2-13 町興し
領主館に入ると給仕の女性が出てきて挨拶をくれたっす。
ちょっと背の高い妙齢の女性ですね。
格好はメイドさんのようなエプロンをしています。
「こんにちは、いまミルフィ様たちはお食事中です」
そう言えばお昼時でした。
イヨが聞いたっす。
「お邪魔でしたか?」
メイドエプロンの女性は両手を腿に当てて首を振ります。
「いえ、そんなことはありません。あなたたちは、スティナウルフの件でミルフィ様に雇われている方たちですよね?」
「そう」
「始めまして。私はこの領主館でメイド長をしています。サリナと申します」
おじぎをするサリナ。
僕たちも頭を下げました。
サリナが右手を横に開きます。
「みなさまも、お食事をしていかれますか?」
「するニャーン!」
ヒメが元気に手を上げましたね。
イヨと僕もお腹が空いていました。
サリナはクスリと笑います。
「それでは、食堂の方へどうぞ。すぐにお作りします」
僕たちは食堂へ通されます。
広い部屋に横たわる長いテーブル。
その上座の席に腰かけて、ミルフィが食事をしていましたね。
その隣にはフェンリルもいたっす。
ナイフとフォークをぎこちない手つきで操っているフェンリル。
行儀よく前かけもしていました。
ミルフィがこちらを向きます。
「あらぁ、テツトさん、イヨさん、それにヒメちゃん。お仕事はどうなされましたかぁ?」
ヒメがパタパタと駆け寄ります。
「スティナウルフたちは一生懸命、芸を覚えていたニャンよー。凄かったニャン」
その肩にイヨが手を置きましたね。
かぶせるように言います。
「虹の国大サーカスでのスティナウルフの定着は順調、順調過ぎて私たちはやる事が無くなった」
ミルフィが食器を置いて、両手のひらを合わせたっす。
「あらぁ、それは素晴らしいですわ」
フェンリルもこちらを向きます。
「みんな、ちゃんとやってたワンか?」
「みんな、楽しそうに芸を覚えていたニャンよー」
「それは良かったワン!」
「ンニャン!」
ミルフィが右手を上げました。
「とりあえず、お昼時ですしぃ、みなさまも席に座ってください。いま、サリナに食事を作らせますわ」
「「ありがとうございます」」
イヨと僕がそろって頭を下げましたね。
「お腹ペコペコニャーン」
ヒメが軽快な足取りで、フェンリルの隣に腰かけたっす。
イヨと僕も並んで座ります。
ふと、キッチンの方の扉が開いて、サリナともう三人のメイドさんが食事を運んできました。
「お待ちどうさまでございます」
「あらぁ、作ってたの?」
首をかしげるミルフィ。
「ミルフィ様、いけませんでしたか?」
「ううん、いいのよ。逆にグッジョブですわぁ」
「それは良かったです。それにスープはまだ余っていましたので、ちょうど良かったです」
僕たちの前に並べられるオボン。
その上にはパンと肉料理、それからクリームシチューのようなスープと食器が載っていましたね。
「いただきますだニャーン」
ヒメが食器を持ち、さっそく肉を食べ始めます。
イヨはまだ食べずに、ミルフィに質問しました。
「ミルフィ様、私たちはこれから何をしたらいい?」
ミルフィが人差し指を顎につけて、何か考え、うーんとうなります。
「他の残りのスティナウルフは12頭いるという事ですわぁ。そのうち8頭には、夜の町の見回り、もう2頭には夜の領主館前の門衛と役所の警備、それから残りの2頭は、私の元に置いて、町への伝達係をやってもらおうと思っていますわぁ」
なるほどっす。
ミルフィはスティナウルフ全員に仕事を用意したようですね。
いやー、良かったっす。
ヒメがきょとんとして隣を向きました。
「フェンリルは何をするニャン?」
「僕は、ミルフィ様のお付きをすることになったワン」
うふふとミルフィが微笑しましたね。
「フェンリルさんには、これからうーんと勉強してもらい、事務作業を覚えてもらうことになりますわぁ」
「お手柔らかに頼むだワン」
「ビシバシ、行きますからねぇ」
「わうぅぅ」
フェンリルが慄いたように声をもらします。
僕たちはクスッと笑って、それから食事にとりかかりました。
「神よ、今日の恵みに感謝します」
イヨがいつものようにお祈りをしましたね。
ミルフィが続けます。
「だから、そうですねぇ、テツトさんたちには、他にやってもらうことがもう無いかもしれませんねー」
イヨが頷いたっす。
「そう」
「はい。なのでぇ、依頼は今日の昼をもって、完了ということにしましょうか」
イヨが頭を下げます。
「ありがとうございました」
ミルフィが顔の前で右手を振りましたね。
「いえいえ、こちらこそ、問題を解決してくれてありがとうございました。スティナウルフの活躍は、町の治安維持や、町の魅力、長い年月を考えれば、町の伝統文化にもつながっていくかもしれません」
「伝統文化ニャン?」
ヒメが口元にスープのクリームをつけたまま喋ります。
「ヒメちゃん汚い」
イヨがオボンに添えてあったナプキンを取って拭いてあげましたね。
「んにゃんー」
「行儀よくして」
ミルフィがおかしそうに笑って、それから言ったっす。
「はい、伝統文化です。いつかこのバルレイツの町はぁ、スティナウルフと共に生きる町と、よその町から呼ばれるようになりますわぁ。そうなれば、遠方からの旅行者も増えるかもしれませんしぃ、移住して来てくれる方もあるかもしれません。町興しには最適と言えるでしょう」
ヒメが表情をほころばせます。
「良いことづくめだニャン」
「はい。ですからー、テツトさんたちには感謝してもしきれないくらいですわぁ」
僕は小刻みに頷きましたね。
「それは良かったっす」
やがて僕たちは食事を食べ終えていました。
ミルフィが手元にあった呼び鈴を鳴らすと、メイドたちがきて食器を回収してくれます。
ミルフィは僕たちに、食堂で少し待っているように言って、席をはずしましたね。
フェンリルとヒメが楽しそうに話しています。
イヨが僕に言いました。
「なんか、上手く行きすぎている気がする」
僕は首をかしげました。
「そうですか?」
「うん。怖いぐらいに上手く行ってる。だから、これから問題が起きそう」
「問題って?」
「それは、分からないけど」
「うーん」
僕は少し考えてしまいましたね。
確かに、町の住民がスティナウルフを受け入れるまで、時間がかかるはずです。
だけどそれは、時間が解決してくれるのを待つしか無い気がしました。
食堂の扉が開き、ミルフィが紙袋を両手に持って戻ってきたっす。
こちらに来ましたね。
僕たちは振り返りました。
ミルフィが顔を傾けます。
「報酬は、どちらに渡せば?」
「いただきます」
イヨが両手を出して受け取りましたね。
「日数が少なかったので、15万ガリュで、勘弁してくださいな」
今回は依頼をミルフィから直々に受けていたので、本人から報酬が引き渡されるようでした。
「そんなに?」
びっくりしたような声のイヨ。
「太っ腹ニャン」
ヒメが喜んだように言いましたね。
この間も10万ガリュ稼いだので、僕たちの家計は大助かりでした。
ミルフィはまた上座の椅子に座って、両肘をテーブルにつき、手を組み合わせました。
「それではみなさん、今後ともご贔屓に」
僕たちは頭を垂れて席を立ちました。
「もう行くワンか?」
フェンリルが見上げましたね。
「次の仕事を探すニャンよー」
ヒメが元気いっぱいに言ったっす。
イヨが胸元から手帳とペンを取り出して何か書いていました。
ページをはぎ取り、ミルフィに渡しに行きます。
「これは?」
きょとんと顔を傾けるミルフィ。
イヨが説明しましたね。
「私たちの住所です。スティナウルフの件で、何かあったらすぐに連絡をください。対処します」
「ご丁寧でありがとうございます。ちなみに、それは有料ですかぁ?」
ミルフィがいじわるな笑みを浮かべて聞きました。
イヨははっきりと、
「有料です」
「ですよねぇー」
ミルフィは苦笑して小刻みに頷きます。
「それでは失礼します」
イヨがぺこりと一礼しましたね。
「またニャーン」
ヒメが両手を振ったっす。
僕も頭を下げて、食堂を後にします。
メイド長のサリナがお見送りに来てくれました。
「みなさま、またのお越しをお待ちしています」
イヨが頬に笑みをたたえます。
「ありがとう」
「バイバイニャーン」
ヒメが元気に手を振ったっす。
領主館を出て、門のところにいたドルフにも挨拶をし、僕たちは歩き出しましたね。
「また傭兵ギルドに行くニャン?」
ヒメが聞きました。
イヨはうーんと声を上げて、それから言ったっす。
「今日の午後は、お休みにしよう」
僕も同意見でした。
たまには休暇も必要っす。
「そうですね。お金もあるし、急ぐことないっす」
ヒメが万歳をしましたね。
「やったニャーン。家で、日向ぼっこをするニャーン!」
イヨと僕が笑みをこぼします。
清々しいお天気の空でした。
僕たちの間にはゆったりとした雰囲気が漂っています。
それが明日には激変していることを、僕たちはまだ知るよしも無かったっす。