウルフを町に引き入れてすぐにこんな事件が起こっては……。スティナウルフがやったと考えるのが自然だろう」

「待ってください。確か、スティナウルフの他にもこの町を襲撃しようとしている何者かがいると言う話を、前にミルフィ様から聞いたんですが」

「それは魔族の話だろう?」

「……確か、はい」

「魔族については……うーむ、わしにはよく分からん。とにかくミルフィ様は、お前たちを連れてこいとのことだ。外に馬車を止めてある。早く行くぞ」

「ちょ、ちょっと、待ってくださいね」

 僕は扉の向こうに耳を澄まします。

 少しして。

 二人が出てきましたね。

 レザーの上下を着ており、武器と盾、カバンも持っています。

 ヒメが寝ぼけ眼をこすっているっす。

「ふわー、こんな朝から仕事ニャンかあ~?」

 イヨがすまなそうに言いましたね。

「ごめん、テツト、遅くなった」

 僕は扉に鍵をかけて、ドルフに向き直りました。

「それじゃあ、行きましょう」

「ああ、着いてこい」

 四人で歩き出します。

 僕たちのアパートは二階にあるっす。

 階段を下って少し歩き、道端に止めてある馬車に乗り込みます。

 御者台にドルフが腰を下ろし、馬の手綱を引きましたね。

「ハイヤー!」

 二頭の馬が歩き出し、馬車が揺れ動いたっす。

 真っすぐに領主館へと向かうようでした。

 暗い中、ヒメが大あくびをしていますね。

「一体何があったニャンかー」

 イヨが不安そうに瞳を揺らします。

「養鶏場が襲われたらしいの」

「養鶏場って、どんな建物ニャン?」

「みんなが食べるための鶏を飼育している場所」

「鶏が襲われたニャンか?」

「うん、話では」

「それは大変ニャンけど、どうしてあたしたちが呼ばれなきゃいけないニャン?」

「……スティナウルフが犯人だと疑われているの」

「っ? スティナウルフが襲う訳ないニャン」

「私もそう思う。きっと、黒幕がいるんだわ」

「ンニャン、黒幕を成敗してやるニャン!」

 眠そうだったヒメの顔が、きりっとしてきたっす。

 僕は少し考え事をしていました。

 ミルフィに初めて会った日、彼女はこう言っていました。

 ミルフィのいるこの町を襲う者には、心当たりがありすぎる、と。

 襲ってきているのは魔族でしょうか?

 魔族と戦うことになった時、僕たちの戦力で歯が立つのでしょうか?

 魔族はオークの何倍強いんだろう?

 そんな考えが頭を巡りに巡り、気づけば馬車が領主館に到着していましたね。

「着いたぞ!」

 ドルフが声をかけます。

 返事をして、僕たちは馬車を下りました。

 ドルフが門の金網の鍵を開けてくれます。

「ミルフィ様が中でお待ちじゃ」

「はい」

 僕は頷いて、中に入ります。

 ヒメとイヨが後ろから着いてきていました。

 玄関を開けて入ると、すぐ近くにサリナが控えていましたね。

「テツト様たち、お待ちしていました。どうぞリビングの方へ」

 僕たちは頭を下げてサリナの背中に続いたっす。

 扉を開けると、テーブルを挟んで長いソファが二つありました。

 片側にはミルフィとフェンリルが並んで座っています。

 もう片側には、背のひょろ長い男性と、化粧っけの無い女性がいますね。

 おそらくクレメンツ養鶏場を経営する家族、その夫妻でしょう。

「テツトくんたち、来ましたかぁ」

 ミルフィが立ち上がり、こちらに手招きします。

「ミルフィ、フェンリル、おはようだニャン!」

 ヒメがミルフィを呼び捨てにしていますね。

 しかし今は叱るタイミングでは無いっす。

 僕たちはフェンリルの隣に並んで座りました。

「あんだだちか! あの猛獣を、この町に招き入れるよう手配しだのは!」

 背のひょろ長い男性が怒りの形相でこちらを睨みつけて言いました。

 続けて叫びます。

「どうしてくれるさ! うちの鶏が、猛獣に食われぢまったよ! これじゃあ俺だち家族や、従業員の家族は、暮らしていげねえよ! どうすりゃあいいんだ!」

「落ち着いてくださいクレメンツさん」

 ミルフィがなだめるように言って腰かけます。

 フェンリルは下を向いていますが、鼻がびくびくと痙攣したように動いていますね。

「これが落ち着いていられるがよ! クレメンツ養鶏場の従業員は、明日からどうやって暮らして行ぐんだ? 転職でもすれってが? え!?」

 クレメンツの夫はひどく興奮していますね。

 妻も、静かに僕を睨みつけています。

 ミルフィが両手のひらを静かに合わせました。

「クレメンツさん、養鶏場であったことを、彼らにも話して聞かせてくれますか?」

「話も何も無えさ! 家で寝てたらよ、養鶏場からすげえ物音がして、何かあったんかと駆けつけてみれば、場所はどこも血まみれだ。鶏は全部なぶり殺しにされていて、その大方が食われていたんだ。全部あの猛獣たちがやったんだよ!」

 夫は悔しそうに右手で膝を叩きます。

 その顔からは涙がこぼれましたね。

 猛獣とは、スティナウルフのことを指しているのでしょう。

 ミルフィが落ち着いた声音で言いました。

「クレメンツさんは、養鶏場で、スティナウルフを見たのですか?」

「見てねーよ! 俺が行った時にはもう逃げていたんだ。だけどあんなひどい有様ができるのは、そのスティナウルフって猛獣たちに違いねえ!」

 フェンリルがむくっと顔を上げたっす。

「見ていないのに、どうしてスティナウルフだと決めつけるワンか?」

「だってさ! 今までこんな事態起きなかったんだ! だけどあの猛獣たちが町に来てからすぐにこの事態さ! どう考えたって、おかしいだろう!」

 フェンリルが重ねて聞きます。

「でも、見ていないワンね?」

「そ、そりゃあそうだども……」

 夫が弱ったような顔をします。

 妻が身じろぎして、胸を張って言ったっす。

「あたし見た! あの猛獣が逃げて行く尻尾を、この目で見た! 確かにあれは、スティナウルフの青い尻尾だった!」

 ミルフィが眉をひそめます。

「本当ですかぁ?」

 妻は右手で自分の目を指さします。

「本当だども! この目に誓って、間違いねえ!」

 ミルフィが顔を落としましたね。

「困りましたぁ」

 夫が勢いづいてまくしたてます。

「困ってるのは俺たちだど! ミルフィ様、早く猛獣たちを山に返してくだせえよ。それと、うちの経営がまた元通りになるまで、金を出してくだせえ!」

「んだんだ!」

 妻がコクコクと頷きます。

「どうしたら良いワン……」

 フェンリルが困惑してこちらを見ました。

 ミルフィが両手のひらを膝につけます。

「クレメンツさん、実はぁ、いま駆けつけてくれたテツトくんたちは、傭兵です」

「傭兵?」

 夫がきょとんとしました。

「だからなんだってぇ?」

 妻が肩をいからせるように動かしましたね。

 ミルフィは静かに言います。

「Aランクの傭兵です」

「え、Aですか? 高い……」

 夫はびっくりしたようです。

 ですが、それ以上にびっくりしているのは僕たちの方でした。

 僕の傭兵ランクはEですし、イヨとヒメについては傭兵の卵でしかありません。

 僕とイヨは口を半開きにしていましたね。

 ヒメはどうしてか元気に胸を張っています。

 ミルフィは自信を漲らせて言いました。

「今回の件を、解決してくれるように、私はAランクの傭兵に依頼しようと思いますわぁ」

「か、解決って……」

 夫が泣きそうな顔をします。

 妻が顔を赤くして怒っていますね。

「解決されたって、鶏は戻らないがね!」

 ミルフィは静かに言います。

「死んだ鶏の救済金の件については、考えます。その代わり、スティナウルフを山に返して欲しいという要望については、事件の解決まで、お待ちいただけますかぁ?」

「「救済金!」」

 夫婦が口をそろえました。

 その顔に希望が灯ります。

 養鶏場を元通りにするためには、どうしてもお金が必要なのでしょう。

 ミルフィは続けたっす。

「はい。なので、この事件について、捜査が終わるまで、なるべく口外しないようお願いできますかぁ?」

 妻が鼻白んだように言ったっす。

「だ、だけどあたす見たんだ。スティナウルフが逃げて行く尻尾を」

「それは本当ですかぁ?」

「ほ、本当だで!」

「では、もし事件の捜査が終わり、解決した後で、犯人がスティナウルフでは無かったとしたら、救済金は無しです」

「「ど、どうしてえ?」」

 夫婦がぎょっとしたように聞きました。

 ミルフィは厳かな表情です。

「スティナウルフが逃げて行く姿を見ていないのに、見たと証言されては、捜査が混乱してしまいます。ですから、混乱させた者には処罰ということになります。なので救済金は無しです……ですがぁ」

 ミルフィは表情を和らげて話しました。

「いま、本当のことを言ってくれるのならば、処罰はいたしません。クレメンツさん、本当に養鶏場で、スティナウルフを見たんですかぁ?」

「み、見だども!」

 妻は引きません。

 その肩を夫が二度叩きました。

「おめえ、本当に見だか? 見間違いでねえか?」

 妻がぎくりとして顔を揺らしました。

「あ、もしかしたら、見間違いだったがもしんね」

 夫が頭を深く垂れました。

「すんません、本当は、スティナウルフが犯人かどうかは分かんねえんです。でも、どうか、解決と、救済金の方を、お願いいだします」

 妻も頭を下げます。

「どうかおねげえだす」

 ミルフィは納得したようにコクコクと頷きました。

「了解いたしましたわぁ」

 彼女が笑顔でこちらを向きます。

「Aランクのテツトくん、事件を解決するまで、何日必要でしょうかぁ?」

「えっ!?」

 僕は突然話を振られた上に、どうしてAランクという事になっているのか分からず、言葉が出てこなかったっす。

 しかし、ヒメがふふんと胸をそらしました。

「テツトなら、三日もあれば余裕だニャーン」

「おいヒメ!」

 悲鳴のような僕の声。

「聞きましたか、クレメンツさん。三日お待ちください」

 ミルフィがゆったりとした声音で言いました。続けて、

「クレメンツさんにやって欲しいことは、事件を三日間、町の人に口外しないで欲しい、ということですわぁ」

 夫が顔を上げたっす。

「三日? 三日ならなんどが」

「それから、従業員の方たちにも、三日間、口止めをしてもらっていただけますかぁ?」

「わ、わがった!」

「それを守ることができれば、救済金の件は、お約束いたします」

「わ、分がりました。ありがとうごぜえますだ! ミルフィ様」

「ははー」

 妻がひれ伏すような声を上げています。

 僕は頭がこんがらがっていました。

 三日で。

 事件を。

 解決!?

 ダレガヤルンダ?

「それではクレメンツさん、今日は家にお帰りください。養鶏場の掃除もあるでしょうし、色々とお忙しいでしょうし」

「分がりました! それでは、けえります」

「ありがとうごぜえました!」

 ソファから二人が立ち上がりました。

 いそいそと、リビングを出て行きます。


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