2-10 報酬と世渡り
ミルフィから依頼完了の印として、依頼書にハンコを押してもらいました。
領主館を出ると僕らは傭兵ギルドに向かったっす。
報酬をもらうためでした。
道すがら。
フェンリルが立ち止まって振り返りましたね。
「三人とも、ありがとうだワン。助かったワン」
僕らも足を止めます。
ヒメが微笑して言いましたね。
「フェンリル、良かったニャン。これで、スティナウルフを人間が討伐しようとすることは無くなったニャンよー」
「そうね」
口角を上げて微笑するイヨ。
プリティースマイルです。
フェンリルが言ったっす。
「それじゃあ僕は山に戻るワン」
フェンリルと僕らはまた明日も領主館に行くことになっています。
僕らにとってはミルフィとの依頼を遂行するためでした。
ミルフィはこれからスティナウルフたちの宿舎を町に建設するのだとか。
僕たちは、スティナウルフが町で働く手助けをしなければいけません。
ヒメが手を振りましたね。
「フェンリル、また明日ニャン」
「うん。ヒメ、また明日だワン」
そこでフェンリルは空を見上げて、「アオーン」と吠えました。
白い光に包まれて、青髪の女の子がウルフに姿を変えます。
中型犬ぐらいの大きさでした。
フェンリルは地面に落ちた自分の茶色い服を口にくわえます。
一度こちらを振り返り、また前を向いて走り出しました。
その速度はすごい勢いで、あっという間に視界から消えちゃいます。
ヒメが感嘆してつぶやきました。
「すごい速さだニャン」
イヨが顔を傾けています。
「フェンリルは、ウルフになっても小さいのね」
洞窟にいたスティナウルフたちは、もっと巨大でした。
僕も同じことを思っていました。
「本当だね」
それから、傭兵ギルドの建物へと歩きました。
剣士が剣を突き上げている像。
見慣れたその光景の奥の建物に僕らは入ります。
「らっしゃい、お、テツトとイヨとヒメの嬢ちゃんじゃねーか」
赤髪のダリルが自分の斧の手入れをしている最中でした。
室内にはもう二人傭兵がいて、ナザクとジェスがいたっす。
娼婦の傭兵はいないようでした。
こちらに視線を向けて薄ら笑いを浮かべているナザクとジェス。
別の仕事に行ったのでは無かったのでしょうか?
僕らはげんなりとした表情で、カウンターまで歩きましたね。
イヨが前に出ます。
ミルフィのハンコが押された依頼書を置きました。
「ダリルさん、依頼が完了したから報酬をください」
「んんー? お前ら、スティナウルフを、駆除できたのか?」
「駆除と言うより、話し合いで決着がつきました」
ダリルは依頼書を両手に取ります。
「話し合い? 話し合いって、スティナウルフはしゃべれるのか?」
ヒメが胸を張って答えたっす。
「スティナウルフは念を使って喋れるニャン。それに、とっても頭が良いニャンよー」
「ふ、ふーん」
ダリルは少し鼻白んだ様子ですね。
ごほん、と咳払いをしました。
「まあ確かに、依頼書にはミルフィ様のハンコが押してあるな。分かった、報酬はちょっと待ってろ」
ダリルはカウンターの奥の部屋へ行き、少しして帰ってきます。
お札の入れられた紙袋をイヨに渡しましたね。
「報酬の20万ガリュだ。あるか数えてみろ」
「はい」
イヨが紙袋からお札を取り出しました。
数えています。
その時っす。
「ちょっと待て」
ナザクの声でした。
彼とジェスがこちらへ近づいてきます。
ナザクが言いました。
「俺たちにも半分分けろ」
ヒメが振り返り、鼻にしわを寄せます。
「ふざけるなニャン。お前たちは何もしていないニャン。お金は、渡さないニャンよー」
ジェスが前髪をかき上げます。
「そんなこと言っちゃって大丈夫ー? 今後もこの町で傭兵として生活して行くんなら、先輩の僕たちと、良い関係を築いておいた方が良いんじゃないのー?」
「そんな必要ないニャンよー。どっか行けニャン」
「おいテツト」
恫喝するようなナザクの声。
「お前、スティナウルフと話し合いで決着をつけたんだろ? 俺たちとも、話し合いで決着をつけた方が良いんじゃねえのか? それとも、荒事にするのか?」
僕は迷っていたっす。
確かに、お金は渡したくありません。
しかし、彼らにも生活があります。
二日間かけて山を歩き、報酬がゼロではやっていられないっす。
それに、あのオークソルジャーとの戦いの時、ナザクはアドバイスをくれましたね。
そのお礼をまだしていません。
そして、今後も傭兵ギルドで上手くやっていくためにはですよ。
敵よりも味方を増やす方が得策でした。
僕は申し訳なさそうな声を出します。
「イヨ、分けよう」
僕の気持ちを察してくれたのか、イヨは不承不承頷きます。
「……分かった」
枚数の半分、10枚をナザクに差し出したっす。
ヒメが不満たらたらに言います。
「やる必要ないニャンよ!」
その肩に僕が手を置きましたね。
「ヒメ、いいんだ」
「良くないニャン!」
ぶんぶんと首を振るヒメ。
ナザクは金を受け取り、満足そうに笑いました。
「聞き分けが良いじゃねーか」
僕は一歩前に出ます。
「ナザクさん、オークソルジャーの時は、ありがとうございました」
「ふん、あれぐらい簡単に狩れるようになれよな。おいジェス、行くぞ」
「あいよ! 相棒、酒飲もう! 酒!」
「いいねえ! たんまり稼いだからな、うはは!」
二人が歩いて出て行きます。
扉が開き、閉められる音。
ヒメが怒ったように言いました。
「どうしてお金をやったニャンか?」
イヨと僕は申し訳なさそうに暗い顔をします。
僕はなだめるように言ったっす。
「ヒメ、人間たちが上手く生活していくためには、時には譲ることも必要なんだよ」
「そう」
イヨが頷いていますね。
ヒメはうつむいて、難しい顔でうなりました。
「うぅぅー、ちょっと悔しいニャン」
カウンターの奥で僕らのやり取りを見ていたダリルが快活な笑い声を上げました。
「はっはっは、ヒメの嬢ちゃんには、まだ分かんねーか」
ヒメが勢いよく振り向きます。
「何がニャンか?」
「世渡り上手も傭兵スキル、ってことだ」
「むー、分かんないニャン」
イヨがヒメの腕を触ります。
「今夜は、ヒメちゃんの好きな料理を作ってあげる」
ヒメが嬉しそうに顔を明るくしましたね。
「本当かニャン! 今日は魚の揚げ物が食べたいニャン!」
すぐに機嫌を直すヒメ。
僕は内心、ほっと息をつきました。
イヨが微笑して言ったっす。
「うん、それじゃあ、食材屋に行こう」
「んニャン! 行くニャーン」
ヒメが持っていたロッドを持ち上げて振りました。
「おいテツト」
後ろから呼ぶダリルの声。
「何すか?」
「お前ら、次の依頼は受けなくて良いのか?」
イヨも振り向きました。
「ミルフィ様から、直々に次の依頼を受けてる」
「そうか、おーそれは良かったなあ! 頑張れよ。三人とも!」
ヒメの笑顔がこぼれます。
「頑張るニャンよー」
そして、僕らは傭兵ギルドを出たっす。
夕食の魚フライを作るために、食材屋へ向かったのでした。
作品タイトルを変更しました。これからもよろしくお願いいたします。