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2-11 巡行狼車



 翌日の朝、僕たちはまたミルフィの領主館の前にいたっす。

 周りにはいるのは、僕たち3人と、フェンリル、ミルフィ、ドルフ、知らない男が一人、そして、フェンリルが連れてきたスティナウルフが一頭、ガゼルがいますね。

 ミルフィはガゼルを見て感心したように言いました。

「大きいですねぇー。フェンリルさん、他のスティナウルフもこのように体格が大きいのですか?」

 フェンリルは自慢そうに胸をそらします。

「ガゼルはまだ小さい方だワン。ガゼルの倍ぐらい大きいのもいるワン」

(うむ)

 お座りをしているガゼルが念を飛ばしたっす。

 ミルフィはびっくりしたように言いました。

「あら、喋れるんですねぇ。というよりこれは念でしょうか? ガゼルという名前なんですねぇ、このスティナウルフは」

 彼女は腕組みをして何か考え、そして言いました。

「後で、ガゼルのお口のサイズを測らせてくださいな」

 フェンリルはきょとんとして。

「どうして口のサイズを測るワン?」

「口輪を作って、はめてもらうためですわぁ」

「口輪をはめるワンか?」

 驚いたような声のフェンリル。

 ミルフィは当然と言ったように首肯したっす。

「その方が、スティナウルフに町の子供がおびえなくて済むと思うのでー」

 フェンリルは難しい顔をして、不承不承頷きました。

「分かったワン。ガゼルもそれで良いワン?」

(我は何でも良いです、フェンリル様)

「そうかワン」

 そこでミルフィが両手のひらを合わせました。

「それでは、テツトさんたちは、リディオと共に、ガゼルに巡行馬車の引き方を教えてあげてください。フェンリルさんはまだ聞きたいことがありますので、領主館の中に来てください」

 僕は頷いたっす。

「分かりました」

「この狼、大丈夫ですかねぇ」

 知らない男、リディオと呼ばれた男性は、どうやら巡行馬車を生業としている人間のようですね。

 年は40代ほど、薄汚れた茶色い服を着ています。

 リディオはガゼルをしげしげと見て、不安そうに顔をしかめました。

 フェンリルはガゼルに近づいて首を撫でたっす。

「ガゼル、この人たちの言うことをちゃんと聞くワン。そして仕事を覚えて、まだ山にいる仲間たちが来たら、仕事を教えて欲しいワン」

(承知)

 ガゼルが「ぐるぅぅ」っと口を鳴らしました。

 みんながびっくりしたように体をすくめましたね。

 ミルフィが指示したっす。

「それではテツトさんたち、それとガゼル、リディオに着いて行ってください」

 リディオが歩き出します。

「お前ら、こっちだ!」

 ガゼルがすっくと立ち上がりました。

 それまで黙っていたヒメが怪訝そうに言ったっす。

「歩かなくとも、ガゼルに乗って行けば早いニャン」

(乗るか?)

 ガゼルがヒメのそばに来て、伏せをします。

「乗るニャーン」

 ヒメはガゼルの背中に飛び乗って、またがりましたね。

 ガゼルは立ち上がり、リディオを追って歩き出しました。

「ふんふんふーん」

 ご機嫌に鼻歌を歌うヒメ。

「大丈夫かな?」

 僕はつぶやきました。

 イヨが隣に来たっす。

「大丈夫、きっと」

 笑顔です。

 この顔を見ると、僕はいつもほっとしますね。

「そうだよね」

 僕とイヨも、リディオとガゼルを追いかけて歩き出しました。

 道を行くと、外に出ていた町の住人がおびえたように家々や路地に隠れます。

 ガゼルの存在が怖いのでしょうね。

 昨日の段階で、ミルフィが町のところどころに領主宣言の立て札を出したようですが。

 立て札には、スティナウルフを町の仲間として迎える。頭が良く、人を襲ったりしないので安全である。そのようなことが書かれています。

「あ、スティナウルフだー!」

 小さな男の子がガゼルを指さして笑顔を浮かべています。

 その隣にいた母親が、男の子を抱いて逃げて行きます。

「見ちゃいけません」

 その光景を目の当たりにして、僕たちは気分が暗くなりましたね。

(ふん、臆病者めが)

 ガゼルが鼻を鳴らしたっす。

 町を進んでいくと、やがて巡行馬車の営業所に到着しました。

 ところどころにいる馬たちが、警戒したように「ぶるるっ」とうなり声をあげて、そわそわと足をばたつかせます。

「ちょっとここで待っていてくれるか?」

 リディオは営業所の建物に入って行き、やがて馬具と帳面を持って出てきました。

 帳面を僕に渡します。

「テツトくんと言ったか? ここに町の巡行経路と、到着時間、全てが書いてある。スティナウルフの御者をよろしく頼む」

「いや……」

 よろしく頼むと言われても、僕は馬車の手綱すら引いたことが無いっす。

「頼むからな」

 リディオは僕の肩をぽんぽんと叩くと、今度はガゼルの首に馬具をつけ始めました。

「よーしいい子だ」

 リディオは馬に言うように声をかけています。

 それから、ガゼルを移動させて、馬車とロープをくくりつけました。

 その頃にはヒメが地面に降りていたっす。

「おーい、テツトくんたち、乗ってくれぃ!」

 リディオが馬車の方から呼びましたね。

 イヨが僕の背中に手を置きました。

「行こう」

「わ、分かった」

 僕は歩き、御者台に乗ったっす。

 馬車にヒメとイヨが乗り込みました。

「テツト、行けーニャン!」

 ノリノリなヒメの声

 僕は顔をひきつらせつつ、手元の帳面をはぐりましたね。

「ぐるるぅ」

(どこへ行けば良い?)

 ガゼルが念を飛ばします。

 僕は言いました。

「とりあえず、そこを出て右だ」

 僕は営業所の出口を指さします。

(分かった)

 ガゼルが歩き出し、馬車がきしんだ音を立てて動き出しましたね。

「わー、すごいニャン! 動いたニャン!」

「うふふ、本当」

 ヒメとイヨはのんきっす。

 僕は手綱を持ちつつ、次の停留所へとガゼルを誘導したのでした。

「ガゼル、スピードがちょっと早い、もっとゆっくり歩いてくれ」

(ゆっくり歩いているが?)

「もっとゆっくりだ」

(分かった)

 そして巡行馬車ならぬ巡行狼車(ろうしゃ)が町を行きます。

 停留所で待っていた客はガゼルの姿を見て逃げて行く人もいましたね。

 それでも目的地へと行くために仕方なく乗る人もいたりして、僕たちは今日、町を何周もしたっす。

 ガゼルはいたって冷静で、何を見ても暴れ出すようなことも無く、順調に馬の代わりとしての役割を果たしました。

 ふと。

 午後の3時過ぎ。

 営業所から乗った客の一人が、御者台にいる僕に近づいて話しかけました。

「やあ君君、君はこのスティナウルフの主かい?」

「いえ、違います」

 僕は、まだ覚えきれていない町の地図を帳面で見ながら答えたっす。

「僕はこの町で、虹の国大サーカスをやっている経営者、ファドだ」

「虹の国大サーカス?」

「ああ、それでね。立て札を見たんだが、スティナウルフと言ったかい? この頭の良い狼を、僕に何頭か貸してくれないか?」

 僕はうーんと鼻を鳴らしたっす。

 ファドと言う名前らしいこの人は、スティナウルフに何か芸をさせようとしているんですかね? 

 見世物にしようと、そう言うことだと思います。

 僕は小刻みに頷いたっす。

「それについては、ミルフィ様やスティナウルフの長と話し合ってみるっす」

「そうか! 是非話し合ってみて欲しい! いやー、それにしても、荘厳な獣だなあ、スティナウルフとは」

 ファドはガゼルを見てニヤニヤと笑い、感心していますね。

 確かに、この巨大な獣たちがそろって芸をしたら、お客さんも喜ぶかもしれません。

 それはそれで、町にスティナウルフがスムーズに定着するために、良いと思いました。

 ファドは三つ目の停留所で降りましたね。

 僕たちはまた町を一周して戻ってきたっす。

 今日の仕事はこれで終わりのようでした。

 リディオが来て、ガゼルから馬具をはずしてくれます。

 ガゼルは機嫌良さそうに念を飛ばしました。

(ふむ、中々楽しかったな)

 どうやら、馬車を引くことにやりがいを感じたようです。

「よーし、メシだぞ」 

 リディオはガゼルの夕食に、木の桶に焼いた鹿肉を入れて持ってきてくれました。

 かなりの量です。

 ガゼルは体格が大きいため、これぐらい食べないとお腹がいっぱいにならないですね。

 どうやらリディオは、朝にフェンリルから、スティナウルフは何を食べるのか聞いていたようです。

 ガゼルはがつがつと旨そうに食べましたね。

 イヨが近づいてきて、聞きました。

「ガゼル、これから山に帰る?」

(うむ。我も寝なければならん)

「そう、気を付けて」

 食事を終えたガゼルは、すっくと立ち上がりました。

(ではな。また明日来る)

 ガゼルが歩き出します。

「バイバイニャン!」

 ヒメが右手を上げて挨拶をしましたね。

(ああ)

 営業所を出て、すぐに見えなくなります。

 僕はため息をつきました。

 まる一日、御者台で揺られていたせいで、正直疲れたっす。

 イヨが僕の肩にポンと手を置きましたね。

「テツト、お疲れさま」

「お疲れニャーン」

 ヒメもそばに来ます。

 これからどうすれば良いのだろうかと思っていると、リディオが近づいてきました。

「三人ともお疲れさん。慣れない仕事は疲れただろう?」

 僕は顎を引きます。

「あ、はい」

「とりあえず、茶を飲んで行け。さあ、営業所の中へ」

 僕らは顔を見合わせて頷き、中へと入ったのでした。

 そこで、御者として働く人たちや事務の人にスティナウルフについて質問攻めにあったっす。

 本当に人を襲わないのか? だの。

 どのぐらい頭が良いのか? とか。

 一番大きいものはどれぐらい大きいのか、とかです。

 一つ一つ丁寧に答えました。

 やがて時間が経ち、夜の八時を回っていたっす。

 ようやく質問攻めから解放されて、僕たちは帰路についたのですが。

 イヨが困ったように言います。

「料理をする時間がない」

 僕は明るい声で、

「たまには外食にしましょう」

 ヒメが万歳をして跳ねます。

「食堂ニャーン!」

「ありがとう、テツト」

「気にしないでくださいよ」

「んにゃん、あたしはー、今日はお刺身が食べたいニャン」

 僕らは大衆食堂に入り、夕食を済ませたっす。

 そして。

 この日から少しずつ、やがて多くのスティナウルフが町に降りてくるようになりました。

 ウルフたちは仕事の飲み込みが早く、やがて馬車の営業所には15頭ものウルフが勤めることになりましたね。

 いやー、良かったっす。


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