2-12 虹の国大サーカスでの稽古
町の西にある虹の国大サーカス。
朝からその場所に来ていました。
サーカスと言えば大きなテントがあるんですかね?
そう思ったんですが、大きな広場があるだけで、テントは無いっす。
ただ、アスレチックのようなものはいくつもあります。
他にも大きな看板があり、虹の国大サーカスと書かれていました。
そして、広場を疾走するスティナウルフたち。
そうなんです。
ミルフィとフェンリルの許可が下りて、スティナウルフたちが六頭ほど、虹の国大サーカスに勤めることになりました。
特に、体躯の大きいスティナウルフが欲しいと言うファドの頼みがありましたね。
多分、大きな動物が芸をやった方が、凄みがあるのでしょう。
その頼みが通って、今、この広場でファドが狼たちに芸を教えています。
スティナウルフを一列に並ばせて走らせたり、六頭が巴を描くように走らせてくるくると回らせたり。
ジャンプをさせてアスレチックを飛び越えさせたり、平均台を落ちないように歩かせたり。
それはそれは見事な光景っす。
器用に腕立て伏せや腹筋までさせていて、それを見ると、おかしくて笑いがこぼれます。
スティナウルフは念を飛ばし合って、注意しあったり、手順を確認したりしていますね。
「すごい光景ね」
イヨが感嘆とした声でつぶやきました。
僕は頷きます。
「本当だね」
ヒメが興味津々と言ったふうにほほ笑みます。
「すごいニャンすごいニャン、すごーいニャン!」
仕事を忘れて楽しんでいますね。
虹の国大サーカスには他にも団員がいたっす。
大きな玉に乗りながらお手玉の練習をしている人。
体操の選手のように宙返りをしている人。
長い棒を持ったまま綱渡りをしている人。
手品の練習をしている手品師。
他にも音楽を奏でている人が五名いて、バイオリン、打楽器、アコーディオン、ギターの人が二人。
ギターを演奏している片方の女の人は、歌まで歌うようです。
その声色は美しく、まるで元の世界の洋画に出てくるような雰囲気を演出していました。
やがて僕らの元にファドが来ましたね。
ピエロのような被り物をかぶっています。
「やあやあ、君たち。よく来てくれた。スティナウルフを貸してくれるように取り計らってくれて、どうもありがとう」
右手を差し出しました。
ヒメが前に出て、その手を握ったっす。
「こちらこそだニャン! スティナウルフたちも喜んでいるニャン」
大地を走るスティナウルフたちには、どこか愉快な雰囲気が漂っています。
芸を覚えることを楽しんでいるように見えますね。
イヨがヒメの隣に並びました。
「サーカスの日はいつ?」
ファドは両腕を組んでうーんとうなります。
「サーカス自体はすぐにあるよ。休日にいつもやっているんだ。でもスティナウルフのデビューは、次の次のサーカスの日になるかな? 芸の飲み込みは早いが、もう少し芸をひねりたいんだ。スティナウルフのデビューは、来週になるよ」
「そう」
「ただ、スティナウルフのデビュー当日には、是非君たちにも見に来てもらいたい。あ、良かったら、フェンリルさんと言ったかな? スティナウルフの長の方。その人も連れてきてもらうと、僕としては嬉しいな」
ヒメが両目を輝かせて頷いたっす。
「絶対連れてくるニャンよー」
「ありがとう、ありがとう。全ては君たちのおかげだ。これでお客さんがたくさん来るよ」
イヨがぷくっと笑いをこぼして言いましたね。
「稼げそう?」
ファドが苦笑します。
「ああ、稼いで見せるさ。そうじゃないと、スティナウルフに給金をあげられないからね」
「頑張って」
「ああ、頑張るよ。それじゃあ、僕はスティナウルフたちの稽古に戻るけど、君たちはどうする?」
ミルフィから、今日は虹の国大サーカスでのスティナウルフのお目付け役を言い渡されていました。
イヨが顔を傾けたっす。
「私たち、やること無い?」
ファドは首をひねりました。
「特に無いなあ。君たちも芸を教えて欲しいって言うのなら別だけど」
ヒメが元気に右手を上げましたね。
「教えて欲しいニャン!」
その頭にポンとイヨが手を置きます。
「私たちはいいの」
「えー?」
不満そうなヒメの声。
ファドは快活に笑って、それから手を振ったっす。
「それじゃあ、またね。君たちもお仕事を頑張ってくれたまえ」
「ありがとう」
イヨが手を振りました。
「バイバイニャーン」
ヒメも両手で手を振っているっす。
僕は二人に近寄りました。
「イヨ、これからどうしますか?」
彼女は思案顔で顎に手を当てましたね。
「んー、ここにいてもやること無いし。とりあえず、ミルフィ様の領主館に行って、次にやることを聞いてみる」
「えー!」
ヒメがまた声を上げたっす。続けて、
「まだここにいたいニャン。見ていたいニャン!」
僕はなだめるように言います。
「ダメだよヒメ。僕たちは仕事中なんだから」
「まだいたいニャン! まだいたいニャン!」
イヨが叱るように言いましたね。
「ヒメちゃん、めっ」
ヒメがしょげたような顔をします。
「うぅー、まだ見ていたいニャーン」
「スティナウルフのデビューの日には見に来る」
「んにゃん! 絶対来るニャン」
「うん」
二人が顔を上げて、こちらを見ます。
「それじゃあ、領主館に行きましょ」
「分かった」
僕は頷いたっす。
三人で歩き出します。
虹の国大サーカスの広場の近くには、巡行馬車の停留所があって、屋根つきのベンチで馬車が来るのを待ちました。
やがて来たのは馬では無く、スティナウルフが馬車を引いていたっす。
(ん? お前たちか)
ガゼルでした。
僕たちは立ち上がり、近寄ります。
イヨがガゼルの首を撫でましたね。
「仕事はどう?」
(まあまあだ)
「他のスティナウルフは? 上手く馬車を引いてる?」
(うむ。みな、やる事が出来て毎日に張りが出ているな)
「それは良かった」
「おーい、早く乗っておくれー」
御者台からおじさんの声がかかり、僕たちはいそいそと馬車に乗り込んだっす。
馬車が動き出し、道を行きます。
御者のおじさんが振り返り、僕たちに声をかけましたね。
「まったくスティナウルフは賢いな。一日で停留所を全て覚えおった。そしてこの通り、手綱を持つ必要も無いぐらい、安定したスピードで歩いてくれる。道の曲がり方もスムーズだ。これはすごいぞ」
おじさんはスティナウルフを褒めちぎっています。
僕らは嬉しくなり、顔を向け合って微笑したのでした。
やがて町の中心にある領主館の前に到着します。
イヨがお金を払おうとしたのですが、おじさんは首を振ったっす。
「いい、いい。ミルフィ様から、お前たちは無料で乗せろとのお達しだ。下りていいよ」
「無料だニャーン!」
ヒメが嬉しそうに言って、馬車を一番に降りました。
イヨと僕はお礼を言って、ヒメの背中に続きます。
ヒメがガゼルの腹を触りましたね。
「ガゼル、頑張るニャンよー」
(ああ)
ガゼルがまた歩き出し、出発します。
領主館の門のところにはやはりと言うかドルフがいて、見張りをしていましたね。
僕らの姿を見つけると、笑顔を浮かべました。
「貴様たち、ミルフィ様に御用か?」
ヒメが前に出ます。
「んにゃん、やることが無くなったから、次に何をすれば良いか聞きに来たニャンよー」
「そうか! では入れ!」
ドルフは金網にカギを差し入れて開きました。
僕たちは入っていきます。